第四百三十五話 何もするな
そこは天災の過ぎ去った荒れ果てた土地。
しかし、その地に住まう者たちは皆が活き活きと復興に向けて汗水流していた。
誰もが「もう一度この地をよみがえらせる」と心に抱いていた。
それは彼らにとって大切な人たちが、いつかこの地に帰ってきたときに胸を張って迎えられるようにという想いからだ。
ただ、その中で……
「ぷんだ! ぷんだ! ぷんだ!」
綿の入った手袋を装着し、木に吊るされた砂袋をポカポカと殴る幼い少女が居た。
その小さな頬は不機嫌でぷくっとふくらまし、その両目はたくさん泣いたと思われるほど腫れている。
「大神官様も女神様もお兄ちゃんも……シノブおねーちゃんもうそつきィィ! ばかぁ! ぷんだ! ぷんだぁ!」
砂袋を鬱憤込めて何度もポカポカしている少女の名は、アマエ。
それはトレーニングなどというものではなく、単純に怒りを込めたストレス発散の様子。
その姿を家族や友たちは顔を引きつらせながら苦笑していた。
「あ、あはは、アマエ、そろそろやめるかな? ほら、シノブちゃんが残した、アヤトリ? メンコ? お姉ちゃんが一緒に遊んであげるから。ね、マチョウさんも」
「う、うむ。今日の作業もトレーニングも一段落ついたので、付き合うぞ?」
数日前からずっと泣いて、不機嫌で、不貞腐れ、ついには物にまで当たりだすアマエ。
最初は姉であるツクシも「それで少しでも気が紛れるなら」と放置していたが、流石にそろそろまずいだろうと、だんだんと幼いながらもパンチにキレが出始めたアマエの姿を見て感じていた。
「……いい。お姉ちゃんへたっぴ。おじさんは紐切るし、めんこしたら地面穴空いちゃうもん」
「「うっ……」」
なんとか機嫌を取らないと、アマエが歪んでしまうのではないかと危機を感じるものの、完全に不貞腐れたアマエはあまり心を開こうとしなかった。
「あ、アマエよ、我がお前の姉となって遊んでやるぞ、どうだ! お前はアースの妹なのだから、我にとっても妹も同然!」
「フィアンセイちゃんが……?」
「うむ、そうだ! その、わ、我がほら、今はその……大きく後れを取っているし、全然だが、それでもいつの日か将来的にアースと――――」
「もっと、やっ! お兄ちゃんのお嫁さんは女神様だもん。フィアンセイちゃんは、やっ!」
「はぐっ!?」
「お兄ちゃんのお嫁さんは、女神様! 次がシノブお姉ちゃんとサディスお姉ちゃんだもん!」
「ちょ、それでは重婚ではないか! それはダメだぞ、アマエ! というより、仮に重婚でも私は入れてもらえないのか!?」
そして、何とかアマエと親睦を深めたいフィアンセイだが、こういうことには不器用であるために苦戦していた。
「うぅ……幼子の心一つ開くことも癒すことも出来んとは……我は変わらず未熟者だな……」
「何と哀れな……フィアンセイ……」
「そう言わないの、リヴァル。姫様も頑張ってるんだから……復興作業も、修行も、本来ならクタクタなのに……色々と気にかかることもあるのに……」
そんな奮闘するフィアンセイが泣きついてくる姿に、幼馴染として同情してしまうリヴァルとフー。
だが、そんな人から見れば笑ってしまうような空気ではあるものの、フィアンセイは途端にため息を吐きながら……
「そうだな……フー……色々と気になることが山積みだ……お前とてそうだろう? 心配なのはわかるが、お前も少しは休んだらどうだ?」
「う、うん……分かって……るんですけどね……あまり深く眠れなくて」
「フー……やはり、お前の方にも何も念話などの連絡はないのか? ベンリナーフ殿から……」
「……ええ……」
「……そうか……我の方もお父様に問いただしてみたが、情報はもらえなかった。さらに、ジャポーネのことに関わることも禁じられた……」
複雑な表情で唇を噛みしめるフィアンセイ。そして頷くフーは目の下に隈ができるほど心労が溜まっている様子だった。
「魔界側と合同の調査団がジャポーネで消息不明……進展なし……しかも、ジャポーネ国内の政情が荒れているとか……シノブが何も言わずに消えたのもそのことが関わっているんだろうけど……」
「ああ。我もシノブのことはお父様に話したし、父上も懇意にされているミカド様や、七勇者のコジロウ殿を通じて情報収集中だと言っているが……」
カクレテールに滞在中のフィアンセイたちにもジャポーネで帝国と魔界の合同調査団が消息不明のトラブルが起こったことは耳に入っていた。
しかも、その帝国の調査団のリーダーがフーの父親である七勇者のベンリナーフである。
そして、自分たちに何も言わずにシノブが消えたことも、そのジャポーネのことに何か関係があるのだと思うと、気にするなというのが無理な話だった。
