第四百九十一話 世界が求める「守ってあげて」
アースクッキング。
色々と悪戦苦闘したものの、ひとまず落ち着いたところで、アースはエスピが起きたことに気づいた。
『腹減ってるか? 待ってろ、もうちょいで食わせてやるからよ』
出来立ての初の手料理を早速ふるまう。
どんな出来栄えかワクワクした表情のアースだが、対してエスピは……
『私は……何をすればいいの? ゴハン食べさせてもらうなら……私は何をするの?』
本来、この状況下でお腹を空かせている子供にご飯を食べさせてあげることに、善意以外の意味は特にない。
しかし、エスピは「そういう育ち」であったためか、「何かしてもらう=何かさせられる」という考えになっている。
『あ~……まぁ、とにかくだ……さっきお前……簡単に死のうと思ってたみたいだけど……もうやめろよな……』
『……なんで?』
そして、ここでも「なんで?」と聞き返す。
そんなエスピの反応にアースはこの時代の状況に対して頭を抱えてしまう。
だが、アースのその反応と同じように思う者たちも居る一方で……
「たしかに……そういうもの……だったのかもしれんな……」
カクレテールで空を見上げながら、そう呟いたのは意外にもマチョウだった。
そして、マチョウだけでなく……
「うん……そうかも……かなぁ?」
「……ん~……まぁ……昔はそうだったんすよね~」
ツクシやカルイも悲痛な笑みを浮かべて頷いた。
そして、それに同調するようにカクレテールの住民たちも次々と頷いていった。
「え、ど、どういうことだ?」
彼らのその反応に驚いたフィアンセイ。なぜ、彼らがエスピに対してそう思えるのか。
それは……
「このカクレテールも、かつては長い内戦が続いていたのだ……」
「ッ!?」
「そこで、ツクシもカルイも、アマエの両親を……自分もまだ小僧だったが戦ったし……幼い子供にナイフを持たせて、相手が油断した隙に……そんな悲惨な時代がこのカクレテールにも存在していた」
フィアンセイたちは、内戦があったというのは情報として知ってはいたが、すっかりこのときは頭から抜けていたし、細かい内容も知らなかった。
何よりも、この地に住む者たちから「そんな雰囲気」を感じさせないぐらい、逞しさと気持ちの良さがあったために、そんな過去があったことに驚いた。
そして、チラッとマチョウはサンドバックを黙々と叩いているアマエを見て、アマエには聞こえないように小声で……
「アマエも今ではああだが、かつては……戦わないまでも、エスピというものと同じ、ああいう生気のない目をしていた……生きることにも興味を示さぬような……どこが投げやりで、そして希望もない……」
アマエは感情表現が苦手で照れ屋なので、わがままだけど口数が少ない。フィアンセイたちはそうだと思っていた。
しかし、アマエにはアマエでそういった過去があったのだ。
それは平和な帝国で、両親も健在で、恵まれた環境、裕福な家庭で育ち、それこそ空に映っているアースのように「戦争」を知らないフィアンセイたちからすれば想像もできないこと。
「しかし、そんな自分たちを勝利へと導いてくれたのが……師範であり、女神様だ……自分たちの希望になってくれた」
今はもうこの地に居ない、ヤミディレやクロンのことを言った言葉には実感と重さが宿っていた。
そんなマチョウたちの想いを知ったうえで、フィアンセイは浮かない顔で空を見上げた。
「アースに……この時のエスピ殿の心を癒すことはできるのだろうか? 我らと同じで戦争を知らないアースに……」
今も、エスピの考えや様子に頭を抱えて戸惑っているアースが、エスピに対してどうすることができるのだろうか?
