第五百十五話 族長世界デビュー
『どうか勘弁してください! ほんと、俺らはただの森の引きこもりのヒッキーなんで、どうかイジメないでください。いや、襲い掛かったのはこっちなんで謝罪の上に詫びの品でも金でも宝でも何でも用意しますんで! ほんと、頭が固くて常識欠如しているので、ただのバカを越える更に面倒くさいバカという奴らでごめんなさい!!』
森の中でアースたち一向に先手で攻撃を仕掛けてきた者たち。
しかし、エスピとスレイヤが競い合うようにそれを防いだことで一同無傷。
すると、アッサリと観念した何者かが飛び出してきて土下座する。
その人物の姿に、世界はハッとする。
その一つとして……
「うおお、お、ぉおおおお、森の妖精エルフじゃないか! うわぁ、アースッちのやつ、あんな激レアな種族とも遭遇してたのか!? 幻すぎて存在そのものが嘘か誠かというレベルの方々と、森歩いていたら遭遇とか何なの!? 天空族に続いてあいつのエンカウント率すごいねぇ~」
と、ジャポーネ王都の中にある借家。
広い庭で庭の周りを高い塀に囲まれて外からは中を伺うことはできない。
その庭に面した屋敷の縁側にて、緑茶を片手に空を見上げて興奮して目を輝かせる男が居た。
「いやぁ、昨日はダークエルフも登場してたのにサラリと流されてたから、ここは深堀して欲しいところ。エルフの女性カモン! 森の妖精さん! ほっそりタイプ? 巨乳タイプ? エルフの女性は実は性欲に目覚めると淫獣スケヴェルフになるとかの伝説を是非アースッちに証明して欲しい! 何だったら恋愛イベント起こして是非にエロエロな展開公開大歓迎! 頂戴頂戴オカズ頂戴!」
空に向かって手招きして叫ぶ男の奇行。それに目を細めて引いているのは……
「……『オウナくん』……君の所為でその妖精とやらの登場が霞んでしまう……もう少し静かに鑑賞できないだろうか?」
と、諭すのは同じく屋敷の縁側で腰を降ろしているガアルだった。
「汚らわしくて……ゾッとしますね」
「うぅ……王子ぃ~……やはりさっさと帰りましょうよ~」
そんなガアルの両脇から二人の戦乙女の少女が顔を出す。
ガアルにピトリと寄り添って、坊主頭の男……オウナ・ニーストを青ざめた目で睨んでいる。
「まあ、落ち着きたまえ、『トリバ』……『ディズム』……彼は確かに卑猥なオーラがあるが濁ってはいない……本当に女性に対して直接的なことはしないのだろう。坊やの友人のようだし、地上の文化を色々と学ぶ上で少しぐらい交流しようではないか」
「「ですが……」」
「大丈夫。もし万が一何かあっても……僕が君たちを守るよ♪」
「「王子♥♥♥」」
少し気が強そうではち切れそうな胸を揺らすトリバに、小柄で内気そうな少女のディズム。
三人に向かってオウナは爽やかに微笑む。
「うん、そこは安心して、俺っちはエロはエロでもエロ紳士。何よりも……花は手を出さずに見て愛でるもの。百合の花に挟まれようとしたら殺されると古代人の文化にもあるみたいだしね」
「……よく分からないが、なぜ親指を中指と人差し指の間に挟むんだい?」
「気にしなさんな」
王子の側近として寵愛を受ける回数も多いトリバとディズムの二人とともに、ガアルは天空世界そのものは遠ざけたものの、自身はまだジャポーネ王都に留まっていた。
かつてアースの学友で、現在親がジャポーネ国王の食客ということもあり裕福な屋敷に住んでいるオウナのところに厄介になっていたのだった。
「それにしても、森の妖精エルフというものは初めて聞いたな……見たところ、耳が尖っている以外は地上人と変わらないように見えるが……」
「いやいやいやいや、それだけではないはず。まだ、女エルフも見てないから強くは言えないが……」
「ただ……」
「ん?」
とりあえず文化の交流含めた話し合いは後回しにし、今はアースの鑑賞会。
