第五百二話 このパターンは?
ほのぼのとしていた時間だったのだ。
つい先ほどまでは。
「……アースは……歴史に影響を及ぼさないために、目立たずに行動してシソノータミを目指す……はずだったよな?」
「……もう、見ただけで分るわ。ゲンカーンの港町から上がる炎……アレは火事じゃない……昔から私たちが見てきた……」
アースがスレイヤに絡み、スレイヤはひねくれていて、そしてアースにかまわれているスレイヤに嫉妬するエスピ。
二人とも、本当に年相応の子供のような感じで、そんな姿に世界がホッコリしていたのだ。
ヒイロとマアムも、自分たちが見たことのないエスピの一面を見たことに寂しさは感じていたものの、そんなエスピの表情を引き出せた息子に「すごいやつだ」と感心していたのだ。
そんなほのぼのとしていた航海で、ようやく目的の港に到着するかと思われた時、状況は一変した。
「港町ゲンカーン……ああ……そうだな……そんなことが……ああ、確かに報告ではこの時代にこんなことも……なるほどな」
驚いてはいないものの、合点がいったという様子で頷くハクキ。
「アレは戦争だ! ゲンカーンが魔王軍に襲撃されたんだ!」
「あ~もう、どうだったんだっけ? このころって……もうあっちこっちで戦争あったし、十年以上も前だし……」
そう、それは、戦の光景。
『お、おいおい、うそだろ……ゲンカーンが陥落したってのかよ!?』
『そうだ、あの街には現在……歴戦の豪将……マルハーゲン将軍が居るんだぞ?』
そして、既に陥落していると分かるほど、街から激しい炎が上がっている。
それは、かつての大戦期では世界中で起こっていた珍しくない光景でもある。
だが、それでも一つだけ違うのは……
「どうすんだよ、アース!」
「どうするって……でも、ここでアースが関わるわけにも……」
そう、自分たちの息子がその地の目前にいるとなれば話が大きく変わってしまう。
ましてや、アースは歴史に大きな影響を与えないよう、目立たないように行動しているのだ。
ならば、ここからどうなる?
「ん? 待てよ? マルハーゲン将軍……って……死んでねーよな?」
「え? あ、うん。そうよね……とっくに引退はされてたけど……うん、確かに存命よね?」
「ああ。いつだったか、ソルジャが言ってたな……たしか……どっかの島国の……『ナンゴーク』だっけ? で、隠居してるとか……」
「それはどうでもいいわ! とにかく、あのゲンカーンの様子はどう見ても陥落しているけど……将軍は生きている……ってことは……」
戦争は敵将の首を獲るのが基本。
だが、それ以外にも敵将を捕えて捕虜にするということも珍しくはない。
「……マルハーゲン将軍が魔王軍に捕らえられて、捕虜の交換とかそういう交渉あったっけ?」
「ないわ……。ひょっとしたら、撤退したとか……?」
だから、敗戦の将が生きている場合は、生け捕りにされたか、全滅する前に撤退したか、もしくは……
「もしくは、『誰かさんたち』に助けられた……という場合も考えられるな」
「「ッッ!!??」」
と、ハクキが既に答えが分かり切っているようなことをあえて口にする。
そのニヤニヤとした笑みにヒイロとマアムはビクッとなる。
そう、この状況をどうにかできる『誰かさんたち』とは?
