第四百六十七話 争奪戦
ジャポーネの宮中からまっすぐ空を見上げて、少女は呟いた。
「城下は大騒ぎ……そうだよね……あのシノブちゃんが現れて、堂々と恋心を明かしたんだもの……皆も初めて見たんだろうな……こんなに可愛くて……カッコいいシノブちゃん……でも、仕方ないよね……アース・ラガンくん……あんなカッコいい人なんだもん……嗚呼……イイナ……シノブチャン……ズルイナ……」
徐々にその瞳を漆黒に染めながら、禍々しい空気が溢れ出ていた。
そんな一人の少女の歪んだ嫉妬とは別に、エルフの集落ではシノブの登場に大盛り上がり。
「「「「「シノブちゃん、カッコいい~~~!!」」」」」
「颯爽と現れただけじゃなくて、好きアピールもあれだけ堂々と熱烈にするなんて、すごいわ~……私なんて昔はアピールで、馬鹿みたいに猫耳作戦とかしてたのに……」
「うん、憧れちゃうなぁ……アース様もドキドキするはずだよぉ……あと、お母さん。この前、私が寝ているときとかもじゃない? 猫耳でお父さんにニャンニャン甘えて――――」
「アミクス、お母さんのそれに触れてやるなというか、知らないふりをしてあげるのが子供の優しさなんで! あ、イーテェ、発狂しないで!」
「うんうん、流石はシノブ! ええや~ん。あ~、早く孫を抱っこしたいえ~」
「娘が異性に対してこれだけ熱烈に愛を口にするのは娘を持つ親として寂しさを感じると思っていたでござるが、ここまでくると、拙者も誇らしいでござる」
「ふふ、甘酸っぱいじゃな~い!」
「ほっほっほ、恋する乙女は無敵じゃのう」
「実に見事な。小生も、かつてアカに対してあれほど素直になれていれば……」
「うん、シノブちゃんも当然、花丸! ……で、どうしよっか、スレイヤ君」
「う~む……まさかお兄さんのお嫁さん候補、ボクたちの審査を二人もクリアするのは予想外だったからね……」
「ふん。どれだけポイント高くても、まだ膜ついてるし、婿殿も童貞だから、結局一線超えてなければ誰だろうと同じなのじゃ! 最後に勝つのはポイントではなく、孕んだもの勝ちなのじゃ」
この場にいる者たち全員が既にシノブのアースに対する恋などとっくに承知。シノブも別に隠すどころか公表しまくっているので今更だが、それでもこの天空族との戦いで、アースが苦境に立っているところで現れるのは皆にとってはサプライズだった。
だからこそ、エルフの子供から大人たちも含め、エスピたちも一緒にニコニコしながら大はしゃぎ。
「……おぉ……あ……お~……」
アースはそんな状況に、再び羞恥で顔を真っ赤に蹲る。
皆の「この果報者~」と冷やかす視線が突き刺さるからだ。
ただ……
「やめて」
「「「「「ッッ!!!???」」」」」
それは予想外の言葉。
皆はてっきり「そう、私のパトスが~」と、どうのこうのとドヤ顔で胸を張るシノブを想像していたのだが、シノブは真剣な顔……どこかつらそうな表情で皆を制した。
「シノブ……?」
アースも予想外で思わず顔を上げた。
すると、静まり返る集落の中心でシノブは立ち上がり……
「意気揚々と登場したからこそ……この後に思い知らされた自分の無力さがつらくなるのよ……」
「シノブ? って、どこ行くんや?」
「この後はあまりにも恥ずかしくて、打ちのめされるシーン……というか、私はその場にいたから内容知ってるし……少し夜風に当たってくるわ」
そう言って、シノブは少し席を外した。
まさかのシノブのその態度に、皆は「え? この後何があるの?」とポカンとしている。
「あ~……『あいつ』に打ちのめされたこと……それだけあの戦いはシノブにも……」
アースはすぐに「この後に出てくる化け物」との戦いが頭をよぎって納得した。
一方で……
『……それだけではなさそうだな……』
「ん?」
『……ふぅ……そういう察しが悪いからまだまだ貴様は未熟なのだ、童……』
「は?」
