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禁断師弟でブレイクスルー~勇者の息子が魔王の弟子で何が悪い~  作者: アニッキーブラッザー
第八章

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第四百三十話 諦めない心が世界をうんたらかんたら、らしい

 戦碁は家出する前にたまにサディスと打ったりして遊んだこともある。

 そこまで得意というわけではないが、ルールぐらいは分かる。

 とはいえ、あまりレベルが高すぎる対局には理解が追い付かない。

 以前、トレイナがシノブと打った時もそうだったが、今回もよく分からん。


『どう? トレイナ、こいつ強いの?』


 目の前で汗まみれになって顔を青ざめさせているマクシタ。

 戦況がよく分からなくても、トレイナが勝っているのは明らかだ。

 だけど、そんな分かり切ったことではなく、マクシタがどれだけ強いのかっていうのはまったく分からなかった。

 口だけなのか? それとも……


『ああ、なかなかの打ち手だ。シノブには及ばぬが、デカい口を叩くだけの腕前は持っている』

『へぇ……』


 意外にも、口だけではなかった。

 トレイナは決してお世辞とか言わないし、実際そうなんだろう。

 それに、それだけじゃない。

 なんか、トレイナは楽しそうだ。



『レベルが高いからこそ、こやつも余の思い描く通りに打ってくれるので、こちらも遊びの一手でなかなか楽しめる。旅の途中で童とたまに打った時は、童がヘボすぎて石の流れも美しくなかったし、新たな手を試すこともできなかったからな……』


『むっ……わ、わるかったな……ちぇ……』


『拗ねるな。余がこれからもみっちりトレーニングしてやろう! というわけで、今後はトレーニングに余と戦碁もやるぞ♪』


『……あんたが楽しみたいだけじゃねえだろうな?』


『ち、ちが、そんなことないぞ! 戦碁は思考のゲーム! すなわち、集中力、集中の海の奥底に潜るトレーニングは、えっと、その、そう! 童のゾーンを更に深いものにするのだ!』 



 なんか色々と誤魔化されているような気もするが……ただ、それはそれとして、目の前のこいつはトレイナも誉めるぐらいは強いってことは事実のようだ。

 自信があったわけだ。

 だからこそ、気の毒でしかない。


「ひぐっ!? ぐっ、そ、そんな、こ、こんな……ことが……」


 目の前のマクシタから言葉が漏れる。

 思わずそう呟いてしまうほど、トレイナの一手に怯えている様子だ。

 しかし、たかがボードゲームで圧倒されているぐらいでここまで怯え―――


「ぐわあああ、き、斬られたぁあああ!?」

「ぐはっ!? がはっ!?」

「ひいい、そ、そんな、なんて一手だ!?」

「ひっぐ、こわいよぉ、おかあさん……」

「しっ、見ちゃダメ! ッ、なんて……なんて恐ろしい一手なの?」


 ……え!?


「ちょっ、は? ……え?」


 いや、本当に「え?」なんだけど。


『と、トレイナ、こ、こいつらどうなってんの?』


 一瞬、不審者でも現れて民たちを襲ったのかと思ったが、そうじゃなかった。

 こいつら、俺が置いた石を見て、子供から大人まで全員いきなり大げさなリアクションを見せやがった。

 周囲でいきなり大騒ぎして、悲鳴を上げて、泣きだしたり嘔吐したり、腰抜かしたり、異様な光景が広がっている。ってか、「見ちゃダメ」って何で?



『一流の打ち手は己の精神を盤上の石に投影する……対局者も観戦者もな……その結果、余が作り上げた戦況にこの者たちは実際に戦争で凄惨な目に遭っているイメージを受けてしまったのだろう……』


『は、はぁ?! なんか、泣いてる子供とかいるんだけど?!』


『幼くとも戦碁の状況把握をできるのだろう……戦碁は年齢や体格などでやるものではなく、個人の感性や閃きが重要であるからな……素質ある子どもであれば不思議ではない。むしろ、これこそジャポーネと言えよう』


『……え……えぇ~?』



 オーバーリアクションを超えて、むしろ変な呪いにでもかかっているんじゃないかと思われるほどのジャポーネ人たちの奇行を、むしろトレイナは感心してる?

 おかしい。俺の反応がむしろ変なのか?

