第五百二十二話 会ってみたい
人間とオーガ……いや……漢と漢のぶつかり合い。
「ッそ……あの野郎……滾ることしやがって! くぅ~~~~!」
疼く体と無意識に強く握りしめてしまう拳と吊り上がる口角。
そして熱くなる胸を抑えきれずに、建設現場の労働者たちと一緒にブロは笑っていた。
「す、すごいのん……ひっ、い、痛そうなのん! だけど、だけど……かっちょいいのん! すごいのん! かっちょいいのん!」
あまり暴力的なことは得意ではないヒルアも、このぶつかり合いに思わず目を逸らしそうになるも、それでも見続け、そして気づけば叫んでいた。
「すっげぇ~、なんっつうド根性野郎だよ……アース・ラガン」
「しかもよぉ、アレって膝蹴りしているオーガの方もすげえ痛いよなぁ?」
「ああ。悪いこと結構口にしてたが、あのアオニーってのも大した野郎じゃねえかよ」
「いや、なんつーかもう、両方すげえ!」
「すげえ、もう頑張れ、負けんなぁ!」
「うおおおおお! 引くなぁあ! いけえええ!」
そして労働者たちも圧倒されながらも、熱い想いを叫んでいた。
『ウガアアアアアアアアッ!!』
『ウオアアアアアアアアッ!!』
ぶつかり合う。
間髪入れずにまた両者同時に勢い任せに頭と膝をぶつけ合う。
並の人間であれば一発で顔面が吹き飛ぶか、膝が完全粉砕骨折するかの威力。
「カッカッカ、ったくよ~……拳で語り合う的なのを意外と不良の俺よりもあいつの方が好きなんじゃねえか? カンティーダンで俺との時もそうだったしよ……しかも、今回はとんでもねーレベルの語り合いで、激しく熱く濃密でよぉ……だが、それだけの相手……いや、それだけの理由があるってことなんだろうな」
ブロは笑い、そして呆れながらも、ふとどうしてアースがここまでメチャクチャなことをやるかを考え……
『もう、がまんできないよぉ!』
『手を出すよ、お兄さんッ!』
『手ぇ……だひゅなああああ! いいんだ……エスピ……スレイヤ……バカでもいい。今だけは理屈で動いちゃダメだから……そういうときって……あるんだよ。俺はそれが、今この瞬間なんだ』
あまりにも見ていられない光景に、幼いエスピとスレイヤが手を出そうとするが、アースはそれを止め、そして笑いながらそう答える。
「オーガのアカさん……だったか……あいつにそんなダチが居たんだな……」
ブロはその名を口にしながら、帽子の下にある自身の角を擦る。
それは人間と魔族の血を両方引くブロに備わる、魔族の角。
「ただの半魔の俺でもメンドーなことがあった……それが天然のオーガだっつーなら、この地上世界じゃもっとメンドーなことがあるかも……忌み嫌われたり、避けられたり、迫害されたり……だが……あいつはダチだと叫んだ」
ブロは自身の人生や経験から、色々と思うところはあったようだが、しかしそれでも――
「あいつがあそこまでやるダチだってんなら、俺にとってもダチだ! だから、そのオーガのアカって奴……俺ぁ意地でもダチになってみせる。だから、会ってみてーな。オメーもそう思うだろ? 妹分―――」
ブロは何も誰にも頼まれても言われたわけでもないのに、もう「そうする」と決めていた。
そう――――
「あなたはいつも……カッコよくて……いつもボロボロになるほど自分を追い込んで、そのうえで自分の想いを貫くのですね……アース。それだけ大切なのですね」
建設現場の近くの島ナンゴークで、クロンはアースの姿に微笑んだ。
『お兄ちゃんバカなの?! バカなの!?』
『お兄さんバカなのか!? バカなのか!?』
幼いエスピとスレイヤですら、大好きな兄であるアースに向かってそう叫んでしまうようなバカな行為。
しかし、クロンはアースの戦いを一切否定せず、そして見入っていた。
「だ、だめ、血が……う、うわ、鼻が……」
「ごめん、私も……」
「ガクガクブルブルガクガクブルブル」
実際、それは本来であれば女でなくても目を逸らしたくなるような凄惨でエゲつない潰し合いである。
ショジョヴィーチの娘の三姉妹も思わず手で顔を隠したり、泣いて震えてしまったりしている。
普通にやればもっと楽に勝てるのに。
だが、それでもアースは勝ち方を選ぶ。
『へへ……どうした? アオニー……まだ……ちょっとしかぶつかってねー……』
まだやるのか? もういいだろ? そう思う者たちも少なくないというのに、それでもアースはまだボロボロの顔で笑っている。
全ては……
『キックはパンチより強いって聞いたけど……本気でブチ切れたときのアカさんにゃ敵わねえ! ぜんっぜんこれぐらいなら、まだイケるんだよぉ!』
アースが叫ぶ、『アカ』という存在が全てに繋がっているからだ。
「ラルウァイフの幼馴染が、あのアース・ラガンにとってはそんだけスゲー存在ってことか……」
「そのようだ。ワシから見てもこれほどやるのは異常。つまりそれほどということ」
「ふむ……アカ……か……」
