第四百六十話 バキューン
もはや世界が「何故アースが冥獄竜王を召喚できる?」という疑問が止まらぬ中でも、話は進んでいく。
アースとクロンがバサラ相手に天空世界へ連れて行ってくれとお願いするが、
『まっ……興味が沸かぬのう。少なくとも、そんなことにワシが力を貸してやる義理はないのぉ』
召喚されたものの、バサラはアースとクロンのお願いに対して欠伸で返す。
そんなバサラにアースは……
『あ、あんた……大魔王トレイナの戦友みたいなもんなんだろ?』
『ん?』
『俺は人間だから信じられないかもしれないが……俺は――――』
と、そんな流れでエルフの集落でアースはガバっと体を起こした。
「どわあああああああああああああ! こ、これはまずい!」
『ぬうっ……』
「お、お兄ちゃんッ!」
「うそ……お兄さん、い、言ったの?」
「なに、アース君! 大魔王トレイナの……なんなのじゃ!?」
「ぬっ、静かにするのじゃ! 婿殿の声が聞こえんのじゃ!」
これはまさに世界中の人々がアースに対して抱く「何故?」の答えに繋がるもの。
流石にアースもこれはまずいと飛び起きて悲鳴を上げる……が……
『俺は大魔王トレイナの『バキューン』。そしてこのクロンは、『バキューン』だ」
「「「「「あ…………」」」」」
重要な箇所だけ修正音が入って編集されていたのだった。
「ぬぅ……分からぬぞ! どういうことじゃ!」
「ぬわあああ、パリピめえええ! 婿殿ぉ、やっぱりわらわに教えるのじゃ! 何で婿殿が大魔王様と!? ひょっとして過去に行ったときに何かあったのじゃ!?」
「ちょ……わ、私も今のは……ハニー、どういうこと?」
「おいおい、ちょっとシャレになってないじゃない?」
一度は落ち着いた、アースに対する疑問が余計に再燃した。
世界各地で……
「へ、陛下! 今のは!」
「なんだ……アースは今、何を言ったのだ!? ばきゅん? どういうことだ! アース、大魔王トレイナの何なのだ!」
そもそも、アースが御前試合で帝国民たち含めて浴びせられたのは、『アース・ラガンは魔王軍の残党と繋がりがある?』というものからだった。
大魔王トレイナが使っていた技をアースが使ったからこそ、ヒイロもマアムも、そして皇帝であるソルジャも看過できなかった。
だが、これまでのアースの努力や活躍を目の当たりにしていたことと、技関連も「ヤミディレが原因?」というようなことで勝手に辻褄を合わせて、疑問を追いやっていた。
しかしここにきて、ヤミディレでもできない冥獄竜王バサラの召喚。
そして、ここにきてまさかのアースの口から「大魔王トレイナ」の名前が直接出るのは完全に予想外だった。
「アース! どういうことだ! お前は、お前は……大魔王トレイナのなんだと言うのだ!」
ソルジャの疑問は、そのまま帝都民にも伝播する。
「お、おい、今、間違いなく大魔王トレイナって名前を出したよな!」
「あ、ああ……その後は聞き取れなかったが……」
「どういうこと! ヤミディレじゃなくて、大魔王トレイナ!?」
「あ、あのガキ……やっぱ、大魔王トレイナと何か関係が?」
同時に、再びアースへの疑惑が沸き起こるのだった。
「師匠、どういうことです! 師匠!」
「ん~?」
「アースはこのとき、何と言ったのです!」
それはカクレテールでバサラの弟子となって共に鑑賞会をしていた者たちにも同じ。
真っ先に声を上げたのはフィアンセイだった。
「さ~……なんだったかの~?」
「イジワル言わないで教えてください! アースは一体、大魔王トレイナの何なのです!?」
それこそが自分たちの運命を変えてしまったものであると、フィアンセイはバサラ相手にも引き下がらなかった。
「まさか、アースの口から大魔王トレイナの名が……」
「う、うん……そりゃ魔王軍と何か……とは流れ的に思ったけど、間違いなくアースは『俺は大魔王トレイナの――』って言ったよね? つまり個人的な繋がりが何か……」
「しかし、俺たちが生まれる前に死んだ大魔王だぞ?」
「わ、分かってるけど……でも……、師匠! 教えてくださいよぉ!」
フィアンセイだけではなく、リヴァルもフーも聞き流すことはできないと、バサラに縋った。
その様子を……
「これが世界同時に……坊ちゃま……流石にまずいですねぇ……」
サディスは全て知っているだけに、アースのことを想った。
その様子からもフィアンセイたちは察した。
「うぐっ、サディス! さてはお前は知っているな!」
「姫様……」
「そして、これこそ天空世界でアースが……サディスには教えて、我らにはまだ教えられないという……ぐぬぬぬぬ」
「姫様……天空世界で、坊ちゃまが話せるときになったら……聞きにくいことは今は聞かないと物分かりの良いことをおっしゃっていたのでは……」
「だ、だって……だってだなぁ!」
悔しい。
その想いを隠すことなく前面に出して歯ぎしりするフィアンセイ。
「どーでもよいではないか。小僧は小僧じゃ」
「それはそうなのですが、気になるものは気になるのです!」
アースが何を言ったのか?
