第五百二十五話 いやいやいや(2)
もう終わったのではないのか?
世界がそう思う中で、倒れているアースの周囲でエスピたちが急に慌てだしている。
誰かが来る。
「むっ……誰かが来るみたいだぞ……ライヴァール」
『決して一件落着ではなさそうだゾウ、ライヴァール』
「「「「「ライヴァール様……」」」」」
全員がジト~とした声でライヴァールに言葉をぶつける。
それに対してライヴァールは居たたまれない気持ちになるが、すぐに体裁を整えるかのように……
「そ、そのようだが、仮に誰が来たとしてもエスピがいるのだ。あっ、いやこの場合は……うむ、強い敵が来る! よほどの敵だ!」
「「「「ッッッ!!??」」」」
「恐らくは、エスピやスレイヤでも手こずるような強敵が出てくるはずだ!」
と、最初言おうとしていたことをあえてい言い直した。
最初は何のつもりかと思ったソルジャたちだったが、すぐにライヴァールの意図に気づいた。
「なるほど……ライヴァールがそう言うってことは……」
「ああ、そういうことですか、ライヴァール様!」
「あ~、びっくりした。そうですか、強敵の出現ですか~」
「いや~、エスピやスレイヤでも手こずる敵とは参りましたね~」
『うむ、確かにそれはまいったゾウ』
と、皆が苦笑しながらライヴァールの言葉に頷いた。
そう、ライヴァールがそう言うということは、つまり……
(((((これまでの傾向から、仮にこの後に誰かが来たとしても、来るのは強敵ではない……エスピとスレイヤは手こずらない……)))))
という解釈をして、安堵したのだった。
さらに……
「では、ライヴァール! 誰が来るのか予想してくれ!」
「ふっ、ここに来て襲い来る脅威……すなわち、鬼天烈大百下の最強クラスが来るに違いない!」
「「「「「うわーーーーそれはまいったなーーーー(棒読)」」」」」
『うーむ、それは由々しき事態だゾウ』
こうしておけば安心だとばかりに、ライヴァールの言葉にソルジャやライファントや臣下たちも乗っかった。
このダメ押しで、少なくとも『鬼天烈の最強クラス以外の者が来る』という法則が成り立つからだ。
「ふぅ……ライヴァールの妙なミラクルも最初からこうしておけば良かったんだな」
「……ぬぅ……どうも腑に落ちぬ……」
これでもう安心だとソルジャが笑い、ライヴァールも複雑そうに唸った。
そして……
『ッ、ドラゴン、そこから逃げろおお!』
そのとき、エルフの族長がいきなり叫んで……
『ガ? ガヒュ――――』
「「「「「ッッ!!??」」」」」
エルフの集落で腰を下ろしていた竜の一匹の頭部が突然無くなり……
『……ぺっ……小腹が空いたが……あまりうまくはないな……火を噴く能力など吾輩は既に持っているし、血肉も必要ない……』
そのとき突然現れた誰かが、火竜の首を持って、齧り、すぐに吐き捨て、首をその辺に放り捨てて……
「………………え?」
「……な……に?」
『……パオン?』
その、あまりにも衝撃的な登場をした人物。ソレを見て、ソルジャ、ライファントは口を開けて固まる。
「あ、……あれ? な、なぁ、アレ……オーガみたいだけど……ど、どこかで見たような……」
「あ……お、お……教科書とか……手配書とか手配書とか手配書とか……」
「い、いやいやいやいや……たたた、他人の空似とか……」
そして臣下たちもまた、その現れた人物の顔を見て、全員が一斉に汗を噴き出して震えあがる。
『さて、随分と……面倒なことになったようだな……アオニーよ。そして、ノジャの部下までいるとはな。しかし、敗北を恥じる必要はない。今回貴様らだけで行かせたのは吾輩にも落ち度がある。故に、今回の失敗も次回に活かせば免除してやろう』
その人物は……
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!」
『いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!』
「「「「「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!」」」」」
全員が必死に否定の声を上げる。
しかし、空に映し出された人物はまぎれもなく、彼らのよく知る人物。
