第四百三十四話 何も分かっていない
「ちょっと待て、ハクキ! アースが……アースがお前と会ったことがあるだと! どういうことだ!」
「ハクキ! あんた、アースに何をしたの! 最初はヤミディレが原因かと思ったけど……ひょっとして、大魔王トレイナの技をアースが使えたのも、あんたが!?」
ヒイロとマアムは自分たちの知らない場所でかつての自分たちの宿敵である六覇がアースと接触していたという事実を知り、声を上げた。
カクレテールでのヤミディレ関連だけでなく、まさかハクキまでと。
そして、もしそうなのだとしたら、ヒイロとマアムにとって全ての運命を変えたあの御前試合で出来事も全てハクキが関わっていたのかと。
だが、その言葉にハクキは逆に驚いた表情を浮かべた。
「なんだ……あの御前試合から既に何か月も経ったが、お前たちも本当にまだ何も分かっていないのか……」
「な、ん、だと?」
「吾輩も分からなかったのだ。ブレイクスルーだけでなく、どうして大魔螺旋まであの小僧が使えたのか。ヤミディレにもそこまでは無理だったからな。まぁ、可能性の一つは先日少し話をしたときに思いついたが……」
「せんじ、つ!? ちょ、おい! どういうことだ! 詳しく話せ! テメエ、俺たちの息子に会って何をした! 何を話した! 何があったんだ! アースは無事なのか!?」
たとえ魔力も身動きも封じられようと、ヒイロもマアムも鉄の檻に噛みついてでもぶち破ろうとする勢いで声を荒げた。
アース自身に拒否されようと、それでもヒイロとマアムにとってはかけがえのない愛する息子なのだから。
「ふはははは、安心しろ。無事も何も、アース・ラガンは更にでっかくなっておるぞ? 今頃ジャポーネで新たな伝説でも作っているのではないか? あのエスピやコジロウ、ミカドまで加わったからな。ノジャとパリピはなかなか教育に悪い気もするが、それでも面白いことになっている」
「「……は?」」
「それに、ちょっとした賭けもしている。いずれアース・ラガンが吾輩と戦い、そしてもし吾輩が負けるようなことになれば、吾輩はアース・ラガンの子分になることになっている! ふはははは、面白いだろう?」
「「ぇ……あ……え?」」
ハクキは思い出し笑いをした。ハクキ自身、大魔王トレイナが死んでから十数年、あれほど思わず笑ってしまうようなことはなかったからだ。
アースとの出会いでもあり再会の日、そしてその周囲に集うメンツ。どれもがハクキを痺れさせた。
だが、そんな話は初耳中の初耳であるヒイロとマアムは、先ほどとは打って変わってポカンとしてしまった。
「い、いや、え? え、エスピ……だと? 今、コジローとミカドとジャポーネ? い、いやいや、その後、なに? ノジャ……な、んで? し、しかも、パリピ? は? パ、パリピって六覇のパリピか? ありゃ十五年以上も前に死んでんだろうが!」
「そ、それに、アースに負けたらあんたが子分……え? え? は?」
ハクキの口から出てきた情報すべてがヒイロとマアムの理解を逸脱した人物ばかりであり、二人は何度も口をパクパクさせながら互いを見合って呆然としていた。
そして、そんな二人を見て機嫌よかったハクキの表情が一変し、その表情は……
「なんと……貴様ら……本当に何も分かっていないのだな……本当に何も知らないのだな……むしろ、吾輩が驚いた。あのアース・ラガンの現状に……貴様ら二人は本当に何も関わっていない……蚊帳の外なのか?」
「「ッッ!!??」」
「ということは……ふははははは、なんということだ! 貴様らは全てを知っていると思われる、あのエスピからも何も聞いていないのだな! 同じ七勇者の戦友であるというのに!」
「エスピ……だと?」
「ああ、あの娘は全てを知っているぞ? 何故ならあの娘は十数年前の時点ですでに……ふふふ、滑稽な……そして……哀れな」
それはもはや、驚きや呆れを通り越し、ハクキの表情はむしろ哀れみすら浮かんでいた。
もはや歴史に名を残すほどの存在でもある自分たちの仲間である七勇者や、宿敵でもある六覇。
そんな者たちが自分たちの知らないところで動き、その中心にいるのが自分たちの息子である。
そしてその状況も、理由も経緯も、そして何が起こってこれから何があるのかすらも全て知らない。
「お、俺たちは……蚊帳の……外……」
「アース……あなた……一体、どうなって……」
ハクキの口にした「蚊帳の外」という言葉は何一つ反論できず、自分たちの心を最も抉る刃でもあり、ヒイロとマアムはそのまま力なく項垂れてしまった。
あの御前試合で死ぬほど後悔をした。
カクレテールで一度追いつくも、アースのその成長ぶりを見誤り、自分たちの想像を遥かに超えられ、結果的に捕まえることができなかった。
それでも諦めずに追いかけるものの、自分たちはこうして足止めをくらい、その間にアースは更に自分たちの知らない世界へと足を踏み入れていた。
そのことを、最初から最後まで何も知らないことを改めて突き付けられたヒイロとマアムのショックと悔しさは今まで以上のものであった。
「ボス、お取込み中のとこ、すいやせん! 伝令です!」
そんな重苦しい空気漂う地下牢にて、一人のオーガが駆け込んできた。
「構わん。何だ?」
「へい。例のジャポーネのウマシカなんですが……税務部隊が急に職場放棄の上に撤退、さらにミカドも捕虜も取り逃がしたとはどういうことかと」
「ああ、そのことか……必要な兵器は与えているというのに、やかましいものだ。構わん。放置しろ。もはや吾輩も興味がない。ただし、何が起こっているかは情報収集を怠るな。ウマシカに興味も用もなくとも、ジャポーネの行く末と途中経過は吾輩も常に興味津々でな」
報告を受けて頷くハクキ。ジャポーネのウマシカからのクレームの連絡である。
予想していたことではあるものの、「やれやれ」とため息を吐いた。
だが……
「それと……」
「まだあるのか?」
部下の話はそれだけではなかった。
「へい。例のシテナイから……なんか……明日辺りに面白いことがありそうだから予定空けた方がいいとかなんとか……」
「なに? シテナイからだと? 明日? なんのことだ?」
「さ、さあ……何があるかはお楽しみとか……」
それはシテナイからの伝言。それだけはハクキにも予想外だったため、何のことか分からず眉をしかめた。
ただ、ハクキに分からないことは当然この二人にも……
「ジャポーネ……ウマシカ、それって国王の? 捕虜? ミカドのジーさんが……? 逃がした?」
「っ、しかもジャポーネって、アースが今いるんじゃ……」
もう分からないことだらけ。しかしそれでも自分たちの息子がもし何か関わっているのであればと、ヒイロとマアムは再び顔を上げた。




