第三百八十一話 見えなくても捉える
深い霧が晴れ、足元に転がって悶え苦しんでいる忍者戦士たち。
痙攣したり、手足がひどく曲がっていたりと、おぞましい事この上ない。
それをやったのは、ゾッとするような笑い方をする目の前の女忍者。
対峙すると巨大な蛇が目の前で睨んでいるかのような寒気のするプレッシャーと同時に、妖艶な雰囲気も感じ……いや、なんつうか言葉に色々とツッコミどころありそうな……てか、子持ちの人妻なのか!? まぁ、いずれにせよ只者じゃねぇのは分かる。
ただ、こいつは追われている側の者。
つまり、同じように追われていると思われるコジローの……
「んふふ~……可愛らしいお兄はん……君は結婚しとる? 恋はしたことあるん?」
「……は?」
「ウチが恋し、結婚したハニーが、かつての同胞たちに裏切られ、傷つけられ、追いかけ回され……そないな奴ら、どんな理由があろうと許せへん……何してもええ……ウチはそう思とるんよ……せやから……!」
「ッ!?」
次の瞬間、女忍者は霧の中から目の前に姿を現したかと思ったら、その直後全身が揺らいだ。
残像だ。
「お兄ちゃんッ!」
目の前から姿をくらまし、そして……俺の背後から―――
――抜き足
――マジカル・フットワーク
俺の背後に気配を殺しながら一瞬で回り込んで、気絶でもさせようとしたのか首筋目がけて手刀を放とうとしやがった。
だけど、その動きを全て感知していた俺は、最小限の足運びで回避。
「言っておくが……見えてなくても、感じてるぜ?」
「ほぉ!」
手刀を空振りさせた女忍者。その覆面の下からは感心したような反応。
だけど……
「で……これも分身なんだろ?」
「ッ!?」
この手刀を繰り出した奴は、本物じゃない。
魔力のようなもので実体に近い分身を作り出したものだ。
なら、本物は……
「ここだ、大魔ジャブッ!」
「あや?」
再び俺の背後に。
既にレーダーを張り巡らせていた俺は咄嗟に感知し、そして振り向きざまに迎撃の左を放つ。
すると、俺の背後から忍び寄っていた女忍者の手に持っていた、忍者戦士たちが使っている特有の武器であるクナイを弾くことが出来た。
「は~、これも通らず……やりますな~……若いのに立派やえ」
「ったく……次から次へと……忍者戦士ってのは油断ならねぇな」
「驚いているのはウチやえ? ここまで見透かされたんは久しぶりのことや」
またまた感心したように笑う女忍者。
それは、驚きはしたがまだ余裕っていうことなのかもしれない。
「そうかい。ま、褒めてくれるのはありがたい……が……」
でも、そこで俺は……
「とりあえず、『分身』で話してないで、そのクナイの『変化』で息を殺して隠れるのはやめてくれるか? 油断したらブスリなんてされそうで、落ち着いて話もできねえ」
「ッ!?」
俺がそう告げた瞬間、目の前の女忍者……いや、目の前の『分身』ではなく、俺が弾いて地面に落ちたクナイから反応があった。
『ふん、なかなか早い動き……常人では見逃してしまうな……まぁ、それだけ童の感知も鋭くなっているということだ』
そう。高速移動しようと、分身しようと、変化しようとも関係ない。
俺のレーダーから逃れることはできない。
「ふふふ、私もなんか違和感あるな~って思ってたけど、流石お兄ちゃん♪」
「え? えええ? え? そ、そうなの? てか、二人とも何でわかるの?」
トレイナは当然だが、エスピもやっぱ気付いていたようだ。族長だけは無理だったようだけど。
そして俺が指摘して、目の前の分身は言葉を失い、次の瞬間には煙となって消えた。
「……ここまで来ると、感心を通り越してまうな~。ウチの娘と同じ歳ぐらいで……何者なん?」
観念したのか、落ちていたクナイが言葉を発し、そしてすぐに煙に包まれて中から女忍者戦士がようやく観念して元の姿に戻った。
「な……なん、だ……こ、こいつら……いや……」
「カゲロウはまだしも……あの小僧……」
「何者にも捉えることのできぬ、あのカゲロウを捉えているだと?」
「な、何者だ?」
「わ、分からん……だが、い、いずれにせよ……」
