第四百三十六話 揃った家族
王都全体を見下ろせる絶景。
そこは地位も何もかも恵まれた選ばれし存在にのみ見下ろせる景色。
ジャポーネの王宮で、一人の少女が自室の窓から城下町を見下ろしていた。
その身をジャポーネ伝統の豪華な刺繍を施された浴衣一枚の薄着で、少しはだけて肌が見え隠れする姿。
その部屋はまた贅の限りを尽くした家具や芸術品、そして異常なまでの特別待遇を受ける身分。
まだ十代の少女がそれだけのモノを持つことが許されるのは、彼女がジャポーネの若き女王となる者だからだ。
「……フウマ様が……でも、逃げられた……そう……よかった……」
その手には彼女の元に届いた城下町で起こった出来事の報告書。
「なんて……もう、私なんかが心配する資格もないんだけどね……私みたいな……汚い女が……でも……」
その中身に目を通し、少女は少しホッとした表情を見せるも、すぐに悲痛な表情を浮かべた。
幼いころからの知り合い……いや、ただの知り合いではない……
「フウマ様まで帰国され……オウテイ様やカゲロウ様は行方知れず……ミカド様もコジロー様も……みんな、どうなっているのかな……そして……シノブちゃん……シノブちゃんはどうしているの?」
報告書に目を通す彼女の心には特別な感情が込められていた。
幼いころからの友。そしてその兄や両親。だが、彼女にとってはそれ以上の……
「……え? ……シノブちゃんの……婚約者?」
だが、そんな彼女の目が止まり、そして先ほどとは全く違う感情が突如芽生え始める。
「なにそれ……なんで……私がこんなに汚れてしまっているのに……シノブちゃんは綺麗なままで……ああ……この報告書ったらこんなことまで……その男の子にはシノブちゃんの方が恋している? 初恋? ……なんだ……幸せなんだ、シノブちゃん……」
その感情は醜く、自分勝手な……
「ホント……ズルイナ……自分だけ……私みたいに汚い男に穢されたりしてないんだろうなぁ……私の初恋は実らなかったどころか、フウマ様には相手にすらされなかったのに……不公平だよ……ふざけてるよ……」
嫉妬だった。
「どんな男の子なんだろう……あのシノブちゃんが好きになったなんて……どんな……」
そして、歪んでいた。
「「「「だだだだんご、だんごかぞく~♪」」」」
エルフの集落にて、アースたちがお土産に買ってきた団子を受け取った子供たちが嬉しそうに走り回りながら歌っていた。
「ほらほら、慌てないで。まだたくさんあるから!」
「わーい、ありがとう、エスピお姉ちゃん! わたし、みたらし~!」
「ほら、落とさないでね」
「スレイヤ兄ちゃんもありがと! わーい、僕のはアンコだ~!」
エスピとスレイヤに団子を手渡されてはしゃぐ子供たち。
「おい、お前たち! 串を持って走り回るな! 転んだりしたら危ないではないか。ちゃんと座って食べなさい……こほん、小生はショーユをもらおう……」
はしゃぐ子供たちを窘めながらもちゃっかり団子を受け取って子供たちと一緒に仲良く食べるラルウァイフ。
そんな光景を眺めながら、シノブもアミクスも微笑んだ。
「へぇ、ここの子供たち、ジャポーネでも有名な『団子家族』の歌を知ってるのね……それに、あんなにお団子に喜んで……なんだか、嬉しいわ」
「うん。姉さんたちがたまにお団子のお土産買ってきてくれて、私たちすっかりお団子好きになっちゃったんだ~」
「そうなの? でもそんなに好きなら……まぁ、お店が作ったものには劣るけど、お団子の作り方……よければ教えてあげるわよ?」
「え!? ほんと!? 本当に、シノブちゃん!? お団子って自分で作れるの?」
「ええ、材料さえあればね」
「教えて! 是非教えて、シノブちゃん!」
「いいわよ!」
「やった! これで毎日お団子食べれるんだ~、ほんとシノブちゃんって何でもできてすごいね!」
「べ、別にそんな大したことでは……私だって何でもできるわけではないわ」
気づけばすっかり仲の良い友となったシノブとアミクス。
アミクスもスキンシップが積極的になり、すぐにシノブに抱き着いたりし、そのたびにシノブは恥ずかしがりながらも友達ができたことに満更でもなかったり、一方で身に押し付けられる豊満なボヨンボヨンの感触に冷静になったり……
とにかく、もう互いが人種も種族も違うという認識などなく、何の遠慮も気兼ねもない……
「じゃあ、私もシノブちゃんにエルフ族伝統のお菓子の作り方を教えてあげる!」
「あら、光栄ね。ぜひお願いするわ」
「うん、パイパイっていうお菓子!」
「そう、パイパ……あ゛?」
「あのね、アース様も美味しい美味しいって言ってくれたんだよ?」
「……パイパイ……へぇ……そう、あなたの作ったパイパイ……そう、さぞかし美味しかったのでしょうねぇ。で、それは私に対する何かの嫌がらせかしら?」
