第四百八十九話 ソレが齎す影響
第三部。始まりからクライマックス。
半死半生のエスピと遭遇したアース。そして魔王軍の兵士たち。
当時は全世界の全種族が命を懸け合う戦争の真っただ中。
戦える力さえあれば何歳であろうと駆り出され、それが自分の仲間や将を討ち取ろうとするほどの者であれば、容赦は不要。
それが当たり前の世界。
『相手は……こ、子供だぞ?』
そんな時代を知らないアースからすれば、目の前の光景に思わずそう口にしてしまうのは無理ないことであり、一方でそんな時代を生きている者たちからすれば「だからどうした」なのである。
そして、そんな時代と現実に……
『子供とはいえ、あんたらの仲間を……そうだよな……許せねえよな……つか、暗殺とか連合の連中は何やってんだか……ほんと、卑怯だよ。勇者ヒイロや戦巫女マアムはどう思ってんだろうな……いや……知らねーんだろうな』
思わず、両親の名を口にしてしまうように、アースは投げやりに笑ってしまった。
『二人とも、暑苦しくて、正しいことばっかやろうとして空回りするんだ……だから今回のことも教えてもらえてねーんだろうな。昔っから大事なことを教えてもらえねー人たちだったんだな。俺から教えてもらえなくても不思議じゃねえってことだ。……つか、知っててこれをやらせてるんだったら……もう、いっそ軽蔑だな』
そのアースの投げやりな独り言は、その時代に生きている者たちには分からない。
しかし、それを現代で見ている者たちには十分わかるものであり、何よりも……
「っ、アース……マジで……その通り過ぎるというか……」
「ええ……そうよ……アース……あんたの言う通りよ……私たち、何も知らされてなかった……十数年たってまさかこんな形で……知ることになるなんて……」
もう、1回目2回目に続いて3度目の鑑賞会開始早々に唇を噛みしめるヒイロとマアム。
まさに、時を越えて図星を突かれてしまった。
そして、その上でアースは……
『ガチで無関係の俺にこんなことされて……本当に申し訳ねーと思ってるが……こいつを死なせるわけにはいかねーんだ』
今この場ですべきことの覚悟を決めた目で、エスピを抱きかかえた。
『え? ちょっ……だれ? なん……』
『うるせえ、クソガキ! 大人しくしてろっ! 簡単に死ぬとか言ってんじゃねえ! 生きてりゃもっとヘラヘラ顔してテメエも笑えて、なんだったらイケメンの彼氏だってできるんだからよ!』
戸惑うエスピを一喝し、アースは走り出す。
この場で命を諦めようとしたエスピに、未来を語る。
「アース、エスピを連れて……アースがエスピを助けたのか!」
「そんなことが……私たちが何も知らないところで……私たちがエスピのことを何も分かっていなかった歴史の裏で……アースがエスピを……」
ヒイロとマアムにとって、エスピは共に数々の修羅場を乗り越え、そのたびに幾度も命を助け合った大切な仲間。
だが、このことは何も知らなかった。
「べトレイアルの連中は気にくわなかった……だけど……エスピとは……真の仲間になれてたと……だけど、もしこの場にアースが現れていなかったら……」
「私たちが何も知らないまま……エスピは殺されていた」
十数年経ってようやくこのことを知ってしまったヒイロとマアムのショックは大きかった。
それは同じタイミングで空を見上げている、ソルジャやライヴァールも同じである。
そして……
『ッ、うお!? いって……くそ……』
いかにアースとはいえ、夜の闇の中を周囲に多数の兵たちに囲まれて、エスピまで抱えた状態では容易く逃げられない。
「ぐっ、やべえ! アース、反撃しろ! お前の力なら、そいつらも蹴散らして……」
「時の矛盾がどうとかってのがあるかもしれないけど、あんたが死んじゃったら、私たちは――――」
そして、もう一つヒイロとマアムは分かっていないことがあることを二人は分かっていなかった。
それは、どうしてアースが「魔王軍」に手を出さないのかということを。