そんなの考えるまでもなかった。
『人間ども……逃がさないわ?』
『ふふふ、男もけっこういるね……調教してあげる』
そのときだった。
混乱する船に、忍び寄る魔の手。
魔王軍の兵がアースたちの乗っている船に気づいて飛んできたのだ。
「ハーピー!? 魔王軍の女兵士たち……!」
「ヤバい、見つかったわ! アース!」
「おお……アマゾネス部隊か……懐かしい……」
そして、もはや避けることはできない。
躊躇いも慈悲もなく、人間たちを蹂躙してやろうと涎を垂らした魔王軍の兵たちが……
「まずいぞ! アマゾネス部隊っていったら、かなり名の知れた残虐非道で特に男たちに対しては――――」
「よりにもよって、あの変態ノジャのお抱え部隊じゃないのよ! 色んな意味でアースが危ないわ!」
そしてその恐ろしさをよく知るヒイロとマアムだった……が……
『うるさい、魔王軍。ぶっとべ。てりゃ!』
『『『『『ぎゃ、ぎゃあああああああああああああ!!!???』』』』』
『お兄ちゃんに手をだすやつ、全員ぶっとばす。むふっー!』
そもそも、この状況は冷静に考えれば『まだ』そこまで危機ではないということを、ヒイロもマアムも一瞬頭から抜けていたのだ。
「あ、エスピ! そっか……エスピ居るんだし……」
「……そ……そうよねぇ! そうなるわよねぇ……いや、そうだったわ……」
「だろうな。そもそも、貴様らの息子こそあの程度の部隊に何の心配もいらぬだろうに……」
たとえ相手が名の通った魔王軍の部隊だろうと、その船には七勇者のエスピが乗っているのだ。
そして、六覇たちと激戦を繰り広げてきたアースも居るのだ。
ヒイロとマアムが考えるような心配など『まだ』不要だったのだ。
「あ、でも、まだどんどん増援が……つっても……」
「……まあ……ね」
そのことに気づいたヒイロとマアムは半笑いになりながら……
『すぐ終わらせる。待っててね、お兄ちゃん。私の……『ふわふわ時間』でこいつら一人残らずぶっ飛ばすから。今度は私がお兄ちゃん守るんだから』
「まあ、なんつーか……エスピ自らの意思で出てくるとは……」
「うん。しかも……アースを絶対に守るって……ううん、違う……アースにカッコいいところを見せるんだって、すごい張り切ってる! 私たちと一緒の時はクールなのに、すごいやる気満々!?」
ヒイロとマアムや他の仲間たちの前ではいつも人形のような表情をしていたエスピが、自ら率先して戦う。
とにかく張り切るエスピ無双を世界はその瞳に焼き付けるのだった。
『随分と派手にやってくれてんじゃないかい。どんな豪傑もあたいらの前では裸足で逃げ出すってのに……覚悟はできてるんだろうなぁ?』
仮に強敵が出てきたとしても……
「あ、あいつ知ってるぞ! 昔、注意すべき敵将のリストの中で見た……ええと、ええっと」
「そう、ノジャの軍の幹部で……」
「……ショジョヴィーチだな……うむ、吾輩も知っている……七勇者のエスピにやられて生死不明という情報と一緒にな」
今のエスピはメンタル的にも無敵。
『ふわふわパニックッ!』
『ほびゃっ?!』
秒殺。
そして強敵だけでなく、
増援部隊が駆け付けようと……
『ふわふわ世界! お兄ちゃん、見た見た? 私、強いでしょ! あの子よりずっと強いんだから!』
「そりゃ、相手にならねえか……それにエスピの場合、能力的にタイマンとか多人数とか関係ねーもんな」
「そりゃ、一度に何百も相手に戦場で大暴れする子だったからね……」
まさに、全員まとめてぶっとばし、そしてそれだけのことをしながらも、根っこは正義のためではなく、大好きな兄に褒められたいという動機が丸見えの姿に、世界は呆気にとられるしかなかった。
だが、それでも……
『街の人たち、生きてる人がいたら助けないとね』
エスピの行動が多くの人々の命を救うことに繋がるのは、まぎれもない事実である。
歴史の問題がある以上、あまり深く魔王軍と関わることに戸惑いがあるアースだったが、エスピは最初から「お兄ちゃんならこうする」と分かっているかのようであった。
それは……
『お兄ちゃんは助けるんでしょ? 街の人を? 分かってるもん。お兄ちゃんは、私の勇者だもん! そして、ヒイロを超える勇者になるんだもん!」
自信満々にそう答えるエスピに一切の迷いはなかった。
「アースは……エスピにとってはもう……勇者……か」
「そりゃそうよね。命を救われただけでなく……アースはエスピに……私たちにはできなかった、心まで救ったんだから……」
そして、『アースはエスピの勇者』という言葉に世界はひどく納得し、そして帝国では……
「勇者……そうだよ。ああ、アースはもう勇者なんだよな!」
「たしかに……勇者の息子がどうのじゃなくて、もうアースはエスピの、そして……俺たちの勇者だ!」
「アースくんが勇者かぁ~……でも、こうやって昔の戦争にもちょこっと関わって、裏で人を救ってたわけだし、そうだよね?」