「ちょ、え、えええええ!? そ、それはいくらなんでもないだろう! な、何で奴が!?」
「ば、ばかな!? あ、会っていたというのか!? まさか、の、ノジャだけでなく、あ、あの男までアースと!?」
『知らぬゾウ、こんなこと! 一体どういうことだゾウ!』
もはや、何が起こっているのか分からず、ただ混乱するしかなかった。
「え……え!? え……!?」
「ば、かな……あの顔は……あの顔は……う、うそです、こ、こんなこと……こんなことが!」
カクレテールの浜辺でフィアンセイとサディスは同時に腰を抜かした。
震え、涙目になり、何度もこの急展開を否定しようとする。
「うそだよね? ね? リヴァル……ちょ、ちょっと僕でも教科書で見たことあるような顔だけど……うそ、だよね?」
「あ、ありえん……六覇のノジャまでで、大戦期の六覇との出会いは打ち止めだったのではないのか? アース……お、お前は……今、生きているのだろうな!?」
フーもリヴァルも、その鬼に直接会ったことはない。しかしそれでも顔ぐらい知っている。
そして、その存在が自分たちが目指していた父たち七勇者たちが唯一勝つことのできなかった六覇であるということも知っている。
それどころか、昔話をする父たちが、かつてその六覇の一人に完膚なきまでに叩きのめされたこともあるということも聞いたことがあった。
「アレ……人間じゃないよね? オーガ……でいいのかな?」
「分かんねえよ、おらぁ。だけど……っ……」
先ほどまで、アースとアオニーのぶつかり合いに心と体を滾らせて燃え上がっていたモトリアージュたちも一斉にその火が鎮火してしまっている。
「ひっ、こ、こわい……だ、誰かな、あの人……あのオーガっていうのの仲間みたいだけど……背丈も大きさも普通の人間より少し大きい程度なのに……ッ……」
「な、なんつーか……お、おっかねーつうか……何すかね……あたし……急に死んだ母ちゃんに会いたくなったっていうか……この場に居ない人に殺されちゃうイメージが……」
「ブルブルブル……こわい……おじさん……? おじさん?」
ツクシやカルイたちも、ソレがあまりにも異質であるということを理解し、アマエは思わず泣きそうになってマチョウにしがみつくも、マチョウもまた顔を青くして震えていた。
「し、信じられん……初めてだ……こんなこと。師範や……パリピ……そして鑑賞会に出てきたあのノジャという存在でもここまで感じなかった……実際に目の前に居ない男に恐怖……勝てる勝てないではなく、殺される未来しか想像できん……」
これまで長くヤミディレの弟子として過ごしていたマチョウだが、ソレでも圧倒されていた。
「強い……あの男……ひょっとしたら師範よりも……フー、リヴァル。お前たちはあの男を知っているようだが、何者だ? 外の世界では有名な者なのか?」
と、その時だった。
「…………あのクソアホンダラ」
「「「「「ッッッ!!!!????」」」」」
突如、その声と共に砂浜が揺れた。
そして、波一つ立たない穏やかだった夜の海も突如波立った。
それは……
「し、師匠?」
先ほどまで機嫌よさそうに笑っていたバサラが立ち上がり、これまで皆が見たことないほど不快そうな表情を浮かべていた。
「久方ぶりにバカな漢同士の熱きぶつかり合いに血が沸き……堪能し……これ以上は蛇足というところで現われおってぇ……」
それはまるで噴火前の火山。
現れた男に恐怖したマチョウたちだが、今まさに目の前にもまたソレ級の怪物の叫びに……
「空気読まんかいいいいい、このクソアホンダラハクキイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!!!」
「「「「「う、うわああああああっ!!!???」」」」」
まるで嵐のような強烈な咆哮に、その場にいた皆がふっとびかけた。
「怖いです……お母さん、誰なのです? あの人はお母さんのお知合いですか?」
ナンゴークでクロンも神妙な顔で空を見つめる。
だが、そのクロンの問いに……
「お母さん? あ、あら? お母さん、どうしたのです? ショジョヴィーチさんもマルハーゲンさんも座り込んじゃってどうしたのです?」
「「「……………」」」
ヤミディレ、ショジョヴィーチ、マルハーゲンは驚きの余りに腰を抜かしていたのだ。
