第四百七十五話 証明
――歴史に名を刻む伝説をも打ち砕いた少年は、かつての級友たちと更なる成長を互いに誓い合い、別れ、そして旅立つことに。しかし……この旅立ちを邪魔するのはいつも、親である。そう、親である
強調すべき個所を2度ワザとらしく言うパリピのナレーションと共に、ペガサスに跨ったガアルとアース。ヒルアに乗ったヤミディレとクロンが空を駆ける光景が流され、その後方から……
『アーーーースウーーーーー! ヤミディレえええええ! 止まれえええええ!』
『アース、止まって! そして私たちに話をして!』
ペガサスで無理やり追いかけてくるヒイロとマアム。
『親父は……自分の才能に絶望したことってあるか?』
『アース……』
『親父、それに母さんも、十年以上も俺の何を見ていた? 何で俺ができないか分からなかったんだろ? いや、そもそもそこまで俺のことを見ていなかったんだろ?』
『ッッ!!??』
『俺がフィアンセイやリヴァルに勝てなかったのは何でだ? 俺はジックリ伸びるタイプ? でもいつかはできる? 二人の子供だから? 勇者の子供だから? 気合いだ? 人を馬鹿にすんのも大概にしろ! でも、もういいんだ。そのことは、もういいんだ。だってもう……俺はもう……報われたから……』
追いついてきたヒイロとマアムに言葉をぶつけるアース。
その言葉に心を抉られ、しかしそれでもヒイロとマアムは追いかける。
――それは、御前試合以来の親子の再会であり、御前試合のあのときだけでは言い足りなかった少年の積もり積もった想いだった。その全てを吐き捨て、少年は改めて両親と決別して、旅立とうとした……が!
そして、パリピがシリアス口調で大袈裟にナレーションしていた中で、次の瞬間……
『女神さま! 大神官さま! ……おにーちゃんっ!!』
『ッッ!!??』
その呼ばれた声に、アースだけでなく、ヤミディレもクロンも思わず振り向いた。
『まってよー! なんで? なんでいくの? なんで、行っちゃうの!?』
今ではその少女、アマエのことは全世界が知っている。
引っ込み思案で、感情表現が下手で恥ずかしがり屋だった幼い少女。
だが、家族と認めたものには心を開き、どこまでも懐いてしまう甘えんぼ。
『アマエ……』
アマエはずっと待っていた。連れ去られたヤミディレを救出に向かったアースたちが帰ってくるのを待っていたのだ。
しかし、アースもクロンもヤミディレも、アマエに別れを言わずに旅立つところだった。
そのアースたちにアマエが……
『うぅ……あ……おにー……ちゃん……うぅ……しょ……しょつき……うしょちゅき!!』
その涙の叫びが、世界に響いた。
『うしょつき、うしょちゅき、うそちゅき……うそつきーーーーーー! 帰ってくるって言った! いっぱい遊ぶって言った! 言った! 言ったの! 言ったー! なのに……なのにぃ……うしょちゅきぃぃぃ!』
そしてその叫びに、気づけば世界中の人々が涙を流していた……
「ぬわああああああああ、おにいちゃんのアホおおおおおおお! おばかあああ!」
「うおおお、お兄さん! お兄さん! あれ? いない、どこだ! お兄さん!」
そして、涙を流しながらも、真っ先に怒りの声を上げたのはエスピとスレイヤだった。
エルフの集落で、二人は立ち上がって怒りの形相で辺りを見渡した。
しかし、アースはシノブと今は二人っきり……なのだが、とにかく二人の怒りは激しかった。
「に、兄さん、姉さん、お、落ち着いて……ぐすん……たしかにアマエちゃん可哀想でつられて泣いちゃうけど……」
「そうだよぉおお! 妹を泣かせるとか、お兄ちゃん、何考えてんのさぁ!」
「僕は絶対にしない! アミクスをこうやって泣かせることも、家族を悲しませることも! そもそもそれをこの世で一番やってはいけないのは、お兄さんなのに!」
アマエにつられて涙目になっていた集落のエルフたちも思わず顔を引きつらせてしまうぐらいに興奮して怒っているエスピとスレイヤ。
「んも~、兄さんも姉さんも、アマエちゃんのことを泥棒猫とか言ってたのに……」
