第四百七十三話 同情
「ソルジャ皇帝陛下。ベトレイアル王国の大臣より先ほど……」
「……きたか」
「はい。ライファント氏と会話中でしたので、メッセージはこちらに書き残しております」
パリピがアースの部下になる。
賞金首でもあるヤミディレを解放した。
この事実にソルジャやライヴァールが頭を悩ませていた時に、「ソレ」は彼らの予想通りやってきた。
「そうか……大体内容は察する……『遺憾である』……と言ったところか?」
「ええ。六覇のパリピが生きていたこと、ヤミディレの所在が分かっていたこと、それを黙っていたこと、さらにはそれをヒイロ・ラガンとマアム・ラガンの息子であるアース・ラガンが配下にしたり解放したり……と……」
「だろうな……」
「さらには、これは連合国として責任を追及するとともに、アース・ラガンの父親であるヒイロ・ラガンとマアム・ラガンへ公開の場で発言をさせろとも……」
「ああ。まずベトレイアルあたりが来ると思っていた……エスピが国から飛び出して以降、七勇者を擁する帝国やジャポーネ、更には魔界に対する風当たりも強くなってきているからな……」
ソルジャは頭を抱えながら溜息を吐いた。
この鑑賞会で、「アース・ラガンはすごい!」という声が世界の至る所で発せられる一方で、必ずしもそればかりではないということは、ソルジャも十分予期していた。
「未だにヒイロとマアム……ベンリナーフとも連絡がつかないというのも心配であると同時に、まず……ぬっ!」
「……どうした?」
「……これは……」
臣下から受け取ったベトレイアル王国からのメッセージに目を通していたソルジャ。
その内容の中に目に留まったものがあった。
それは……
「……さらに、アース・ラガンはフィアンセイ姫の婚約者でもあり、時期皇帝候補でもあると認識している。ゆえにこの度の一連の出来事は、帝国ぐるみでパリピとヤミディレとの繋がりを隠そうとする隠ぺい工作の……ううむ」
「……なるほど……そうきたか」
そう、帝国にとっても、他国にとってもアースはそもそもフィアンセイの婚約者という位置づけであった。
正式に発表されていたわけではないが、七勇者の筆頭でもあるヒイロの息子であるアースが、同じ七勇者でもある皇帝ソルジャの娘であるフィアンセイと結婚するという流れは、親同士が雑談交じりで語っていた夢みたいなことではあったが、多くの帝都民はそれが「ふさわしい」と思っていたし、フィアンセイ自身も縁談などは片っ端から断っていたこともあったので、世界中は「そう」認識していた。
「アースが帝国に嫌気がさして家出したとはいえ……もう
帝国とは無関係ですという認識はされんだろうからな……何よりもフィアンセイ姫も愚息たちもこうしてアースの救援に向かったわけだし、パリピたちのことを我らに黙っていたのだからな……」
「ああ。それにフィアンセイ自身も……アースは今でも自分の婚約者であり半身だと……諦められるわけがないという想いで飛び出したわけだからな……」
「だろうな。愚息の気持ちを知っているので複雑ではあるが、フィアンセイ姫の気持ちは私も分かっているし、あのクロンという娘やシノブという存在がいたとしても、やはりアースにとっても長年ずっと傍にいたフィアンセイ姫のことは決して軽くはないだろう」
こうなってしまえば、ベトレイアル王国だけでなく他国からも責任追及は免れず、国家間の関係も悪化は免れない……とソルジャたちが頭を抱えた時だった。
『ん~、坊ちゃま……すりすり、おっぱいむぎゅむぎゅ』
『ハニー……大きい、温かい……包まれる……ああ、』
『私もアースを大好きですから、好き好きハグを私もしたいのです』
それは、別れのハグ。
アースは皆と別れてまた旅立つことを決意。
そのため、サディス、シノブ、クロンとギュッとして別れの挨拶をするアースに……
『う、あ、ううう、うわああああああん、アースうううう! なにもおしえてくれなくて、みせつけるかのようにわれのまえでほかのおんなと、う、浮気ばかり! 愛人増やすのも限度があって……でも、でもおお!』
フィアンセイが癇癪起こした。
「わ、ふぃ、フィアンセイが……」
「ぬう、あんなフィアンセイ姫は初めて見る……」
それは、親であるソルジャだけでなく、宮殿で仕えていた大臣や兵たち、更には帝都民たちにとってもあまりにも痛ましい光景であった。
「姫様……」
「なんとおいたわしい」
故郷から飛び出した愛する男を追いかけて……追いかけて……そしてたどり着いた男は他の女とハグをしていた……だけでなく!
