第四百六十五話 あの指揮の下で
天へと飛び立つ竜の背に乗って、勇猛に立ち向かう地上の戦士たち。
そんな戦士たちを迎え撃つ、神秘的な天空の戦士たち。
『それまでだ! これ以上の進行は許さないぞ! 穢れた地上の猿ども! 早々に立ち去れい! 我らはエンジェラキングダムの『守護天使部隊』! この千年、一切の外敵の侵入も許さなかった鉄壁の部隊なり! それ以上この国に近づくのであれば、我らが天に代わってお仕置きだ!」
侵入を許さないと立ちはだかる天使たちは、向かってくる戦士たちに「立ち止まれ」と警告を送る。
しかし、
『って、止まるって……そんなこといきなり言われても無理なのーーーん! 僕、もうめちゃんこ本気の勢いで飛ばしてるのん! 止まったら重くて落下しちゃうのん! このまま突っ込むしかないのおおおおん!』
ヒルアは急には止まれない。
『さあ、今すぐ立ち去れ、地上の下等生物共! さもなくば……さもなく……っておおい、聞け! 聞いているの……いかん、止まらん! 総員構えよ!』
『ああ……えっと、そんな……う~……でしたら、天使の皆さん! お邪魔しまーーーーす!』
『ったく、仕方ねえ! やるぞ!』
『ええい、来るぞ! あんな醜い生物と下等種族を我らの国に決して入れるな!』
『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!』』』』』
そして、正面衝突。
激しい衝突音とともに、天空と地上、まさに天下分け目の戦が始まった。
天空族の戦士が叫んだ「千年以上、一切の外敵の侵入を許さなかった」と言われる世界。
すなわち、人類史にとっても前例のない戦とも言える。
そんな中で……
『いくぞ! 俺とサディスとワチャで前方の敵を蹴散らしていく! クロンは俺たちの後ろに控えてろ! マチョウさん、ツクシの姉さん、カルイ! 最後尾を頼む! 残る皆は左右を防御! ヒルアが落とされないように守り切れ! 敵が下から攻撃してくるかもしれねーから、それも気を付けろ! ヒルア! 敵は俺らに任せろ! お前はそのまま真っすぐ進め!』
その戦場をアースが指揮する。
「……んん~?」
その指揮するアースの姿に、それを鑑賞していた地上の英傑たちは首を傾げた。
「……ほぉ……なのじゃ」
ノジャも唸る。
『あ~……そうなるであろうなぁ……』
トレイナは頭を抱えた。
「あ、あの、おじいさん、ノジャちゃん、どうしたんです? アース様が素敵なリーダーシップを発揮してますけど、何かおかしいですか?」
一体何に引っ掛かりや、唸ったりをしているのかと、純真なアミクスが尋ねた。
アースの指揮は何かおかしかったかと。
しかし、それはむしろ逆……
「いや……変ではない。実に的確……。奇を照らしているわけでもなく、やっていることもシンプルではあるが……各々が存分に力を発揮できる配置と作戦じゃよ」
「うむなのじゃ。半端に頭が切れて実戦経験の少ない奴は、こういう戦では敵陣突破ではなく、味方の犠牲を最小限にすることを優先しようとする。しかし、天空族たちも実戦経験も少なく、まだ浮足立っているところで力任せの突貫……そのうえで、味方に勝手に戦わせるわけではなく、そのうえで命令で縛るのではなく、個々の力をちゃんと発揮できるように……」
「アースくん個人での戦いは色々見させてもらったが……人を率いて指揮する戦いなんて……初めてじゃろう?」
「その割には、一切の迷いなく見事に……なのじゃ」
腑に落ちないほど見事に人を率いて戦うアースの姿に、ミカドとノジャはまたまた疑惑の目でアースをチラリ。
「わ……わー、お兄ちゃんのリーダーシップ、す、すごーい!」
「うん、流石はお兄さんだ! アカデミーでも優秀な成績だったから、もともとお兄さんの頭は優れてるんだし!」
「お、おお、だろー! まぁ、でもこの時はサディスとかマチョウさんとか心強い奴らがいたしなー! 皆のおかげだー!」
エスピとスレイヤは「アースの背後」が分かるだけに、ひきつった笑顔でわざとらしいフォローを入れ、アースも無理やり謙遜する。
『くそ、な、なんだこの、や、野蛮な蛮族どもめ! 貴様らには誇りが無いのか!』
人から見れば、地上人たちの快進撃に天空族たちが圧倒されているようにしか見えないもの。
だが、戦経験、さらには人を率いての戦争の経験が豊富な者たちには引っかかるものであった。
さらには……
「……ん? ノジャ……どうしたんじゃ?」
「は? ……え? ぬ?」
そのとき、アースに疑惑の目を向けていたはずのノジャ……だったのだが、その瞳に変化が。
ノジャ自身も言われるまで気づいていなかった。
「な、なんで……なのじゃ?」
そして、ノジャ自身も分からなかった。
しかし、どういうわけか、空に映るアースの姿……味方に指示を出して指揮するアースの姿に、ノジャはどういうわけか涙を流していた。
そして、その謎の感情に襲われたのは、ノジャだけではなかった。
