第四百十話 一瞬の応酬
今度はこっちの番だ。
「行くぜ、翻弄してやるぜ! ジジイ」
ブレイクスルーで全力の足さばき。カット。ステップ。切り返し。
「大魔クロスオーバーステップ」
親父と母さんをアンクルブレイクしてやったこのフットワークを、ミカドのジーさんは……
「無刀……明鏡止水……」
動かない? それどころか、目で俺を追うこともしない?
まるで、波紋一つない水面のように、静かにただ立ち尽くす。
俺のことを目で追わないんじゃ、フェイントもくそもない。
っていうか、これは確か、コジローが過去にも……
「お兄ちゃん、ミカドのおじーちゃんはコジローと同じで相手の気配を感知することもできるの! 闇雲のフェイントには釣られないよ!」
ミカドのジーさんの間合いの外を動き回って翻弄しようにも、ピクリとも反応してくれねえ。
エスピが今言ったように、どうやらミカドはこういう受けの姿勢もできるってわけか。
なら……
「なら、反応できねえほどスピーディーに、ぶつける! 大魔グースステップッ!」
急加速で一気にミカドのジーさんの間合いの内側にステップイン。
ここから最短で左を繰り出し―――
「無刀流・二指暗黒突き」
「ッ!?」
ピクリとも動かなかったはずのミカドのジーさんから、突如左の目つぶし攻撃。
これは、フィンガージャブとかいう類のもの。
いや、そんなことよりも、肩の動きや肘や筋肉などから初期動作がほとんど分からなかった。
「あっぶ、ねーなッ!」
咄嗟に踏み込みを半歩手前にしてなければブスリ。寸前のところで、俺は何とか急ストップで目じりを掠めながらも回避。
そこから止まらず、ミカドのジーさんのジャブの引き際を狙ってもう一度ステップインから右ストレート。
相手の拳の引き際を狙うカウンター。
――大魔ファントムパンチ!
相手の思考と視界の死角から繰り出す見えないパンチ。
これを回避できるはずもない。ミカドのジーさんの顔面を。
「無刀流・暖簾」
「ッ!?」
俺のパンチはミカドのジーさんの顔面を打ち抜いた……のだが、まるでインパクトや感触を感じない。
まるで羽でも殴っているかのようにミカドのジーさんの体は軽く、脱力し、まるで俺のスリッピングアウェーのような首ひねりで俺のカウンターをいなした。
見えないパンチ。来ると予測できなかったはずなのに、当たった瞬間いなされた。
「無刀流・一指仏骨」
だが、驚いている場合じゃない。俺のパンチをいなした直後でミカドのジーさんは右手の親指を俺に向けて突き出してくる。
目つぶし? 顔面? 違う。のど!?
「大魔スウェーッ!」
喉仏に向けて繰り出された攻撃を上体反らしで回避。
さらに、腕を伸ばして突き出した状態のミカドのジーさんは、顔面が無防備。
俺は上体反らしという少し無理な態勢からも、体を捻って下から突き上げるアッパーを無理やり放つ。
「大魔スマッシュ!!」
「無刀塊」
次の瞬間、ミカドのジーさんは全身に力を込めて鋼鉄の肉体と化す。
それは、さっきスレイヤの地中からの刃攻撃の全てを無傷で受け切った防御――――それが……
「それがどうしたァァァああああ!!!!」
渾身の力を込めて、その顔面にガツンと一撃くれてやる。
拳が潰れるほどの硬さを感じるが……だからって、それで逆に壊れるほど、俺の拳は軟弱じゃねぇ。
俺がこれまで一体誰と戦ってきたと思ってやがる。
「おるァァァァァァ!! っ、て~……ジジイのくせになんて硬さだ……だが、こんなんマチョウさんやゴウダの硬さに比べりゃよ!」
衝撃と共にミカドのジーさんの体が宙に舞う。
老人の顔面を思いっきり殴っちまったが、そこは気にしてられねえ。
高らかに殴り飛ばされたミカドのジーさんだが、そのまま空中でクルクルと回転しながら地面に着地。
「……コラシメル……」
ノーダメージなのか、特に変わった様子はなさそうだ。
あれだけ殴ったのに、頬に少し痣ができている程度だ。
