第五百二十話話 まだ無理
『鬼百裂拳』
『大魔パリィ!!』
剛腕から繰り出される、アオニーの拳の連打。
普通の人間なら一撃当たっただけで潰れるほどの威力。
しかし、その拳の雨を、アースは一切揺らぐことなく、両手で受け流した。
「お、おぉ……これは……」
「剛腕……豪腕……しかし、アレを……受け流している」
相手は当時の時代でも最強とも呼ばれたハクキ軍の鬼天烈大百下の称号を持つオーガ。
しかし、その力をアースが見事に受け流す姿にソルジャとライヴァールは脱帽であった。
「す、すごい……あんなの俺なら一発で潰れちゃうよ」
「というか、自分なら逃げ出す自信がある」
「それを目を逸らしたり怯んだりする様子もなく……あんなに容易く……」
無論、それは帝国騎士として本来は帝国のエリートである戦士たちもまた感嘆する見事な技であった。
「ヤミディレ、パリピ、ノジャと立て続けに六覇と戦ってきたアースと戦うには、あの鬼天烈大百下でももうどうにもならない……ということか……それにしても、攻撃や足さばきだけでなく……見事だよ、本当に。私にはできんな」
「うむ。そしてアースの――――ふがほがほが!?」
「うん、黙ろうか、ライヴァール」
そして、ただ受け流すだけでなく、アオニーが更に力を込めてパンチが大降りになったら……
『ここだ! 大魔クロスカウンター!』
的確にカウンターの倍返しでアオニーを殴り倒した。
「おぉ……お見事!」
「す、すごい! アース・ラガン……あの鬼天烈大百下の称号を持つオーガを、無傷で倒した!」
「しかも事前に百人のオーガたちと戦った後で……息一つ切らすことなく……」
「ああ。それにあのアオニーってオーガは実際弱くない……さっきのパンチだって我々帝国騎士だって当たれば壊れる……」
「それを圧倒するとは……強い!」
もはや戦時中の猛者たち相手にも別次元の領域のレベルにアースは達していた。
『何よりすごいのは、あれほど怒りに任せて暴れているというのに、力みによる障害などなく、的確ということだゾウ。だが、それはそれとして、やはり気にせねばならぬのは、アース・ラガンの怒りの根本的な原因……』
「アースが語る……親友……だね?」
『うむ。オーガの親友……彼が語ったオーガ……そしてアオニーの部下たちが嘲笑した『アカ』というオーガ……』
「ライファントは聞いたことは?」
『そのオーガについてはないが……たしかに、オーガたちの中にアオニーのようにダークエルフの一族に用心棒として雇われた一団が居たという噂は聞いたことはある……が、いずれにせよ……その出会ったオーガが今のアース・ラガンに強い影響を与えていたということに……小生らも考えねばならぬようだゾウ』
そう、ライファントもソルジャも驚いた、アースにはオーガの親友が居る宣言。
それがどれほど世間にとっては……
「私たちがかつて目指した世界……しかし、戦後から十数年経ってもまだこの世は……私たちがまだ未熟であるがゆえに……世界も……人類も……この国も……」
そう唇を噛みしめながら、ソルジャは未だに歓声や盛り上がりが聞こえる帝都を見つめる。
そこには……
「っしゃぁ、やったぜ、アース!」
「すげえ、今のアースくんにはオーガも、鬼天烈とかいうのも敵わねえ!」
「そのまま全員ぶっ潰しちまえ、アース!」
アースの圧倒的な力にただただスカッとしていた。
彼らにとって、オーガとは「そういう対象」なのである。
もちろん、アースの言葉に反応する者たちもいる。
が……
「でもよぉ、驚いたよな……」
「ああ。アースにオーガの親友がどうとかって……」
「でもさ、ほら、あいつって結構世間知らずで……騙されたりすることもありそうだしよ」
「うん。ヒイロ様とマアム様の子供なんだもん……魔王軍の残党に利用されたりとか思われても仕方ないよね?」
「つまり、『そういう可能性もある』ってことだよな?」
「そこらへんはちゃんと割り切らねえとよ。たとえば、いつかアースが帝都に帰ってきた際、あいつが魔族たちとの友好を進めるにあたってよ……たとえばそのオーガとかの移民を認めたり……それどころか、異種族投票権とか異種族参政権とかも与えるとかになったらよ……」
「うわ、そりゃ大変だぞ! いつの間にか力じゃなく、そういう方向で魔族に帝国が乗っ取られるとか……」
今の彼らは、オーガがどうとか、友好がどうとかより、将来的なデメリットなどを憂い、そしてアースが騙されている可能性も考えて、『そのこと』についてはあまり良い顔をしていない。