「それでも手を出して蹴散らしたりせぬか……あれだけの技を伝授されているのだ……よほど……アース・ラガンも気を使っているのだろうな……いや、それだけ情が芽生えた関係性なのか……『あの方』と……まぁ、いずれにせよエスピを助けた時点でそれの齎す影響は魔王軍には大きいと言えるがな……」
ハクキはアースの秘密の答えに辿り着いているために、アースが手を出さない理由を「時の矛盾」以外にもあるということに気づいた。
「さて、その情は命を懸けるほどものなのか? しかし、この場で反撃せずにどうやって乗り切るつもりだ?」
だからこそ、ハクキは「この状況をどう乗り切る?」という今後の展開を純粋に気にした様子。
そんな中で、アースに抱きかかえられている虚無の瞳のエスピは……
『……あなた一人なら……逃げられると思う……もう、私はいいの……私はここまで……任務は失敗……そんな私の存在理由が―――』
もう完全に自分の命に執着せずに諦めて投げやりになっているエスピ。
そして、再びヒイロとマアムは目を見開いた。
「……にしても……ち、違う……俺らの知っているエスピは……もっと……もっと!」
「ええ。そりゃ確かに最初は口数も少なくて、気難しい感じだったけど……でも、私たちの印象に残っているエスピは……もっと」
二人が改めて驚いた理由。
「そうだ! あいつは一緒に戦っているとき……『絶対に死んでたまるか』って強い生きる意志を叫んでいた! 俺らに対しても『絶対に死なせない』と熱い仲間思いの……なのに……どういうことだ!」
「エスピはどんな状況でも諦めない、その強い生きる意志を私もよく覚えている! こんな投げやりに命を……どうして?」
それは、空に映っているエスピの姿が自分たちの知っているエスピと大きくかけ離れているからだ。
しかし、その理由は実に簡単である。
「ふっ、つまりこの時点では、まだ貴様らの知るエスピになっていなかった……そういうことであろう?」
「「…………え?」」
そう、ヒイロとマアムが印象に残っているエスピの姿には、これからなるのである。
この当時はまだヒイロとマアムもエスピが七勇者の仲間になってそれほど日も経っていない浅い時期だった。
だからこそ、本当にエスピのことを何も分かっていなかったのだ。
『俺にお前を見捨てる理由がねーから、いいんだよ!』
そして、その元凶は全て……
『いいか、テメエがこうなっている理由はなんでだと思う? 勇者ヒイロとマアムの所為だよ!』
「「……え……」」
『あの二人が仲間のメンタルケアをしてねーから! そう、全部勇者の所為にしとけ! お前が任務失敗した理由? そんなもん、勇者ヒイロが正面から敵をボカーンとぶっ飛ばす力がないのが悪い! そう全部勇者が悪い! そういうことにしておけ! お前がどれだけの命を奪っていたとしても、そもそもお前にそういうことをやらせなきゃいけねーぐらい弱っちい、勇者ヒイロが全部悪い! そう思っとけ!』
「ちょ、あ、アース! い、いくら何でも、そ、そんなこと言われてもだなぁ……い、いや、エスピのことは確かにお前の言う通りだけども……」
「あの子ったら……もう……言いたい放題ね……でも……面目ないわ……」
過去の世界で好き放題暴論を叫ぶ息子であった。
その姿に勇者ヒイロとマアムとアースの関係を知る世界は失笑。
本人たちは心抉られ。
だが、確かに好き放題ではあるものの……
『でもな、安心しろ。俺は、いずれその勇者を超える偉業を成し遂げる男。つまりだ、勇者ができねーことを俺はあえてやる! だから、テメエを絶対に助けるんだよ! エスピ!』
『……ヒイロを……超える?』
呆然とするエスピに対して告げたその誓いには揺るぎない強い意志が溢れていた。
「は、はは……俺にできねーことをあえてやる……か……とっくにもうやりまくってんじゃねえかよお前は……」
「そうね……それを私たちは何も知らなかった……そしてこの時代の時から既に……エスピのことも……」