『いきなり頭を下げて土下座など、何たる屈辱! 下等な人間たちに何故我らが頭を下げるのです! しかも、我らエルフ族の族長が! 『奥様』になんと言うおつもりですか!?』
『いやいや、族長のくせにって、皆が勝手にさせたんだからね? あのツンツンとメンドクサイお嬢様が勝手に俺と結婚したとか触れ回って……勝手にだからね? むしろ皆が俺に頭下げろよとドサクサに紛れて俺は今更ながら抗議の声を上げたい』
そしてエルフの族長の登場、しかも何だか仲間と内輪揉めというイベントに世界中が盛り上がる中、ガアルは目を細めて……
「なんだろう……エルフという種族は初めてなのに……あの族長と呼ばれている男……初めて見たはずなのに……何だか懐かしい気がする……」
これまでエルフという種族すら知らなかった。当然族長のことも初めて見た。
それなのに、ガアルは族長の姿に何か引っかかりを感じていた。
そして、それはガアルだけでなく……
「え!? 王子も……ですか?」
「わ、私もです! 何だろう……あの声とか……なんか、懐かしいというか……」
「……君たちもかい?」
トリバ、そしてディズムの二人も族長に何かを感じ取っているようだった。
自分だけでなく、他の二人まで。
これはただの思い過ごしとは言い難い状況。
「なに? 天空族とあのエルフさん、何か関係あるの? まぁ、何だか発言内容が少し変わっているような感じはするけど……」
オウナは正直ガアルたちのように族長から何かを感じ取ることができずに首を傾げるしかなかった……が……
『族長ももっと危機感を持ってください! 人間たちが何人死のうと構いませんが、地上世界全土が魔族に侵略されたら我々も……』
『ばっか、俺はある意味でエルフ族で一番地上の情勢を気にしているからね。人間滅んだら俺が書いてるディスティニーシリーズの収入が無くなってしまう』
そこでサラリと族長が口にした言葉……
「ぶふうううううううううううううううううううう!!??」
「「「え、えええ!?」」」
それを聞いた瞬間、オウナは口に含んでいた緑茶を盛大に噴き出した。
今度はそのオウナの反応に驚いて首を傾げるガアル達。
するとオウナは目を大きく見開いて……
「ディディディ、ディスティニーシリーズぅぅう!? ま、まさか……まさか!? た、た、た……タケノコ先生ッ!!??」
激しく声を上げた。
「え、いや……どうしたんだい、オウナくん? そ、そんなに有名なのかい?」
「有名なんてものではない! かつてはただのエロノベル……しかしその重厚なストーリーとキャラクターゆえに話題となり、出版から十数年後に過激な描写を排除した全年齢版が出るとそれもまたたく間に売れて大ブームを巻き起こした小説! しかし、その作者は正体不明の謎に包まれているということも……って、えええ!? うそぉ!? 俺っちは初版も全て読んでるよぉ!?」
目を血走らせて熱弁するオウナ。ただでさえオウナにドン引きしていた三人は、その興奮ぶりに更に引く。
だが……
『あんた……ディスティニーシリーズの作家先生か?』
「おや、坊やも反応している。ほ~……坊やも知ってるぐらい有名なのか……なるほどなるほど……」
アースも知っているほどの本……ということで、ガアルも興味は持った。
そして……
『あんた、人間でしょ? 年齢は?』
『……15歳……ですけど』
『俺の作品はエッチぃシーンもあるから、十五歳はまだ本屋で買えないハズ!』
と、当時はまだ全年齢版は出ていなかったためにアースが読んでいるのはおかしいという族長の指摘に対し、アースが顔を顰めて絞り出したのは……
『コホン……あ~……俺の友達の兄貴が持っていたみたいで、その経由で読ませてもらったんだよ……オウナ・ニーストってやつなんだけど……あ~、女騎士とか女魔術師とかメチャいいよな!』
「「「あ……………」」」
「って、ちょっと待て、アースッち! そこで俺っちの名前!? いや、アースっちの口から俺っちの名前が出るのは嬉しいけど、それは違う! それは嘘だ! 俺っちはアースッちにそれは貸してないぞ!?」