そんな帝都民たちの世論を宮殿でソルジャも予期していた。
当然、それはライファントも同じである。
『やはりハクキの件が何も解決していない以上……小生ら魔界側がオーガ族との問題を解決できていない現状……地上の人類がオーガたちを、たとえ害のないものが居たとしてもそれを受け入れよというのは不可能な話だゾウ』
ライファントのその言葉にソルジャたちも否定できずに俯くしかなかった。
「先ほどアースが叫んでいた……いつまでも戦争なんてやっているから……早く戦争を終わらせろクソ親父……と。アレはヒイロだけではなく、まさに我々が受け止めねばならぬ言葉だ」
『ウム……小生も刺さったゾウ……』
「もし本当にアースにあれだけ怒れるオーガの親友が居たとして、それが何らかの理由で一緒に居られなくなってしまったのだとしたら……」
全て自分たちが……ソルジャがそう呟こうとした、その時だった。
「うむ……今のこの世の中……この地上世界に……オーガを受け入れるような奇特な人間の村や街や国などどこにもありはしないのだからな! 恐らくそのオーガももう不幸な目にあって生きてはいまい」
「ッ!? ライヴァール……ん?」
『え……あ……』
「「「「「あ……ライヴァール様……」」」」
ライヴァールが口にした残酷な言葉……に、ソルジャたちは一斉に目を丸くした。
そしてライヴァールは「ぐぬぬぬ」と唸りながらチラッと皆を伺うように顔を向け……
「こ……これでよいか?」
「「「「「お、おおおお!!!!」」」」」
その瞬間、皆が希望に満ちた顔を浮かべた。
そう、アカの居場所は……
「……ちなみに……そのアカさんの云々の件は……拙者が……」
「……私たちが原因なの……私たちがアカさんを……ハニーを……」
エルフの集落では、シノブと兄のフウマと仲間たちが深く悔いた表情で正座していたのだった。
「…………………」
ラルウァイフは無言。
そして、過去にアースから「アカさん」について聞いたことある、エスピやスレイヤ、さらには族長を始めとするエルフの大人たちは複雑そうな表情。
すると、アースは……
「ま、もういいよ、シノブも……シノブの兄ちゃんも……俺もアカさんももうそのことは……」
「でも……ハニー……」
アースも、そしてアカもシノブたちからの謝罪はもう受けていた。とはいえ、それでも改めてアカのことが話題になると、シノブはいたたまれなくなって目が潤んでいた。
そんな様子のシノブにアースももう唸って自身の頭を掻きむしり……
「あ~、もう! そういうのはな、全部勇者ヒイロの所為にすりゃいーんだよ!」
「「「「「………は?」」」」」
「シノブたちが当時アカさんを攻撃したのは、世の中が今でもオーガとかそういうものに対して問答無用で攻撃するような世の中だから……つまり、そんな世界にしている勇者ヒイロが悪い! だからシノブは悪くないんだから、もうその話は無し! ぜ~~~~んぶ、勇者ヒイロが悪い!」
「い、いやいや、は、はにー?」
アースの暴論。
「あはは、お兄ちゃん……」
過去にアースがエスピに向けて言ったようなこと。
ある意味でアースだからこそヒイロに対して言えるのかもしれないが、そんな暴論を受け入れられるほどシノブも無責任ではない。
しかし、アースはシノブの手を取り……
「とにかくよ、もうこのことでつらそうなお前の顔だって俺は見たくねーんだよ。アカさんだけじゃなく、お前だって今では俺……の……」
「ふぇ?」
「お………おお、大切な仲間であってだなぁ!」
と、途中でアースが自分の言葉にハッとして恥ずかしくなって誤魔化すが、いずれにせよアースにとって、もうシノブは大切な友の一人であることには変わらない。
「ま、当事者ではない小生にも言えんが……アース・ラガンもそう言っているのだし、アカもきっと……だから、私もお前にとやかく言える資格はないから、何も言わん」
「ラルウァイフさん……」
ずっと無言だったラルウァイフもアースの言葉に苦笑しながら、シノブの肩に手を置いて頷いた。
そんな中で……
「ん~……勇者ヒイロの責任……そうなると、結構オイラも痛いじゃな~い、な? 御老公」
「ぬ、……むぅ……」
「連帯責任。つまり、当時ヒイロと共にいたオイラたち七勇者もその上にいた御老公も、今の世の中に責任感じろってことじゃな~い。あ、そうなるとエスピ嬢も?」
