第五百十九話 気づいた者たち
「うおぉ、強ぇ! さ、流石はノジャ大将軍すらも退けただけはあるぜ……あたい、あの時代にエスピも含めたあんな奴に襲い掛かろうとしてたのか……あっぶね」
「うむ……屈強なオーガといえども、兵隊クラスではもはや相手にならぬな……」
ナンゴークでショジョヴィーチとマルハーゲン夫妻は、拳一つで巨漢屈強のオーガたちを次々と蹴散らすアースの姿に脱帽していた。
「まぁ、あやつの力であればあれぐらい当然……色々と気になることはあるが……ん? クロン様?」
ヤミディレはアースとオーガの関係に関する疑問を色々と抱きつつも、アースの戦闘レベルについてはよく分かっているので、もはや当然のことと、これに関しては驚かない。
だが、すぐにハッとした。
それは、今までアースの活躍の場面では、目を輝かせて飛び跳ねながら声援を送っていたクロンが……
「……アース……」
どこかその表情が曇っていたからだ。
「クロン様、どうされたのです? アース・ラガンの活躍ですよ?」
「……ええ……そうなのですが……」
ヤミディレは慌ててクロンに尋ねると、クロンはどこか切なそうにアースを見つめ……
「アースが……パンチしながら……すごい苦しそうです……すごい悲しそうです」
「え?」
「私、あんなアースの顔を見たことがありません! 怒っているのに……すごいつらそうです……泣いています……アースが泣いているのです!」
「……な、なんですと? な、泣いているようには……」
「苦しそうです……心の中で泣いています……あんなつらそうなアースを見ていると、私も……涙が……」
クロンはアースの心境を感じ取っていた。
『大魔フリッカー!』
それは他のものには分からず、ただアースが華麗なフットワークで駆け抜けて、ワンパンチで鬼たちを蹴散らして活躍している場面にしか見えないが、アースに恋するクロンだからこそ見抜いた。
『誰が……バカだ! 誰が腰抜けだ! 誰が役立たずだっ! 誰が!』
そして絞り出すアースの言葉に、クロンは先ほどのことを思い出す。
「たしか……『アカ』という人の名前が出た途端……」
クロンがそう呟くと、ショジョヴィーチとヤミディレも首を捻りながら……
「あ~、そういえば……たしかラルウァイフが惚れてた幼馴染のオーガってのがそんな名前だったような……」
「ふむ……アカ……私は聞いたことが無いな。だが、話によると死んだのだろう?」
「そうっすよね……ん? でも、それにアース・ラガンが怒った……アース・ラガンはオーガに親友がいる……で、お守りを見てラルウァイフが……ん~?」
「……まさか……」
これまでのことを簡単に整理し、「まさか」という考えに至った。
『潰れちまい―――――』
『大魔ヘッドバット!!』
アースがフットワークをやめ、足を止めてオーガたちを挑発し、その額で剛腕から繰り出されるオーガのパンチを正面から受けた。
「うわぁあ~~、アースくんの顔が潰れちゃうかなぁ!」
「あんちゃん、そりゃまずいっすよぉ!」
「お兄ちゃん!?」
カクレテールでも悲鳴のような声が上がる。
だが、パンチを受けたアースは平然とし……
『ああ、ちげーな……』
『っ、ぐ、うぎゃあああああああ、お、おれ、おれの拳があぁああ!!??』
それどころか、殴ったオーガの方が拳を抑えて悲鳴を上げた。
『脳みそが頭の中で爆発して、目から火花飛んじまいそうになる、あのパンチに比べりゃぁ……この貧弱がぁぁぁ!』
まさに圧倒的だった。
カクレテールの住民たちにとってオーガを見るのは初めてだが、ヤミディレの弟子として武に精通していた彼らだからこそ、その筋肉の付き方などからオーガがただデカいだけの存在ではないことは見ただけで分った。
しかし、そのオーガたちがまったくアースの相手にならない。
「自分もバサラ師匠の下で多少は以前より強くなったと思ったが……今のあ奴には逆立ちしても勝てる気がせんな」
かつて大会でアースと死闘を繰り広げたマチョウも苦笑するしかなかった。
ただ、一方で……
「坊ちゃま……」
「……アース」
サディス、フィアンセイ、そしてリヴァルとフーですらも今のアースの姿に表情が曇っていた。
「え、サディスさんたちどうしたんすか!? あんちゃん、あんなにツエーのに……」
「……初めて見ました」
「え?」