その答えが知りたくて頭を抱え込んでしまうほどに。
そして……
「おお、そこは隠したか……配慮か……いや、あえて答えを隠すことで余計に皆が気にするように仕向けるか……ふっ……まぁ、確かに吾輩も……どういう関係性なのかは気になるところだな」
ハクキはパリピの編集を笑っていた。
一方で……
「って、ちょっと待てよ! 今のアース、間違いなく『俺は大魔王トレイナの――』って言ったぞ! どういうことだよ!」
「あ~~~、もう! どういうことよ! アース、ってかどうしてここに来てワザと答えを隠すようなことすんのよ! ……いや、まぁ、答えを言っちゃったら確かに世の中的には大混乱になったかもだけど……でも、だったらこのシーンそのものをどうにかしなさいよぉ!」
「くそ、余計に気になる……なんでだよ……大魔王トレイナと会ったこともねえだろうが、アースは!」
「ヤミディレじゃなくて……大魔王トレイナの……あ~~~もう、分かんないわよぉぉおお!」
ヒイロとマアムももはや単純に気になって仕方が無いと、囚われの状態ながらのたうち回った。
そう、特にアースに近しい者たちほどその答えを知りたがっている。
知りたい。
アースは何を言ったのか?
そして、そうやって答えを欲した者たちほど……
『だから、何じゃ?』
「「……え?」」
『ふわ~~あ……そーいえば、昔もそんな小物が腐るほどおったわい。僕の父は金持ちなんだぞ~、偉いんだぞ~、貴族なんだぞ~、みたいなことをほざくだけの、何もできない無能がな』
のたうち回っていたヒイロとマアムが停止。
世界が、それこそ肉親までもが気になることを口にしたアースの言葉に対して、それを聞いたバサラの反応は薄い。
『時代は変わる。何があったかは知らんが人間がトレイナの『バキューン』でも、そーいう時代になったと思えばそれまでじゃし、別に人間だからといって軽んじたりはせん。人間にも骨のある奴らが居ることをワシはよく知っている。ただ……小僧よ。トレイナの『バキューン』だから何じゃ? そのお嬢が『バキューン』だから何じゃ? くだらぬのう』
さらには「くだらぬ」とまで吐き捨ててアースを見下す。
『よいか? ワシがもっとも熱く滾っていた時代……人も魔も関係なく、皆が己を示していた。ワシが、トレイナが、ハクキが、カグヤが、その他数多くの豪傑たちが、己と世界を懸けて魂の限りを振り絞って戦いに明け暮れた! そんな時代を生き抜いたこのワシが、たとえ今は血も魂も枯れて肥えるだけの怠惰な日々を送ろうと、死んだ魔王の威を借りねばワシと話も出来ぬ未熟な小物共に、力を貸す気も無ければ、興味も持てんのう?』
死んだ大魔王トレイナの名を口にしたアースのことを気にする皆に対して、バサラは死んだ大魔王の名を口にしたアースに、だからなんだ? という姿勢。
『そういうことじゃ、アホンダラ共。ワシに頼みをするのであれば、誰の威も借りずに貴様ら自身で興味を持たせられるようになってからにせよ』
それはまさに、リアルタイムで器の違いを見せつけられたようなものであった。
そう、ヒイロとマアムすらも度々「そう思おう」としていたはず。
――アースはアース
だと。
しかし、たった一言「大魔王トレイナ」の名前が出ただけでこの動揺ぶり。
一方で、冥獄竜王バサラは「だから何?」ときたのだ。
「~~~~~っ」
「あ~~~~もう」
それを突き付けられ、二人はまたへこんだ。
それは、当然二人だけでなく、アースを想う者たち共通に世界各国で同時に起こったものだった。
『じゃあ……興味を持たせれば、いいってことだな?』
そんな中、「興味が無い」と言われたアースはニタリと笑みを浮かべてブレイクスルーを発動。
『冥獄竜王バサラ……もう一度……俺の自己紹介をさせてくれ! 俺は―――』
『いらんっ!』
『雄ならば……体と魂で名を語れい。さすれば、食後のデザート代わりに、貴様という存在を吟味してやろう』
その上で、ヤミディレと戦うだけでも卒倒しそうだったヒイロたちの前で、アースはなんと冥獄竜王バサラと立ち会う展開になってしまった。
「ちょ、おお、おおおい! た、戦う、いや、戦ったのか、アース!」
「わ、私たちですら知らなかった伝説と……戦ってたの!」
「おお~……こういう展開だったのか……なるほどな。アース・ラガンが吾輩を目の当たりにしてもまるでビビらなかったのも当然と言えば当然か……」
そして結果的に「アースは大魔王トレイナの何だ?」の答えを誰も分からぬまま、それを塗りつぶすほどの衝撃をアースはまた世界に与える。
ただ、そんな中で……
「……クロン様」
「はい?」
ブロや労働者たちが、登場した冥獄竜王バサラに目を奪われている間に、ヤミディレはクロンにコソコソと耳元で……
「アース・ラガンは……この時、何と言っていたのです?」
「え……ばきゅーん……のところですか?」
「はい、ばきゅーんのところです」
「え~っと……」
このとき、アースはすっかり忘れて、しかも気づいていなかった。
トレイナ本人も、この情景が世界に映し出されることも予想していなかったので、放置していた。
クロンに口止めすることを……
「はい、たしかアースは、『大魔王トレイナの最後の弟子』って言ってました!」
「……ほわ?」
世界が知りたがったバキューンの答えを、ヤミディレだけが知ったのだった。
ただし、結果的に余計に謎が深まるだけだった。