「は、なに!? 私はお兄ちゃんからアカさんのことを聞いていたから、あの時代の頃からオーガのこと嫌いじゃないし差別しないし! 嫌いなのはハクキだし!」
同じくアースの言葉に苦笑しながら、コジローやミカドも胸に色々と刺さっていたのだった。
「ラル先生やアース様がそう仰っているんだし、シノブちゃんも顔を上げて」
「アミクス……」
「ラル先生の初恋の人のこと……いつか必ずこの地でって思ってる……外の世界で不幸になってしまったのなら、絶対にここでって!」
アミクスがそう呟くと、周囲の大人たちは一斉に頷いた。
「おうよ、私たちはアカさんをいつでも歓迎するんだ!」
「ラルさんがアカさんを見事口説き落とせたら、そんときゃ結婚式はここで!」
「ま、そういうことだよね」
「ええ。私たちはお兄さんの話を聞いた時から、たとえ過去にオーガに襲撃された過去があろうとも、オーガ全部を怖がったり拒絶したりしないって決めてるから」
誰一人反対することなく笑顔で頷く集落の大人たち。
その言葉にシノブがまた心が震え、アースも笑顔になってシノブの肩を叩いた。
「だそうだ。だから、シノブも続きを見ようぜ? な? お前もあの時代の俺のことを知らないだろ? な? これから俺はまた、とんでもねー男と戦うんだからよ。まだ、これで終わりじゃねーんだよ……アオニーってイカした男の力はよ」
「ハニー……うん! ……………ありがとう」
いずれにせよ、シノブを励まして声がけすると、シノブはアースに涙ながらに何とか笑顔を見せて頷き、改めてアースの隣に並んで空を見上げる。
『……これじゃダメだーべさ。まぁ、こんなもんだーべさ……守れね……七勇者のヒイロたちですら勝てなかったハクキさまにも……それも分からねえから、オーガと友達とか半端なこと言えるだーべさ……』
それはまさに、アオニーが立ち上がり、アースとの仕切り直し、本格的な一騎打ちが始まるのだ。
ラルウァイフも同じように空を見上げ、少し切なそうになるも、決して逸らさなかった。
そして……
「……………ぐすん」
『おーい、童ぇ~……少しはこやつにももう少し優しくしてやれ……惰性で頭を撫でる以外にも言葉的な慰めを……』
自分はそこまで優しく励まされてない…………と、ノジャはまた不貞腐れてアースの膝で寝そべったままであり、流石に哀れに感じたトレイナがアースに告げたのだった。
ちなみに、この鑑賞会が終わった頃、『アカさんはウチで保護する』という言葉が出てくる場所は、エルフの集落以外からも――――
『だめだーべさ……だめだー……べさ……だめ……イライラする……中途半端にツエーだけでヨエー貧弱がイイ奴ぶって半端なことしようとするの……ああ……アア……ブッコロシテェ~クールにスマートに……期待ハズレハ潰スベーサ』
そして、本領発揮とばかりに全身を青黒く変色させたアオニー。
「ひ、こ、こわいよぉ」
「うう、オニィ~」
「ぎゅう~~」
幼い子供たちはその恐ろしさに、慌てて大きな男の背後に隠れる。
そして村の大人たちは「アレがオーガの……」と息を呑んでいた。
ただ、男もまた泣いているのだが……
「チゲー……アオニーに……アースぐんは……おねげえだ……やめでぐれ……」
ただただ『二人が戦う』という場面に苦しんでいた。
するとその時だった。
『俺が期待外れ? なら、とことん俺のことを教えてやるよ、その上で期待に存分に応えてやるよ』
アースがアオニーに対して欠片も怯むことなく、まだまだやってやると笑みを浮かべて応えたとき……
「……え?」
アヴィアが何かに引っ掛かって首を傾げた。
「アヴィアさん?」
「どうされたのですか?」
それは、鑑賞会に対して目を皿にして見ていたアヴィアだからこその引っ掛かり。
村の大人たちや、泣いて見ていられないと俯く男は気づかなかった。
「なんだろう……アーくんが今、応えてやると口にしたとき……一瞬……ほんの一瞬だけど、あのアオニーっていう人の目が……どこか……嬉しい? ううん……優しい目でアーくんを見たような気がして……」
「……え?」
「「「「「はい??」」」」」
アヴィアの言葉に誰もが首を傾げた。誰がどう見ても今のアオニーは怒りに任せて人間を容赦なく殺そうとする恐怖の鬼にしか見えないからだ。
実際、泣いていた男もアヴィアの言葉に信じられなかった。
だが、それでもアヴィアは……
「見間違い? 勘違い? 分からないけど……でも……でも本当に―――」