『だいたいお前は……我のことがずっと好きだったんじゃないのか? 愛していたんじゃないのか!?』
『え? べつに?』
『ぐすっ……なのに、何で我の知らない女とばか………………え?』
『……は?』
『な、何を言っているんだ、アース! お、お前は、では、お前は我を好いていないというのなら、今まで一体誰を見ていたというのだ!』
『サディス』
『ふがっ!?』
そして、その発言で……
「「「「「「「「「「………………………あら?」」」」」」」」」」
帝都民全ての目が点になった瞬間だった。
「ほわわあああああ、やめてくれえええ、見ないでくれええ、おばかな勘違いしていた我をおぉおおお、ぬわああああああ!」
カクレテールの海岸で、住民たちと鑑賞会をしていたフィアンセイは真っ赤になった顔を両手で隠しながら、砂浜の上で何度もゴロゴロ転がってのたうち回った。
「姫様……う~む、これは私が慰めても嫌味になってしまう気がしますし……」
「あははは、リヴァル……声掛けたら?」
「やめろ。今は何を言っても傷つくだろう……」
フィアンセイのあまりにも哀れな姿の世界同時公開。
サディスもフーもリヴァルもかける言葉が無かった。
「い、いや、うん。これはアースくんがちょっと鈍くて酷い……か、かなぁ?」
「そ、そうっすよ! ね、フィアンセイさんも元気だすっす!」
何だかんだでだいぶカクレテールに滞在しており、復興支援などもフィアンセイの存在にだいぶ助けられていたこともあり、恩もあると同時に、今ではかなり打ち解けているフィアンセイに対し、ツクシやカルイを始め、カクレテールの住民たちは何とか励まそうとするが……
「お兄ちゃんのお嫁さんは女神様かシノブお姉ちゃんだもん! フィアンセイお姉ちゃんじゃないもん」
「ふぉわあああああああああああ!?」
「「「「「アマエ~~~~!!??」」」」」
アマエは容赦なく死体蹴りした。
「う~~~ん……ちょっと可哀想……かなぁ?」
「う~ん。まぁ、でもお兄さんはそもそもフィアンセイ姫が婚約者だったということ自体を知らなかったようだし、他に好きな人が居たんだし……」
「姉さんも兄さんも、何言ってるの!? フィアンセイさん……かわいそうだよぉ……あんなに美人でお姫様で、だけどアース様のこと好きで、それなのにあんな風に言われて……」
エルフの集落では「シノブの応援」だったり「クロン超高評価」という状況だったが、流石にフィアンセイの状況には哀れに感じた一同が微妙な表情をしていた。
「いや~、お兄さんも罪作りじゃな~い。ま、お兄さんがソルジャの娘さんを「そういう目」で見てなかったというのと、やっぱり親同士が勝手に変な話をしてたのも問題じゃない」
「ふん、そもそも好きと言うとらんのに好かれていると思っている時点でタコなのじゃ。好きならパンツ脱いで両足ガバッと広げてクパッと広げてズボッとして欲しいとお願いするか、パクっと逆に襲うぐらいの行動力無くして甘いのじゃ」
「大将軍は何を! 子供が聞いているのですよ! そのような不埒な……し、しかし……小生ももしアカに再会したら……いやいやならんならん!」
「おや~、六覇のノジャはんの考えはウチも同意やえ~。恋は弱肉強食。契って孕んでなんぼやえ~」
そして、各々もこれまで「フィアンセイの存在はあんま気にしていなかった」のだが、流石にこの場面を見ては意見が飛び交った。
コジローも戦友の娘なだけに複雑だったり、ノジャは相変わらず、ラルは慌てたり顔を赤くしたり、はんなりとカゲロウは同意したり。
その他にも……
「で、でも、確かに好きって口で言わないで自分が好かれているなんて思うのは間違ってるかもしれないけど、わたし、簡単に好きって言えなかったり……自分が一番傍に居るんだから好かれてるって思いこんじゃう……ううん、思いたくなるフィアンセイって子の気持ちは分からなくもないかも……」
族長の妻にして、アミクスの母であるイーテェが珍しく意見を述べた。