「坊ちゃまも当然怒ります。しかし怒りに任せて暴れまわる……そんな坊ちゃまを初めて見ました。そして……それが何とも痛々しい……あの場にもし居たなら、抱きしめて差し上げたいぐらい……坊ちゃまは苦しそうです」
そう、ナンゴークでクロンが感じていたように、サディスたちもアースの今の姿を初めて見たのだ。
だからこそ、余計に気になる。
『俺はな……知ってんだよ。お前らみてーにデッカイ体で、恐ろしい強さで、それなのに誰よりも優しかった……俺たち人間なんかよりもずっと純粋な心を持っていたオーガを!』
アースの叫びの意味……
「坊ちゃまが叫んでいるその方は……間違いなく、『アカさん』なのでしょう……」
「しかし、サディスよ。先ほどその『アカさん』というオーガは死んだようなことをオーガたちは……」
「生きていた……ということなのでしょう、姫様。恐らくは死んだというよりは生死不明の行方不明扱いというような……そして時を経て……帝国で私たちに絶望した坊ちゃまが家出した先で……傷ついた坊ちゃまと出会ったのが……」
サディスはアースから概要だけはある程度聞いていた。だが、ここまでとは思っていなかった。
「坊ちゃまにとってはそれほど大切な方だったのでしょう……アカさん……という『人』は。そして……」
言葉だけではなく、今のアースの行動が全てを伝えていた。
『そして、俺が弱かったから……俺のために俺の前からいなくなっちまった親友……それをテメエらは……』
「そして、坊ちゃまにとってそれほど苦しかったのですね……坊ちゃまのためを思ってその姿を消したアカさんのことが……」
気づけばサディスも涙が零れていた。
この世で最も愛するアースの悲痛な姿に、サディスも堪えられなくなっていた。
そしてさらに……
「アーくん……」
孫を狂おしいほど愛しているアヴィアもまた、アースの叫びに胸が苦しくなった。
そして同時に、その叫びが誰のことを差しているのかも……
「……デッカイ体で……恐ろしい強さで……それなのに誰よりも優しかった……人間なんかよりもずっと純粋な心を持っていたオーガ……か……あなたはどう思う?」
そうアヴィアが尋ねると、尋ねられた男は……
「ぐひん……う、う……アースぐん……おで……しらなかっ……アースぐんがそんなに……気にかけ……おで……おでが傍にいなければ、アースぐんには迷惑はかかんねっで……だからおでは消えて……それなのに、アースぐんは……」
ただただその巨体には似合わないほど、子供のように大粒の涙を流しながら嗚咽していた。
アヴィアはただ優しく男の肩に手を置いて宥める。
「オニーちゃん、どうしたの? また泣いちゃった!」
「もう、なきむし! 私のお婿さんになるんでしょ? 泣いちゃダメぇ!」
「オニィ、どっか痛いの? いたいのいたいのとんでけしてあげよっか?」
子供たちは訳が分からず、しかし自分たちが慕う男が泣きじゃくる姿に困惑してしまう。
そして、村の大人たちも……
「……なあ……」
「うん……」
「……だよな?」
泣きじゃくる男に心が震え、自分たちもつられ泣きしそうになり、互いに顔を見合いながら、「自分たちに何か力になれることはないか?」と思うようになった。
クロン、サディスやフィアンセイたち、そしてアヴィアも気づいたのだ。
『お前らがいるから……お前らみたいな奴らがッ!!」
だからこそ、それぐらいのことはこの二人も気づいた。
「アースが……あいつがあんなになるまで……」
「さっきのオーガの親友がどうのと関係があるのよね? アカ……って言ったかしら? オーガたちはバカにして笑って……それをあの子が我慢できなかった」
ヒイロとマアムも息子のその姿に胸が張り裂けそうであった。
「アカ……ああ……思い出した。死んだ『あの二人』の息子……アオニーからは息子も死亡したと報告を受けていたのだがなぁ……」
二人と違ってハクキはブツブツと小声で呟きながらも大よそのことを把握した。
そして、自身の胸を抑えて何かを考えている様子。
そんな中で……
『オーガも……魔族も、人間も……どいつもこいつも、いつまでも戦争なんかやってるから! クソオオオオオオッッ!』
アースはついにその怒りからの嘆きを、目の前のオーガたちではなく、空に、世の中に向けるかのように……そして……
『くそぉ……戦争なんてさっさと終わらせやがれよ……クソ親父が……』
「ッ!? ……アース……」
父に向けた。
