第四百六十三話 悪ノリ
『グワハハハハハ、合格じゃ。ワシを痺れさせてくれた礼に、力ぐらい貸してやらんとなぁ』
アースとクロンの二人の合体技が、ついに伝説を唸らせた。
バサラのその宣言に世界が身震いし、拳を力強く握りしめていた。
と、ここで……
――こうして、種族を超えて力を合わせた男と女の魂が冥獄竜王を認めさせ、その助力を得ることになりました。
パリピのナレーションがそこで入った。
もはやそれはお約束のようなもので、今更ナレーションが口をはさむことに、特に世界からツッコミは入らなかった。
ただ、この時は少しだけ様子が違った。
「ん? おい、なんだ? 急に暗くなったぞ?」
「ほんとだ! おい、早く続きを見せろよ!」
こんなワクワクが止まらない状況の中で、急に中断?
ザワザワと動揺と不満の声が世界から漏れる……と、
――ご歓談中の皆さま。本日はこの後、地上人VS天空族の熱き大バトルが繰り広げられますが、少々長くなってしまいますので少し休憩に入ります。皆さま、既に夕食を取られていたとしても集中しすぎて小腹も空いたことでしょう。今のうちに休憩をどうぞ~
と、まさかのパリピから視聴者に対する配慮に入った。
休憩……そう聞いた瞬間、世界の皆の肩の力が抜けた。
「はぁ~、そりゃたしかに、ちょっと疲れたし、腹も減ったな。なんか食おうぜ!」
「ぼく、おしっこー!」
「ああ。なんつーか、おやつでも食いながらと思ってたのに、ヤミディレとの戦いやら天空族やら冥獄竜王やらが登場して、おやつ食うのも忘れてたからな~」
「今のうちにおやつを食っとこうぜ!」
「俺、屋台で何か買ってくる!」
「僕も!」
「このあと、殴り込みとかどんだけだよ! 俺も食って気合入れるぞー!」
「おい、酒場に行ってテイクアウトだ!」
そう、本来は誰もが気楽に自宅や人の家の庭や屋外レストランで酒やメシを食いながら観賞しよう……という流れだったのだが、あまりにも怒涛の勢いやら白熱の戦い続きで、多くの者たちが喉が渇き、腹も空いてしまったのだ。
そんな鑑賞者たちへの配慮をパリピが『善意』で行い、鑑賞者たちは「主催者ナイス!」と声を上げた。
「たしかに、お腹空いちゃったよね……ねえ、アミクス。みんなにお茶とお菓子を配りなおすから手伝って!」
「うん、お母さん!」
「私も手伝うわ。このあと、天空世界での戦で、私もまあ、ハニーと色々と……見つめなおすためにも私もお腹に何か入れないと」
「えっ、シノブちゃんも出てくるの!?」
エルフの集落でもこの休憩時間はありがたいと、皆が立ち上がってストレッチをしたり、飲み物やおかしを出し直したりと動き出した。
「休憩か……今日の後半戦もまたとんでもない戦いが~、ってほんと、お兄さんはとんでもない日々過ごしてきたじゃない」
「ほんまやな~。さらに……シノブの強力なライバルも確認できたようやし……」
「ああ。あのクロンという娘でござるな……」
「ってか、あのクロンという小娘、さらりと暁光眼を使っておったのじゃ」
「確かにのう……トレイナの面影がありながら……ふむ……」
そして、休憩をしながらもお互いに感想を言い合ったり、何よりもクロンの話題も多くあちこちから聞こえた。
「うん……まいったね、これは……お兄ちゃんのお嫁さん候補として合格過ぎるし」
「たしかにね……シノブも申し分ないが、あのクロンという娘のどこまでもお兄さんを信じる気持ちは僕たちも理解でき過ぎるからね……」
「そして、何よりもいいのはお兄ちゃんに頼るだけじゃない……」
「そう。自らも共に……そこは非常にポイント高いね」
さらにはアースの嫁候補としてのクロンを採点していたエスピとスレイヤは真剣な表情で会議。
最初はクロンのことを「世間知らずの箱入り娘」という評価であったが、バサラとの一戦で評価が大きく上がったようだ。
「おい、やめろ……なんか照れるから……」
『ふっ、随分と評価されるようになったものだな……』
そんなエスピとスレイヤをアースとトレイナは少し離れた場所で苦笑していた。
『それにしても……』
「ん? トレイナ?」
