第五百十話 興味本位で聞いただけなのに……
アミクスの頼みもあって、ノジャに優しくしてあげることになったアース。
確かにノジャに精神的な傷をつけた原因の一人であるという自覚もあるため、アースも無下に放置はできないと感じ、ならばどうすればよいか?
その悩みを相談する相手は、一人しかいなかった。
『余もノジャとは相当付き合いは長い。魔王軍の中で一番付き合いの長いハクキに次いで、ノジャは二番目に長い。しかし、それでもアレほど落ち込むノジャを見たのは初めてかもしれんな』
「あ、そうなんだ……」
朝食を済ませて少し周囲から離れて河原で佇むアースとトレイナ。
だが……
『パリピもエグイことをしたものだ。正直、今のノジャにかける言葉が思いつかん……』
「んなこと言わないで、なんか考えてくれよ~……そもそも尻にぶっ刺せって提案したのあんたじゃん」
『んな!? いや、効果音を付けたのはパリピではないか! そもそもあの時の貴様ではノジャ相手に生き残るにはああするしかなかったのだ!』
トレイナをもってしても今回のノジャの傷つきぶりは初めてと言うほどのものであった。
「……え、エロい本をプレゼントするとかじゃ元気にならねえか?」
『……普段のあやつでも本ごときで喜ぶとは思えんな……それなら、まだ貴様が脱い……いや、うん、思いつかん』
「マジかよ……頭撫でるだけで生き返るとも思えねえし、でもそれ以上の……え、エロいことをするとか、そういうのは俺も流石に嫌だぞ?」
『分かっている。だから余も思いつかぬ。あやつも喧嘩相手だったカグヤが死んだとき、色々と感極まって涙したりもしたが……まぁ、それぐらいだろうな……あやつが暗くなったのは。……余が死んだ時どうだったのか気になるところだが』
と、少し皮肉をこめたトレイナの言葉に苦笑するアース。
「てか、その女勇者カグヤってバサラだけじゃなくて、ノジャとも仲良かったのか? そのハクキの後ろにいる奴っぽいの」
『いや、喧嘩相手……いや、仲が良い……か……まぁ、互いに戦争をしている身だったが、奇妙な関係性ではあったといえばそうかもしれんな。全てを曝け出してぶつけ合える相手というのはな。ただ、そうか……もしカグヤの霊体が存在しているのであれば、昨夜のことをカグヤも見たわけか……ふふふ、普段笑わぬあやつも流石に笑い転げているかもしれんな』
昔を懐かしむように目を細めるトレイナ。
その姿にアースは思うところがあった。
「カグヤ……ねぇ」
アース自身が生まれるよりも遥か大昔の住人。
それこそ、両親であるヒイロやマアムたちが戦争をしていたころよりも、更に大昔の事。
教科書にも載らない、もはや伝説と化したおとぎ話の住人であるカグヤの話にはアースも全然ピンと来ないものがあった。
ただ、話を聞いているうちに……
「……てか、前から気になってたんだけど……」
『なんだ?』
「女勇者カグヤが死んだとき、なんであんたたちは地上を征服しなかったんだ?」
『…………』
アースも少し興味を持つようになった。
「いや、ほら……当時の代表的な勇者であり、あんたもハクキもバサラも、そしてノジャも認めるぐらいの凄い勇者だったんだろ? でも死んだんだろ?」
『まあな……』
「でさ、そのカグヤが死んだってことは当時の代表的な勇者が死んだってことで、戦争は魔界の勝利になったんじゃねえのか? なのに、何でそこからもまだあんたたちは地上を占領できずに、更に何百年かは知らないが、親父の代まで延々と戦争してたんだ?」
アースも過去の戦争や六覇の力を体感したからこその疑問。
大魔王トレイナを筆頭にハクキたち六覇もいた魔王軍。
しかし、かつての勇者であるカグヤが死んだ後も地上を征服できずに、ヒイロやマアムたちが現れるまでずっと戦争を続けていた。
それは何故か?