だが、その時……
「以前、坊ちゃまがカクレテールの大会で優勝した後、私と浜辺で話をしたとき……帝国へは帰らないと告げた坊ちゃまに聞きました……『坊ちゃまは笑顔で居ることができていますか? 何気ない日常で……楽しいことも……ちゃんと……笑うことが出来ていますか?』……と」
それは、アースがサディスから卒業したときのこと。
鑑賞会では微妙にパリピの手で編集されていたのだが、その時にサディスはそうアースに問うていた。
その問いに対してアースは……
「坊ちゃまは仰っていました。『楽しいんだ』……と」
「……サディス?」
一瞬、サディスの話の意図が分からなかったフィアンセイたちだが、サディスは微笑みながら続ける。
「姫様。確かに、坊ちゃまは戦争を知りません。悲惨さも、そしてその戦争に身を投じている者たちがどういう精神や心の状態でいるのかも、坊ちゃまには分からないでしょう。でも、その代わり……坊ちゃまは……生きることの楽しさを知っています」
「サディス……」
「たとえ自分がどれだけ嫌われようと、今まで慣れ親しんだところから飛び出したとしても……だから、むしろ坊ちゃまだから……」
何となくだが、サディスはむしろ「坊ちゃまだからこそできるのではないか?」と確証のない期待を抱いた。
すると、アースは……
『その……俺もさ、うまくは言えねーけどさ……』
ちょっと頭を抱えながらも、必死に自分の言葉で考えて、その上で思ったことを捻り出すように、そしてその手で優しくエスピの頭を撫でて……
「……じ~……」
「……ふぁ!? あ、アマエ!?」
そのとき、サンドバックを浜辺で叩いていたアマエも手を止めてカルイの傍らで空を見上げた。
『まだ、ちっちゃいから何も分からねぇかもしれないけど……生きて、もっと色んなことを知ってみろ。どこへでも行けるようにデッカく、そして強くなって……命令じゃなく、戦争でもなく、自分の意思で世界へ出て、世界を見てみろよ。死ぬのがもったいねぇ……自分はなんて小さな世界に居たんだって思えることが、きっとある……そういう出会いもあるし……友達だってできるさ。そうすりゃ、自分がダメだから死のうなんて思わねぇ……ダメな自分を変えるためにも、もっと生きて頑張ろうって思えるからよ……」
アースなりの不器用ながらもひねり出した言葉だが、エスピはキョトンと首を傾げる。
『私……ともだちわからない』
『今はそうかもしれねえ。でもな、ちょっと自分の知らない世界へ出るだけで……年齢も出身も育ってきた環境も……それどころか種族すら違うのに、気の合ったダチが意外と簡単に見つかることもある。ただしそれも……自分が前向きに生きてねーと、気付かずに通り過ぎちまうかもしれねーけどな』
その言葉の意味を、子供のエスピはよく理解はできていないということは表情を見れば誰にでも分かる。
「う~む、サディス! 駄目なのでは? アースも口下手のようで、ほら、エスピ殿はポカンとして……」
「ええ、確かに分からないかもしれないです。でも……でも、何かを感じているはずです!」
そう、エスピは分かっていない。
しかし……
「なぜなら、エスピお姉ちゃん……昔から不愉快なことがあったら、自分の能力で相手やものをぶっ飛ばす人で……だけど、坊ちゃまの言葉を不思議に思いつつも、不快に感じていないのです……だからきっと―――」
エスピの反応はただ分からないというだけではないということはサディスには分かった。
『っと、わり、ちょっと待ってろ! このタイミングで例の隠し味を入れて……これでコクが出るのか……おお……トロトロで……色は気になるけど……一口味見を……ッ!!?? っ、辛っ……いけど……うおっ、なんだコレ! うおおおおお、なんか、なんか身体が熱くエネルギーが……う、うまい! なんだコレ! おい、エスピ! お前もちょっと一口味見してみろ!』
と、そこでアースが作っていたカリーに隠し味を入れて、味見。
「おや、坊ちゃまのカリーができたようですね」
「ぬぬぬ、アースの手料理か……我も一度も……」
「カリーか~……僕も数回ぐらいしか食べたことないけど……リヴァルは?」
「……父がカリーをかなり好きで、俺は何度も……」
「なにあれ? お兄ちゃんが作ったごはん? ……なんか、ばっちい」
「「「「「アマエッッ!!??」」」」」
各々が興味深そうに唸り、不機嫌なアマエがボソッと禁句のワードを口にしたり、その瞬間世界のとある場所にいる母娘が……
――覚えました!