「へ? あの、シノブちゃん? ちょ、怖いよ、シノブちゃん、どうしたの!? ちょ、あ、だ、だめぇ!」
「これを、ハニーが、タベタノカシラ!? オイシイッテイッタノカシラ!?」
遠慮も気兼ねもなく瞳孔の開いた目でアミクスの豊満な胸を怒りを込めて揉みしだくシノブだった。
「無事でよう帰ってきたな~、フウマ。イガとコウガも久しぶりやな~」
「うむ……とにかく、無事で何よりでござる」
「あれだけ父上と母上にも啖呵を切って家出しておきながらノコノコと帰りましたが……とにかく、父上も母上もよくぞご無事で……」
一方で、アースたちが連れて帰ってきたフウマとその仲間たち。
フウマの両親であるオウテイもカゲロウも、妹であるシノブも驚いたものの、まずはその無事な姿に安堵した様子。
「一度は王都で捕まりかけましたが、そこにいるアース・ラガンに救われ……そう、以前にも自分は彼に救われ……」
「そのようやな~。んふふふ~、ええや~ん、アースのお兄はん。もう、本気でさっさとシノブを抱いて婿になってほしいわ~」
フウマもシノブもかつてジャポーネからは家出のような形で飛び出して世界を放浪した。
そのため、久々の両親との再会も本来ならもっとギスギスしてもおかしくないものであった。
しかし、この家族にそんな雰囲気はなく……
「な~、シノブ~、アミクスちゃんの乳を羨んどらんで、もっとお兄はんにスキンシップした方がええんちゃうん? こないな優良物件、さっさと契らんと後悔するえ?」
「某たちも彼に救われた……そしてシノブ自身が彼に恋を……父として、某ももはや異論はないでござる」
「まさか父上と母上も彼に出会い、そして認める存在になっていたとは……」
「ウフフフフ、アミクス~、この、乳尻太ももをハニーに食べさせたのかしら~~!!??」
「まったくシノブは……んで、フウマはどうなん? 世界旅したみたいやけど、ええ人はおらんの? 旅先で種を撒き散らしたりしとらんの?」
「……下品な話だが……別に某の後を継ぐとか、ジャポーネのこととか気にせずお前は好きに生きろと某ももう思っているが、そういうのはどうなのだ?」
「父上……母上……自分にはそのようなことは……戦いに明け暮れ……時には身勝手なことを……心優しき魔族を傷つけてしまったりと……旅先で色々とありましたが、そのようなことは……」
「え!? パイパイってエッチな意味ではないと……お菓子……んもう、紛らわしいわ、アミクス! わ、私ったらてっきり……ごめんなさい。ええ、おっぱいなんて……え? それは揉まれた……え、お股にパンツに顔を!? ハニーッ!!??」
何だかもうそんなわだかまりもない、普通の四人家族のありふれた光景のように見えた。
その話の中心に語られるのは、アース。
褒められ、しかも色恋がらみの話題へと発展している。
本来なら照れて頭を抱えてうずくまるような事態だ。
しかし、アースはこのとき照れるよりも、シノブたち家族四人が無事にそろった光景を見ながら……
「家出した家族が再び……か……」
少し心に過るものがあり、微笑みながらも少しだけ切なさを感じていた。
『なんだ? 珍しく寂しいのか?』
そんなアースの傍らで冷やかすトレイナ。
『むっ……べ、べつに……』
『そうか? 余はてっきり、ヒイロとマアム、そしてあのメイドのことでも思い出しているのかと思ったが……』
『……べ、べつに……ソンナコトネーヨ』
『まぁ、余は貴様の頭の中は読めてしまうのだがな』
『うぐっ』
トレイナに対する虚偽は不可。そして事実だった。
別に寂しいというよりは、目の前で家族四人が仲睦まじく(?)集っている光景を見ると、どうしても自分と重ねてしまった。
だが、それは自然なこと。
『まぁ……でも、寂しくなんてねーよ……だって……』
切なくはある。
だが、寂しくはないと改めてアースは首を横に振る。
「お兄ちゃ~ん? 『また』なの~?」
「ふふん……また『二人』でコソコソかい?」
『「あ……」』
そのとき、アースとトレイナの傍に、みんなに団子を配り終えたエスピとスレイヤが威圧ある笑みを浮かべて左右からアースにくっついてきた。
『くははは……ああ、やっぱ、寂しくはないよ』
『ふははは、そのようだな』
『ただ、ちょっと気になっただけだしな。親父と母さんは何やってんのかな~って。サディスはまだカクレテールかな~って』
『あやつらも、今のジャポーネで童が何をやっているかを知ったら、また驚くであろうな』
『だな』
少しだけ家族のことを思い出したアースだった。
「あー! その顔は『また』でしょ! 心の中での二人話も禁止!」
「困るよ、お兄さん! 僕たちが傍に居るのに、二人しか分からない会話は!」
「はいはい、わーったよ。ったく……」
『やれやれだな』