だが、それでも……
「お兄ちゃん! お、おおお……ぷはっ……と、途中加勢するタイミング分かんなくて見とれちゃった!」
「ひゅぅ……息も詰まるような攻防で、あのミカド相手に先に一撃入れるとは……流石、お兄さん!」
そう、接近戦の拳と手刀の応酬の中で、先に一撃を入れたのは俺の方。
この俺が、あの伝説のミカド相手に先に一撃入れた。
しかも今の応酬では、エスピとスレイヤのサポートもなく、何よりもトレイナの指示もなかった。
そう、俺が……
「意外と俺もやるもんだろ?」
「コラシメル……」
「だからよ……」
戦闘中とはいえ、そんなどこか達成感のようなものを抱いてしまった。
だからこそ、思わずにはいられない。
「だから……素面の時に……もっと驚いてくれってんだよ……なんか、嬉しさが半減するぜ」
もし今、ミカドのジーさんが意識ある状態だったら、どんな反応をしてくれるのか。
それがないのが残念で、悔しく感じてしまう。
「……いやいや、贅沢なお兄さんじゃない。ミカドのジーさんの明鏡止水の構えを破って、しかも硬質化状態の肉体を殴り飛ばすんだから……いや、もうそれとんでもないことじゃない? 正直、七勇者のレベルと……って、タイマンで六覇のゴウダ倒してるんだし……お兄さんはもうすでにその領域ってことじゃない? いやはや……」
「メガサンダーボルト。メガファイヤ。メガウィンドカッター」
「おぉっと! オイラはせめてバフさせないようにキッチリサポート……って、だから、お前さんも仲間の息子のあんなヤバイとこ見せつけられてるんだから……もっと感じてやれって感じじゃないの!」
だが、それでも戦っている張本人以外で反応してくれる人たちもいる。
「あのミカド様とあんな攻防をしている。どうかしら、ケース先輩もアシスト先輩も。私のハニーは!」
「ふふ……見ているか、アオニー。貴様が小生とアカを託した人間の童はとんでもない男だぞ?」
皆だって、手を離せない攻防の真っただ中だっていうのに見てくれている人たちもいる。
だから、今はこれで我慢するしかない。
「ふふふ、流石お兄ちゃん。だけど……本当はもっとお兄ちゃんのカッコいいところを特等席で見ていたいとこだけど……そんなノンキな状況でもないし……」
「ああ。三人で……一気に終わらせよう」
とりあえず、エスピとスレイヤの言うように今はこの状況を何とかする方が先決。
「お兄ちゃん。ここから先はもっと……だよ。ミカドのオジーちゃん……体の負荷を抜きにして戦ったら、まだまだこんなもんじゃないから」
「ここから先はもうワンランク上げて……だね」
確かにミカドのジーさんは強いし、まだこんなもんじゃないかもしれない。
でも、三人がかりなら必ず――――
「お、おい、あのガキ、一人であの伝説のミカドを相手に……」
「び、びびるな! 数はこっちが圧倒的に有利!」
「おう。ほとんどが女子供! そんなのに好き勝手されたら、誇り高きオーガの名が泣く!」
「ああ、すっかり無視してくれてるこいつらを、俺らの力でぶっ潰してやる!」
だが、その時だった。
「そうだ、ミカド! お前も全力で戦え!!」
「―――御意―――」
あくまで気合を入れるような声を上げただけのようなものだったかもしれないが、そのオーガの一言が引き金になり、ミカドのジーさんの体が沸騰して煙のようなものを全身から出して熱く……
「あ……きたよ……」
エスピが少し苦笑している。
そして……
「……えっ?」
ヨボヨボのミカドのジーさんの体の皺が……なくなって……枯れ枝のように細かった肉体、手足が徐々に……
『ふっ……鬼が出るか蛇が出るどころではなく……もっと懐かしいものが出てきたな……魔界で鬼の代名詞がハクキだとしたら……人間でありながらもオーガより恐れられた鬼人の全盛期』
トレイナだけは目を細めて、どこか懐かしそうな表情を浮かべていた。




