第三百八十話 スピーカー
「ちょ、なに?」
「お兄ちゃんッ!」
「俺は大丈夫だ、エスピは族長を!」
出現した霧はあまりにも濃く、隣に居たはずのエスピすら見えなくなっちまった。
これは魔法? 術? いずれにせよ、誰かの仕業。目の前の忍者どもが?
「な、お、おい、誰だ、これは!?」
「わ、我々ではありません、隊長!」
「こ、この霧は……ま、まさか……ッ!?」
いや、目の前の忍者たちじゃない? こいつらも驚いているし。
『……霧隠れ……という技だな……』
「霧……がくれ?」
『童、レーダーを張れ……意識を張り巡らせ、いつでも動けるようにせよ……この霧に乗じて何かが起こるぞ?』
トレイナの指示通りに、俺はもう一度レーダーを展開する。
この場に俺とエスピと族長の他、忍者戦士が……三十人……いや、三十一人……全員が周囲を警戒して……いや、一人だけ動いて……
「ぐびゃああああああああああああああああああ!!!!????」
――――ッッ!!!???
突如、狂ったように叫ぶ男の声が聞こえた。
折りやがっ……いや、砕きやがった!
「ど、どうした、何があった!?」
「やられたか!?」
「この霧は……霧隠れの術……まさか、あやつが!」
「ちっ……全員背後を預け合え! 決して後ろを取らせるな!」
「お兄ちゃん、離れちゃダメだから! 族長さんも私に捕まって!」
「ひ、な、何が起こった!?」
深い霧の中で全員が動揺して見えない霧の中で身構える。
そして俺は……そして、トレイナもこの霧の中で何が起こったのかが分かった。
『……寸鉄だな……それでほぼ一瞬で……二十四の突き……』
「素早く……肋骨を……全部砕きやがった……」
「ッ……え? お、お兄さん、今、何を……」
「私にはまだ見えないけど……お兄ちゃん、本当?」
誰かが忍者戦士の一人の肋骨全部を折りやがった。
レーダーを展開して、この場で起こっていることすべてが手に取るように分かってしまうからこそ、その状況や悍ましさが俺にまで伝わってくる。
「ぎゃばっ!?」
「ぴゃっ?! うぐああああああああ!?」
「お、おい、お前たち、何がぎゃっぶ!? は、あ、が、いがあああああ!」
しかも、一人じゃ終わらねえ。
次から次へと骨が折れたり砕かれたり外されたり……気持ちの悪い音が響いてる。
まずい。今すぐこの霧を吹き飛ばさねえと。
大魔螺旋で―――
「安心しぃ……分からんけど、君らは敵やなさそうやから……余計なことせん限り何にもせぇへんよ?」
「「「ッッ!!??」」」
そのとき、俺、エスピ、族長の耳元で誰かが囁いた。
しかし、それは「ありえない」ことだ。
「な、に?」
「……声が……でも、気配は……傍に感じないのに……」
「近くにいる!?」
俺はレーダーを張ってる。この霧の中に居る者たちの場所や動作も分かっている。
だから高速で動いていようとも、この霧の中で何かやっている奴は分かる。
当然、その人物が俺らの間合いの中に入り込めば、俺はすぐに分かる。エスピだって気配を感じ取ることはできるはず。
なのに、すぐ傍に気配を感じなかったのに、耳元で声が聞こえた?
『惑わされるな、童。魔力を利用した念話とは違う……超音波を利用した特殊な技法だ』
「ぎじゅつ? 音波?」
『超音波を利用して、範囲を絞って特定の者だけにしか聞こえない音を届けたり、わざと物体に反射させて声を届けることによってその物体から音が出てるように相手に思わせたり、足音を違う場所から聞こえるようにしたりして自分の位置を特定させなかったり、それを利用したいたずらでまるで木や動物が人の言葉を話しているかのようにしたり、左で話しているのに声は右から聞こえてくるようにしたり、あらゆる応用が利く……『マジカル・スピーカー』……『マジカル・指向性スピーカー』などと余は呼んでいる』
「すぴーかー……」
『童のようにレーダーで常に相手の位置を把握することに集中すれば惑わされることはない……が……そこまでの感知能力がなく、音や目にも頼らねばならぬ者たちは……相手をとらえきれずに混乱するしかなくなる』
それは、俺が未だに知らない技。戦闘におけるパワー、スピード、魔力などとはまた別の力。
技。
その技を前に、手も足も出ない忍者たちの地獄の悲鳴が響き渡った。
「うふふふふ……殺さへんよ? その分……後悔させるだけや……意識もばっちりで痛みを存分に味わいながら、ポキポキっとええ音するやろ?」
そしてその直後、……ゾッとするような笑いと共に、一人の女の声が森に響き渡った。
「こ、この声は!?」
「きさま、『カゲロウ』か!?」
「おのれ、ちょこざいな……こんな霧など我らの術で吹き飛ばしてく―――ぱぎゃっ!?」
「な……くそ、忍法・火―――――ぎゃぷっ!?」
誰かは知らないが、忍者戦士たちの反応からしてこいつらの敵ってこと?