「し、信じられん……ばかな……ノジャだけではなく、まさか、よ、よりにもよって……ハクキまで……アース・ラガンと……」
「う、うそぉ……ガ、ガチでハクキ大将軍?」
「ぬぅ……しかし……あれは紛れもなく本物にしか見えぬ……」
同じ六覇だったヤミディレですら動揺するほどの出来事。
世界が知らない歴史の裏で、ここに来てとてつもない事実が隠されていたことに誰もが衝撃を受けた。
そんなヤミディレや両親の姿に、三姉妹たちも言葉を失っている。
「お母さん……」
「クロン様……アレは……あの男は……私やパリピやノジャと同じ、六覇の一人……ただ……他の六覇と明らかに一線を画す存在……大魔王様を除けば……まぎれもなく魔王軍最強の存在」
「さ、最強……そ、それって、お母さんより強いのですか!?」
「……ええ……私よりも……パリピやノジャよりも……奴は強い。魔王軍どころか、大魔王様亡き今の時代においては……魔界最強かもしれません」
「そ、そんなに強いのですか?」
「……そうですね……ほら、以前クロン様が召喚された……冥獄竜王バサラ……アレ級の強さと思っていただけたら……」
「ッッ!?」
ヤミディレですらが自分よりも強いと認める最強の存在。
何よりもバサラ級の強さとまで言われている。その時点で、それがどれだけ凄まじいものなのかが良く分かったクロン。
そして……
「え? で、では、まずいではないですか! 今、アースは倒れているのですよ!?」
「そうです、まずいのです! というか、アース・ラガン……今、生きているのかも……」
「ッ!?」
そしてこの事態に帝国では……
「へ、陛下……ア、アレがハクキの本物ではなく偽物とか、他人の空似とか、だ、誰かが成りすましているとか……」
「い、いや、しかし……あの強烈な眼光は……さ、寒気が……震えてくる……この場に居ないのに、奴の顔を見るだけで……あ、あれが偽物とはとても……」
「し、しかし、先ほどのライヴァール様の話では……」
「あっ、確かに……」
アレが本当に自分たちも良く知るハクキなのか? なら、先ほどのライヴァールの法則はどうなる?
確かに変だとソルジャが思ったが、すぐに先ほどのライヴァールの言葉を思い返し……
「ん? いや……待てよ? 確かライヴァールは……『強い敵が来る! よほどの敵だ!』……と……こ、これは単純に弱い敵が来るとかそういうことではなく、強い敵ではなく『メチャクチャ強すぎる敵』……『よほどどころではない敵』……と解釈することも……」
「「「「「ッッ!!??」」」」」
「さ、さらに……」
確かに強い敵ではなかった。
それは、強いどころではなく、メチャクチャ強い敵だった。
よほどの敵じゃない。よほどどころの話ではない敵だった。
「さらに……『エスピやスレイヤでも手こずるような強敵』……そ、それも考え方によっては、手こずるどころかして、そもそも相手にならないレベルだったと捉えると……実際、この時のエスピの力では……」
だから、ライヴァールは正解だったのではない。
「そ、そして最後に……『鬼天烈大百下の最強クラスが来るに違いない』とのことだが……奴は……ハクキ自身は鬼天烈じゃない。だって鬼天烈はハクキの配下であり、ハクキはそのボスなのだからな……」
「「「「「おおぉぉぉ~~~~~」」」」」
「ははははははは、まったくミラクルだな、ライヴァールは」
「「「「「ははははは、そうですね……ははは……は……は……」」」」」
ライヴァールはちゃんと間違っていたのだ。
「いやいやいやいやいやいやいや、そういうパターンもあるのか!? っていうか、そういうトリッキーなことは必要ないぞ、ライヴァール、どどどど、どうしてくれるんだ、あ、アースが!? アースがよりによって、あの時代、大魔王トレイナを除けば、もっとも会ってはならない六覇に?!」
「こ、これは、どうなってしまうか、私には分からん! 私を責めるな!」
『まずいゾウ! というか、小生らはアース・ラガンが今普通にどこかで生きていることに疑いなかったが……し、死んでないであろうな!?』
そして今まで世界はアースの活躍に酔っていたが、そもそも今アースはちゃんと生きているかどうかも深刻に考えねばならないほどの状況になってしまった。




