第二百九十二話 どうだ!
目的地のゲンカーン港町。
そこは、現代でも訪れて、気の良い漁師のオッサンたちの世話になったりした。
しかし、そんな地も十数年前にはこんなことになっていたのか?
「や、やべーぞ!」
「ゲンカーンが……まさか、まさか!」
船員の男たちも慌てふためき、乗客たちも怯えた表情を見せる。
最初はゲンカーンから煙が上がっているだけかと思った。
だが、それだけじゃねぇ。
近づくにつれて、ゲンカーンの港町が炎に包まれているのが分かる。
建物も多く破損し、停泊している船もマストが折られたり、中には船体が真っ二つにされたりと酷い有様だ。
「血の匂い……火事じゃない……戦でもない……蹂躙の炎……」
「エスピ……」
俺の足にギュッとしがみつきながら、エスピが真剣な眼差しでジッと港町を見つめている。
その目は、この数日間子供っぽい感情をむき出しにしていたエスピのものではなく、戦に携わる者の真剣な眼差し。
「ゲンカーンは異大陸との交易を担っている港の一つ……だから、連合軍の守備軍もいたはずだと思うけど……」
スレイヤも甲板から身を乗り出して、燃え盛る港町を見つめながら呟いた。
そして、俺も分かってはいたけども、あえて確認の意味も込めてトレイナに聞いてみた。
『トレイナ……』
『港町を魔王軍が襲撃して……既に戦は終結しているようだな』
やっぱり、戦争だった。でも、今はそれだけじゃない。
『終結って……炎が……』
『ああ。交戦の音が聞こえぬのに、配置的に戦とあまり関係のなさそうな建物まで燃えている……勝者が略奪と凌辱を行っているのだろう』
『つっ……』
俺も分かっている。いや、分かってはいないけど、知識としては「そういうこと」があることぐらいは認識している。
戦争なんだ。
ただ互いに戦い合うだけの綺麗ごとだけじゃすまねーってことぐらい。
『敗者に対する行き過ぎた蛮行……余も把握していた……が、余にはそれを戒めることはできなかっ―――』
『やめろよ、あんたのそんなツラは見たくねえ……』
『童……』
『お互い様……だったんだろ?』
トレイナも複雑な気持ちがあるんだろうが、たとえ目の前で何が起こっていたとしても、この時代のトレイナがどうであり、魔王軍が何をやっていたとしても、そんなの俺なんかが何か言う立場にねえし、資格もねぇ。
俺からすれば、お互い様なんだろとしか言いようがねえしな……
『で、歴史上ではあそこを襲っているのはどこの奴らだ? ツエーのか?』
『……分からぬ』
『……え?』
『大々的な軍略や戦は余が仕切っていたが……各地の小都市への襲撃などは六覇各自における現場の判断に委ねていたのでな。この地での襲撃は余も知らなかった』
『ま、マジか?』
『戦争は魔王城で起きているのではない。戦場で起こっているのだ。だから、ここでのことを知っていれば、そもそもこのルートで貴様を旅させたりなどせぬ』
キリっとした顔でかつてのポリシーのようなものを口にするトレイナ。
『それにこの時の余は……』
『あっ、そっか。あんたは競馬して遊んでたもんな』
『あ、遊んでない! じょ、情報収集とかそういうので、断じて休暇とかそういうのではない!』
まぁ、確かにかつては世界の至る所で大小無数の戦が何年もずっと続いていたと思うと、その全てをトレイナが把握していないのも無理はないか……
「お、おいおい、うそだろ……ゲンカーンが陥落したってのかよ!?」
「そんなバカな! だってあそこには……」
「そうだ、あの街には現在……歴戦の豪将……マルハーゲン将軍が居るんだぞ?」
「で、でも……つか、この船もやべえぞ! はやく見つからないうちに進路変更して逃げねえと!」
慌てふためく船員たちは、とにかくこの場から逃げるべきだと騒ぎだす。
実際そうだろうな。
あの街でどんな悲惨なことになっていたとしても、魔王軍が相手なら戦闘は避ける――――
「ッ、気配が……」
『童、上だ! 海からも!』
そのとき、俺は気配を感知。トレイナも声を上げる。
上空から迫ってくる複数の……
「うふふふ、逃げる? どこへ!」
「人間ども……逃がさないわ?」
「ふふふ、男もけっこういるね……調教してあげる」
―――ッッ!!??