「子供とはいえ、七勇者エスピのお墨付きなんだ! そう、実は七勇者じゃなくて、アースは八勇者だったんだ!」
「戦えば、六覇にだって負けてないわけだもんな! 討ち取ってるわけじゃないけど……でも、それでも十分でしょぉ!」
「そう、ソルジャ陛下、ヒイロ様、マアム様、ライヴァール様、ベンリナーフ様に続く……」
アースが勇者であるということに異議はないのか……
「「「アースは帝国6人目の勇者だ!!」」」
と、帝都では嬉しそうにお祭り騒ぎであった。
一方で……
『へ……へへへ、テメエらは何も分かってねぇな~』
帝都とは違い、そこまで浮かれた様子もなく宮殿から鑑賞会をしているソルジャたち。
『七勇者エスピがなんだい……あの街にはな……まだ若くて名がそこまで知れ渡ってはいないが……いずれ、ノジャ大将軍と同じ六覇の一角に切り込めるかもしれねぇ天才がいるってのに……』
アースがエスピと共に魔王軍との戦争に介入したとして、どういうことになるのかを眺めている中で、エスピにやられて取り押さえられたアマゾネス部隊たちの言葉……
『そいつは人間に心底憎しみを抱いている……復讐心の塊……だから容赦なんかしねえ。テメエら殺されるぞ? いや、ただ殺されるだけじゃねえ。地獄の苦しみを味わうことになるぜぇ? せーぜい、苦しめ! ノジャ軍の超新星……『漆黒魔女・ラルウァイフ』の手でなぁ!』
そして、出てきた名前を聞き流さずに確認し合っていた。
「ふむ……『漆黒魔女・ラルウァイフ』か。確かに、名前だけは聞いたことがあるな。ノジャ軍の新星だったとか……ただ、私も詳しくは……名前が出たと思ったら、そのまま聞かなくなったしね」
ソルジャが昔を思い出しながら、リモートで繋がっているライファントに尋ねると、魔水晶の向こうからライファントが肯定した。
『うむ、小生も会ったことはないが、その名は良く知っているゾウ。復讐に囚われた哀れなダークエルフの娘……その名を歴史に刻むほどの偉業を残すことはなかったが、間違いなく傑物と呼べるほどの才はあったという噂だゾウ』
かつて同じ魔王軍だったとはいえ、何万人も所属していた巨大な軍の中で自分の配下ではない兵士を最高幹部の六覇だったライファントが認識しているということは、それだけの存在だったということだ。
「なるほどな。まぁ、才がありながらもいきなり戦場で強敵と出会い、名を遺す前に散っていった英雄候補は数多くいたからな……我ら人類軍にもそんな戦友たちがいた。つまり、その魔女もその類ということか……」
ライファントの言葉にライヴァールはかつての戦場における珍しくないことと、かつて共に戦い、そして散っていった戦友たちに思いを馳せた。
『うむ……エスピに敗れて生死不明で、最終的に戦死と結論……つまり、そういうことだゾウ』
「ならば……今からアースたちは……そういうことだったか」
エスピたちがこれから抗戦する魔王軍の中に居る存在は、歴史上ではエスピに敗れたとなっている存在。
ならば、自分たちの知らない歴史の裏『こんなことが起こっていた』と今後の展開がソルジャたちは想像できた。
そのうえで……
「ところで、ライファント。そのラルウァイフという魔女……先ほど、復讐に囚われたと言っていたが……何か人間に恨みでも?」
ソルジャが一つだけ気になったことをライファントに尋ねた。
とはいえ、それも戦争という時代では決して珍しいものではなく……
『うむ。小生もそこまで詳しくは知らぬが……たしか……かつてハクキの軍に、あやつの幼馴染で想いを寄せていた男が居たそうなのだが……その者が戦死したそうだゾウ』
「戦死……なるほど。それで復讐か」
『まぁ、人間も魔族もお互い様といえばそれまでだゾウ……しかし、それでも……』
それは予想通りで、残酷な話ではあるが定番なことだと、ソルジャもライヴァールも思うしかなかった。
そう、お互いに戦争をやっているのだ。
ラルウァイフと同じような悲劇はかつての時代にはいくらでもあった。
人間だって魔王軍の手で何人死んだのか。
それを全て上げればきりがない。
だが一方で、人の心はそう簡単に割り切れるものではないということも、ソルジャも、ライヴァールも、そしてライファントも分かっているのだ。
「そうか……『その心が癒されることなく、報われることのない愛に囚われて戦い続け、最後まで不幸なまま死んだ』……『この世で愛する男と永遠に幸せになれなかった悲しき女』ということか……確かに哀れだな……」
と、『ライヴァール』が感傷的になってそう口にして……
「うむ……ん?」
『うむ……ゾウ?』
「「「「「ライヴァール様…………んんん~?」」」」」
その場に居た者たち全員が、ライヴァールの言葉に頷いてしんみりしそうになった……のだが……
「「「「「『(ん~? このパターンはどう解釈すれば……?)』」」」」」
と、ライヴァールの発言に引っかかり、全員がそう思ってしまったのだった。