「だ、だって、やっぱり好きな人に好きって言うのって、人によっては本当にとんでもない勇気が必要だし……そもそもその男の子の傍にはそれまで自分以外の女の子が居ないなんて状況だったら……自分の都合のいいように思い込みたくなるってのは……あると思うわ……」
「お母さん……」
「だから、シノブとかは本当にすごいと思うけど、だからって私はフィアンセイって子を責められないっていうか……普段素直になれなくて、照れ隠しでキツク当たったり、ツンツンしてひどいこと言っちゃうかもしれないけど……違うの……本心じゃないの……察してよって、思っちゃ……うん、すごいワガママだって分かってるけど、でもそういうのってあると思う」
うまくまとめて話はできないが、イーテェはフィアンセイの気持ちは分かると擁護の声を上げた。
その声を聞いて、他のエルフやエスピとスレイヤたちは……
「お母さん……」
「「「「イーテェさん……」」」」
「「「「「(めっちゃ、自分と重ねてる……)」」」」」
と、察した。
「……おとーさん、ちゃんと聞いてる?」
「…………」
そんな母の様子にアミクスは父である族長に忍び寄り、肘で小突く。
だが、族長は目を瞑って黙って座ったまま……
「おとーさん!」
「……えっ、ナンダッテ? カンガエゴトシテキイテナカッタ」
棒読み早口で顔真っ赤にしてそう答えた。
「おとーさん! んもう、たまにはお父さんからお母さんに好きって言ってあげてよ!」
「え、好きだよ好き好き。ちょー愛してる」
「そういうテキトーじゃなくて、おとーさんの方からチューするぐらい! お母さんにいつまでニャンニャンとか頑張らせるの!?」
「アミクスそれは言っちゃダメ、知らないふりをしないとダメなこと」
へたれな父にむくれるアミクス。
そんな中で……
『我のことは……幼馴染として以外で……女として意識したことはあるか?』
涙目で震えながら初めてアースに問うフィアンセイに対し、アースは思わせぶりなことは言わず、ハッキリと返す。
『俺はな、フィアンセイ。あんたのこと……これっぽっちも……そういう対象として意識してなかった』
「「「「「バッサリいきおったあああああああ!!??」」」」」
うやむやにせず、ましてや期待を持たせるようなこともせず、相手が真剣だからこそ自分も真剣に……なのだが、流石にアースのこの返答は他の者たちも同情せざるをえなかった。
そして、流石にこの場面を改めて自分でも見せられては、アース自身も色々と思うところはあるか?
いや、本人はそれどころではなかった。
『あの二人の女に惹かれたのは、丁度サディスに対してお前が冷めたからか?』
それは、それまでサディスを好きだったアースが、クロンとシノブを意識していることを知ったフィアンセイからの問いに対して、
『それは違う。フィアンセイには悪いが確かに帝都に居た頃の俺はサディスしか見ていなかった。でも、二人と向き合おうと思えたのは……別にサディスへの気持ちが冷めたからとかそういうことじゃねえ』
なぜ自分が、クロンとそしてシノブの気持ちと向き合っているのか……
『俺のことを……勇者の息子としてではなく……アース・ラガンとして見てくれたからだ……アース・ラガンを認め……好きだと言ってくれたからだ』
その理由をフィアンセイに回答しているシーンを……
「……………っ~~~」
「…………………は……にー……う、うぅ」
シノブ張本人と二人きり(プラス1)で鑑賞しているからだ。
(ぬおおおおお、こ、こんなフィアンセイと二人だけの会話を、なな、なんで、よりにもよってシノブと二人きりの状況で……パリピの野郎ゥ……ぐぅ、き、気まずい!)
(はう~、何なのこの嬉しすぎるハニーの想い……あぁ、もう、好き好き好き好きスキスキスキスキスキスキス……キス!? って、違うわ! あ~、でも、思いっきりハニーに抱きつきたい! キスをしたい! いますぐ……交わりたい……だめ……う~~~、気まずいわ!)
そう、二人はフィアンセイを気にしている場合じゃなかった。
『……余が一番気まずいのだが……』
トレイナは一人、アースから離れられるギリギリの距離で、小川にポツンと座って空を見上げていた。




