第四百八十六話 駆け抜ける世界の感想(3)
それは緊急で開かれた魔水晶を使った首脳会談。
『では、本当にアース・ラガンとエスピと魔王軍の残党共との繋がりや、目的も分からんと……あの偉大なる帝国の皇帝ともあろう御方が随分と無責任な発言じゃな』
「……………………」
地上の盟主とまで言われるディパーチャー帝国の皇帝であるソルジャ相手に堂々と皮肉めいた発言をするのは……
『しかし、あのパリピやヤミディレが生きていて、おまけにそなたの娘、さらに七勇者の剣聖や大魔導士たちの息子たちもその場に居合わせながらも見逃すとは……失礼ながら、ご息女たちは『それでも勇者の子か?』と責任追及したくなる』
巨大会議室の中心に設置された人間大ほどの魔水晶に映し出される一人の老人。
巨大な体躯と長い白髪と長い白髭が特徴的。
その人物は……
「クンターレ王……まず、情報の共有が遅くなったことをお詫び申し上げたい。我々も事実確認にどうしても時間がかかってしまった」
ソルジャが素直に謝罪する相手は、ベトレイアル王国の国王である、クンターレ・ベトレイアル。
大戦期の頃から長年、ベトレイアル王国の国王として君臨してきた王であり、国力的には帝国には劣るものの、それでも地上の大国の一つとして発展した国。
『空に映ったあのふざけた鑑賞会に呆然としていたと? まぁ、ワシも最初は六覇だの冥獄竜王だの天空世界だの時を越えるアイテムなどに動揺したが……よくよく考えればあのような捏造の恐れのあるものにいつまでもうつつを抜かすのはいかがか? ましてや、その全てに帝国関係者が関わっているのだぞ? 『事実確認中』などと言って、責任から逃げ続けるような態度、連合国として誠に遺憾である』
王としての経験もソルジャよりも遥かに長く、相手が帝国の皇帝だろうと物怖じせずに意見をぶつけていた。
『この度の世界全土を混乱に陥らせるようなフェイク情報の拡散……これは重大な問題だ。身内だからといって甘い処分は我らも納得せん』
「お待ちください。それを含めて、そもそも捏造でないという可能性の場合……それに、エスピのことも―――」
『我が国とエスピとの関係は既に一切ない。七勇者という肩書を持ちながらも、到底許容することの出来ない職務上著しく不適任な言動や態度ゆえ、既に解雇と永久追放済。むしろ、そのエスピと帝国のアース・ラガンが繋がり、組んで何かを企んでいるのではという疑いを我々は持っている』
ソルジャは苦しい立場にあった。
何故ならば、「そんなことあるはずがない」と断言したくも、それを証明するための証拠も無ければ、ソルジャ自身もアースのことを何も分かっていなかったとこの二日間の鑑賞会で思い知らされたからだ。
今だって、そもそもどうしてアースが大魔王トレイナの技を使えるのかも分かっていないのである。
『いずれにせよ、魔王軍の残党であるヤミディレは必ず討ち取らねばならず、その傍に居るクロンという存在も然り。闇の賢人パリピも生きているのであれば、その首にヤミディレやあのハクキと同等の懸賞金を付ける必要がある』
そしてベトレイアル王は、ヤミディレ、パリピ、クロンの存在……そして……
『そして……ワシはここで連合の一員として、そして世界の、人類の平和を望む一人として言わせてもらいたい。そ奴らと深い関係……いや、もはや仲間となっている、アース・ラガンにも懸賞金をかけるべきと! そして、今日も行われると思われる鑑賞会に対して、事前にアレが捏造である可能性も民たちに報じようではないか』
アースのことに対しても大胆に発言するのであった。
(もし……エスピの口から……当時のエスピに与えられていた裏の任務……ゴウダの暗殺はまだいいとして、流石に『アレ』がバレればまずいことになる。その前に、エスピとアース・ラガンもあの鑑賞会も全て信用ならんと民たちに植え付けなければ……)
もちろん、それだけの理由がクンターレにはあった。
それは……
――他国の情報は常に報告しなさい。子供のお前に油断して、奴らもペラペラと情報を話すかもしれん。そして……もし他の七勇者が戦闘で重傷を負い、その際に周りに誰もいなければ……殺すのだ
――仲間なのにですか?