『いや……昨日は入れなかった小休止……なぜ、パリピが急にこんなことを……とな』
すると、トレイナが腕組みして何か腑に落ちないことでもあるかのような表情を浮かべた。
「いや、別にそんな大したことじゃ……単純に長いと思ったんじゃね? 区切りもよさそうだし」
『う~む……鑑賞者たちへの配慮……善意で? あやつがそのようなことをするとは思えぬが……』
「?」
たかが休憩時間を挟むだけ。それがどうやらトレイナには腑に落ちなかった様子。
別に何も問題はないはずだが……と、アースが首を傾げていたところ……
「お兄さんのお嫁さん候補、強強すぎなんで」
「わっ!?」
ぬっと、後ろから族長が顔を出してアースに話しかけてきた。
「シノブちゃんですら既にアミクスのライフが大幅に削られたのに、なにあの女神様。ヒロイン力が強すぎなんで。もうやめて、アミクスの恋ライフはとっくにゼロよと言っても過言ではないんで」
「ら、らいふ?」
「ま、それはさておき……」
休憩時間になって珍しくアースに駆け寄ってきた族長は、まるでアースにコソコソ話をするかのように……
「あのクロンちゃん……あの瞳を持ってたけど……」
「クロンの……暁光眼のことか?」
「うん。お兄さんもすごいねえ、ヤミディレとかいうのの紋章眼だけじゃなく暁光眼持っている人まで傍に居たなんて……」
「はは」
族長の言葉に半笑いのアース。内心では「そもそも師匠が六道眼だし」と呟いたところ、族長は少し真顔で……
「まさか……月光眼の使い手まではいないよね?」
「え……あ、ああ、三大魔眼の一つか? いや……それは全然……」
「……そう……なら……『眼球認証』は……ないか……」
「?」
何か思わせぶりな様子の族長。その様子にトレイナは……
『なるほどな……こやつは『知っている』のだろう……遺跡の最重要部の一つ……その中には六道眼……もしくは、三つの魔眼を持っていなければ入れないようになっているものもあるからな……特にカグヤ関連のは月光眼がキー……それだけが気がかりなのだろう』
『あ~……確かそうとうヤバいのがあったとか……そりゃ時を越えられるアイテムとかあるんだしな……ま、カグヤ関連はその本人がハクキの傍に居るかもしれないんだけどな……』
『うむ……』
トレイナですらそこまで思わせぶりなことを言うヤバいもの。
アースも過去に「世界を破滅に」などという類のことは聞いたことあるが、そこは触れない方がいいと思ってあえて掘り下げないようにした。
そして……
「みなさ~ん、もしお腹が空いていましたらカリーを食べてもいいですよー!」
パリピの設けた小休止はここでもよく思われており、特に力を入れて鑑賞していた労働者たちはお腹を空かせてしまい、夕飯にカリーを食べたのに夜食に軽くまたカリーを食べたくなってしまった。
「俺はぁ、食うぞー! クロンちゃんがスゲー勇気と覚悟を見せてあんなデッカいドラゴンと戦ったんだ! 後半も気合入れて応援するために食うぞぉ!」
「おう! 腹が減っては応援できねえっての! クロンちゃん、俺も大盛りで!」
「特盛カリー!」
「つーか、クロンちゃんとあんなイチャイチャしたアース・ラガン! もしクロンちゃんを嫁にしなかったら、ぶっとばしてやる!」
「おうよ、あったりめーだ! つーかもう二人は夫婦なんだ!」
「おう!」
そして、クロンの雄姿を見たことで後半も更に気合い入れて見ようとするものや、アースに対する嫉妬と同時にクロンの恋を応援という感じでヤケ食いする男たちが、また屋台に列を成す。
「さっ、お母さんも手伝ってくださ~い。もう涙は大丈夫ですか?」
「う、うう、クロン様ぁ……」
そして、再びエプロンを着て、頭に手ぬぐいを巻いて、腕まくりをしてカリーを配る準備を始めるクロン。
先ほど感極まって泣いていたヤミディレは恥ずかしそうにしている。
すると……
「……つーん」
「……クロン様?」
「つーん」
「ク、クロン様?」
「つ~~~~~~~~~~ん」
ヤミディレがクロンの名を呼ぶも、クロンは頬を膨らませて「ぷいっ」と顔を背ける。
一体どうしたのだ?