「「それはそれ! これはこれ!」」
そう、二人は物凄くアマエに感情移入してしまったのだ。
さらに、立ち去ろうとする兄に泣き叫ぶアマエの姿に、かつての自分たちを重ねてしまい、もう抑えきれなかった。
もっとも、この時点のアースはエスピとスレイヤと出会う前のアースであるために、この時点のアースの行為に叱ってもしかたのないことなのだが、そんな事情はエスピとスレイヤには関係なかった。
だが、しかし――――
『なら、こうしましょう。あのお二人からアマエを奪い取ってから逃げて、そして逃げ切った後でゆっくりとアマエと別れの挨拶と……ごめんなさいをしましょう』
「「え……?」」
それはクロンの言葉であり、その言葉が流れた瞬間、暴れる勢いだったエスピとスレイヤは空に映っているアースと同じ表情でポカンとした。
『クロン。でも、もしこれで捕まっちまったら……』
『分かっています。私はこれからもヤミディレと一緒に居たい。そのためにカクレテールから出て来たのです。でも……あの涙を無視して、自分とヤミディレだけ逃げられればそれでいいだなんて、私は思いません! たとえアマエと一緒に暮らせなくなり、結局またアマエを泣かせてしまうことになったとしても、その涙を正面から拭ってあげた上で、私はお別れをしたいのです』
クロンのその言葉はアースを奮い立たせ、同時に……
「うわああああん、クロンちゃん、いい! いいいよおお! いいいいいい! すごくいいいいいい! 既に100点満点なのに万点突破の更に加点んんんんん!」
「お兄さん、ちゃんとクロンの言葉を頭のてっぺんから足のつま先まで刻み込むんだよ! ううう~、絶対に忘れてはいけない言葉なんだぞ!」
クロンの言葉に感激した二人は号泣しながら自身のメモ帳に勢いよく筆を走らせて書き込んでいった。
「ぷんだ! ぷんだぷんだぷんだぷんだー!」
一方で、アマエ張本人は、激しく頬を膨らませて拗ねた状態で、その鬱憤を浜辺に吊るされたサンドバックに叩きつけていた。
ポカポカ殴るのではなく、段々と腰を入れて鋭くなっている。
「ふ、ふふふ……それにしても、アマエからの説明だけでは詳細まで分かりませんでしたが、私たちと別れた直後、旦那様たちとこのようなことをしていたのですね……」
「うむ……ヒイロ殿たちはちゃんとここまでアースに追いついていたのだな……」
「それにしても、ヒイロさんはヒイロさんで相変わらずちゃんと反則ではあるな……」
「ははは、そうだね……天空王子の魔法とかを見ただけでマネしちゃったりしてるしね……」
アマエの様子に苦笑しながらも、自分たちの知らない場面が映し出されたことにどこか嬉しそうなサディス、フィアンセイ、リヴァル、フーたちは、食い入るように空を眺める。
マチョウたちもまた、初めて知った勇者ヒイロの存在に強い関心を持った。
「確かに、天才という部類なのだろう……」
「アース君がものすごい努力するタイプに対して、お父さんは天才型なんだ……」
「ま、なんかあいつ、そういうの結構複雑に感じてたっぽいしな」
「なかなか、あんちゃんも複雑なんすね~」
一見するだけでは、ただ息子とうまくいかずに空回りしている男にしか見えないが、それでも戦いや鍛錬で己を磨くことに力を入れている彼らだからこそ、ヒイロ、そしてマアムも普通の存在でないことがよく分かった。
そして……
「なるほどの~。あれが勇者ヒイロ。トレイナを討った勇者とやらか」
この伝説の存在にもそうであった。
浜辺で寝そべりながらも空を眺めている、バサラ。
バサラのその呟きに、フィアンセイたちもハッとした。
「あ、そういえば……師匠はヒイロ殿と面識はなかったのでしたね」
「おお。ワシも名前ぐらいしか知らんがのう……」
そう、本来なら人類対魔族というかつての大戦で、二人は戦ってもおかしくない存在だった。
互いに伝説同士。
そして、それに気づくとフィアンセイたちは思わず緊張した。
「し、師匠の目には……ヒイロ殿はどう映りますか?」
「ん~……」