そして、そんな俺たちの僅かな攻防に戦慄して震えているのは、女忍者に襲われていた他の忍者戦士たち。
顔を隠しながらも恐怖している様子がレーダーを張っている俺には手に取るようにに伝わってくる。
さらに、何をしようとしているかも。
――手に負えない。一旦撤退するしかない
って、頷き合ってアイコンタクトしているのが分かった。
だが、それは俺だけじゃない。
「はぁ……こないな若者がいる一方で……ジャポーネの男衆は……」
女忍者も小さく溜息を吐きながら、俺へ向けていた視線をゆっくりと他の連中に。
その様子から伝わってくるのは、「失望」、「一人残らず逃がさない」、という……
「ふわふわパニック!!」
「「ッッ!!??」」
だが、そんな女忍者が何かをしようとする前に、その場に居た忍者戦士の男たちは全身を激しく揺さぶられてそのまま失神して倒れた。
それをやったのは……
「うふふ、あんまボキボキジワジワなんてお兄ちゃんの教育に悪いことは目の前でやっちゃダメ。ぶっとばすにしろ、こうやってスマートにやらないとね♪」
俺たちだけじゃなく、俺と女忍者の攻防のドサクサの隙に逃げようとした忍者戦士たちの様子をエスピも気付いていたようで、連中が何かをする前にまとめてアッサリと気を失わせやがった。
「お、おぉ……これはこれは……」
「ははは、流石エスピ」
「……なんか、俺がビビッてる間に何もかも終わってる……」
ドヤ顔のエスピに流石に俺も引き攣ってしまった。
そして、女忍者もまたエスピを見て驚き、そしてハッとした様子。
「……あんた……コジローはんと同じ七勇者の英雄はんやん」
「今頃気付くなんて遅いんじゃないの?」
「驚きましたなぁ。というと……ウチらの助けに?」
「んーん。違う違う。この辺り一帯の土地は私有地で、そこを無断に貴方たちが入って荒らしてたから見に来ただけ」
「……なんと……あんたたちの?」
「で、これは一体何が起こってるの? コジローまでいるみたいだけど、こんな連中に追いかけ回されて」
そう、分からないのは「一体何が起こっているか?」だ。
その問いに女忍者が少し俯いた……その時だった。
「ッ! ちょっと待って、エスピ! お兄さんも!」
族長が慌てたように顔を上げ、そして両手を自身の耳に当てた。
そんな族長の真上には、鳥たちがまた集まり出していた。
「族長?」
「どうしたの?」
「……よく見たら耳長族……こないな希少な人まで……なんや? 鳥から話を聞いて……この耳長族の男、鳥の言葉が分かるんかえ?」
何か鳥たちから教えられている様子の族長。
すると……
「この女の人の他に先に森の外へ向かって移動していた三十人ぐらいが……慌てて引き返している様子……森を抜けた先に……百……いや、千人? 武装した集団が待ち構えてるって」
「なに?」
「わお」
「!?」
族長の予想外の言葉、そしてその予想を遥かに超える数には驚くしかなかった。
ってか、千人? そんなとんでもない数に追われるとか……
「おいおいおいおい、コジローのやつ何やらかしたんだ!?」
「朝の新聞は読んだけど……ねぇ、コジローってもうそこまでジャポーネ全体に追われてるの?」
驚く俺たちは女忍者に顔を向ける。
だが、
「千人? いや、そんなことはあらへん。それほどの数となると、裏切りの忍者たちだけではあらへん。侍たちも足さんと……せやけど、侍たちがこれほど早くコジローはんを敵に回すなんてありえへん……いかに国王の命令やとしても、まだそんな数は……国内の反発はまだ……」
意外なことに女忍者もまた族長の言葉に驚いている様子だった。
すると、族長はまだ続けて……
「あっ……なんか……格好は……忍者たちとも違う……統一されてない? 格好もバラバラで……ハンター?」
「「「ハンター??」」」
忍者戦士。そして続いては侍か? と思った俺たちだったが、ここにきてハンター?
マジで何が起こっているんだ?
そう思ったとき、女忍者はポンと手を叩いて……
「そうか~……戦士たちやない……『シテナイ』の息のかかったハンターたち連中やな……」
そのとき女忍者の口から、最近聞いた名前が出てきた。