――仲間ではなく同盟。戦争が終われば次の敵になるのだ。よいか? 我らの宝、エスピよ。この国の未来のため、お前はワシらの言うことだけを聞いていればいいのだ
いくら大戦期の十数年前の話で、結果的に実行することはなかったとはいえ、当時から国王であり、その指示をしたのが自分であることが明るみに出たら……それを避けたいがためであった。
一方で、ソルジャもまた考える。
(アレが……捏造……確かに、そう思っても仕方ないほど、あまりにもとんでもない内容過ぎた……昨日のは……だが……)
ソルジャはクンターレの言葉を聞きながら、改めて昨日のことを思い返す。
確かに、クンターレが「捏造」だという意見も分からないでもなかった。
だが……
(しかし……しかし……アースのあの努力……叫び……魂の籠った死闘……あれほど心揺さぶられるものが……あれが捏造? 演技? ……バカを言うな!)
それでも、証拠がなくともアレが捏造ではないものだと、ソルジャは思い、そして……
「クンターレ王。今、何も分かっていないこの状況下で、そなたの思い込みによる意見に……私は強く反対する」
自分が色々なものを背負い、軽はずみな発言ができる立場ではないと知りながらも、意思を示した。
『なに?』
「むしろ、我々は今、闇の賢人パリピの掌で踊らされて、試されているのだと私は思う。アース・ラガンの武勇を見せつけられ、そしてその繋がりを見せつけられたうえで、我々為政者がどのように慌てふためいてバカな行動を取るのかとな」
『待て、今そなたはバカな行動と……? まさか、今のワシの提案のことを指したわけでは―――』
「だからこそ、私はあえて言おう。今アース・ラガンに余計な手出しをすべきではない! ヤミディレのことは今更どうしようもないにしても、こんな何も分かっていない中でアース・ラガンにまで懸賞金をかける? ふざけるなと! 昨日一昨日のアレが捏造とおっしゃるなど、何を見ていたのだと!」
『何を言うか! 他人に厳しく身内に甘い対応は――――』
「身内? アースは帝国で生まれただけであって、もはや帝国がどうのという小さな男ではない。むしろ、我らがアースから見放されているのだ。かつてそなたの国に居た、エスピと同じように」
『ッ!? ソルジャ皇帝、その言葉は内政干渉にあたり、誠に遺憾——————』
ソルジャは意思を示した。
この二日間の鑑賞会の内容に嘘はない。
そして、アースに懸賞金をかけるなど反対だと。
すると……
『ん?』
「……?」
『なんじゃ? 今大事な……一体何を……』
「クンターレ王?」
そのとき、魔水晶の向こう側でクンターレが何かに反応。
『失礼、ソルジャ皇帝。何やら伝令が……ん? 外? 空? 一体なんだと―――――な……に?』
「…………?」
急遽、会談中に伝令が入ったようだ。
首脳同士の会談中に入る伝令ということはよほどのこと。
一体何が起こったのかとソルジャが様子を伺うと……
『な……はああ!? なな……な……なんんじゃありぇわああああああああ!?』
「クンターレ王!?」
会談中、ソルジャを威圧するような態度だったクンターレが、顔面崩壊して入れ歯を吐き出すほどの驚き顔になって叫んだ。
エルフの集落の広場で今日も青空の下で朝食。
シノブお手製のライスボールや卵料理、大鍋で煮込んだスープが皆に振舞われている。
そんな中、ミカドはスレイヤ経由で入手した新聞を眺めながら、難しい顔をしていた。
「ふ~む……アース・ラガンの鑑賞会の真偽はいかに……か。流石に昨日のアース君の武勇伝がとんでもなさすぎたので、そういう疑惑も出て来るじゃろうな」
新聞の一面に書かれているアースに関する記事。
そう、初日まではまだ現実的だった。
しかし、第二部の内容はあまりにも常識からかけ離れた内容だったために、世界中が興奮と熱気に包まれたものの、一部からは「いやいや、流石に嘘だろ」という意見も出てくるようになっていたのだ。