「どういう……ことだゾウ。ヒイロの息子……アース・ラガン……実際に会ったこともない……いかに強いとはいえ……それなのに……なぜだゾウ? なぜ、胸がざわつく……あの少年が戦場で指揮を執る声を一つ聞くたびに……体が疼く衝動を抑えきれぬゾウ!」
魔界に君臨する元・六覇のライファントも……
「んふふふ~、このときは皆さんも大活躍でしたし、ヒーちゃんもすごい頑張ったのです! それにアースが私たちを……え!? お、お母さん?!」
「……え? ……あ、ぇ? あ、な、なん……!?」
遠い地で、なぜかヤミディレも涙を流していた。
「お母さん! どどど、どうしたのです!? またお腹が痛いのですか!? 目にゴミですか!?」
「あ、いえ、……わ、私にもなぜか……な、なぜ? なぜ私は……ただ、普通に指揮をしているだけのアース・ラガンに……どうして涙を……ど、どういうことだ?」
「お母さん?」
またもや涙を流すヤミディレ。それは、先ほどのクロンの姿に感極まった時とはまた違うもの。
そして、その涙の意味をヤミディレすらも分かっていない。
だが、それでも……
「わ、分かりません……し、しかし……どうしてでしょう……アース・ラガンが指揮する姿……その内容や作戦自体は至って王道的だというのに……分かりませんが……涙が……そして……私も……私もこの場で、この指揮の下で……バカな、なぜ!?」
ヤミディレは不思議でたまらなかった。
なぜか流れる涙に加え、特に何の変哲もないと思われるアースの指揮に、「自分もあの指揮の下で戦いたい」という思いを何故か抱いてしまったのだ。
「アースのやつ、戦う技術だけじゃなく、あんなことまでできたのかよ! 俺なんて戦時中はいつも、突撃以外は……」
「確かにそうよね……でも、そういう意味であの子は私ともヒイロとも違う……そもそも座学だってフィアンセイ姫に続く成績だったから、あの子は地頭もいいわけだし」
「ああ……つまりアースは、知も武も兼ね備えて……おいおい、マジかよ」
「まったくよ。もしあの子がかつての時代に居たら……」
息子の努力や一対一の戦闘能力を目の当たりにして驚いてばかりだったヒイロとマアムは、まさか息子が戦場で指揮を執ることまでできるということまで知らず、再び驚きながらも「アースは元々賢い」ということで、驚きながらも納得した。
「ふっ……」
ただ、そんなヒイロとマアムの考えをハクキは鼻で笑いながら、改めて空を見上げた。
「それにしても……からくりを知っていても……知っていなかったとしても……やはりかつて将軍としてあの御方の指揮の下で時代を築いてきた吾輩たちには思うところがあるな……。『あやつら』もそうだろうな……」
そしてハクキは自分の胸に込み上げる想いとともに、現在自分と同じように空を見上げて鑑賞会をしているかつての仲間たちの心境を察して、そう呟いた。
「あのカクレテールの住民たちも、どれだけ贅沢な指揮の下で戦っているなど、誰も分かっていないところがまた……勿体ないものだ」
なぜ、自分たちは「あの指揮の下で共に戦いたい」と思ってしまうのか……
『突き抜けろおおおおおおおお!』
『『『『『けろおおおおおおおおお!!!!』』』』』
『『『『『けろおおおおおおおおおおお!!!!』』』』』
アースの指揮と共に、熱く猛るカクレテールの者たちの姿に、ハクキは笑った。
さらに……
【愚かな……せっかく生き永らえられたというのに……低能な猿どもの考えは理解できんな】
劣勢に立たされる天空族たち。その状況下で因縁の天空王の声が響き渡る。
敵軍の総大将である王の存在。
その存在に再び世界は顔をこわばらせる……が、この場にいるハクキや他の元六覇たちは違う。
『たとえ私たちが野蛮であったとしても、これ以上大切なものを傷つけられるのも、失うのも、そんなことを黙って受け入れる気はありません!』
天空王の言葉に一歩も引くことも怯えることもなく、堂々と言い返すクロンの姿にまで心が熱くなる。
【貴様、例の人形娘だろう? ヤミディレが居なければ何もできない存在が、一体誰にそそのかされてここまで来た?】
『そそのかされてなどいません! 背中は押してもらいましたが……ここまで来たのは、自分の意思です!』
【何?】
『あなたたちが私たち地上に住む者たちに対してどうしてそのように思うのかは分かりません。ヤミディレが過去にあなたたちに何をしてしまったのかも知りません。でも、知らないからって、黙って滅ぶことも失うことも受け入れることはしません!』
それは、世界もすでに認めているが、そこにいるのはもはや世間知らずの箱入りのお姫様ではない。
アースが全軍を率いて戦を指揮する将であるのなら、クロンはまさに総大将。
「嗚呼……本当に贅沢な人間どもだ……」
クロンとアース。その二人とともに戦うことができるカクレテールの者たちに、ハクキは羨んだ。