「我も最初はシノブが抜け駆けしてアースを追いかけたのかと思ったが、このタイミングでいなくなったということは十中八九ジャポーネで何かがあったということ……」
「ですね。けっこう自分の思うがままに生きて自由奔放に見えたシノブがアースを追いかけるでも自分を磨くでもなく、優先するぐらいの……そう思うと……」
本来鎖国しているカクレテールでは定期的な新聞などのニュースが入るわけではなく、全ては帝国側から連絡があってから情報を得ることになり、どうしても遅くなってしまう。
本来ならフーも単身でジャポーネに行きたいという気持ちもあったのだが、帝国側からも釘を刺されていることもあって、なかなか身動きが取れない状況にやきもきしていた。
「二人とも、気を張りすぎだ」
だが、そんな二人をリヴァルが珍しく宥めた。
「ベンリナーフ様は歴史に名を残す大魔導士にして七勇者の一人……どんなトラブルがあろうと、簡単に後れを取るような方ではない」
「リヴァル……」
「それよりもフー。お前は心配するよりも、まずは『何もするな』と言われたことを気にするべきだ。もし俺たちが一人前の、誰にも心配すらさせぬ力を持っているのなら……陛下もきっと『今すぐジャポーネに行け』と命じられたはず……それがないということは、俺たちはまだまだ無力だと思われているということだ」
リヴァルの言葉に俯くフー。フィアンセイも受け止める。
「魔界側の調査団にはあの六覇のノジャがいる……俺たちが束になっても手も足も出なかったパリピと肩を並べる存在……七勇者はそんな六覇と対となる存在。……今の俺たちでは足手まとい……邪魔……それを自覚するしかない」
リヴァルとて幼馴染の父であり、自分も幼いころから世話になり、そして尊敬する人物の一人でもあるベンリナーフのことを心配していないわけがない。
だがそれでも、自分たちが「何もするな」と釘を刺されている以上、まだ今の自分たちでは何もできないのだと認めるしかなかった。
なら、何もできない自分たちはどうするか?
「うん、そうだね、リヴァル……その通りだよ……」
「なら、お前は休め。マチョウさんも師匠も言っていただろう? 十分な休息もトレーニングの一つだと。今のお前では逆効果。このままではお前だけ置いて行かれるぞ?」
「あはは、それは嫌だな……うん……分かった。強くなりたいしね。今後……もし、皇帝陛下から『やっぱり行け』って言われた時も弱いままなんて嫌だしね……」
自分たちにできること。一日でも早く、今よりもっと強くなって備えるしかないということ。
フーもそのことを自覚し、少し体を休めようとした。
だが、その前に……
「ねぇ……リヴァル……」
「なんだ?」
「それでも……アースなら……子供の頃じゃない、アカデミーの頃じゃない……今のドンドン前に進むアースだったら……どうしてたかな? 釘を刺されても、無視してジャポーネに行ったりしてたかな?」
幼いころ、自分たちの中心にいて引っ張ってくれたアースならどうしていた? 今の自分たちよりも遥か上へ前へと突き進む今のアースならどうしていた?
その質問にリヴァルはムスッとして……
「あいつは俺たちと違い、その強さでどうするかを選ぶ権利がある。なぜなら、あいつは六覇を倒したどころか、部下にしてしまったのだからな……」
「はは、そうだね」
リヴァルらしからぬ少し拗ねた言葉に、フーだけでなくフィアンセイも笑ってしまった。
そうだ、今の自分たちにはこうするしかないものの、今のアースならどうするかを選ぶことができる。きっとそれが今の自分たちの力の差をそのまま表しているのだろうと、フィアンセイもフーも納得してしまった。
「もういいもん!」
と、そのときだった。
「ん? アマエ?」
先ほどから砂袋に八つ当たりしたり、宥める皆に冷たく当たっていたアマエが突如声を上げた。
拒絶された一人でもあるフィアンセイも思わず振り返ると……
「アマエ、もっと強くなっちゃうもん! バッくんのところにいって、強くしてもらってくる!」
「って、アマエえええ!」
自分たちだけでなく、自分なりに強くなろうとしているアマエがバサラの所へ走っていく小さな後姿を見て、フィアンセイたちも苦笑しながらその後を追った。
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『段階飛ばしの異世界転移ヤンキーと乙女たち~【イチャイチャ】でお互いLvアップして異世界を最下層から駆け上がる』
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頭空っぽにして読める、運営様に怒られない範囲のそこそこ上品な物語です。
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