「ま~、ヤミディレに一対一で勝って、冥獄竜王バサラを呼び出して、伝説の天空世界に殴り込んで、闇の賢人パリピを倒して、そして時を越えて過去の時代に……あ、あはは、なんか私も言ってて震えてきちゃった。お兄ちゃんすごすぎ」
「たしかに、僕らのようにお兄さんを知っている者たち以外からすれば、作り物ではないかと疑う意見が出てもおかしくないかもね」
「そんなぁ! アース様の物語を疑うなんて……」
「いや、アミクスよ。正直、小生もあのバサラやら天空世界やらの流れは、卒倒するほどのもの」
「ぬわははは、ま~、それだけ婿殿は想像を絶することをしてきたということなのじゃ」
「ま、確かにアレをフィクションだろと疑いたくなる民衆の気持ちも分からなくないんで」
「となると、何だか今日の夜からまた始まる第三部……微妙な空気になったりするじゃな~い」
「せやな~。怖いのは、現在話題のアース・ラガンが、ただのペテン師やと思われたりするのはあかんな~」
「恐らく兄者……ジャポーネの現王政もその話に乗る可能性があるでござる。アース・ラガンの物語は嘘だと」
「なるほど。ゆえに、アース・ラガンに恋をしているシノブ・ストークを始め、ストーク家はやはり信頼できないだのと叔父殿が民衆に言う流れが既に読めるでござる」
ミカドに続いて、エスピ、スレイヤ、アミクス、ラル、ノジャ、族長、コジロー、カゲロウ、オウテイ、フウマ、主要な者たちで昨日までの流れと今朝の新聞の報道を照らし合わせて、「こういう意見が出るのも分からなくはない」という思いだった。
彼らとて、それほどまでにアース・ラガンの武勇伝は驚きの連続だったからだ。
一方で……
「おお、うっま。今までのもうまかったけど、今日のが一番好きかも」
「ほんと!? そう……ハニーは赤出汁派なのね」
「アカダシ? アカ?」
「ええ、そういう種類なのよ。……ハニー?」
アースは鍋の前でシノブとミソスープ談義。そしてアースは何だか泣きそうに目を輝かせながら……
「ああ、俺はこれが一番好きだ! アカ! いいな、アカダシ! 味もいいけど、名前が気に入った! 俺はこれからもこれを毎日だって飲みたいぐらいだ!」
「ああ、そういうこと……ええ、分かったわ……そ、それとハニー……今後の注意点……」
「?」
「ジャポーネの女に……『毎日お前のミソスープが飲みたい』……的なのは禁句よ。私のように鍛えられた女でも今のは危なかったわ……」
「え!? そ、そんなにダメな言葉なのか!?」
「ええ、ダメよ。思わず抱き着いてキスしたくなってしまうぐらいダメな言葉よ」
「……え……」
と、顔を赤くしたり、甘酸っぱかったり、互いに照れ笑ったり……ノンキだった。
それを見ていた多くの者たち、通りかかる集落のエルフたち含めて心の中で……
「「「「「(もうお前ら結婚しろよ)」」」」」
と、心の中でツッコミ入れた。
「っていうかさ~、お兄ちゃんはそんなにこれについて何とも思ってないの~?」
「え?」
「私なんて超腹立ってるよ~、特にさーベトレイアルとかが率先して言ってるっぽいし、ほんと腹が立つ~って」
それはそれとして、同じく新聞を目にしたはずのアースはやけに落ち着いていることを疑問に思うエスピ。
すると、アースは……
「は? いやいや、俺だって超ムカついてるぞ! パリピの野郎、許さん! ってな」
「そう? でも、なんかもっとこう……」
「まぁ、二日も自分のプライベートやらオッパイがどうのこうのが世界中に知られたんだ……くははは、今更動じる俺のメンタルじゃねえよ」
「あ、……ああ……あはは……」
アースとて何とも思わないわけではないが、流石にこの二日間で恥辱を味わい続けて悲しいことに精神的に逞しくなってしまっていた。
さらに……
「それに、そもそも俺が怪しい奴だのインチキだのなんだと世間から言われるのは、あの御前試合でもう慣れたしな……」
「あ」
「だからもういいんだ」
そう、帝国での御前試合のときからそうだったのだ。
魔王の技を使ったことで、卑怯だの、インチキしたのではないかなどと罵倒され、非難された。
それを苦笑しながら語るアースの表情にエスピたちは胸が痛んだ……が……