ヤミディレが訳が分からず首を傾げると……
「いいかげん……私はお母さんの娘なのですから、いつまでも「様」で呼ばれるのは変です」
「……ふぁっ?!」
「そろそろ……呼び方変えてもらいたいです」
「い、いや、あの、クロン様……」
「お母さんがちゃんと呼んでくれるまで、カリーは配りません!」
「っ!?」
今までクロンがお願いしても「それだけは……」とヤミディレも譲歩しなかったが、クロンも強気であった。
「おうおう、そりゃ困ったじゃねえか、師範! こいつらこのままじゃ後半戦腹減って集中できねえぞ!」
「黙れブロ! こんな労働者どもが餓死しようと知ったことか!」
「「「「そりゃねーぞ、姐さーーーーん!!!!!」」」」
さらにはここにいる労働者たちも先ほどのクロンがバサラへ立ち向かった場面を見たことで、全員がクロンの味方。
「いい加減、母親ならクロンちゃんの気持ちぐらい察してやった方がいいぞー!」
「そうそう、今時こんなイイ娘いねーぞ~?」
「意地張ってないで素直になれ!」
「そうだー! 母親なら受け入れろー!」
全員少しは悪ふざけの気持ちはあるものの、それでもクロンの望みをかなえてやれと、相手が伝説の六覇だということをこのときは忘れて悪ノリしていた。
「き、きさまらぁ~」
「「「「「いーえ! いーえ! いーえ! いーえ! いーえ!」」」」」
もしヤミディレが魔力を封じられていなければ、一瞬でこの場が消し飛んでいたかもしれない。
しかし、労働者たちの圧力と、クロンの「ぷく顔」でヤミディレは激しく狼狽えて……
「おかーさん?」
「う、うう……しかし……」
「……それともお母さんは……私なんかが娘じゃ……嫌ですか?」
「なっ?! なんかなどと何を申されます! そんな身に余りすぎるほどの――――」
「では、余ることないのでもらってください♪」
「あぅ……あ……」
「女の子としての私はアースにあげるのであげられませんが、娘としての私はお母さんに全部あげますので、さ、私を呼んでください!」
「っ、つ、う、あ、う……ぁ……」
クロンにだけは逆らうことができないヤミディレは追い詰められてしまう。
そして、
(な、なんだというのだ!? なぜ私がこんなことに? わ、私が母だと? 私はただクロン様を赤子より育てその成長を見守り、そして惚れた男と幸せになってもらいた……じゃなかった、そう、暁光眼が目的で、ハクキにそそのかされて、それで母親になったんだ……って、私は母親じゃない! 私が母など恐れ多い! クロン様はあの御方と同じ遺伝子を持つ、そ、そう、神のアレ的なので、つまりあの御方を守ることができなかった私は今度こそクロン様を守り、ノビノビと、そして幸せになってもらいたくて、いずれアース・ラガンとの結婚式の日まで……って、あ、あれぇ?)