トレイナは、意気消沈した様子で立ち去るシノブの背を見てそう呟く。
そして、シノブはつらそうな表情をしながら……
「あなたは、どんな気持ちになったのかしら? ………………マクラ」
そう小さく呟いた。
七勇者の後継者たちが集った。
そう気持ちを高ぶらせて声援を送る者たちの勢いそのままに、アースたちは天空族相手に快進撃を見せる。
そしてついには、アースとクロンの二人は先行して天空族の本拠地でもある宮殿に乗り込んだ。
『……何故ここまで……』
アースとクロンが辿りついたことに驚きを隠せない天空族の王子。
『お前らが、クロンや皆から大事なもんを奪っていったからだろ?』
『……ヤミディレのことかい? 君たちは、彼女が一体どれだけの―――』
『ああ、もうそういうのはどうだっていいんだよ』
さらに、なぜここまでするのか? アースとクロンや地上人たちの思いを理解できない天空王子ことガアルに向かって、アースは迷いなく答える。
『あいつが本当はどういうやつで、どういうことをしたやつでとか、そんなんじゃねーんだよ。ただ、あいつを失いたくないと思っている奴らが……あの国に……俺が仲良くなった奴らに多く居た……だから、俺はそれの力になってやるだけだ。こんな俺を……俺を俺として認めてくれた奴らに……報いてやりてえ!』
それがアースの答え。そして、その足を止めることはできない。
『さぁ、討ち入りにきてやったぜ!』
キレのあるステップは、まるで足に翼が生えているかのように縦横無尽にアースは駆ける。
その動きに実際に翼の生えている天空族が捉えきれない。
『大魔ボディーブロー! 大魔コークスクリュー!』
足で翻弄し、そしてその拳で何の遠慮も容赦もなく、アースはガアルを痛めつけた。
「いい動きね……キレと威力も兼ね備え……あのヤミディレとの一戦が更にアースを高めたようね」
「ああ。あの天空王子ってのは決して弱くねえ。紋章眼もあるし、むしろ強い部類だ」
「そうね。実際、アースとの追いかけっこであの王子も実際に見たけど、かなりの実力者だったわ」
「それをあそこまで圧倒するのか……これが……あの時点でのアースの力ってことか……」
超絶な美形のガアルがアースの拳でボコボコにされる。
その光景に、一応はアースを応援している立場の人間の女子たちだが、それでも見惚れるほどの美形のガアルが殴られているシーンには思わず目を背けてつらそうな顔をしてしまう。
一方で、多くの美しい天女たちを侍らすガアルの美形が腫れていく光景を世の男たちは「いっけー、ボコボコにしろー!」と声援を送ったりと、世界は両極端に盛り上がっている。
だが、そんな中でも、自分の息子の戦いぶりや成長ぶりに、ヒイロとマアムは戦いに生きてきた者たちとしての目線でアースから目を離さなかった。
もっとも……
『よくも殴ってくれたね。ダディにも殴られたことがないのに』
『そうかい。だが、それがどうした? 殴られることがいいこととは思わねえが、殴られたこともないやつには、負ける気がしねえ』
「……う゛」
ヒイロに関しては……
『だが……君がどれほど強くとも、ここから先に行かせるわけにはいかない! ダディに……失望されてたまるか! 僕を認めさせるためにも……負けられない!』
『親父に認めてもらうためだけに頑張る……か? 随分と……視野の狭い野郎だな。お前の視界や……お前の世界には親父しかいないのか?』
『……え?』
『お前は親父に認められたいんだろうが……俺は俺を、いつか世界に認めさせる!』
ガアルがピンポイントで「親に対する複雑な想い」を抱いているという人物だっただけに、
「うぅ……いたたまれねえ……」
戦いの最中にアースの口から語られる想いが十分すぎるほど突き刺さって、既にお約束となった落ち込みを見せるのは相変わらずだった。
「確かに、あの王子とやらは手練れ。天空王とやらもな……だが……奴らも明らかに実戦経験不足」
