第四百十九話 逆じゃなくて
「捕虜の人数が多すぎるじゃない……人数確認やら、身元の確認やら、……帝国の調査団……それと、鬼たちに連れ去られた王都の娘たち……シノブも手伝ってほしいじゃない」
「分かりました。では、私が連れ去られた女性たちの方を……」
「大将軍、小生たちは魔界の調査団の方の確認に。よろしいでしょうか?」
「ん? ん~……」
ベンおじさんを救うことはできなかった。
ベンおじさんはハクキに操られたまま俺たちの前から姿を消した。
ハクキの配下であるオーガたちと一緒に転移魔法で。
残された俺たちは、とりあえずこのアジトに軟禁されていると思われる、帝国の調査団、魔界の調査団、そして税の代わりに攫われたジャポーネの女たちの保護やら確認やらをすることに。
「すまんのう。ワシ、体が動かせそうになくてのう……」
「御老公、ご無事で何よりです……そして……」
「我々も情けない……敵にまんまと……」
「はは、御老公は休んでいればいいじゃない。ケースの兄さんは御老公を介抱、アシストの兄さんはこっちを手伝ってほしいじゃない」
捕虜となっていた連中の数はかなり多かった。
そのすべての容態を見たり、身元を確認したり、色々と時間はかかりそうだ。
と言っても、俺は……
「……ぬっ? ……婿殿はどこなのじゃ!」
「ん、そういえば……エスピとスレイヤもいませんな……」
すまんな、みんな。
「ハニーならさっき、私にこの魔水晶を預けて、ちょっとだけ休憩させて……って言ってたわ」
俺はサボり……というより、ちょっと俺はそれどころじゃなかった。
「なぬ? 魔水晶を……そうなのじゃ! おい、パリピ! 貴様には聞きたいことが山ほどあるのじゃ! まず、出てこいなのじゃ!」
『なーに? ノジャちゃん。せっかく生きていた仲間の生存を知ったっていうのに、乱暴だねぇ』
「なにが乱暴なのじゃ! だいたい貴様、生きていたというが今までどこにおったのじゃ! しかも、わらわの婿殿の子分とはどういうことなのじゃ!」
『そのまんまさ、オレはボスの忠実なる右腕なのだ♪』
「み、右腕?! そ、それは、未だに彼女もおらず童貞な婿殿をシコシコするための……ならんのじゃ! だいたい、婿殿にそういう趣味はないのじゃ! シコシコもズボズボもわらわの役目なのじゃ!」
『ひはははは、ナニそれウケる。でも、ノジャちゃんは体格的にギチギチプニプニじゃない? ってか、ボスの大魔螺旋を受け入れるには危ないんじゃない?』
「問題ないのじゃ! 三穴全部大丈夫で、しかもわらわはこのボディなら持ち運びも便利なのじゃ!」
『たしかにそうだけど、ボスの趣味がねえ……あっ、実はオレはボスが持っていた、そういう系の本のジャンルを全部知っていたり……』
「なぬ、なのじゃ?! それをさっさと教えるのじゃ!」
『えー、でもな~』
「言うのじゃ! かつての仲間にケチケチするでないのじゃ!」
少しアジトから離れた場所で、俺は周囲を確認しながら……いや、やっぱ今すぐ戻ってあいつらを……
『よせ、童。耐えよ……またノジャに襲われて話がややこしくなるぞ?』
「くそ、あいつら、人の居ないところで、なんつー会話を……」
今すぐあいつらを黙らせてやりたい衝動にかられるものの、それでも今はそれよりも優先してトレイナと話をしなくちゃいけないことがある。
だから俺はグッと堪えて……
「ったく……で……どう思う? トレイナ……」
『うむ……別れ際の、ハクキの言葉か……』
俺は別のことを相談することで頭がいっぱいだった。
ハクキが最後に投げたデッカイ爆弾は、未だに俺の頭を混乱させている。
『可能性としては色々とある……ただの比喩、物の例えで言っている場合もあるであろうし、特に意味のない言葉であるという可能性もな……しかし……』
確かにそういう可能性もある。
実際、さっきのハクキの言葉を聞いたエスピやスレイヤ、コジローたちはそう思っただろう。
でも、「俺たち」には違う。
『ハクキも……『そう』なのだとしたら……余が抱えていた疑問が解けたりもするので、悩ましい……』
「あんたが抱えていた疑問?」
『うむ。エルフの集落でパリピが口を出してきた時……洗脳の話になっただろう?』
「ん? ああ、そういや……」
集落で皆と話していた時。そういえば確かに……
――ひはははは、信頼なんて必要ねーのさ……ほれ……そこの可愛いノジャちゃんのように……頭の中にちょっと異物を埋め込んじまえばいいだけなんだからさ♪
――えぐいことするじゃない。ハクキたち残党の鬼たちと、弄られたジャポーネの戦士たちが民たちから強制徴収……そして問題なのは……
――その弄られた連中の中に……ベンリナーフがもし居たら……まぁ、一緒にいたノジャがこの通り弄られているわけだから……可能性としては……
ああ、こんな会話の流れになって、そしてトレイナが呟いたんだ。
――解せんな……
そうだった。あのとき、トレイナは何かを疑問に思い、ただあの時点では俺が聞いても、考えが少しまとまってからみたいな感じで話さなかった。
「ひょっとして、あの時点で……」
『うむ。パリピがハクキに尋ねたことと同じことを余も疑問に思っていた……ハクキがそこまでシソノータミの遺産を使いこなせていたのかと……』
「なるほどな……」
だからこそ、ハクキの最後の言葉がそのまんまの意味だとしたら、全ての辻褄が合ってしまうということだ。
となると……
「あいつの傍にも……あいつにしか見えない誰かがいるのかな?」
『……そもそも余と童がこういう状況である以上……我々以外にそういう者がいてもおかしくないと言えばそれまでだが……』
「……そりゃそうだ……」
正直、ハクキのあの一言で俺はゾクっとした。
「マジかよ……でも、そうだとしたら何で……いや、そもそもこれってどういう現象なんだろうな……慣れ過ぎてすっかり根本的なことを考えないようにしてたというか……」
『たしかに……そういうものだった……とあまり考えないようにしていたが、そもそもどうして……というのは疑問のままだな……どうしてこうなったのかと』
心臓がバクバクした。
それぐらいの衝撃だった。
たぶん、トレイナも同じだろう。
そもそも、どうして俺はトレイナを見ることができたのか? どうしてトレイナは俺に憑くことができるのか?
