第五百十二話 ノーボーダー
「きゃああー、ガアル様が降臨されたわー!」
「うおおお、ガアルちゃァァァァん!」
「王子様ぁああああ!」
ガアルが落下してジャポーネに降りてしまったことで、王都の民たちは大興奮。
まさに男女問わずに奇声を上げ、建物の屋上に降りたガアルへ向かって走り出した。
「くっ、騒がせてしまった……急いで飛び……ッ!」
ガアルも慌てて翼を羽ばたかせて空へ戻ろうとしたが、そこでピタリと止まってしまった。
そしてオロオロしながら自分のミニスカートの裾を引っ張りながら……
「今、空を飛んだら……ま、また、下から見られてしまう……」
慣れないスカート故、一度それで恥ずかしい想いをした以上はどんな行動も怯えてしまう。
いつもスラっとして堂々と爽やかなガアルが、内股になってモジモジしていた。
「はっはっは、かーいーなー! 王子様、鑑賞会ではそんなんじゃなかったのに、どうしてこうなったの? ってか、スカート穿くイメージもなかったけど、穿き慣れてないの?」
そんなガアルの姿に坊主頭の男はケラケラと笑う。
そんな坊主男にガアルは顔を赤くしながら睨みつける。
「わ、悪かったね、穿き慣れていないさ……に、似合わないというのは分かっているから……今までは穿かずに……」
「いやいや似合っているというか、エッロい似合っているよ? エロエロと金取れるぐらい」
「お世辞は言わなくていい。似合っていないさ。だから、いままで穿かなかったんだ」
「あ、そうなの? でも、それならなんで? 露出に目覚めた? 実は恥ずかしいけど見られることに興奮を覚える領域に足を踏み込んでしまったのか!」
「違う違う! 何故君は鼻息荒くしているんだい!」
何故穿きなれていない、自分の評価では似合わないと思うスカートを穿いたのか?
するとガアルは……
「僕は女の子が好きなんだ。だけど……女の子の可愛らしい格好が嫌いなわけじゃないんだ。ただ、僕には男っぽい格好の方が似合っていると言われたし、それで多くの女の子たちが喜んでくれたから……でも、ぼ、僕も……分からないけど、坊やと会って以降……分からないんだけど……」
「┐(´д`)┌」
「って、何だ君のそのヤレヤレみたいな顔は!?」
俯いて恥ずかしそうに語る心境に、坊主男は呆れたように溜息。
すると坊主男は……
「はぁ~、ハイスペックな超美形で好きに女の子をエロエロできる王族でも悩むんだねぇ……まるで、コンプレックスで色々悩んでいたアースッちみたいだ」
「ッ!? あ……そ、そういえば、君はあの坊やと友だと……」
「ああ。アースッちは俺っちが気になった『二人のクラスメートの内の一人』……懐かしい」
アースの名を口にして、その瞬間ガアルはハッとして坊主男の話に耳を傾けた。
「アースッちもアカデミーで色々と悩んでいた。勇者の息子らしくしないと皆に何か言われるってのを気にしてた……いつも誰かの視線を気にしていた……それこそ幻滅されるからと堂々と人前でエロ本を読むこともできないぐらいに……まぁ、あいつが隠し持っていたことはメイドさんや姫様にはバレバレだったけどね」
どこか遠くの空を見つめて昔を懐かしむように坊主男は語りだした。
「俺っちはリヴァルやフーたちと違ってそこまで優秀じゃなかったから……だからせめて……一緒に居てもあいつがカッコつける必要のない奴になってやろうって感じだった……高め合うことはできないけど、くっだらねーバカ話をできる、気さくにエロトークできるぐらいの友達に。まぁ、俺っちはそこから引っ越して転校しちまったけどな……」
そして、出会った瞬間からふざけたことばかりを言ってガアルを怒鳴らせた坊主男だったが、アースのことを語るその表情はどこか穏やかで……
「あの御前試合やら鑑賞会やら、あいつは何だかスゲー事になってるけど、一つだけ安心したのは……しんどい訓練やら戦いやらの連続だけど……楽しそうにしてんじゃんって思った。勇者というものにこだわらなくなってた」
どこか楽しそうで嬉しかった。
そして坊主男は改めてガアルを見て笑う。
「だからいいんじゃねえの? あんたも、他人の視線なんか気にしないで自分の着たい格好をすれば……自分の好きなように生きれば。スカートだろうとノーパンだろうとバニーとかマイクロビキニアーマーとか、あのヤミディレさんという方のように貞操帯でもウェルカム♪ 俺っちは好みです。そして是非とも着てみるのはいかがでしょう? なんだったら、魔法女学院の制服と。これならきっとアースッちも勃ちあがるはず!」
「うむ……むぅ……って、待ちたまえ! 何だいその格好は! 死んでもそんな格好なんてしないよ! そんなの坊やに見られたら……軽蔑される……」
いずれにせよ、ガアルは「よく分からないが、変な奴」と坊主頭を判断し、あまりこれ以上関わるのはやめようと心に決めた。
すると……
「あ~ん、見つけましたァ、ガアル様ァ~ん!」
「はあ、はあ、パンティー白なんだな、ガアルたん」
「ああ、あなたは王子様、私の王子様……どうか私もお空に連れて行って!」
「ガアルちゃん、是非とも、是非とも俺の嫁にぃ!」
「翼、触ってもいいですか?」
「どうぞ飛んでください!」
と、変な時間を取られていたせいで、興奮したジャポーネの民たちが屋上へ駆けあがってきた。
「ぐっ、し、しまった……地上の人たちとここまで接近する気は無かったのだが……どうしたものか……」
ガアルは本気で困ってしまった。
こんな格好で飛びたくない。だからといって目の前の人たちを気絶させてからなどは論外である。
事を荒立てず、恥ずかしい思いもせずにこの場から立ち去るには―――――
「あらら、エロエロとお困りのようだね。この国は今、『あの女の子』の所為で色々と縛り付けられている感じだからハメ外している感じ? 仕方ない……みんなちょっとエロエロをすっ飛ばして落ち着きな!」
「……これは……魔力? 魔法! 待ちたまえ、何を――――」
その時だった。
ガアルの状況に坊主男は笑いながら瞳を光らせ……
「古代魔法・ワイズマンズタイム!」
「「「「ッッッ!!!???」」」」
その光が屋上に集った民たちに満遍なく注がれる。
「な、なんだ、この魔法は……光? 攻撃ではないが……聞いたことがない」
ただ光るだけ。民たちに外傷があるわけでもない。
であれば、精神系の魔法か?
