第五百九話 翌朝の動き
鑑賞会後の翌朝、魔水晶を使った人類の世界首脳会談。
『え~……申し訳ありませんが、陛下は……急病で……そ、その、主要な大臣もまた急病で……』
「……………」
前日の首脳会談では、帝国のソルジャ相手に強い非難と遺憾の意を表明していたベトレイアル王国であったが、本日は国王もトップの大臣も不在。
腰の低そうな代理が顔を青くしながら謝罪する中で、ソルジャを始めとする誰もが同じ思いを抱いた。
――あの野郎、逃げやがった!!
そう、昨日の鑑賞会ではエスピの絡みでベトレイアル王国には不利になる情報ばかりが明るみになってしまった。
エスピに対する非人道的な扱いや、連合軍加盟国でありながら秘密裏に勝手に行動したり、エスピを使っての諜報や暗殺の示唆など、これまで世界が知らなかったことを、世界中の者たちが知ってしまうことになった。
『そ、そして、申し訳ないのですが、昨晩より、その……情けない話ですが、王都で民たちが暴動を起こしておりまして……今その対応で……』
代理の役人の言葉。王や大臣たちが一斉に急病になったのは嘘だとソルジャたちは見抜いていたが、民たちの暴動に関しては本当のことだと、独自のルートで承知していた。
自国の民たちがかつて王や今の大臣たちが行っていたことに憤り、行動を起こしているのだ。
全ては鑑賞会でのアースがキッカケであったことからも、ソルジャは代理の役人に哀れに思いつつも、十数年後の今になって明るみになったクンターレ王たちのネガティブな情報に、少しだけ溜飲が下がっていた。
『にゃぷぷ、ま~ったく都合が悪くなって仮病とは、みっともないでおじゃるな~』
『い、いえ、王は本当に……』
『ぷは~、批判するときは強気なくせに、自分が批判されそうになると逃げ回る……呆れたものでおじゃる~。魔水晶ならベッドの上からでも映せるでおじゃる。顔だけでも出させたらいいでおじゃる~』
『う、うう、そ、それは……』
ただ、仮病と分かっていてもそれを口にできるわけがない各国の首脳たちの中で、ジャポーネのウマシカだけは違った。
ふんぞり返って煙管を咥えながら、ベトレイアル王国の状況に笑っていた。
「……ウマシカ王……今のは少々失礼かと(おお、よくぞ言ってくれた。だって、本当のことだし)」
『さよう。どのような健康なものでも病にかかるときはある(おお、このブタを「よく言った」と思う日が来るとは……)』
『人の病気を揶揄することは誹謗中傷である(いいぞ~、もっと言え)』
ウマシカの言葉にソルジャたちは表面上では注意するが、内心ではガッツポーズだったりした。
だが、そんなウマシカだったが……
『まあ、それはそれとして、帝国の方もいい加減にまだアース・ラガンという小僧の居場所が分からないでおじゃるか?』
「……それは……申し訳ないが……」
『あの男、朕の弟の娘で……いや、もはや逆賊オウテイの娘であるシノブと繋がっていたでおじゃる。ジャポーネの逆賊であるシノブと関りがあるなど、帝国は―――――ん?』
ウマシカ自身も間もなくそれどころではなくなる。
『な、なんでおじゃるかァ!?』
「ジャポーネ王!? どうされた、ジャポーネ王!」
突如、魔水晶の向こうで激しく取り乱すウマシカ。
そして……
『きょ、巨大な雲が……なんでおじゃるかアレはァアアアアアアア!?』
天空世界がジャポーネの上空を悠々と通って行ったのだった。
「……平和に起きてしまった……」
エルフの集落で目を覚まして起き上がるアース。
ぐっすり眠れて快調。衣服の乱れもないし、部屋の中や周囲に怪しい気配もない。
「……襲われてない……」
自分の貞操が無事であることを確認して立ち上がるアース。
寝室から出ると、丁度起こしに来ようとしていたエスピと鉢合わせする。
「あっ、お兄ちゃん……おはよ」
「おう……なぁ、エスピ……昨夜は……」
少し気まずそうにしながらアースが伺うと、エスピは苦笑して……
「うん……私もスレイヤ君も久々に就寝中のお兄ちゃんの護衛の必要なくグッスリ寝れちゃった……」
「は……はは」
そう、エスピはアースとこのエルフの集落に来てから、スレイヤと交代で就寝中のアースを見張っていたのだ。
それは、自分たちが寝ている間にアースがどこかに行ってしまわないように……という可愛い理由ではなく、毎晩アースの貞操を狙おうとする淫獣からアースを守るためであった。
しかし、昨晩はそれが不要であった。
「で……あいつは?」
「……庭を見てみて」
エスピに指さされて廊下の窓から外の庭を見る。
そこには……