「あぶねえ! 上から―――」
「むっ……」
「あっ……」
鮮血が飛ぶ。気づいたときには、マストの上の見張り台に居た船員の男が何者かに刻まれて、甲板に落下。
「きゃ、きゃああああああああ!」
「う、うわあああ、ま、魔族だぁぁあ!」
「ひ、ひいいい、ひいいい!」
甲板に居た奴らが悲鳴を上げて腰を抜かす中、俺たちを見下ろすように魔族の女。
顔は人間に近いが、その両手は鋭い鳥の爪のようになっており、腕は翼と一体化。
色っぽい鉄の鎧で上半身を覆っていて、一瞬見惚れそうになるが、顔に浴びた返り血を舌で舐めるその残虐な表情ですぐに現実に引き戻される。
『こやつら……ハーピーか……』
やっぱりか。図鑑で見たことがある。
女面鳥身の魔族。ハーピー。
「へっへー、見張りなんて外れくじだと思ってたけど……」
「拾いものね」
「街で暴れてる奴らは楽しく奪って犯して嬲っているのに、あたしらだけつまんねーと思ってたけど……」
「うふふ、最近ご無沙汰だからもう我慢できそうにないわ」
「これは、将軍にも報告しないであたしらだけで楽しんでいいでしょ?」
「男は犯す。女は殺す。金目のものはもらっていくわ」
「あたいは、女も食うけどねぇ」
それはもはや、降伏しろとかそういう言葉もない一方的な凌辱宣言。
次々と船に降り立ち、俺たちを敵ではなく「獲物」という目で残酷に笑ってやがる。
つかこいつら全員女なのになんてことを……
『こやつら……ノジャの配下……アマゾネス部隊か……』
『ッ!?』
そこでトレイナの口から飛び出したのは、本当にヤバい名前だった。
『特にこやつら、人間への凌辱は度を越えていたと聞いている。敵兵や一般市民に対する容赦ない凌辱……虐殺だけでなく……先ほどの女が言っていたような……』
『ああ、犯すって……ま、まじ……か……女の方から?』
『ノジャ曰く……アマゾネス部隊の女たちは、慎ましさとは無縁の暴飲暴食系女子だとか言っていたな……』
『マジかよ……おそろ……し……ん?』
怖い女たち。こんな奴らに好き放題され……結構色っぽくて美人で……ゴクリ……
『童、ちょっとおいしいかもとか思っているのではないだろうな?!』
『お、おもってねーよ!』
『阿呆が……まぁ、確かに過去にそういうことを考えて自らアマゾネスに捕まるバカ者たちもいたが……最後は泣き叫ぶも解放されず、廃人になり、用なしになってその後は……』
『う、うわ……』
『とにかく、今はそんなアホなことを考えている場合ではないぞ!』
『お、押忍!』
そうだ。真面目になれ。
で、どうする……いや……どうするもなにも……
『トレイナ……俺……あんたの魔王軍とは正直戦いたくねえよ……でも……』
『……分かっておる』
初めてこの時代にやってきたときの森でもそうだった。
魔王軍は俺にとっては敵じゃない。だから戦いたくない。
でも、流石にこの状況で他の連中を見捨てて自分だけ逃げようって思えるはずもなく、何よりも今は妹分が傍にいるんだ。
「かかれーーーーっ!!!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
やるしかない。
俺が――――
「うるさい、魔王軍。ぶっとべ」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
「てりゃ!」
「「「「「ぎゃ、ぎゃあああああああああああああ!!!???」」」」
俺の傍らから強烈な衝撃波。
その衝撃で、一斉に襲い掛かってきたハーピーたちがぶっとばされて海に落ちたり、甲板に叩きつけられたりしている。
なんか、鎧も砕かれたり吹っ飛ばされて……だけど、気にならんぐらい俺も驚いてしまった。
「「「「「びょ、秒殺ッ!!??」」」」」
俺だけじゃなく、乗員や船員の連中も一斉に驚愕してしまった。
「お兄ちゃんに手をだすやつ、全員ぶっとばす。むふっー!」
「え、エスピ……おま……」
『ま、まぁ、そうなるであろうな……実力的に……』
胸張って「どうだ」とドヤ顔のエスピ。
そっか、俺がどうするもなにも、こいつ一人で魔王軍の配下の兵ぐらいどうにでもなるのか。
七勇者の力でエスピがハーピーたちを秒殺。
「な……こ、この力……あの子が? あの子は……一体……」
そして、流石のスレイヤもビックリしてポカンとしてた。気持ちは分かる。
「が、な、何が……」
「くそ、な、なんだってんだい……」
「衝撃が……どんな攻撃が……」
とはいえ、相手も流石に戦争で戦っている兵士だ。
今の衝撃波一発で気を失うまではいかない。
ヨロヨロと何とか立ち上がる……が……
「うるさい……」
「なな、なな!? ちょっ!? 浮かんで……なんで? 何を!?」
エスピが不機嫌そうにそう呟くと、ハーピーの一人が翼を羽ばたかせてもいないのに浮かび上がった。
エスピの能力で浮遊させた? そのまま何を……
「頭われちゃえ……ふわふわダイビング!」
「ほぐわああ!!??」
ちょっ、浮遊させたハーピーを逆さまにして、そのまま頭から甲板に叩きつけやがった!?
お、おいおい、エスピ……
「な、なんだって!?」
「バカな、あのガキ、なにを、何をしたんだい!?」
「いや、待て……あのガキ……ん? あ!? あのガキ、まさか……」
突然のことに、先ほどまでの残虐な笑みから驚愕と恐怖に引き攣った笑みを浮かべるハーピーたち。
そんなハーピーたちに対してエスピは……
「全員うるさいからぶっ飛ばす。あと……君も見ててね! 私の方が強いんだから。お兄ちゃんといっぱい冒険してカリー食べるんだから」
「……え?」
ハーピーだけじゃなく、スレイヤに対しても、そして……
「すぐ終わらせる。待っててね、お兄ちゃん。私の……『ふわふわ時間』でこいつら一人残らずぶっ飛ばすから。今度は私がお兄ちゃん守るんだから」
俺も含め、この場に居る全員に、エスピは七勇者の戦闘スタイルを存分に見せつける。