――ここで入れるのだな!? 正解なのだな!? 試すからな!?
と、大騒ぎしていたのだが、
『なにこれ……なんか、ばっちい――—』
『それは俺も思ったけど口にするな、こっちを口にしろ! ほれ!』
それはそれとして……
「は、ははは、アマエと同じこと言ってるかな、あの子……」
「むぅ……お兄ちゃんにご飯作ってもらって……あーん、してもらってる……アマエも食べたことない……のに……むぅぅぅ」
アースがスプーンですくったカリーをエスピの口に入れた。
そして……
『か、かりゃい!?』
エスピが顔を真っ赤にして頭から煙を出して唸った。
「ちょ、ぼ、坊ちゃま、大丈夫なのですか!?」
「ううーむ、しかし……興味深い」
「ってか、アースがどうしてあんなの作れるの? ぎこちなかったけど……」
「……ふむ……見た目はかなり上出来とは思う……」
アースの手料理はサディスも幼馴染であるフィアンセイたちも一度も食べたことがない。
ましてやそれは、帝国には馴染みのないカリー。
興味がそそられないわけがない。
すると、エスピが……
『おいしい……すっごくおいしい……』
辛さに悶えていたかと思えば、しかし少し時間を置けば、素直にそんな感想を漏らした。
『そっか……くははは、いや~、良かった。俺もやるもんだぜ! よーし、いっぱい食わせてやらぁ!』
その言葉にアースは嬉しくなり、笑顔を見せてもっとカリーを取ろうとした、その時だった。
「ッ!? あ……」
「「「「「ッッ!!!???」」」」」
そのとき、その場にいた全員、いや、世界が一斉に見た。
幼いころに可愛がってもらったサディスすらも、初めて見た……エスピの……
『……ひっぐ、うぅ、ひっぐ……っぐ……』
涙……
そして、エスピの涙を見たことがないのは、サディスだけではない。
「うそ……エスピが……」
「あの、エスピが……」
ヒイロとマアムすらも強い衝撃を受けている。
「あ、あのエスピが……いつもムスッとして、怒ると超能力でぶっとばし……相手が魔王軍だろうと何だろうと蹴散らしていた、あ、あいつが……」
「うそ……わ、私も見たことがないわ……あのエスピが……涙を……」
共に命を支え合い戦ってきた仲間でありながら、子供っぽい姿や弱みを人に見せないエスピが、自分たちにではなく、出会ったばかりの自分たちの息子に涙を見せた。
『う、うあ……うあああああああん、ああああん、ああああああああああん!』
『うおっと! お、おい、どうした、急に飛びついてきて……って……エスピ?』
『ええええん、あ、うああああん、ああああん!』
そして、エスピはアースの胸の中に飛び込んで、ただの幼い子供になって、ワンワン泣きじゃくった。
「エスピ……」
「あの子が、あんな風に……いつも私たちが頭を勝手に撫でようとしたり、抱き着いたりすると、すごい嫌がってたあの子が……あんな風に……」
エスピは仲間のことを仲間と思っていなかっただけに、それまで一度も見せたことのなかった弱みを見せる。
そう、自分たちには一度も見せたことのない姿……
もちろん、ソルジャとライヴァールも……
「……私は……エスピの頭を数回だけ撫でたことがあるが、すぐにぶっとばされたよ」
「……自分はない……が、確かにヒイロなどは特にぶっとばされていたな……」
「ああ。恥ずかしがり屋なんだと……思っていたが……しかし、涙……エスピも、やはり泣くんだ……」
「アースがそれを……引き出したのか?」
自分たちには一度も見せたことのない姿を、引きずり出したのは、アースという事実。