「はんにゃーらーらー……はんにゃーらーら……あぶだすてー、あぶだすてー……こっくりさんこっくりさん……なんまんだーなんまんだー……」
ぐったりとして魂の抜け殻。
「あ~……わらっておるのじゃ~……ふだんわらわぬカグヤですら草葉の陰で幽霊になって腹抱えて笑ってそうなのじゃ~……」
無表情で一切の生気のない状態でブツブツと意味不明な言葉を繰り返しているノジャが、木陰で空を見上げていた。
「……生きてるけど死んでるな」
「うん……流石に一晩経っても全然ショックから立ち直ってないみたい……」
「……で、でも、昨日の……『あの音』はパリピの加工で……」
「だけど、世界中の人たち……魔界も含めて皆はそう思わないよね……」
「……だよなァ……」
原因はパリピではあるものの、アースとエスピも直接的なことをやってしまったわけで、とはいえこっちも命がけだったし向こうもそれまでの変態的な振る舞いで自業自得とも言えなくもなく、ようするにアースたちも何と声をかければいいか分からない状態だった。
「あ~……ノジャちゃん……」
「あらあら……まぁ、気持ち分からなくもないけれど……」
そのとき、既に起きて朝の支度を整えていたアミクスとシノブもやってきた。
「あ、よう、お前ら」
「おはようございます、アース様」
「おはよう、ハニー……爽やかなのか、暗いのか良く分からない朝ね」
二人ともこれまでは朝起きてアースとちょっとした甘酸っぱい出来事がある展開が続いていたのだが、今日ばかりはそんな様子はなさそうだった。
「ねえ、エスピ姉さん。ノジャちゃんって……何歳ぐらいなのかなぁ?」
「え? さぁ……人間の私たちじゃ考えられないぐらい……何百歳とかじゃない?」
「……そっか……」
「アミクス?」
アミクスが暗い表情を浮かべる。ノジャの年齢を聞いてより一層。
それは……
「私は生まれてまだ十数年だけど……ノジャちゃんは何百歳……その間、ずっと独身なのかな? いずれにせよ、ずっと独身だったノジャちゃんが、十数年前に出会ったアース様に恋をしたのに、歴史を歪ませないようにエスピ姉さんとスレイヤ兄さんと同じようにずっと我慢してたんでしょ?」
「うん……我慢……ノジャは……う~ん、油断したらお兄ちゃんを攫おうとしていたけどね……」
「でも、そうしなかった。そして、ようやくアース様と再会できた。これからは、一人の女の子として好きに恋愛のアプローチができる……特にノジャちゃんは私と同じでアース様と時間の感覚が違うから、一日一日がすごい大切で……それなのに……あんな……あんな……」
そう、ノジャはノジャなりにアースのことを想っており、ノジャなりにアースと再会していい時期まで我慢していたのだ。
そしてようやく解禁になったかと思えば昨日のアレである。
「あんな……ブリブリなんて!」
「ちょ、アミクス駄目だよぉ! 女の子が、ぶ、ブリブリとか、下品な言葉お姉ちゃん許さないから!」
「で、でもぉ……ノジャちゃんが可哀そうすぎるよぉ! ねぇ、アース様……ほんのちょっとだけ、ノジャちゃんと……その、え、エッチなことまでじゃなくて、少しだけ優しくというか……いいこいいこぐらいしてあげること……できませんか?」
「ぬぅ……お、俺が……ノジャに……ヤサシクスル? アタマヲナデル!?」
少しぐらいノジャの心が報われても良いのではないかというアミクスの純粋な願い。
アースも戸惑うが、シノブも難しい顔をしながら……
「確かに私が同じ立場なら舌噛んで死んでいるわね……好きな人だけではなく、世界中に痴態を知られるなんて……まぁ、ハニーがああいうマニアックなプレイをご所望ならば……私は……」
その言葉にとてつもない重みがあり、流石にアースも思い悩んでしまった。
「アース様……人間と異種族の恋愛は……難しいと思うけど……でも、優しく……そう……恋愛は……うぅ~~」
「アミクス、あ、おい! あ~、もう分かったよ、ちっとは優しくするから、なんでお前が泣きそうになるんだよ!」
「うぅ、ごめんなさい、なんか感極まっちゃって……」
アミクスもまた、色々と思うところがあったために気づけば泣いてしまい、慌てたアースがその願いを受け入れることを了承した。
そんなアミクスにエスピは苦笑する。
「んもう、アミクスってば……別に異種族だって……ほら、お兄ちゃんとクロンちゃんだって……あ、シノブちゃんの前で言うのもアレだけど……」
「でも、エスピ姉さん……二人はまだ結ばれているわけではないし……」
「むぅ……」
そう、魔族や獣人などは違う種族と結ばれることは珍しくはない。
しかし、人間と魔族では?