かつての戦乱を生き抜いた、ショジョヴィーチ、マルハーゲン、そしてヤミディレもアースのこだわりに心を奪われていた。
「ちょっと嫉妬してしまいますが……私……あのアースがあそこまでされるほどの、アカさんという方……会ってみたいです」
「クロン様……」
「そして、アースにも会わせてあげたいです……」
徐々にだが、世界はアースがここまでするほどの要因でもあるアカの存在を気にしだし、ブロやクロンのように「知りたい」、「会ってみたい」という想いを抱くものも出てきた。
そんな中で……
「……アースぐん……あの頭突き……あれは……」
泣きっぱなしのその男は、頭突きでアオニーの膝蹴りに立ち向かうアースを見て、不意に自身の両拳を見た。
「あんどきは、おではわけがわからなくて……でも……今わかったでよ……ソレでアースぐんがおでを助けてくれだってごとを……うぅ……」
自分はアースの頭突きを知っている。
自分の意識が飛ぶほどの怒りで暴走して暴れ狂った時、その頭突きが自分を救ってくれたということが分かった。
「でも、アースぐん、も、もうやめるでよぉ! アオニーにもやめでげれ! そんなメチャクチャにやったら、二人とも壊れちまう!」
そう、分かっているからこそ、ソレがどれだけ危険な行為かというのも彼は分かっていた。
自分を救ってくれたその頭突きは、下手したらアースを自分の手で殺していたかもしれないからだ。
「オニーちゃん……」
「オニイ……」
「こわいよぉ……」
子供たちはすっかり、怯えて男の裏に隠れてしまって泣いている。
「こ、このままじゃアース・ラガンが、ど、どうなっちまうんだ?」
「顔が変わってしまう……も、もう見ていられない!」
村の大人たちも堪えきれなくなってきている。
しかし……
「それでもアーくん……あなたは曲げないのね。逃げない……退かない……そして証明したいのよね? ううん……証明すべき……証明しないといけないほどのものなのよね?」
アースはもう腹を括っているのだとアヴィアは涙目だが祈る様に孫の無茶を目に焼き付ける。
「アースぐん……どうしてそごまで―――」
『オメー……何がそこまでオメーにそうさせる……バカ……だーべか?』
そのとき、泣きながら「どうしてここまで?」と疑問を口にしようとした男と同じことを、アオニーはアースに向かって言った。
すると、アースは……
『気ぃ使われたくなかった……』
「「「「「…………?」」」」」
ボロボロの顔で、ゆっくりと、しかし揺るぎない瞳でそう口にした。
その場にいる誰もが最初は何のことか分からなかった。
しかし……
『迷惑なんていくらでもかけろよって思った……迷惑なんかじゃねえって……でも、そうしろって言えるほど俺は強くなかった……』
アースが自分自身に嘆いているような様子で……
『世界のことも……戦争のことも……種族がどうとかってのも……知らな過ぎた……だから……全てを知ったうえで同じことを……もう一度言ってやるんだ……迷惑じゃねえって……』
答えを口にする。
『これだけは絶対に曲げちゃいけねぇんだ! だって、アカさんは……俺を初めて俺として見てくれた……ダチだから!』
「「「「「ッッ!!??」」」」」
その瞬間、世界の全てが改めて理解した。
アオニーとの戦いの切っ掛け。
全ては、自分がアカと友達であるということを証明するため。
それは、それほどまでに譲れないことなのだと改めて世界は理解した。
人間だろうとオーガだろうと関係ない。
それが口だけなんかじゃないと示すため。
そして同時に、どうしてアースはアカのことがそれだけ大切な存在なのかの明確な理由を口にした。
アースにとってアカは、初めてアース自身を見てくれたから。
勇者の息子としてではなく。
「うぁ……あ……アースぐん……お、おではただ、し、知らなかっただけで……アースぐんが誰の子だとかそんなの、そんなの――――」
「―――そんなの……そうね。でも……アーくんの人生において、あなたがアーくんを、ただのアーくんとして見てくれたこと……それがもっとも嬉しく、大切だったみたいね」
「ッ!?」
「そして、アーくんは言ったわよ? 『迷惑なんかじゃねえ』……って。そして今のアーくんはそれを言えるだけ、強くなっているはずよ?」
男はまた泣いた。
自分にとって世界で唯一の友達で、だからこそ迷惑をかけたくないと思ったアースは、アースもまた自分のことを大切に想ってくれていた。
ずっと一人だった男の初めての友達は、別れた今でも命をかけるほど自分との友情を守ろうとしていてくれた。
「そう……あなたは迷惑な存在なんかじゃない。ここでもそう。だから、もし迷惑がどうとか言ってこの村からも黙って出て行こうとしたら、前にも言ったように、お口パッチンよ?」
「…………う゛ん゛」
「あなたはもう、一人じゃない……そして、友達がアーくん一人だなんて言わせないんだからね。2番目としてね♪」
もう、男は一人じゃない。
世界がもう一人にさせない。