考えても分かるはずはない。だけど、動揺が収まらなかった。
『しかし……それにしても……もし、ハクキも『そう』なのだとしたら……あやつがいるのだとしたら……ふふふ……皮肉なことだ……』
「ああ、そういや友達……だったんだっけ? あれ? 一応敵か? でも、なんか認め合っていたみたいな関係だったよな?」
女勇者カグヤとトレイナとハクキ、それに冥獄竜王バサラたちの関係性は俺もよく分からない。
当然、向こうは勇者だからトレイナたちの敵だったとは思うけど、何だかそれだけじゃ言い表せないような関係に感じる。
だが……
『ん? ああ、いや、そういうことではない』
「え?」
『もし、ハクキに……カグヤが憑いていたとしたら……ふふふ、童には悪い表現で申し訳ないが……』
昔の戦友のような相手に思いを馳せて感傷的になっている……かと思ったら、そうではなく、トレイナは機嫌よさそうに笑いながら……
『大魔王たる余が勇者の息子である人間に憑き……伝説の勇者たるカグヤが現・魔界最強にして次期魔王候補の魔族に憑いている……これを皮肉と言わずに何と言う?』
「…………あっ……」
一瞬ポカンとしちまった。
え、笑ってるの、そこ!? ってなっちまったが、でも言われてみれば……と俺もだんだんおかしくなってきて……
「くはははははは、そりゃそうだ! ふつう逆じゃねーかな?」
『ふはははははは、そうであろう? これはなんとも面白い天の計らいではないか!』
俺も笑ってしまった。
そして、何だか色々と重たいことを考えたり、何だか妙な恐れみたいなものを感じていた心も軽くなった。
俺は一頻り笑った後、遠くの空を見つめながら……
「でも……なんか、戦うことになりそうだな……下手したら、そのタッグと。パリピが余計に煽りやがったから」
『たしかにな……ハクキ一人でも手を焼くというのに、なかなか手強そうだな。まぁ、『あの女』がハクキに協力的になるかと言われたらそこも疑問だが……』
「……勝てんのかなぁ?」
手強い……なんて一言で済ませられるような相手じゃないだろうな。
ただでさえ、化け物揃いの六覇の中でも最強だっていうのに、それに加えてその傍に誰かさんが居るかもしれないなんて考えると余計にだ。
だけど、そんな俺の不安を一蹴するかのように……
『今更何を言っている、童よ』
「ん?」
『万が一、ハクキとカグヤのタッグが相手だとして、それが何か問題でもあるのか?』
トレイナはどこまでも頼もしい……
『余と童の方が最強に決まっているだろう?』
……どこまでも頼もしい笑みを浮かべて断言するトレイナに、俺もつられてまた笑ってしまった。
「くはははは、そりゃそうだ。俺たちの方が強いに決まってるぜ」
『だろう?』
すっきりした。
「なんだか今はもう考えたって分からないし、どうでもよくなった」
『まぁ、また再び会えた時に……だな』
「ああ」
どっちにしろ、今のままの俺ではまだ勝てなそうだし、その時に備えてまた自分を鍛えなおさないとな。
それだけは何があろうと変わらないやるべきことだ。
『うむ、そうだ。それは変わらんな』
そんな俺の心を読んだトレイナは力強く頷いた。
そして俺は……
「そして、もう一つ。向こうのことをよくは知らないが、それでも何があろうと変わらないのは……」
『ん?』
「いや……なんでもねーよ!」
『……ん? ……ん……ッ!? そ、そうか、うむ、なんでもないか! うむ、ならば構わん!』
なんでもなくはない。
また今のも心を読まれた。
でも、トレイナも読んでないふりをしていることだし、このまま流してもらう。
流石に俺だって恥ずかしくて口にはできないからな。
――皮肉であっても、憑いたのが……逆じゃなくて良かった……
ってな。
そして……
「つーわけで、そろそろ出てきていいぞ。話は終わったし……エスピ、スレイヤ」
「「ッ!? ……ッ……」」
茂みから色々と聞きたそうな顔をしながら二人が出てきた。
「お兄ちゃん……ねえ……どういうこと? 全部……教えてくれるの?」
「お兄さん……今の……独り言と思えない独り言は……ボクたちに気づいていながらも、あえて続けていたみたいだけど……」
そう、二人が近くにいたのは知っていた。
でも、もう隠す気はなかった。
「ああ。全部話すよ。俺の……師匠のことをな」




