第三百八話 幕間(女々しい竜王)
――私をモノにする? その使い古していると思われる汚らわしい逸物を削ぎ落してさしあげましょうか?
もう遥か昔。ワシの青春とも言えるオナゴ。
――シソノータミは滅ぼす。余の考えは変わらぬ……代わりに、人間どもとどのような戦になろうと貴様を強制召喚するようなことはせん。さらばだ、友よ
ワシ以上の力を持ち、ワシが認めた唯一無二の親友。
――男どもを凌辱? ふん、戦争が終わったというのに、いつまでもそのような幼稚なことはしないのじゃ。今のトレンドは尻に……じゃなかった、コホン、わらわの野望は一つ。あの男の手によって尻でしかイケな……じゃなかった、とにかく! わらわをキズモノにした責任を取らせるのじゃ!
一緒に飲んで楽しかった悪友。あやつは死んでおらんが、もう何年も疎遠になってしまったものじゃ。
――吾輩に力を貸さぬか、冥獄竜王よ。まぁ、今はまだ強制せぬ。しかし、吾輩らの戦争はまだ終わっておらぬ。来るべき日、また会いに来よう
かつてライバルの一人だったあの鬼も、未だに時代の変化を受け入れずに抗おうとしているようじゃが、あやつとももう何年も会っておらぬ。
だが、時代の変化を受け入れられずに取り残されているのはワシの方かもしれぬのぅ。
ハクキを馬鹿にはできぬな。
なんせ、どいつもこいつもワシを置いてきぼりにするんじゃからな……
「ふわぁ~あ……」
なんか寝てしまっていたようじゃな。
そして、少ししんみりとした思い出にふけっていたようじゃわい。
新しい時代を生きる若造たちを見ていると、どうしても自分が輝いていた時代を思い出して、比較しようとしたり、懐かしんでしまう。
「で、ダメだったようじゃな。ヌワハハハハ、もうそろそろ……ワシも帰ってよいか?」
目を見開くと、そこには両膝ついて疲弊している若造たち。
ワシが寝ている間に、色々と頑張ったようじゃな。
「はあ、はあ、くそ……」
「信じられない……僕たちの攻撃が一切……」
「まったく嫌になる……ずっと寝ていた相手に我らが総がかりで攻撃していたというのに……」
「一切……傷一つつけられないとは……」
「こんな生物がこの世に存在していたとは……」
「これが……世界最強クラス……ということなのね」
ヒルアと一緒にあの小僧とその嫁も旅立ったと聞き、ワシもさっさと魔界に帰ろうかと思ったときに出会った若造たち。
一人はあのカグヤの子孫。まぁ、だからどうというわけでもないが、少し話をしていたら、何だか流れでワシに稽古をつけて欲しいとかそういうことになってしまった。
メンドクサイし、あまり気は進まなかったが、しかしそれでも気まぐれで少し構ってやることにした。
とはいえ、やることは「どんな手段を使ってでも、ワシに傷を負わせてみよ」というもの。
ただし、ワシは全身の鱗に魔力を流し、更に全身を両翼で覆う完全防備態勢。
この状態になれば、ノジャの風林火山の「山」よりも鉄壁で、テラ級の魔法でもワシを傷つけることはできぬ。
つまり、今のこ奴ら程度ではどうにもできぬということは分かっておった。
そして、案の定、こやつらはワシの予想を上回ることはできなかったようじゃな。
「くっ……まだ……まだ、頼む! 我らはまだ動ける! そうであろう? リヴァル、フー、サディス、マチョウ、シノブ!」
向上心はある。
あの小僧の友であり、中には惚れていると思われるオナゴも居るようじゃが……とにかく、自分たちよりも上の領域に居るあの小僧に置いて行かれぬようにと、ワシを利用して必死に追いかけようと歯を食いしばっておる。
才能もそこそこある。
だが……
「ま~、もう少しぐらいダラダラ付き合ってやってもよいが……このままやっても無意味じゃぞ? おぬしらは、ワシが力で語り合っても良いという最低限のレベルにも達しておらぬわい。だから興味も持てず、途中で飽きて寝てしまったわい」
こやつらは全員が予想の範囲内での力しか振るわん。
「少なくとも、今日明日でどうにかなるようなものではない。貴様らの友というあの小僧がワシの予想を超える力を出したというのも、それは都合よく隠れていた力が覚醒したとかそういうものではなかった。恐らくはそれなりの期間、地道な鍛錬をコツコツ積み重ねた果てで開花したというもの。今の貴様らはそういうものはないじゃろ? 人並みの鍛錬はしているようじゃがな」
である以上、こやつらではワシをどうすることもできぬし、何よりもワシの血肉も湧き立たぬ。魂が震えぬ。痺れぬ。
ので、結局は暇のままじゃ。
しかしそれでも……
「それでも……我らはこのまま挫折で終わるわけにはいかない」
「その果てで……俺たち自身の課題をもっと明確にしたい」
「このままじゃ僕たちはダメなんです」
「まずは、険しい山をどう登るかではなく……まずは登る。自分たちはまだその領域」
「クロンさんをいつまでもハニーの嫁とは言わせないわ。そのためにも……」
「と、いうわけです。冥獄竜王……もう少しお付き合いください」
とりあえずは、まだ折れぬか。
腹は括っているということだけが、今のところの救いじゃな。
「あ~、分かった分かった。もう少し付き合ってやろう。しかしじゃ、根性がどうとかでどうにもできそうもないぞ? おぬしら、ただ自分の全力をぶん回しているだけじゃろ? 工夫も試行錯誤もあったものではない。それでは、ワシがおぬしら以上の力を込めて体を固めればよいだけじゃ」
やれやれじゃな。何故こんなザコ共にワシが……と、理由は一つしかないがのう。
誰が親だとかそういうことを気にしないと言いつつも、やはり少しは……
「はぁ……仕方ない」
気まぐれでもあるが……それでも、カグヤの子孫……そして、トレイナを討ち取った勇者たちの子……そやつらがあまりにもザコ過ぎるままでは、何となく嫌じゃからな……。
やれやれ、ワシも女々しいもんじゃわい。
「これまでのことで分かったこと……おぬしらに足りないのは、とにかく実戦経験じゃ。同等か、自分よりちょっと上ぐらいの存在と命をすり減らすギリギリの攻防……そんな経験無いじゃろ? 普通はそういうのを経験して課題が見えるというものじゃ。そしてそれはワシのような格上過ぎる相手との模擬戦などでは得られぬ」
「あなたの言うことは、我らも自覚している。我らは自分たちと同等の者と真剣勝負の経験もなく、唯一、六覇のパリピとの戦いで……いや、戦いとは呼べぬほどズタボロにされたぐらいで……」
「じゃろうな。しかし、それをやらねば殻は突き破れぬぞ?」
「そうなると……我ら同士で模擬戦とか……」
「いーや。模擬戦では意味がない。必要なのは真剣勝負じゃ」
「しかし、それは……」
「分かっておるわい。だから、ワシがちょっと面白い魔法を教えてやる。それを使ってまずは自分が想像する同等の強者を『想像』して真剣勝負を体験せよ」
「?」
だから、教えてやることにしたわい。
かつてトレイナに酒の席で……カグヤのことでワシが一度酔っぱらって泣いた際……女々しいワシに慰めになればとあやつが教えてくれた唯一の魔法……
「幻想魔法・ヴイアールというものじゃ。修行以外で悪用するのも構わぬし、それこそ醍醐味でもあるが、ホドホドにするのじゃな♪」