「アース……俺は……」
アースの言葉が深く胸に突き刺さり、俯くヒイロは頭の中で色々なことを振り返る。
すると……
「ヒイロ……いつだったか……かつて貴様らと戦っていた時……貴様ら七勇者はほざいていたな……」
「ハクキ……」
「単純に憎しみで魔族と戦争をし合うのではなく、魔族と種族の壁を超えて争いの無い世界をウンタラカンタラ……その果てで、貴様らはライファントたちと和睦をし、今に至る」
「……ああ」
「だが……果たしてコレを見ている現代に生きる者たちは……アース・ラガンがオーガの親友がいると口にした時、どう思ったのだろうな? 皆が思ったはずだ。『人間とオーガが親友なんて、そんなバカな話があるわけがない』……とな」
ハクキの言葉にヒイロとマアムも否定できないでいた。そして分かっている。
戦争をしていた頃の自分たちは、まだ幼さもあり、子供っぽさも抜けず、自分たちなら力を合わせれば何だってできると思っていたことが、大人になるにつれてその難しさに頭を抱えることが多くなったことを。
世界も人間も魔族もそんな単純なものではない。
だからこそ、ヒイロとマアムも最初アースが「オーガの親友がいる」と口にした時、「そんなバカな」と思ったのだ。
「戦争は終わったが……まだ終わってねえ……そういうことだろ? だからアースは……苦しんだ……あいつが大魔螺旋を使ったことを俺も……御前試合で……」
「そうだ。少なくとも吾輩もソレは認めていないのでな。まだ終わっているわけがないと」
まだ、何も終わっていない、変わってはいない。
徐々に緩やかに変化はしていこうとも、まだアースの想いにまで到達していない。
ヒイロとマアムたちがかつて描いた夢にまでまるで到達していない。
「俺が……自分の息子との時間を捨ててまで辿り着いた今が……これか……」
仕事が忙しい。そういう理由で息子のことを気にかけられなかった。
サディスに任せっぱなしで、アースが何に苦しみ、何に悩み、何を望んでいたのかもヒイロもマアムも分かっていなかった。
「アース……私たちがあなたよりも優先してしまった仕事の成果が……結局これなのよ……情けないわ……私たちは……」
結果、自分たちが息子より優先した仕事の成果は、まだまだこんなものであると、二人は嘆いた。
そして、そんなアースの目の前に……
『……ツエー……おめーら、下がってるべーさ……オラがやるべーさ』
ついに隊長のアオニー自らが前へ出る。
すると、そんなアオニーに捕虜のラルウァイフが慌てて叫ぶが……
『待て、アオニー! そいつは……そいつは……そいつは……アカと繋がりがあるかもしれん! しかも……信じられんが、友と……ひょっとしたら、アカは……生き―――――』
『アカは死んだべーさ! 死んだやつのことなんでどうでもいーべさ! あいつは死んだし、そう報告してるべーさ、お嬢!』
だが、そうやってラルウァイフの叫びを遮るアオニーに、ハクキは切なそうに微笑んだ。
「ああ……そういうことなのだな……アオニー……貴様は……アカのことを……見て見ぬふりをしたのか……解放してやろうと……」
今、全てがつながったと、ハクキは少しスッキリしたように溜息を吐いた。
「そして……『あのとき』、最期に貴様がああいう行動をしたのも……そういうことなのだろう? 貴様自らがアース・ラガンとぶつかり合い、あやつのことを認め……あやつに託そうと……」
そして、アカのことだけでなく、長年ハクキにとって曖昧なままだったアオニーの行動の意味も……
『おい、オメー、死んだウスノロバカオーガの友を騙って何を企んでいるべーさ? そもそも、人間がオーガと友達? ありえねーべさ。小さく脆弱で姑息な人間たちにそんな資格はねーべさ』
『……なんだと?』
『オメーはちょっと強いみたいだが、その程度じゃ信用できねーべさ。まっ、オラを倒すぐらいなら、少しは信じてやってもいいべーさ』
アオニーがワザとらしいぐらいにアースを煽っている姿に、ハクキは改めて笑った。
そして……
「結末が分かっているというのに……過程をちゃんと目に焼き付けたいと思ったのは初めてかもしれんな……アオニーよ……改めて見届けてやろう」
今は亡き戦士の魂に向けて、ハクキは伝えた。
引き続きよろしくお願いします。
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