言いたい放題言われたうえで、息子が口にするその大口はもはや既に誇張ではなく現実的で、またそれだけの自信が漲っている。
その息子の初っ端からの一挙手一投足に、ヒイロとマアムはただリアクションするだけしかできず……
『投げ続けろ! 射続けよ!』
『マジカルステップ! クロスオバー……キャリオカ……スプリットステップ!』
「……ッ! ほう……レーダーか……」
また、ハクキもそれは同じだった。
もっとも、視点は違ったが……
「すごいです! アース、頑張って逃げるのです! エスピちゃんを連れて!」
「うおおお、いけえええ!」
「がんばるのん、お兄さん! エスピちゃんを守るのん!」
そして、得意のステップワークを発動して魔王軍の包囲網を凄まじいキレとスピードで逃げ去るアースの動きに興奮状態のクロン。
ブロや現場の男たちも歓声を上げる。
ただ、そんな状況の中で……
「そうか……ガッツリ絡んだか……」
ヤミディレは神妙な顔でそう呟いた。
「……どうするのかと思っていたが……そうか……過去に辿り着いたアース・ラガンはかつての大戦に十分関わったのか……本来あの男が関わらなければ……この時点で、人類は七勇者の一人を失っていたのだから……」
ヤミディレの呟きは、当時の魔王軍の将としての呟きであった。
アースが囲まれていた魔王軍を蹴散らさなかったとはいえ、魔王軍が七勇者の一人を討ち取れる千載一遇のチャンスを逃してしまったのだ。
これの意味するものはやはり大きかった。
何故ならば、七勇者の一人をもしこの時点で討ち取ることができていたら、一体魔王軍の兵がそれ以降、何人何万人助かったことだろうか?
何よりも……
「……神よ……もし……」
ヤミディレが神として崇拝する大魔王は、七勇者総がかりに敗れた。
だが、もしその中にエスピがいなければ?
「もし、アース・ラガンがこの瞬間、このようにしなければ……我ら魔王軍は……あなた様は……」
大魔王は死なずに済んだのではないか?
そもそも、魔王軍が敗れることはなかったのではないか?
それに、昨日の場面で幼いころのヒイロとマアムのことも助けなければ……?
つまり、アースのやったことは「目の前で殺されそうな子供を助けた」という行為ではあるものの、それが齎した影響は歴史に関わるほど重大なことである。
だが……
「……ふっ……もしあのときこうしていれば……愚問か……あの御方は……そこまで器は小さくない……それに……私たちが負けたことに何の言い訳もできん」
ヤミディレは抱いた想いを振り払った。
「奴の存在を知らなかったので負けました……だから、ヒイロとマアム同様、アース・ラガンも今日から恨むことにした……など、何と器の小さいことか……複雑ではあるし、割り切れるかと言えば微妙ではある……私以外の魔族もそう思うかもしれない……しかし……私は―――」
そして、そんなヤミディレの抱いたものを気づかず、ただ愛する男の活躍に飛び跳ねているクロンに、切ない思いを抱きながらもヤミディレは微笑んだ。
「クロン様……」
「はい! お母さん、どうしました?」
「大事なのは……今……」
「?」
何よりも、今のヤミディレにとって大切なものは分り切っていたことだから……
「アース・ラガンが……変わらず……好きですか?」
「え? ……いいえ?」
「……え?」
「好きではなくて、大好きです!」
そんなクロンの笑顔こそが、今のヤミディレにとっては……将であることよりも、母であることの方が今のヤミディレにとって……
「ですね。開始早々いきなりあわただしい奴ですが、応援しないとですね」
「もちろんです! フレッフレ、アース! フレッフレ、アース! それ~~~~!」
空に向かってワンツーパンチを繰り出しながら声援を送るクロンの姿に、ヤミディレはアースに対して抱きそうになった想いを胸にしまった。
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