自分たち人類の英雄であり、憧れであり、目標である勇者の筆頭である。
その勇者を伝説の住人はどう見るのかというのは、単純にフィアンセイたちは気になった。
そしてバサラは……
「ん~……小僧に色々とあしらわれて……頭も悪そうじゃが……それでも、強さを測ることはできる。単純な戦闘能力ならミカドやカグヤより強いじゃろうな……トレイナの部下の六人も……まぁ、ハクキのボケナスは微妙じゃがな」
「「「「ッ!?」」」」
「ワシが暴れていた時代に思い当たる血筋はおらん……恐らくはあやつだけが、何の変哲もない普通の家系から突然変異のようにいきなり生まれ、異端の才能を持った男が色々と潜り抜け、乗り越えて、昇り詰めていったのじゃろうな」
伝説が伝説を評価する。
「お、おお……し、師匠にここまで……」
「やはりここは……まさに言うことが許される、『流石は勇者』というところだな」
「思えば、俺たちは実際のところヒイロさんが本気で戦ったらどれほど強いか知らないからな」
「うん。僕らのお父さんたちより強いのは分かっていたけど、本気がどれほどなのかはね……」
バサラの言葉にフィアンセイたちもゾクゾクした。
アースはもうその道を目指さないと言ったものの、それでもやはり自分たちが憧れて目指した道の到達点がヒイロであることは間違いないと改めて実感したからだ。
ただし……
「確かに力の『濃さ』は感じる……が……『深み』をそこまで感じぬ……。一騎打ちであれば……トレイナには敵わんかったろうな」
「「「……え?」」」
「それと、あの男……今は余計なものに色々と縛られておる。その結果、力があるだけで、人としてはそこら辺に居る中途半端に常識を齧った男になりかけておるな……。表情の曇りが取れて迷いなく晴れてまっすぐ突き進むような時であれば……戦えば面白いかもしれんが、今はさほど興味は沸かんなぁ」
バサラの言葉には続きがあり、「ヒイロの力は評価する……が……」というものであった。
「師匠……それはどういう……大魔王トレイナは……ヒイロ殿よりも強かったと?」
「単純に純粋な一対一であれば……と思うがのう」
その言葉に、フィアンセイたちは思わず息を呑む。
サディスだけは複雑そうに微妙な顔を浮かべる。
全力を出したヒイロの力すらも自分たちは程遠い。
そして何より、大魔王トレイナの配下であったパリピに自分たちは手も足も出ずに惨敗した。
冥獄竜王バサラに「一対一で戦えばヒイロより強い」と言わせる、かつて存在した魔王の想像すらできない力に、フィアンセイたちは震えた。
「だが、それが戦じゃ。たとえその日、病に蝕まれていようと、愛しきものを喪って心に穴が開いていようと、たとえ相手が多勢であったとしても、それも含めての戦であり、その決着は全て大将首を獲るか獲られるかに委ねられておる。そして、トレイナは敗れた」
だが、それでも負けたのはトレイナであることは、バサラは曲げなかった。
「トレイナは勇者に討たれた。強かったのは人類であり、勝ったのは勇者であったことは歴史が証明しておるのじゃ。だから、一対一で戦えばトレイナの方が優れていたなどというのは、もはや『誰にも証明できない』ワシの感傷でしかない。仮にワシがあの勇者と戦って倒したところで……トレイナが優れていたと証明した意味には……」
「師匠?」
「……ああ……そうか……ひょっとしたらワシは……」
一瞬、どこか遠くを見つめるような寂しそうな瞳をしたバサラだったが、まさにそのときだった。
『大魔・キラー・クロスオーバー!!』
カクレテールでのトレーニング、ヤミディレやパリピとの激戦で更に磨きとキレが増したアースのステップに、まさに足元をすくわれて尻もちをついてしまう、ヒイロとマアム。
「ッ、ぼ、坊ちゃまが!」
「アースが!」
「ヒイロさんとマアムさんを……」
「ぬ……抜いた」
その姿にサディスたちが度肝を抜かれた。
「ワシはあの小僧がソレを証明することを期待しているのかもしれんのう……」
空にアースが映った途端、バサラは楽しそうに笑った。