クロンとアースは世界が微笑ましく感じる二人組ではあるが、別にまだ結ばれているわけでもなければ、恋人同士なわけでもない。
そう、アミクスの言う通り、人間が魔族などの異種族との恋愛は非常に難しいのである。
だが、無くはないのである。そして、それを世界がまだ知らないだけなのである。
そして、それを体現している者たちが実際に居るのである。
それは、ナンゴークの地にて――――
「は? どういうことだよ、ダーリン!?」
「いや、ワシもどういうことだか……ただ……ワシらの家に訪問したいという者たちがいると、橋の建設現場の監督から……」
「いや、それはいいんだよ! 問題は、誰!? 誰が、今、誰が会いに来るって!?」
島の居住地。そこには5人家族が居た。
「「「おかーさん、ごはーん!」」」
「あ~、ちょっと待ってろ! すぐ作っから! で、ダーリン、もう一度、もう一度!」
三人の可愛らしい娘たち。そして肉体には、人間には本来備わっていない翼が生えていた。
そう、娘たちは人間とハーピーの混血。
父は人間であり、母はハーピー。
そこには、人間と魔族が結ばれて築かれた家族が居た。
「で……ダーリン……誰が来るって?」
「……女神のカリー屋調理担当……クロン……と……母親が一緒にとのこと」
男の言葉に妻であるハーピーは顔を引きつらせる。
「な、なぁ、クロンって……アース・ラガンの鑑賞会に出てた、アレ的な……母親って……母親って……」
「……背中にハーピーとは違うが、翼が生えているそうだ……」
「ぶっぼっ!?」
そして、汗をダラダラ流しながら俯きながら男が呟いた言葉に、妻は卒倒した。
「ちょおおおお、それってヤミディレ大将軍じゃねーかよ!? え!? 何でここに!? 建設現場にいたの?! いや、つーか、なんであたいらに会いに!? え? まずくね!? あたい……脱走兵ってことになってるし、いや、懸賞金はねえけども……やべえ、どうしよ、ダーリン! ひょっとして、昨日の鑑賞会であたいが出てきたから!?」
「ぐぬ、う、あ、安心しろ! ヤミディレとクロンが何しに来るか分からんが……お前も娘たちも、ワシが死んでも守る! かつては豪将と呼ばれたワシが、愛するお前たちを、そしてこの幸せを守ってみせる!」
「だ、……ダーリン……う、うう、ダーリン!」
驚き、怯え、恐怖する妻を力強く抱きしめながら、夫は叫ぶ。
「ごめんな、ダーリン……あたいが……本当はダーリンは日の当たる世界で今頃、国の最高幹部にでもなって……」
「くだらぬことを言うな! ワシは地位よりも名誉よりも何よりもお前を選んだのだ! むしろ、こんな……地位も名誉もないワシのような頭の禿げたブ男を選んでくれたお前にワシは感謝しかないのだ」
「ダーリン……~~~~っ、ダーリン♥ んちゅっ♥ ちゅっ、ちゅっ♥」
「わ、こ、これ、子供たちが見ておるぞ……」
夫の言葉に妻は感激し、蕩けた顔で夫の首にフサフサの羽のついた腕を回して濃厚な口づけをする。
それを三人の娘たちはニヤニヤしながら……
「おとーさんとおかーさん、ちゅっちゅ!」
「おとーさんお気遣いなく~」
「いつものことだもんね~♪」
と、気にせず笑い……
「ダーリン! 四人目……つくろーぜ♥」
「「「おかーさん、今度は弟がほしー!」」」
「おっしゃー、まかせろー! ベッドに行くぜ、ダーリン……ん? って、そうじゃなくて、ヤミディレ大将軍来たらマジでどーする!?」
そこには、まぎれもなく種族の壁を超えた人間と異種族の愛が存在しているのだった。
御世話になっております。
以前紹介させていただいた作品のノクターンノベルズ版を投稿始めましたので、ご興味ありましたらお願いします!
『冗談で口説いたら攫われた大魔王~知らなかった? 女勇者たちからは逃げられない♥』
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