「俺にはエスピもスレイヤもいるし、二人は俺のことをちゃんと信じてくれてんだし……だったら、俺はもうそれでいいんだ。俺の好きな奴らが俺のことを分かってくれてんだから、それでいいよ」
「「!!!!!」」
次の瞬間、エスピとスレイヤはアースに飛びついて抱き着いていた。
「うん、超超超超大好き! 何があっても信じるし!」
「もちろんだとも!」
二人の年上の妹と弟にもみくちゃにされるアース。
そんなアースの傍らでクイッと服の裾を摘まんで軽く引っ張るシノブは……
「うふふ、私もよ。出会った日から揺ぎなく君が好きよ♪」
「を、ふぉ、あ、ありがと……う」
シノブも便乗。
そして、
「わ、私もアース様の物語もアース様のことも絶対信じます!」
「ぬわははは、婿殿ぉ、水臭いのじゃ。十数年前よりわらわたちの絆、このわらわの全部の穴は婿殿専用の肉便————」
「小生らも信じている。心配するな、アース・ラガン。……ところでシノブ……小生に、そのアカダシとやらの作り方を教えてもらえぬか?」
「ま、そういうことじゃなーい!」
「そうじゃのう」
「はよう孫を抱かせて欲しいえ」
アミクスたちも「自分たちだって信じてる」と声を上げ、アースも照れくさそうにしながら……
「じゃあ、もう十分じゃねえか。あと、ノジャ黙れ」
と、笑顔で頷いた。
今更世界中からどう見られたところで、自分が好きな人たちに分かってもらえていればそれでいい。
それが今のアースの気持ちだった。
しかし、世界の一部から上がった疑惑はすぐに闇の賢人の手引きによって叩き潰されることになり、世界各地で「やはりあの鑑賞会の内容は全部本当だったんだ!」と認識して第三部の夜を迎えることになるのだった。
ただ、それはそれとして……
「ふん……そんなカッコつけで、つれない婿殿のお気に入りは、『魔法学校パンチラコレクション』、『戦士候補生に「くっ、殺せ」と言わせてみた』、『卒業式と同時に誘う、マジカルミラー馬車』……なーのじゃ♥」
「ぶぅっぼ!?」
ノジャの意地の悪い一言にミソスープ吹き出すアース。
それは、昨日の鑑賞会で、天空世界でアースとフィアンセイが言い争っている流れの中で暴露されてしまったもの。
「ち、違うっての! それは昔引っ越した俺の――――」
そして、アースが慌ててそれについての弁明をしようとしたとき、ノジャとジャポーネ組は「そういえば」と思い出し……
「そうなのじゃ、婿殿は……あのアーナ・ニーストの息子のオウナと旧友だったのじゃな」
「……………………………え?」
昨日、その話題の時、アースは河原でシノブと二人でいたので知らなかったのだが……
「うむ、アースくん。実はのう……君の友達……ジャポーネの王都におるぞい」
「ああ。結構有名じゃな~い」
「せやな~、まさかアーナ・ニーストの息子と繋がりあったとは思わなかったえ」
「うむ、拙者も驚いたでござる」
「ぇ……ハニー!?」
それは、アースにとって全くの想定外というか予想外。
「え……………? あ、え、いや……ひ、人違いじゃね? あ、あいつは、その、伝説の六覇や七勇者やミカドのジーさんみたいな超大物の口から名前が出るような、そ、そんなんじゃなくて、ただの、ほんと……」
「いや、間違いないぞい。まぁ、有名なのは親の方じゃが……」
「………………………」
そして、アースは震えた。
それは、恐れ。
なぜなら……
「そ、そうなのか。へ~、でも俺、全然あいつと繋がりないし友達違うしだから会う必要もないし、うん、よし! 今日もいい天気だ! さて、これからの行動について―――」
「お、お兄ちゃん!? ちょ、なんで急に早口で話題を逸らそうとしてるの!?」
「話題反らしてない、俺はまじめ。俺はほんとなんでもないから…………」
ある意味で、『そういう友達』は自分の人には言えない弱みを握っていたり、絶対に他の人には聞かせられないような会話を平気で過去にしていたりするので、できれば家族や仲間と一緒に会いたくない人物でもあるからだ。