同じ七勇者ですらそうなのである。
だからこそ、エスピを英雄としてしか見ていなかったべトレイアル王国でもそれは衝撃であり……
「エスピ様が……あ、あんなに……」
「いや……当たり前だ! こんなの当り前だ! このころ、エスピ様は7歳ぐらいだ! それなのに、どう考えてもおかしかったんだよ……」
「だけど私たちは当時、エスピ様を英雄として称えて……戦わせて……」
「当たり前だよ、エスピ様だって泣かれるんだよ! それなのに、俺らや……国王たちに無理やり戦わされて……」
「う、うう、エスピ様……」
十数年越しの後悔と気づきから、国民がエスピにつられるように涙を流し……
「アース・ラガンだ……」
「ああ。彼が、エスピ様から引き出したんだ……」
「どうか、アース・ラガン……どうか、どうか……」
その涙を引き出したアースを……泣きじゃくる幼いエスピを抱きしめて頭を優しく撫でるアースの姿に……
「「「「「どうか、エスピ様を守ってあげて!!!!」」」」」
と、歴史の流れがどうとかそういうことではなく、ただ、今現在空に映っているアースに向かって国民はそう叫んでいた。
一方で……
「うう~~~、ちっちゃい泣き虫さんな姉さん、かわいいよ~。もう、守ってあげなきゃって気になっちゃうよねぇ~!」
「ふふふ、ハニーの妹さんはこうして心を開いたのね」
「やれやれ、泣き虫だねぇ、君も。兄さんも大変だね」
「う、ちょ、アミクス……シノブ……ううう~~~~、パリピーーー! なんでこのシーンを流すのよ! 私とお兄ちゃん二人だけの思い出というか、秘密というか……今度会ったらぶっ飛ばす! っていうか、スレイヤ君も泣くしぃ~!」
集落にて、里の子供や若いエルフたちの間ではお姉さん的な立場だったエスピの幼少期の泣きじゃくる姿に、集落ではニマニマと笑みが絶えない。
「うう~、お兄ちゃん! もう泣かないからね! これ、すっごい小さい頃の話だから、私はもうそんなに泣き虫じゃ……いや、お兄ちゃんに再会できたときの涙はノーカンだから!」
恥ずかしくなって顔を赤くしたエスピが皆やアースに言い訳するが、一方で……
「くはははは、別にいいじゃねえかよ、エスピ」
「お兄ちゃん!? いくないよ! これは、いくな――――」
「この時は仕方なかったんだよ。それに……」
アースも笑いながらも、今の空に映っているようにエスピの頭を優しく撫で……
「もう、お前を泣かせるようなことはしないけど……俺はお前のお兄ちゃんなんだから、俺にならいつでも甘えても泣いてもいいんだよ!」
「……むぅ……お兄ちゃんってさ……卑怯だよね、こういうの……」
「くははは、そっか?」
「うん……じゃあ、甘える。ノジャ、あっちいけ」
言いくるめられたような気がしながらも、エスピはアースを横からハグして、その際にアースの膝に座っていたノジャを排除しようとする。
その瞬間、ノジャもギロッと睨んで……
「どくかなのじゃ! 今日はわらわの日なのじゃ! やーい、泣き虫勇者は彼氏とイチャついてろぉ~」
「うるさいな! 彼氏よりお兄ちゃんに甘えるのが妹の特権なんだから!」
「やーれやれ、こんなワガママで泣き虫な妹など放っておいて、婿殿はわらわとイチャイチャするのじゃ♥」
そして、ノジャの涙までカウントダウンに入った。
「ちょ、お兄さん、エスピだけはずるいじゃないか!」
「スレイヤ、お前はお前でどっちに嫉妬してんだよ!?」
そして、スレイヤもエスピと競った。




