第四百六十二話 出会ったタイミング
「ふふふ……あの追いかけっこの時からそうだったが……本当にお似合いではないか、あの二人は」
「王子……」
「妬けてしまうな……つけ込むところがないほど強い絆で結ばれていて……まったく……僕ももっと早くに坊やと……」
「お、王子?!」
天より流される情景を、雲の上から間近で見る天空族たちはほぼ全員が言葉を失い、そして目が離せない。
そんな中で、天空族の王族であるガアルはどこか切なそうに微笑んだ。
そんな王子のどこか「女」を思わせる表情に、王子を慕う天空の乙女たちが顔を青くしてギョッとする。
「ふふふ、どうしたんだい? 僕の可愛い小鳥たち。僕だけでなく、君たちも嫉妬かい?」
「い、いえ、お、王子……その……や、やはり王子は……彼を?」
「ん?」
「そ、その……」
ガアルの心境を乙女たちがハラハラした様子で伺おうとするが、ガアルはすぐに笑って首を横に振った。
「はははは、おやおや、冗談だよ。心配しないでくれたまえ、僕の可愛い小鳥たち」
「ひゃっ、お、王子」
「君たちのような素敵なレディがそばにいてくれるのに……僕が今目の前にいない男に対して何かを……なんて、あるわけないじゃないか」
心配そうに、そして涙目で伺ってくる天空の乙女たちの頭や頬を撫でたりウインクしたりして否定するガアル。
その言葉に乙女たちは「一瞬」ホッとした表情を浮かべるも……
「ふふふふ……っ、か、風が!」
「「「「っっ!!!???」」」」
そのとき、乙女たちすらも見惚れて憧れを通り越して性別を超えた想いを抱く対象であるガアルが、急に吹いた上空の風で慌てて「ヒラヒラの膝上丈のスカート」の裾を手で押さえる。
「は、ははは、アブナイアブナイ……はしたないものをレディたちに見せてしまうところだったよ」
「「「「「…………………」」」」」
「やはり、スカートというものはまだ慣れないな。スースーするし、油断するとすぐに捲れそうになるので気になってしまう……僕も気を付けないとね」
少し頬を赤らめながら笑うガアル。
しかし乙女たちは目を細めて……
「ところで王子……」
「ん、ん? なんだい?」
「王子は……いつも長いズボンを履かれているのに……どうして最近……いえ、正確には彼らと戦って以降から、たまにスカートを履くように?」
「……え?」
「しかも、その……たまに……お、お化粧まで……」
「………………」
それは、王子のみに起こっていた変化についてだった。
「い、いけないのかい? 僕も……た、たまには、少し普段と違った服をと……」
「「「「「じ~~~~~~~~」」」」」
「な、なんだい、僕の可愛い小鳥たち。かわいい顔をもっと見せてくれたまえ」
そう、それまでは美しき男装令嬢。
その辺の天空世界の男たちでは逆立ちしても勝てないほど多くの乙女たちから憧れられ、そして恋、女同士で体の関係にまで発展することも珍しくないガアルにも変化が起こっていたのだ。
そのことを、ガアルを慕う乙女たちは皆気づいていた。
それはすべて……
『アース、私にあなたの力を―――』
そんな中でも、目の離せない展開が続く。
戦うと決めたクロンと、その横に並び立つアース。
『今さら聞くんじゃねえよ。ここまで来て、貸さねえなんて言うはずがねーだろうが』
一人ではなく二人。
互いに手を握り合い、伝説の冥獄竜王と相対する。
女神の決意と覚悟に世界が天空世界も含めて見惚れていた。
そして今、一人の男と女が互いに手を取り合って伝説に立ち向かうその情景に、世界が目を奪われ、目を離すことができなかった。
『それがどうした? 小僧と小娘二人がかりならどうにかなると? ワシをあまり舐めるなよな?』
そんな二人に対して、バサラは変わらず上から目線ではあるが、その表情はどこか子供のようにワクワクしている。
まるで「お前たちの力を見せてみろ」と期待を込めて楽しみにしている様子で。
それは、巨大な魔竜からお姫様を守る勇者の構図? 違う。姫と勇者が共に力を合わせて魔竜に立ち向かうような構図にも見える。
そして何よりも、その二人があまりにも二人でいる姿が「ぴったり」だった。
それほどの言いようのない胸に来るようなものがあった。
だからこそ、本来ソコにいたかった者たちには……
「それにしても……坊やたちが天空世界を攻め込んできたとき……あの巨大なドラゴンが一緒でなくて本当に良かったね……」
「「「「「それはもうっ!」」」」」
「我では眼中になかったわけか……」
フィアンセイはそう自嘲気味に呟いた。
「姫様……」