そして、ハクキもまた冷静に戦いを分析し……
「やはり、ヤミディレが天空族の中でも特別なのだろうな……温い……これぐらいなら、場所さえ分かれば吾輩一人で軽く殲滅できそうだな……都合よく、紋章眼もあるようだしな」
「「ッッ!?」」
そのとき、ハクキの本気とも冗談ともとれる言葉にヒイロとマアムも表情が変わる。
「ハクキ……テメエ、まさか……」
「あの瞳は重要だからな……ストックはいくらあっても良い……。クロンのように成功して育つのは時間もかかるし確率も低いからな」
囚われた状態ながらも、ハクキに対する敵意を変えないヒイロとマアム。
その間にも……
『ワシは王だ! 神の使徒だ! いや、もはやワシこそ神! 逆らうものは全員死刑じゃ!』
「王とやらも……吾輩の敵ではない」
ベールに包まれていた天空王が登場し、アースとクロンと攻防を繰り広げる。
だが、それでも今のヒイロとマアムはハクキに目を向け……
「何だかんだで、テメエは何も言わねえが……ハクキ……大魔王トレイナが死んで十数年……お前は今、何を考えて、何をやろうとしているんだ?」
「ええ。単純に再び世に戦争を……人類の根絶やし……もしくは復讐……そういうことを考えているんじゃないかとも思った。でも、何だかそういう空気をあんたからは感じない。昔のように戦を求めて暴れ回っていた頃とは……」
「はっはっは……本当に今更ではないか。世界最悪級の賞金首でもある吾輩を目の前にしてそれなりに日数が経つのに、今更そんなことを吾輩に聞くのか?」
そもそものハクキの目的は何か?
復讐のつもりなら、今の状態であればいつでもヒイロもマアムを殺すことも、帝国を襲撃することも可能。
しかし、今はノンキに鑑賞会をしている。
そんなハクキの目的は?
その問いに……
「そうだな。目的の一つとしては……六道眼が欲しい……さしあたっての今の目的はそれが第一だな」
「それって、トレイナと同じ目よね! なんでそんなものを求めているの!」
「あの方と同じ瞳で見れば、世界がどう映るのかも興味あるし……到達したいのだ。カグヤも死の直前は月光眼から六道眼に目覚めていたしな」
ハクキはその目的の全てを語らない。だが、それでも嘘はつかない。
「六道眼は、単純に三大魔眼の上位互換というだけではない……それ自体に特典のようなものがあってな……吾輩はそれが欲しい」
単純な復讐や人類の絶滅などといった単純なものではない目的をヒイロたちは感じ取れた。
それが何なのかまでは分からない。
いずれにせよ、今回のこのアースの鑑賞会をきっかけに、世界が徐々に動き出す。
「ハクキの旦那! ご鑑賞中に失礼しやす! ちょいと小耳に挟んでおきたいことが……」
「……なんだ?」
鑑賞会の中、一人のオーガが慌てたように場に現れて片膝付いた。
伝令を兼ねた報告。
ハクキは後回しにせずに、現れたオーガに耳を傾けると……
「例の総合商社イナーイを取り仕切る、シテナイ・ボクメイツに動きがありやして……」
「シテナイが?」
「なんでも、カクレテールの復興に全面的に支援すると表明したようなんす。しかも、イナーイ都市をカクレテールの姉妹都市にしようとかって動きも……」
「……ほぅ……早速動いたか……」
その報告にハクキは感心したように頷きながらも、面白そうに笑みを浮かべた。
「イナーイ……それって、帝都のはずれにあるイナーイ都市の……あの、ボクメイツファミリーのイナイ縁者が絡んでいるんじゃねえかと調査対象になっていた……」
「そうだ。シテナイ……あやつはヒイロ、貴様のことは嫌いだが、アース・ラガンのファンのようだからな」
「で、でもだからってなんで……」
「先行投資だろうな……後に繰り広げられると思われる……『争奪戦』で有利になるための」
「なに?」
シテナイの行動の意味を理解しているハクキに対して、ヒイロとマアムはまだ分かっていない様子。