『まぁ、貴様たちの世代は大昔のことや、『深海世界』や『継承』のことも教科書では語られんようだからな……』
すると、トレイナはアースの疑問に納得したように頷いた。
そしてトレイナはゆっくりと語りだし……
『まず、カグヤについては、奴は既にその力を後継となる勇者に継承していたからだ……だから、代わりの勇者が既に存在していた』
「……え?」
『そして、余ら魔王軍がどうして簡単に地上を征服できずに貴様の父の代まで長々と戦争が続いたのか……それは単純に魔王軍の敵は地上の人類だけではなかったからだ』
「は?!」
『それこそ、ヤミディレとて元々は天空世界からの刺客だしな。まぁ、あやつは裏切り、天空世界も早々に手を引いたがな』
それは、アースもただの素朴な疑問で聞いただけの話だった。
しかしトレイナが語りだした話は……
『童も『深海世界』……というものを聞いたことがあるだろう?』
「……深海……って、おとぎ話の……伝説の漁師が助けた亀に的な……?」
『そうだ。実は魔族の地上世界への制覇に乗り出すには魔界側は深海世界との争いも避けられなかったのだ。そもそも人類と魔族の二種族のみの争いというのは今から数十年以内の話であり、実はそれより昔……ヒイロたちの前の世代までは、魔界の敵は地上の人類と海の深海族だったのだ』
教科書に載っていない伝説の話。
「え!? いや……で、でも、深海世界との争いって聞いたことねぇぞ?」
『それはそうだ。人類は、深海族を、魔界と所属が違うだけの『海の魔族』として一括りにしていたからな。それに深海と人類は争っていたわけでもなく、交易していたわけでも手を組むわけでもなく、あくまで魔界が争っていただけである。人類からすれば深海世界はそれほど認識していなかったのだ』
「は……は~……」
『いずれにせよ、深海世界という憂いがあったことで魔界も大規模に戦を展開できず、そしてそれゆえに、魔族も深海も人類も小競り合いを数百年も繰り返してきたのだ。カグヤの時代は、深海の海神の娘と人間の漁師イリエシマが結ばれたりしたことで、人類の一部が深海を認識して手を組みそうになるという厄介な事態にもなった……まあ、それもイリエシマが死ぬまでだが……そういうわけで、カグヤが死んだからといって、簡単な話ではなかったのだ』
魔界側も深海世界という憂いがあって、大規模な戦を簡単にできなかった。
その後も大規模に発展せずに小競り合いが続いてきた。
それが理由……と語るが、アースも頭の中で整理するには数秒かかる大きな話であり、トレイナはそれを淡々と続けた。
『さらに、魔界はカグヤの死後にバサラもやる気を無くしたことで、戦力も大幅に失っていたため、当時の魔界もまだ盤石ではなかった。それが理由だ』
それは、もはや今の時代で知っている者が何人いるかどうかのレベルの重大な話であった。
「でも……待ってくれ……じゃあ親父たちの前までってことは……それ以降は何で人類と魔族の大規模な世界大戦になったんだ? 深海世界はどこ行ったんだよ!」
そう、昔は深海世界という憂いもあって大規模な全面戦争ができずに途方もない睨み合いや小競り合いが続いたのなら、どうしてそれが無くなったのか?
だが、それには至極単純な理由であり……
『それは……数十年前に深海世界の主要都市が滅んだからだ……それにより、深海世界はほぼ滅亡……』
その憂いとなる深海世界が滅んだからだという理由である。
「滅んだ……え? 深海世界って滅んでるの? それってつまり……あんたたちが?」
『ほぼ滅亡ということで絶滅まではしていないかと思うが、それでもほぼそう言っても差し支えないレベルになった。だが、それをやったのは魔王軍ではない』
「……え?」
ただし、その滅んだ理由はまた少し事情が変わり……
『それをやったのは意外にも、敵対をしていなかったはずの人類側……人類にとっておとぎ話のような世界となっていた深海世界は、ある一人の人間によって唐突に滅ぼされた……その事実を人類は知らん……ってこれ、言って良いことなのか? ……まぁ、今更だが……』
アースは話の流れから、人類があまり深海世界を意識していなかったという話から、魔王軍が深海世界を討ち滅ぼしたのだと予想した。
だが、事実は……
『それは、『ツナ』という一人の人間の手によって始まった。そして、人類と魔王軍の史上最も濃密な十数年に及ぶ世界全土にまで広がる全面戦争が幕を開けたのだ』
「……え? ……ツナって確か……」
その事実にアースも食い入るように聞いていた……その時だった。
「お兄ちゃぁあああああん!」
「お兄さんッ!」
「ハニーッ!」
と、そこで自分を呼ぶ三人の声が聞こえてアースは慌てて振り返る。
すると、血相を変えたエスピ、スレイヤ、シノブが慌てて駆けつけて……
「お、おお、お前らどうしたんだよ急に!」
慌ててトレイナとの会話を中断して振り返るアース。
するとエスピたちは……
「なんか……ジャポーネの王都の上空に……と、とんでもないものが現れたって!」
「……上空?」
深海の話をしていたところで、現実は空の話が割って入ったのだった。
御世話になっております。
以前紹介させていただいた作品のノクターンノベルズ版を投稿始めましたので、ご興味ありましたらお願いします!
『冗談で口説いたら攫われた大魔王~知らなかった? 女勇者たちからは逃げられない♥』
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