ヤミディレももはや正常に考えることができなくなり、クロンのぷく顔と「いえ」コールにふらふら押されるように……
「あ、あう……く……クロ……」
「……え?」
「……ク……く、こ、こけ、こっ……」
「こ、こけこ?」
「ク、ククク、クロぉ、く、くろ」
顔を真っ赤にして鶏みたいになってしまったヤミディレと、そのヤミディレの口元をマネするように男たちも「ク」と「ロ」の口の形で見守り……
「ク…………クロン―――」
「っ!? お母さ――――」
「―――さま」
「……ぇ……」
「……い、言えませぬぅうううううううう!」
最後にヘタレて、ヤミディレはうずくまってしまった。
「う~~~、もうちょっとでしたぁ!」
「カカカカカカ、惜しかったなあ~」
「ったく、姐さんは~、ちったぁ~、クロンちゃんの勇気を見習えってんだい」
「そうそう、今だって本当は結構勇気いるもんだったと思うぜ?」
「はやく、名前だけで呼んでやらないと」
悔しそうに地団駄するクロン。
爆笑するブロ。
「やれやれ」と呆れ顔の労働者たち。
「う~、今度こそ言ってもらいます! 皆さんも応援お願いしますね! さ、カリーをどうぞ!」
「「「「「おう! 俺達はクロンちゃん応援団だ!! 後半戦も、そしてこれからもまかせろー!!」」」」」
新たな決意を胸に男たちはまたカリーを貪る。
そして……
「ふふ~ん。クロンちゃんの応援だけじゃなく、後半は僕の応援もよろしくなのん!」
ここにきて、ヒルアが空中でドヤ顔しながら皆にそう告げた。
「なんでい、ヒルア。おめーさんも、次に出るのかい?」
「ふふ~ん、そうなのよん! 僕の大活躍で皆で天空世界に殴り込みなのん!」
「そうなのですよ、ブロ! ヒーちゃんはすごい頑張ったのです!」
そう、この世界が大注目する鑑賞会の中で、ついに自分が登場する。
そのことが嬉しくて、そして楽しみで仕方のないヒルアは頬が緩みっぱなしである。
「へ~、ヒルアが出んのか?」
「お、じゃあ、応援しねえとな!」
「おお、ヒルアのかっけー所を見せてもらわねーとな!」
労働者たちも一丸となって「カリー」を頬張りながら一斉に声を上げる。
そしてここにきて、ヒルアは自分がどういう登場をしたのかを忘れていた。
クロンもウッカリしていた。
そしてエルフの集落でトレイナが抱いた疑問。
パリピがただの「善意」で小休止など挟むのか?
答えはNOである。
――では皆さま、そろそろ後半を始めたいと思います
「「「「「っっっ!!!???」」」」」
唐突な合図とともに告げられるナレーションの声。
世界中で間食している中で流れたその声に、世界中の者たちが慌てて空を見上げると。
『ウヌヌヌヌヌヌヌ……ヌヌヌヌヌ、なかなかでないのん……んあ? なぁん!? おとーちゃん、なにしてるのん! ボクは今、絶賛お花摘みタイムなのん! ……って、あれ? ここ、どこなのん!』
「「「「「ぶぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
それは、世界各地で一斉に起こった。
吹き出す。
食べていたものも噴き出す。
食べていた手が全員止まる。
後半開始早々、唐突に表れたヒルアが四つん這いでふんばって――――そんなシーンが尻アップで映し出され……
「「「「「ヒルアアアアアアア!!! お、おま、おまええええ、よりにもよって、俺たちがカリーを食ってるときに!?」」」」
「のわあああああああああ、なんでなのーーーん! ひどいのよん! どーして! どーして! どーしてなのん! どーしてこんなところから始めちゃうのん!?」
そう、パリピがどうして小休止を挟んだのか?
単純に腹が減って皆が何かを食べるだろうから、ちょっとした……
「ひははははははは! うぇい! モグモグタイム吹き出しざまぁ~! いや~世界各地から怨嗟の声が聞こえてくる~、いいね~、おもろかった!」
ただの汚い悪ふざけであった。
いずれにせよ、後半戦が始まった。