だが、次の……
「報告うぅ! 旦那ぁ! ジャポーネを監視している奴らか報告入りやした!」
新たなオーガからの報告で流石に二人も理解するようになる。
「……ジャポーネもか……」
「あ、そこまで大したアレじゃないんすけど……しかも動いているのは王宮の方じゃなく、市民レベルで……ただ、アース・ラガンの名前が出たんで……」
「ほう。言ってみろ」
「へい。何でも、ジャポーネで行われている戦碁名人リーグに、ワイルドカードでアース・ラガンに出場を打診しようという動きが……」
「…………そ……そうきたか……そういえば、ジャポーネの戦碁協会はミカドの派閥が多い……なるほどな……」
その報告には少し予想外だったのでハクキも苦笑いした。
「は、せ、戦碁!? 待て、なんでアースがそんなリーグ戦とかそんなことに……」
「……戦碁……ま、背景は何となく察する……ん? 『おい……ウズウズするな』……いや、なんでもない、独り言だ。いずれにせよ、アース・ラガンは戦碁で既にジャポーネ国民を荒らしたのだろうな……」
「なに!? って、なんで戦碁? あいつ、戦碁はそんなに興味なかったはずだが……」
「単純な打ち手としての参加を求めているのもあるだろうが……本当の目的は別だろう……あまり大々的に動けばジャポーネ王国の現国王派に潰されるだろうから、現時点では慎重に……だが、この後の展開次第では――――」
ハクキが顎に手を置いて考える様子を見せる。
すると、ちょうどそのとき……
――ジャジャジャーーーーーン♪♪♪
「「「んあ?」」」
――ジャジャン、ドジャン、ジャララララララ、ドドドドン♪♪
「な、なんだ、急に?」
「なんかの音? 楽器? なんか、演奏……急に大きな音、そして徐々に加速するように……不気味だわ!」
「……随分と騒がしいな……天空王と王子が敗れたようだが、まだ何かあるのか?」
少し鑑賞会から目を離して話をしていたヒイロ、マアム、ハクキの三人だったが、その唐突に鳴り響いた「音」に呆気にとられたような表情で、空を見上げた。
――少年少女、そして天に立ち向かった地上の戦士たちは、この時誰もが予想もしていなかった
「な、なんだ~?」
「ここで……あの声……」
音と共に流れるナレーション。
――敵は天のみにあらず! 地の奥底の地獄から! はたまた歴史の奥底から暗黒の風が吹き荒れる!
しかも何やらやけに大仰で……
――ジャジャジャーーーーーン♪♪♪
『ひはははははははははははははははは!!』
――ジャジャジャーーーーーン♪♪♪
「「「あ……」」」
――そう、これはまさに悪夢! しかし世界よ、目を覚ませ! これは決して夢ではない! お前たちの前に、奴が来た!
迫力のあるオーケストラのような音楽と共に、まるで「真打登場」、「黒幕登場」といった雰囲気を演出するかのように、ついに奴が姿を現したのだった。
「ふっ、矢先にこれか……となると、いよいよノンビリ鑑賞というわけにもいかない連中が出てくるな……ヤミディレに続き、コレの実績を世界が知れば……始まるぞ……ヒイロ……マアム……貴様の息子の争奪戦がな! ふふふ、それにしても……」
その唐突な演出に思わず鑑賞者たちはビクッと体を震わせて、誰もが何事かと目を見張る中、現れたその存在に、世界が震撼する。
「あ……あ、あ……ああああ!?」
「あ、い、つ……あいつ!」
「ふ、奴が実は生きていたのは事前に知っていたが、こうして改めて十数年ぶりに姿を見るとやはり……さらに忌々しい」
それを知る世代……はたまた、教科書で見たことがある世代……いずれの世代にしても……
『最初は面白そうかなとも思ったけど……このイベントもダレて飽きた……もう、ショータイムも終わりでいいんじゃないのかな?』
――――ドンッ!!!!!
闇の賢人パリピが生きてましたと世界がついに知る。
爆発したかのような効果音と共に。