 あっ、でもエスピとスレイヤも呆気に取られてる。


『しかし、ここまでの反応を見せられると、ただの恐怖と絶望しか残らぬだろうな……それでは仮にこの場でシノブの兄の件をウヤムヤにできても後々、童がただの恐怖の対象としてしかこやつらの記憶に残らなくなるな……』


 もう、俺には何が起こっているのか分からないが、とにかく子供が泣きだして大人も腰抜かして吐くぐらいの圧倒的な力でトレイナは打っているということは分かった。

 だが、これはかなりの大ごとになっているようで、トレイナとしてもちょっと思うところがあるのか、少し考えているそぶりを見せている。

 つっても、ここまでのことやらかして今更何をできるんだ? 

 もう後戻りは……


『ふむ……仕方ない……童……今から――――』

『……え?』


 このとき、このままマクシタとジャポーネの民たちに絶望と恐怖だけの一局を残してズラかるしかないか? と思った時、トレイナはここに来て意外な提案をしてきた。

 

『ちょ、おい、トレイナ! そんなことして逆効果じゃないか? つか、そんなことできるのか?』

 

 その内容はあまりにも……だったので、流石に俺もまずいと思った。

 そんなことできるのか? できたとしても、逆効果じゃないか? と。

 でも、トレイナはいつものように自信満々に……


『うむ。余ならばできよう。心配するな。余を誰だと思っている?』


 と、笑って断言しやがった。

 ならば、俺も疑うことなんてできるはずもない。

 だから、俺は……


「うっ、くっ……ここまででごわす……ぐぅ、ぼ、僕の負――――」

「あっ、ちょっと待った!」

「ッ、あ、ん? な、なんでごわす?」


 マクシタが降参しようとした寸前のところで俺はそれを遮り、そしてトレイナが提案してきたこと、それを……


「なぁ、あんたの白の石と俺の黒の石……今から交換してこの続きを打たないか?」

「……は、は?」


 マクシタは今の俺の言葉の意味を理解できなかったようだ。無理もない。

 周囲のギャラリーも同じように呆けている。

 だから、俺はもう一度改めて言う。



「今から俺とあんたの石を交換し、俺が白で打ってここから逆転する」


「……な……は?」


「えっと……『教えてやる。この状況下は確かに絶体絶命の窮地。暗黒の戦況に光などないように見える。しかしだ……世界はまだ終わっていない。一つだけ……果て無く困難な細い道……しかし、それでも希望の道と未来がある。それを今から拝ませてやろう。そのまなこでしかと見届けよ……絶望するには、まだ早い』……ってことで」


「……ッ!?」


 

 自分で完膚なきまでに相手をぶっ倒しているかと思えば、その自分が作り出した状況から逆転することで、なんかトレイナはマクシタやジャポーネの民たちに何かを伝えようとしているみたいだ。


「ば、何を言っているんだ、この子供は!」


 しかし、傍から見ればそんなことをするのに何も言うなと言うのは無理な話。一人のジャポーネ人がそう言えば、皆が一斉に反応する。


「一度劣勢に……いや、ただの劣勢じゃない」

「白が絶滅した終焉後の世界で、今度は白で打って逆転する? 絶望するのは早い?」

「そんなことできるものか!」

「そうだ……う、うう……暗黒に染まったこの世界に……もはや希望なんてない!」 


 確かに普通ならそうなんだろう。

 

「大丈夫かな……お兄ちゃん……」

「ま……大丈夫だからお兄さんは……いや、トレイナさんはそう言わせてるんでしょ?」


 エスピとスレイヤも半ば呆れている。

 しかし、スレイヤの言う通り、提案したのはトレイナ。である以上、手はあるんだ。

 そして……


「ふ、ふん……人を……人を馬鹿にするにもほどがあるでごわす! 何を言い出すかと思えば、ぼ、僕を馬鹿にするにも……ジャポーネを……戦碁を……いや、人間を馬鹿にするにもほどがあるでごわす!」