「天空世界で何度も何度も……何度も何度も自分の自惚れを思い知らされ、恥じて、そしてこれまでアースに対しての態度に後悔ばかりが……」
アース本人には伝わっていなかったとしても、それでも出会った幼少期の頃からずっとアースに片思いをしていたフィアンセイ。
「ヒイロ殿やマアム殿のように……互いに勇者同士で結ばれて……などと子供のような夢を抱いて……しかし、しかし……あ~~もう!」
フィアンセイが美しい髪を掻きむしりながら悶々としていた。
その気持ちをリヴァルもフーもサディスもよく理解できた。
もはや何度も後悔したものの、言葉で語りつくせぬほどの様々な感情がグルグルと渦巻いているのだ。
自分はソコにいたかった。
ソコにいるのが自分ではない、自分たちよりも遥かに遅くに出会ったクロン。
それを見せつけられてしまえば、落ち着いて穏やかに居られるわけが無かった。
「たしかに……まるでケーキ入刀の共同作業のよう……ですね」
「ふわぁぁああ、それは思ってもそれだけは言わないでくれ、サディス……」
それはサディスも同じ。
「二人で一つ……それがしっくりしますね……実際は『三人』ですが……それに、クロンさんは……ただ坊ちゃまと一緒に戦っているだけではありません」
切なそうに微笑みながら天を見上げて、そう呟いた。
『アース、あなたなら何でもできます!』
『俺なら……』
『あなたが理想とするもの……あなたが理想とする強さ……理想とする力……理想とする技……あなたが理想となるのです!』
『理想……』
『私は知っています。あなたが毎日、どれだけの努力をしてきたのかを』
そう一緒に戦うだけではない。
「ああ……あの闇の賢人が言っていたことだな……サディス」
「姫様……」
「我らは、アースが何かできたら『流石は勇者の息子』、できなければ『それでも勇者の息子か?』……一方でクロンは……『アースならできる』……か」
クロンはアースを信じている。
その違い、そしてその言葉がどれだけアースの力になっているか?
アースならば何でもできる。
その努力をずっと見続けていたからこそ、アースのことをクロンは信じている。
クロンよりももっと早くからアースと出会っていたフィアンセイやサディスたち……帝国民……そして……ヒイロやマアムたちとも違う……
「くっらいの~~~~、ワシの弟子どもは、どーして小僧が何かしたり、小僧のことを何か知ったりする度に暗くなるんじゃ~!」
そんな、フィアンセイやサディスに、バサラが呆れたようにそう告げた。
「確かにこの時のワシは、まるで結婚する二人の立ち合い人みたいなもんじゃったが~、別に結婚した相手を奪うや惚れるは、無いわけでもないじゃろう?」
「し、師匠……って、そんな略奪的な……って、別にアースとクロンはまだ結婚したわけではありません!」
「ぬわははは、そうか? しかし、ならば猶のこと……『負けるものか』、『それがどうした、振り向かせてくれる』という気概を我が弟子なら見せてほしいものじゃがのう」
「う、うう……」
バサラの言葉がすべてグサグサと刺さるフィアンセイ、そしてサディスにも刺さった。
そう、これで折れるのならそれで終わり。
重要なのは、これでも折れないこと。
「バッくん! なにいってるの!」
「ん? おお、って、アマエ~、ポカポカ殴るでない。何を怒っておる?」
「お兄ちゃんのお嫁さんは女神さまだもん! フィアンセイちゃんたちにへんなこというのだめー!」
「ふぉ!? おお~、そうかそうか、って、あ~、すまん、ワシが悪かった、痒いからなぐるでない」
「むー、バッくんのばかばか!」
「ガハハハハハ、分かったか? 弟子どもよ。貴様らもいっそのことアマエのように、相手が誰だろうと立ち向かってみるんじゃな。童貞と処女のカップルなんじゃから、それを奪うぐらい、ワシに立ち向かうよりも楽勝じゃ!」
そうフィアンセイたちに告げて、バサラはつい数か月前の自分とアースとクロンの姿を肴に、また豪快に笑っていた。
クロンの姿を見て、「自分だって同じだ」と言えるものは、まだ世界には限られている。
「私だって……ハニーと過ごした時間は短くとも……ハニーならばできるって……言えるわよ」
「シノブちゃん……」
「だから、負けるつもりもないし、こんなの見せられたからって屈することはない……ただ、羨ましいとは思うけども……」
そして、シノブは紛れもなくその一人であり、だからこその複雑な気持ちを抱いていた。
そんなシノブにアミクスは感嘆しながらも、少し浮かない表情を浮かべた。
「すごいな……シノブちゃんも……あのクロンさんも……私はアース様がヒーローだからって……でも、アース様のことをまだ私は全然知らないから……そんなふうに……いいなぁ……クロンさんも……シノブちゃんもうらやましい……」