ガアルが自然と坊主男の放った魔法を分析しようとしたとき……
「あ、あれ? 私たち……何をキャーキャーと……みっともない……」
「なにやってんだ、お、俺、た、たかが女のパンツであんな……」
「しかも相手は天空世界の王子様がいらしたというのに……」
「恥ずかしい……ジャポーネの恥を晒してしまった……」
「うう~~~、私たち、何やってんの?!」
激しい興奮状態でガアルに駆け寄ろうとした民たちが、急に冷静に落ち着いた態度を見せ、そしてつい今さっきの自分たちのみっともない行動を思い出して自己嫌悪で悶えてしまっている。
「こ、これは一体……」
「なぁに、ちょっと皆を落ち着かせただけ……まぁ、数分で元に戻っちゃうから気を付けて~」
「お、落ち着かせる?」
先ほどまでの熱狂が嘘のように打って変わった民たちの姿にガアルも目を丸くして戸惑う。
すると坊主頭はケラケラ笑い……
「ほら、今のうちに走って逃げようか? これ一緒に被って」
今度は何かを取り出した。
「光学迷彩マント」
それは、マントのような布切れ。
それを坊主男はガアルと一緒に頭に被ると……
「とにかく、天空王子様に謝らないと、とんだ粗相を……あら?」
「え? あれ? さっきまでそこに居たのに……居ない?」
「あ、あれ? ガアルちゃん?」
自己嫌悪で頭を抱えた民たちがガアルに謝罪しようとした瞬間、ガアルの姿はなかった。
しかし、実はガアルは一歩もその場から動いていない。
ただ、その姿を民たちが見つけられないだけ。
「こ、これは……」
「し、静かに。目くらましなだけで、存在はしているんだから、分かる人には分かっちゃうから。ま……我が家もエロエロとコネがあってね♪」
「マジックアイテム……ではない。これは……」
それは魔法ではない。ただ、原理の良く分からない未知のアイテムであることをガアルも理解した。
そして、ますます坊主男の存在に疑問が深まった。
「君は何者だ? どうして僕を助けてくれる?」
すると男はいやらしくニタリと笑い……
「ふふふ、俺っちの目は誤魔化せない。君は爽やかに見えて、実はかなりのドスケベなエロい人だ!」
「な、そ、そんなことは――――」
そんなことはない……と言おうとしたガアルだったが、頻繁に女の子たちと夜な夜な……ということで強く否定できず、そんなガアルに男はさらにニヤリ。
「エロい奴は皆仲間だ。種族が違えど、エロイズノーボーダーだ!」
「……?」
もはや意味不明の言葉を自信満々に誇らしげに言う男。
とにかく訳の分からない変な男であり、これ以上一緒に居るのはまずいと思ったガアルだが……
「安心して、俺っち、エロいけどリアルで女の子にエロいことするほど道は外さねえ。ましてやアースっちの友達相手にな。だいたい、俺っちには恋人がいるしね」
「そ、そうか……ん? き、君には恋人がいるのかい?」
「ああ、もちろん」
ガアルは少し驚いて目を丸くした。
特に容姿が優れているわけでもなく、更に発言もかなり引くような内容だった目の前の男にもちゃんと恋人がいるのだと。
だが、男は驚くガアルに対してどこか誇らしげに右手を掲げ……
「この右手が俺っちの恋人さ……これからも……」
「…………?」
「何かが間違って、俺っちの恋が成就しない限りね……そういえば……あの子……どうしてるかな? アースッちの他に俺っちが気になったもう一人のクラスメート……」
カッコつけているが意味が分からずまたポカンとした。
ただ、何かの想いを胸に抱き、坊主男は目を細めて遠くの彼方を見つめた。
「それと、どうして俺っちが助けるかの本当の理由は……なんか気になっちまうんだよ。俺っちと違って、本音をさらけ出さずに生きている奴らを見ると……昔のアースッちや……この国の新しい后様や……俺っちがかつて恋した女の子やら――――――」
「へくち……」
「……コ、コマンちゃん、どうしたの? パナイかわいらしいクシャミしちゃって……」
「いえ、ただ……何となく悪寒が……」




