第四百十一話 伝説を穿つ
ミカドのジーさんの本気モード。
全身に輝くオーラのようなものを纏い、肉体が活性化しているかのように空気が爆ぜる。
「……これは……」
肉体の変化。皺が消え、細かった腕に筋肉が宿り、その容姿が若々しい姿へと変貌していく。
『……ミカド……カグヤたちと並び、魔王軍の天敵として魔界の歴史に名を刻んだ人間の一人……文字通り、伝説が今よみがえった……か? いや、それとも……』
明らかにさっきまでとは違う。
サムライ戦士たちのような刃のように鋭い眼光。
そして、野性的で荒々しいオーラ。
「おいおい、お兄さんにエスピ嬢にスレイヤ氏……とんでもねーの引きずり出しちゃったじゃない?」
「し、信じられない……ミカド様があんなことできたなんて……」
「小生も久々に震えておる……」
ミカドのジーさんの変貌は、コジローたちが各々の手を止めてよそ見してまで見てしまうほど、圧倒的なもの。
「ただでさえ強いのに、若返るとか……あのジーさん……あれって全盛期の姿とかか?」
これまで出会った六覇たちを思い浮かべた。
それと全く遜色ない……いや……遜色どころか下手したら、今のミカドのジーさんの強さは……
「私も一回ぐらいしか見たことない。おじーちゃんのあのモードは、制限時間もあるみたいだし、一回使うとしばらく寝込むぐらい何もできなくなるって感じで……」
「ほう……つまり、リスクのある技というわけか。なら、ボクらが長期戦を仕掛ければ彼は勝手に自滅するのかな? ……長期戦にできればの話だけどね」
成長して昔より遥かに強くなったエスピとスレイヤも頬に汗をかいている。
こっちは三人だってのに……
「全力デコラシメテ……全テ斬リ裂ク」
「ッ!?」
次の瞬間、ミカドのジーさんが、いや、今はジーさんじゃないけど、ややこしい。
とにかく、ミカドがまっすぐこっちに一足飛び。
強烈な踏み込みからの、力強いダッシュ。速い。
「ふわふわエスケープ!」
「造鉄魔法・金剛如意棒!」
「大魔スプリットステップ!」
俺たち三人は咄嗟に各々の技でその場から飛び退く。
正面から迎え撃ってやるぜという選択肢が思い浮かばないほどの力を感じたからだ。
そして……
「無刀・星砕斬!」
ただ飛び退くだけじゃだめだ。
逃げるぐらいの勢いで遠くまで行かないとヤバかった。
圧倒的なエネルギーを手刀に込めて大地にたたきつけ、一気に亀裂が伸び、集落の外の森の果てまで真っすぐに割れた大地の底から粉塵が沸き起こった。
「な、なんて威力だ……化け物……」
「コラシメル」
「ッ!?」
っと、ぼーっとしてる場合じゃない。
能力で飛んで回避したエスピに、鉄の長い棒を伸ばして上空へ回避したスレイヤ。
一方で俺は地上。つまり、俺が今ミカドにとって一番近い場所にいる。
そのため、ミカドは即座に俺へ体を向けて、追撃してきた。
「ちっ、マジカルレーダー! 読み切ってやる」
『ギリギリで回避しても、勢いに飲み込まれる。距離を離せ、童』
「押忍!」
当たってたまるか。俺は軽快にステップを踏んで、集落全体を使って広く動き回る。
トレイナの言う通り超接近戦でのギリギリの回避は、簡単な風圧だけで体を刻まれる恐れがあるため、今回はできない。
そう……これは……
「ジャポーネ流走術」
「来やがったな! だが、そのステップは、俺も分かってる!」
鬼ごっこと同じ。
「ほら、こっちだ!」
「……ジャポーネ流走術……」
「グースステップ、スワーブからの、カット、スラント……全部見え見えだぜ!」
そして俺は、追いつかせない。
さっきまでよりさらに強く速くなったミカド相手にだ。
だが、それには理由がある。
『……やはりな……確かにパワーとスピードは全盛期のもの……いや、洗脳の影響でそれ以上かもしれん。だが、ミカドの恐ろしさはそれではない……それがない今のミカドでは……今の余の弟子を捉えることはできん』