自分ももっと早くアースと出会っていたら……そんな歯がゆさをアミクスは感じていた。
「ふ~ん……あの大魔王様っぽい娘っ子……バサラを眼前にそこまで吠えるとは……まぁ、なかなかというとこなのじゃ」
「ほほほ。ヤミディレに育てられたとは思えん……いや……もう、ヤミディレもワシらが知っているヤミディレのままではないのじゃろうな……十年以上も経っていれば、本人が気づいていなくとも……それとも……あの娘に変えられたか?」
ノジャも、そしてミカドもまた感心したように頷きながら、アースとクロンの二人組を眺めていた。
そして……
「なんか……はずかしーぜ」
クロンに発破をかけられ……暁光眼の効力ではあるものの、クロンの言葉でどこまでもテンション上がって吠える自分の姿にアース自身も苦笑い。
ただ、そんな中で、先ほどからやけに静かな二人……
「って、おい。エスピ……スレイヤ……お前らなんでそんな黙ってんだ?」
皆と違ってやけに真剣な眼差しで空を見つめて黙っているエスピとスレイヤ……
『あなたと共に戦うと決めた以上、私の全てをあなたに託します。そして何度も言います。あなたなら、何でもできると!』
……だったが、クロンがそう叫んだ瞬間、二人は急に手に持っていたメモ帳に同時に「花丸」を書いて、手に持っていた「採点表」を閉じた。
そして、同時にアースが新たなる大魔螺旋の力を開放する。
マチョウとの戦い、ヤミディレとの戦いよりも更に進化したものへ。
『すごい……これがあなたの全てなのですね!』
『ちげーよ……俺とお前の全てだ! 何でもできるのは……俺じゃねえ……俺たちだ!』
『アース……』
『ありがとよ。お前のおかげで、俺の理想に一歩近づけた!』
『はい!』
『いくぜ、クロン!』
『はい、今度は二人で!』
『そして、見せてやるぜ、バサラ!』
『刻んでみせます!』
『俺たちを!』
『私たちを!』
そして、その力を生み出したのはアース一人の力ではない。
クロンと二人で生み出した、二人の力。
「……合格」
「……合格」
「……は?」
と、そのとき、エスピとスレイヤは「合格」と、そうハッキリと呟いて、深々と頷いた。
『超大魔双螺旋ッッッ!!』
クロンと触れ合ったアースが両手の超巨大な螺旋を回転させ、唸らせる。
『おっ……ヌワハハハ、そう来たか!』
それはバサラすらも唸らせる。
クロンと触れ合ったまま、両手の超巨大な螺旋を回転させ、唸らせる。
そして、二人で叫んで見せつける。
もはやその力に唸るのはバサラだけではない。
バサラが唸るもので、唸らないものなどこの世には存在しない。
「すげえ……アースの野郎……あのクロンって子の力を差し引いても……あいつはもう完全に……世界最強クラスの領域に踏み込んでやがる」
「ええ……幼いころから戦争ばかりだった私たちと違うけど……その私たちの経験に劣らないほどの経験……」
「だろうな。吾輩たちとて、あの力をぶつけられればタダでは済まんだろうな……しかし、暁光眼とともにあるとはいえ、ここまで至るか……バサラを唸らせるほどの」
再びアースは、今度はクロンとともに伝説に屈することなく、むしろ穿ってやると、勢いよく飛び込んだ。
『『超大魔双螺旋・アース&クロンスパイラルブレイクストリームッッ!!!!』』
『は、ぬは……ヌワハハハハハハハハッッ!! これは予想外じゃ! ああ! おおお! 血肉が躍るッ!!』
そんなアースたちを、今までで一番機嫌よさそうに笑ってバサラは迎え入れようと身構える。
「ふ……楽しそうなものだな……バサラも。隠居してからしばらく怠惰な日々を過ごしていたであろうが……かつての時代……まるであの時のように……カグヤがピーチボーイたちと魔界に殴り込みに来た時の大戦争……バサラ、貴様はあの時も同じように笑っていたな……あの時点で魔界で貴様と喧嘩をしようとするものなど、大魔王様や、当時血の気も多く頭も悪く力の差も分からず己惚れていた吾輩ぐらいだったからな……」
『奴は死んだが、それでもあやつが繋いで遺したものがここにはある! ああ、沸いたぞ! 沸いたぞ! 貴様らに興味が沸いた!』
「貴様もどれだけ怠惰な日々を過ごそうとも……豚にならずに竜のまま……懐かしいではないか、バサラ……『貴様』もそう思うであろう? バサラも変わらんと」
アースとクロンが飛び込んで、その超螺旋を避けずにあえて受けながら豪快に笑うバサラに、ハクキは誰かがいるわけではない傍らを見てほくそ笑んでいた。