アースが誤魔化すためにオウナの名前を出した。
それを聞いてガアル達は……
(((本当に友達だったんだ……)))
オウナが本当にアースのかつての旧友だったということを本人の口から確認できたのだった。
「オウナ……また、随分と懐かしい名前だな……アースにスケベな本を渡して悪影響を与えた忌々しい男だ」
そしてちょうどその頃、カクレテールのいつもの浜辺で、フィアンセイが口元を引き攣らせて呟いた。
「あ、あはは……オウナかぁ~……僕はあまり話したことはなかったけど、あ、明るい人だったよね……」
「……俺は一度も話したことはない……が、確かにやつは転校する前、アースとコソコソ話をしていたような気がするな……ただ、それより……ディスティニーシリーズだと……?」
「オウナくん……噂だけは私も聞いたことが……坊ちゃまの性癖証明に色々と関わった……そもそも坊ちゃまが隠し持っていた大半の本は彼経由だったみたいですしね……しかし、ディスティニーシリーズの作者と出会っていたとは……」
フー、リヴァル、そしてサディスもまた渋い顔を浮かべる。
その様子にツクシたちが苦笑しながら尋ねると……
「え、ちょ、フィアンセイちゃんたち、皆してそんな顔して……その人って、そんな変な人なの……かなぁ?」
「「「「なかなかに……」」」」
「あはは、そうなんだ……で、そのディスティニーシリーズっていうのも外の世界で有名なの?」
「「「「それはもう!」」」」
と、揃って頷いたのだった。
ただ、そんな中で……
「ふ~む……そうか、たしかトレイナの愛読書じゃったかのう? ……そうか……それにしても……エルフ……というより、あの族長とかいう男……」
浜辺で頬杖つきながら、バサラが小さく呟いた。
「……見た感じ力はあまりなさそうなのに、何だかエグイ雰囲気を感じるのぅ……勘じゃがのう」
「エルフって……あ、あいつ、そんなのとまで会ってたのか!? エルフなんて俺も会ったことないのに!?」
「しかもこの頃って、まさに私たちがハクキに惨敗してた時期で……ほんと、あの子は歴史の裏で何やってんのよ!? しかもディスティニーシリーズって確か、帝都でも流行ってた……」
「ああ。本買うとオマケでカードみたいのが入ってて、それも何種類かあって、レアものも交じってるとかで、それを手に入れるために複数冊購入している奴もいて問題になってるとかっていう……」
「その作者がエルフだったなんて……」
息子のエンカウントやその時期に色々と頭を抱えてしまうヒイロとマアム。
自分たちの知らないところで様々な人や種族と出会っている……が、その出会っている内容が濃すぎると、もはや呆れるしかない様子。
そして……
「ふはははは、そうか、意外な事実……あの御方の愛読書を書いたのはあやつだったか……」
ハクキも知らなかった新事実に愉快そうに笑う。
しかし……
「懐かしいものだ……そういえばアース・ラガンと再会した先日……あのエルフはあの場に居なかったな……だが、まだあの本の続編は出ているようだし存命だろう……ん?」
ハクキはその時、『何もない隣』を見て……
「ああ、そういえば『お前』はこの時代はまだ吾輩に憑いていなかったので、あのエルフは見ていなかっ……ん? どうした? …………お前がそんな顔をするなど……なんだ?」
「「??」」
ハクキの笑みが止まり、珍しそうな顔をして隣を凝視。
時折あるハクキの何もない空間を見ての独り言に首を傾げるヒイロとマアム。
そしてハクキは……
「おい、『生きていたのか……』だと? 待て、これは過去とはいえ、貴様が死んでどれだけの年代が経っていると思っている? 貴様とは世代が全然……なに?」
一人で話、一人で疑問を口にし、そして……
「……『第一世代』? なんだ、それは」
更なる疑問の深みに嵌っていた。