トレイナも俺と同じ思いのようで、どこか余裕そうに腕組み始めた。
「無刀・無限カマイタチ斬」
簡単に追いつけないと判断するや否や、手刀を振って発生させる風の刃の乱れ打ちで俺を切り裂こうとする。
だが……
「大魔キャリオカステップッ!」
ミカドの攻撃の先の先を読んで、確実にすべてを回避する。
「くはははは、こういうとき、正気を失っているのが災いしたな。確かにパワーもスピードも段違いだが……攻撃が単純すぎるぜ!」
戦術もくそもない。
ただ、視界に入った俺をとにかく攻撃するだけ。
『古今東西あらゆる武を納めたミカドの戦闘における引き出しは、余でも認めるほど……しかし奴の本当に恐ろしかったのは……その経験と武を兼ね備えた上での知略知慮……しかし、単純な命令のみを遂行するだけの今のミカドには、それがない』
何か組み立てや、意図があるわけじゃない。
それならば、どんなに強力な存在であろうとも、俺を捉えることはできない。
さらに……
「お兄ちゃんとの鬼ごっこで、最初に勝つのは私たちなんだからね!」
「その通り。見せかけだけの老兵は、すぐにご退場いただこう」
これは、一対一じゃねえ。
「ふわふわ世界ッ!!」
エスピがその辺に落ちている岩。ミカドが切り裂いた木々。さらには集落のオーガたちが使っていた武器やら建物やら、ありとあらゆるものをかき集める。
「造鉄魔法・鋼鉄世界ッ!!」
さらに、そのエスピがかき集めたありとあらゆるものに対して、スレイヤが鉄のコーティングを施し、さらに強度を増す。
「「世界に潰れろ! ふわふわ鋼鉄世界革命ッ!!」」
それはまさに弟妹、恋人同士ならではの息の合った協力攻撃。
全ての物質がミカドめがけて襲い掛かる。
これならミカドも……
「無刀・天上天下斬ッ!!」
と、伝説がそう簡単にくたばるなら楽なんだが……こいつは、トレイナやバサラのライバルだった男だ。
たとえ正気を失ったって、そう簡単に行くはずがない。
「わ~ぉ……膨大過ぎるエネルギーを纏った手刀で周囲を切り裂いた……」
「流石だね……でも、今のでだいぶ力を使わせたはず……もう一押し……」
俺だけじゃなく、エスピとスレイヤもこんな簡単に勝てるとは思ってなかったようで、驚きはしたものの笑みを浮かべている。あいつらもまだまだ余裕があるようだ。
一方で、こっちも色々と試したりするような余裕もない。
トレイナの言う通り、この戦いは最初から出し惜しみは無用。
「最強っぽい技を出した後……一気に力を使い、体も硬直……ここは逃さねえッ!!」
右腕を天に掲げ、俺はもはや自分の代名詞とも言える技を発動。
「大魔螺旋・アース・スパイラル!!」
右腕に纏った大魔螺旋で、俺は体を硬直させたミカドへ一気に飛び込んだ。
「それを待ってたよ、お兄ちゃん! 私も……空気中の気流を操作……乱気流を起こして右腕に纏う!」
「ボクもさ、お兄さん! 想像を具現化する造鉄魔法……巨大な鋼鉄の螺旋を右腕に纏う!」
おっ……これは……二人が嬉しそうに、待ってましたとばかりに……
「ふわふわ大魔螺旋・エスピ・スパイラルッ!!」
「鋼鉄大魔螺旋・スレイヤ・スパイラルッ!!」
おぉぉおおおおおっと!?
『お、おおおお、おおおお! こ、これは! こやつら……ふはははははは、童ぇ! カワイイ妹と弟にこれほどまでに愛されていたのだなぁ!』
大魔螺旋で飛び込みながら、俺は笑っちまった。
トレイナも嬉しそうに興奮して笑っている。
まったく、本当にカワイイ妹と弟だ……
「なら、一緒に行くぞ、エスピ、スレイヤ!」
「もちろんだよ!」
「そして、どこまでもね!」
三方向から繰り出すトリプル大魔螺旋ってとこか?
ミカドも無理やり硬直を解いて迎撃しようとする。
「無刀・極大無刀」
「「「ブレイクゥゥゥゥゥウウウウウッッ!!」」」
そして俺たちは伝説を穿つ。