となると、コジローの味方? まだよく分からねえ。
恐らく、俺が考え付いたように、術かなんかで霧を晴らそうとした奴らが次々と……
「うふふ……あんたら勘違いしたらあかんえ? ウチらが逃げとったのは、ウチの『マイハニー』とコジローはんが、かつての同胞と戦いたくないから言うとっただけで……別にウチは全然躊躇わへんよ?」
「ち、この狂った女―――ぱぎゃっ!?」
「マイハニーにも言われたんよ? ウチが足止めのために残る言うた時も、マイハニーはウチに『殺すな』って言ったんよ……せやから……死ななければ何やってもええってことやろ?」
「そこだ! 死ねえ! わははは、ばかめ! ベラベラ喋って自分の位置を知らせるなど、なんという愚か……え? こ、これは、変わり身の術!? ちっ、本物は……ぎゃぶっ!?」
「あんたら言っとったな~……役に立たない『オウテイ』? 役に立たない? ウチのマイハニーを……なぁ? なぁ? 侮辱したんか~? ん~?」
「く、我らを舐めるな! まもなくこの霧に慣れ、視界が……そこだ! ッ!? これは蜃気楼……ひ、ひぃ!? ぎゃぶっ!?」
「それはウチに対する侮辱でもあるんよ? ウチがハニーに一目ぼれして……十代の頃は四六時中追いかけ回し、最後は我慢できなくて無理やり押し倒して契るぐらいベタ惚れなんよ? 反対する両親とも戦って、ハニーを婿養子にするまで頑張って結ばれたんよ? 子供二人も生んだんよ?」
「くそ、声は聞こえるのに……どこに居る! ……ここだ! ……あべびゃ!?」
「つまりな……ウチのマイハニーである『オウテイ』を侮辱するんは、ウチの人生を侮辱するのも同然……そないな奴らに容赦は無用……なぁ♡」
正直、俺は目の前の忍者戦士たちと、落ち着いて話ができない以上は仕方ねえと、戦うつもりだった。
戦うと言っても、精々ジャブやらエスピの能力で気を失わせる程度だった。
しかし、こいつは違う。あえて相手に苦痛を感じさせるために、気を失わせないように痛みを……
「ちょ、お、おいおい……」
「お兄ちゃん、私に捕まって。族長さんも……一旦飛んで脱出するから……コジローの味方みたいだけど……なんかヤバそう……」
「う、うん、お願い、エスピ! ほら、お兄さん、聞こえてるよね? ねえ!」
それなのに、今その忍者戦士たちが次々と俺の目の前で何者かに……戦に汚いもねえ……容赦なんてするもんじゃないかもしれねぇ……だけどよぉ……だけど……感覚全開にしてこの場で起こっている全てをレーダーで把握する俺には、逆に余計に一人一人が痛めつけられる様子を細部に至るまで感じ取れちまう。
ジッと堪えるなんてできない悍ましさ……だから俺は……
「くそ、気持ちワリィ……もう我慢できねえ! ここだ!」
「ん? お兄ちゃん! ちょっ……」
俺は、耐え切れずに動いていた。
「やめろコラぁぁぁああああ!!」
「ッ!?」
「大魔ジャブッ!!」
霧の中で静かに素早く動いて次々と忍者戦士たちを襲っていた謎の人物。
その動きをレーダーで捕捉して、俺はステップで先回りしてからのジャブで、そいつの手を弾き飛ばした。
「あんた……やり過ぎだ! つか、ここは私有地だぞコラァ!」
俺が謎の人物の手を弾いた瞬間、霧も徐々に晴れてきた。
「ほ~……ウチの声や音に惑わされずに捉えるとは……コジローはんみたいやな……やるやん、可愛らしいお兄はん」
そして、少しずつ視界が戻ってきた俺の目の前には……
「せやけど、余計な事するなて言うたやん? ……てか、そもそも君は誰なん?」
長い黒髪を靡かせて、覆面で顔を隠している。
服装は少し派手な赤い忍び装束と、肩口やふとももを素肌の上から網目のような衣装を纏っている。
スラッとして女にしては背も高く、何というか衣装の所為で体のラインというか……なんか……まぁ、胸元の大きさはサディスぐらいはある……アミクスを見てなければ思わず気を取られてたかもしれない。
いや、それよりも……
「誰だはこっちのセリフ……ん? ……え?」
俺は目の前の女を見て、何だか……
「ふふ、どうしたん? そんな熱い目してウチを見てもアカンよ? ウチが顔を隠しても隠し切れないナイスバディな美人さんやからって言っても、ウチは人妻で大きい子供も二人おるんよ?」
いや、そんなつもりは微塵もねえよ。
とにかくなんか色々と話が通じなさそうというか……なんか、ちょっとヤミディレに似てるような気もする。
いや、ヤミディレともそうだけど……
何だろうこの感じ……
なんかこの女の雰囲気……顔を隠しているのに……女忍者だからか……何だか『あいつ』に……
「20年遅かったなぁ~。ウチはハニー以外には滾らんよ? せやけど、仕方ないか~、ウチは美人で、ほら胸も大きいし♪」