 マクシタもようやく俺の言葉の意味を理解し、声を荒げる。

 そう、一度劣勢になり、降参するしかない局面を逆転すると言われてるんだ。

 バカにされていると感じるのが普通。

 ましてや、相手は戦碁に相当な自信がある男。

 プライドだって相当傷ついただろう。


「この局面に……もはや希望などないでごわす……人類は……」

「……あ~、もういいからさっさと交換しろよ……よっと」

「ぬっ、だから、何を……え?」


 もう大げさだしイチイチめんどくさいので、俺は左をジャブの要領で素早く自分の石とマクシタの石を交換した。


「なっ、なに? み、見えなかっ……ッ!?」


 俺の左にも反応できなかったようで、更に目をパチクリさせて混乱するマクシタ。

 だけど俺はいちいち構わず、ただトレイナに言われた通り……


「ほれ、続きだ」

「ッ!?」


 今度は白の石を持って、盤の上に置いた。


「っ、ふざ、ふざけるなでごわす! なら、やってみろでごわす!」


 一瞬呆けていたものの、置かれた石を見て再び憤るマクシタだったが、今度は黒石を手に持って怒り任せに盤に叩きつけた。


「ったく……ほいっと」

「ふん!」

「ん」

「ふんっ!」

「……ほい」

「うがぁ!」


 そして、俺が打つたびにマクシタが間髪入れずに石を叩きつける。

 まるで盤そのものを破壊するんじゃないかってぐらいの勢いで。

 だけど……


「……あっ!?」


 え? なに? 今の驚きの声はマクシタじゃない。

 なんか、ギャラリーの中の誰かが驚いた声をあげたものだ。

 そいつは真剣に盤を見つめながら……


「し、白の石……あれは、マクシタくんが勇気をもって先ほど打ち込みながらもぶった切られた石……だが……待てよ……もう白の生きる道はない……ない、が……あの切られた陣地がここに来て……」


 なんかブツブツと呟いている。


『ほう……もう気づく奴がいるとはな……あの者、かなりの打ち手であろうな』

「っ、せ、先生! いつからいたでごわす……っと、これが何か……」


 その反応にトレイナは感心し、そしてマクシタは「先生」って呟いている。

 マクシタの師匠?

 


『ふふふ、こやつの師か……ならば、後ほど打ってみたいものだな……だがいずれにせよ、流石に次の一手でこやつも、そして周囲も気づくであろう……さぁ、童!』 


「ほい」


「………あっ!!??」


 

 いや、マジで俺にはよく分からない。だが、トレイナに指示された場所に石を置いた瞬間、マクシタが急に立ち上がった。

 そして、マクシタだけじゃない。


「あっ!? 白が……」

「へ? ……あ、そ、そうか!」

「馬鹿な! こ、こんな、こんな道筋が!?」

「で、でも、でも、い、今の一手で……う、嘘だろ?」

「白が生き残った! いや、生き残ったというよりも……」

「再生! 蘇った! ばかな、死んだはずの白が生き返ったんだ!」


 なんか、急に周りの連中まで大騒ぎしだした。さっきまで葬式みたいに静まり返っていたのに、今度は皆が身を乗り出すように、そして熱のこもった目で誰もが盤面にくぎ付けになった。



「し、信じられない……終焉して暗黒に染まった絶望の世界……一縷の光すら差し込まないと思っていた……な、なのに……光が差し込み、人類が、世界が再び息を吹き返した! 何ということだ……誰もが諦めて立ち止まり下を向いた……そして人類は絶望し、滅亡した……でも、新たに生まれた小さな命が、暗黒に染まった世界に僅かな光を差し込み、その光がやがて世界を照らし、再び人類を立ち上がらせる狼煙へと変わった! 諦めないその心が、再び世界をよみがえらせた!」


「「「「「人類は……世界はまだ終わっていない!!!!」」」」」


「しかも、そのきっかけとなったのは、一度は斬られたものの、マクシタくんが一度勇気をもって踏み込んだあの一手。あの時に死んだあの石だったが、あの時に作り出された石の形が新たに……そう、勇気が受け継がれた! あの勇気は無駄ではなかった! あの時にはただの無駄死にと思えた勇気が、時を経て、受け継がれ、そして新たなる命と意思を持った者に託されて、再び世界をよみがえらせた!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」」



 なんか……マクシタの師匠の人が舞台役者みたいに色々騒いで、それを他のギャラリーたちも呼応して……



「そうか……諦めてはいけなかった……それこそが、絶望しかなかった世界を打ち破る唯一の手……これが……希望! そして未来!」



 とりあえず、もうそういうことらしい。


 俺にはもう分からん。

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