第三百七十七話 向こうからやってくる
コジローとミカドが解雇とか、なかなか朝から重たいニュースだな。っていうか、ジャポーネ内の出来事ではあっても、話題としては世界的なものになるんじゃないのか?
だって、人類の英雄として教科書にも載るような二人に関する話なんだからよ。
それをアッサリ解雇とか、今のジャポーネの国王もなかなかとんでもないことするな。
「うそ……コジローとミカドのおじーちゃんが、今のハゲデブ……じゃなくて、今の国王と仲良くないってのは聞いてたけど……こんなことになってたの?」
一面に書かれているビッグニュースにエスピも驚いて食い入るように見ている。
そりゃ、かつて共に魔王軍と戦った仲間なんだし、その驚きとショックは俺以上だろう。
「へぇ、国王と二人は仲悪かったんだ……」
「うん……そう。前の国王は戦争の時代から絶大な支持があった人で、コジローもミカドのおじーちゃんも共に強い忠誠心ってやつを持ってたんだけど、その息子の方がね……なんというか……ワガママ贅沢三昧遊びまくりなとんでもないやつで、よくミカドのおじーさんたちに諫められてたみたいだけど、三年前に王位を継いでからはもっと酷くなってね……」
「マジか……つーか、いくら王族だからってそんなもんに継がせるなよ。他にいなかったのかよ」
「うん……私もそこまで詳しくはないんだけど、弟とかは居たみたいなんだけど、なんか城から飛び出して駆け落ちしたとか何とか聞いたことはあるけど……でも、そんなこんなでジャポーネは色々と悪いことになってるみたいで……それがとうとうこんなことにって……う~ん……」
なんだか、親の出来はいいのに息子は……みたいなのってどこの国にでもあるんだな。ただ、この息子の方は話を聞く限りは俺よりもヤバそうだけどな。
『そうか……メイクンの奴は死んでいたか……』
すると、傍らのトレイナも思うところがあるのか、目を細めていた。
『……あんたも良く知ってるのか?』
『無論だ。敵ではあったが、なかなか骨のある王であった。戦好きなところもあり、ミカドやコジロウ、そしてサムライや忍たちを率いてジャポーネ王国を難攻不落な強国にしたほどだ。まぁ、そんな男だったからこそ、あまり家庭のことや子育てには手が回らなかったのだろうが……』
『おい、そこで俺を見るな。俺はワガママ贅沢三昧遊びまくりではないぞ?』
トレイナですら認めるほどだから、前の王様は相当良かったんだろうな。
だけど、その後が続かなかったということか……
「うーむ……コジロウが解雇って……ねぇ、エスピ……それって結構ココにとっても……」
「うん、ちょっとまずいかも……だね」
そのとき、難しい顔して尋ねたスレイヤの言葉にエスピが頷いた。
「ん? どうしてだ? なんで、コジローとココが関係あるんだ?」
意味が分からず俺がそう尋ねるも、俺以外は皆理解しているようで、族長も奥さんもアミクスも真剣な顔をしていた。
「ほら、お兄ちゃんにも言ったでしょ? このタピル・バエル含めた辺り一帯の土地を買うにあたって、コジローに手続きの面で色々と協力してもらったの。いくらお金があるからって、ここはジャポーネ王国内にある土地だし、ましてや『私有地だから許可なく立ち入り禁止』なんて、そう簡単にできるものじゃない……そして、その理由を公表することもできない……『エルフが住むから』なんて言えるわけないし。でも、そこら辺をコジローが裏から手を回して、理由も私たちからよく聞くこともせずにやってくれたの……」
「あ……」
「コジローはたぶんここにエルフが住んでいるのは知っているかもしれないけど……でもだからこそ、そのコジローが解雇なんてされちゃったら……」
俺もようやく問題を理解できた。
「悩ましいなぁ……」
そのとき、族長がボソッとそう呟いた。
「全てを知っていた上であえて目を瞑って口も閉じていたとしたら……七勇者のコジローは俺たちエルフの恩人にもなるわけだし、これからのことも考えると何とかしたいよね……でも、流石にジャポーネ王国内の人事問題に俺たちがどうこうできるはずもないし……」
そう、つまり七勇者のコジローという存在がなければこの集落が存在することも存続し続けることもできなかったのかもしれない。
だが、そのコジローがいなくなれば、それこそ先日に不法侵入して襲ってきたハンターたちのような連中や、ジャポーネの連中も状況によってこの土地に足を踏み入れてくる可能性もあるかもしれないってことか。
「……お父さん……兄さん、姉さん……アース様……何か……その……これから……何かが――――」
そして、その予感にとても不安そうな表情を浮かべるアミクス。
この平和で穏やかな集落にも何か影響が出るのではないかと怯えたような様子を見せている。
そりゃ、無理もないだろう。
昔のように魔王軍や人類が戦争をしている時代でもなく、何よりもエスピやスレイヤの協力もあって襲ってくるハンターたちもそんなにいるわけでもない。
そういった経験がないであろうアミクスが怯えるのは無理もないことだ。
でも……
「お兄ちゃん……あのさ……本当は、どんどん色んなところに冒険に……って、私もスレイヤ君もしたいけどさ……でも……」
「言わなくても分かってるよ、エスピ」
「……お兄ちゃん」
エスピが俺を伺うように聞いてくるけど、必要のないことだ。俺だって同じだからだ。
この集落は、エスピとスレイヤにとっても俺の居ない十数年の間にとても大事な場所となり、時には心の拠り所でもあったはず。
ここに住むエルフたちも二人を慕い、二人も皆を大切に思い、アミクスのことだって本当の妹のように思ってるんだ。
だからこそ、「関係ないから、さっさと旅に出よう」なんて俺ですら思わない。
「行きたい場所はいっぱいあるけど、時間なんていくらでもあるんだからよ……急がないで、少し事の成り行きを見てからにしようぜ」
俺がそう言うと、エスピもスレイヤも嬉しそうに頷き、そして……
「あぁ……アース様……」
「ちょ、お、おい!?」
「やはり、あなたはタピル・バエル様でラガーンマンで……アース様……あぁ」
「ちょっ、やめろやめろ! そんな大げさにすんなって!」
アミクスなんて椅子から降りて床に正座して、まるで神に祈るように手も合わせながら俺に頭を下げ……ちょ、おいおい?!
「ふ、いやいや、俺らもお兄さんたちがしばらく居てくれるなら心強いよ……娘のこういうところを見るのは複雑だけど……」
「そうね、それは本当よ。子供たちに怖い思いをさせたくないもの……」
「うんうん。まっ、私もお兄ちゃんもラルさんもいるし、よっぽどのことが無い限り大丈夫だって♪ あと、スレイヤ君もいるしね」
「まっ、そういうことだよ」
そう、行きたいところはいっぱいあるし、どこまでも行きたいと思っている。
しかし、明確に時間を決めてるわけもないこともあり、今すぐ出て行くんじゃなくて、少し流れを見守ってからにしようと……
「族長! エスピ! スレイヤ! アース・ラガン! 起きているか!?」
なんて思っていた……が……そんな悠長な話にはならなかった。
「ん?」
「ラルさんの声だ!」
「……朝から一体……」
朝早くから慌てたように駆け込んできたラルウァイフ。
落ち着きない様子で表情も緊迫させながら……
「結界に反応があった。この地に何者かが侵入してきたようだ」
「「「ッッ!!??」」」
そう。
騒動は見守るなんてしていなくても、向こうの方からやってきた。




