第二百七十九話 幕間(好敵手じゃない剣士)
人と接することが苦手な俺にとって、友と呼べるのはお前たちぐらいしかいなかった。
しかし、アース。俺はお前にずっと嫉妬していた。
――フーは世界一の魔法使いに! リヴァルは世界一の剣士に! フィアンセイは世界一の槍使いに! そして、俺は父さんを超える世界最強ウルトラ勇者になるんだ!
俺たちを引っ張り、いつもお前が俺たちの中心に居た。
俺が憧れていたフィアンセイも、俺ではなくずっとお前を見ていた。
強くて、明るくて、自分の感情に素直だったお前を妬んでいた。
お前に負けない男になりたい。負けたくないと思った。
だからこそ、幼いころから何百何千何万と剣を振ってきた。
手の皮が裂け、マメが潰れ、それでも俺は振るってきた。
お前たちに置いて行かれたくなかったからだ。
だが、アカデミーに入学して間もないころ……
――おおおお、リヴァルがアースに模擬戦で勝ったぞ!
――リヴァルくんが、勇者ヒイロの息子でもあるアースに勝った!
――さすがは剣聖の息子!
俺はなんと、お前に勝ってしまった。
いや、俺だけではなかった。
総合力ではフィアンセイ。
魔法の分野ではフーが。
皆が各々の領域でお前を上回る結果を出してしまった。
たぶん、あの頃からだったかもしれない。
俺たちが徐々に距離を置くようになったのは。
――ねえねえ、アース、リヴァル、姫様も、ごはん一緒に食べましょうよ~
俺たちの間を取り持つフーがいたから、完全に疎遠になることはなかった。
だが、それでも俺たちは昔のような関係にはなれなくなっていた。
――留学? お前とフーが……そっか……まぁ、頑張れよ
――ああ。アース……俺はもっと強くなって帰ってくる……
――はは、今も十分ツエーじゃねえかよ……
歯がゆかった。
愛想笑いや、どこかやさぐれた態度になっていくアースに苛立ちも感じた。
俺のフィアンセイへの想いもあり、複雑な想いが消えなかった。
そんな想いを抱えながら、留学先で俺は他国の強豪や戦士たちと出会うことで、より成長を実感できた。
時には、国の危機に駆り出され、襲い掛かるドラゴンを死闘の末に倒すことができた。
それにより、俺はドラゴンスレイヤーの称号と共に、己の力に絶対的な自信を持てるようになった。
もう俺は、アースの後ろを追いかけてばかりだったころとは違う。
俺は強くなった。
今の俺ならば自信を持って、フィアンセイに想いを告げられると思った。
だが……
御前試合でアースと戦い打ちのめされ……
アースの苦しみも、他者の声からも守ることもできず……
そして、国を飛び出したアースが戦っている敵に手も足も出ず、何も役に立てなかった……
アースを追いかけていたころとは違う? そうではない。もう、アースは俺の目に見えないほど遠い所まで行ってしまったのだ。
天空世界で誓った言葉、「いつかアースの力になってみせる」という言葉に嘘はない。しかし、それを達成するには……
「……ド……ドラゴン? な、なんと巨大な……」
上空を飛行する巨大な竜。
そして、見た瞬間に俺の全身が震えあがった。
「な、なんだ……この……とてつもない……」
別に俺たちに向けて敵意や殺意を向けているわけではない。
ただ、そこに存在するだけで全身が委縮し、恐怖し、もし僅かでもアレの逆鱗に触れたならば、この場に居る全ての人間が死ぬ……見ただけでそれを理解してしまった。
「な、なんだ、アレは!」
「いっ、いったい……」
「わ、わわわ……」
「ぬっ……ッ……」
俺だけではない。フィアンセイも、サディスも、フーも、実力者と思われるマチョウという男も、感じたはずだ。
俺たちがこれまで戦った中でも圧倒的に強かった六覇のパリピ。
そのパリピを遥かに凌駕する……
「ん~? おぉ、見つかったか……ぬわははは、ポツポツとチッコイ奴らが口開けとるわい……ぬ? おお……ほぉ……」
ドラゴンが俺たちの視線に気づき、こっちを見たかと思えば口元に笑みを浮かべた。
こっちに……ッ!?
「く、来るッ!」
「まずい!」
「ぐっ……全員、今すぐ逃げ―――――」
急に下降してくるドラゴン。戦うとかそういう次元の相手ではない。
せめて数秒でも時間を稼いで―――
「やめておけ。別に喰わぬ」
「「「「「ッッッ!!!???」」」」」
ドラゴンが……しゃ……喋っ……
「ふむ……ほうほう……ふむふむ。この匂い……なるほどの~……血筋は我が友に絶滅させられたと思ったが……」
ドラゴンは廃墟の街に地響き立てながら降り立ち、その巨体で俺たちを見下ろしながら、どこか嬉しそうな笑みを浮かべ……誰を……
「……え?」
サディスを……見ている?
どこか嬉しそうに、そして懐かしそうな目で……
「数日前に出会った、我が友の弟子……それと連なる娘っ子……それだけでは興味を持てず、魂を曝け出させてようやく興味を持てたワシじゃが……ヌワハハハ、あやつの子孫はやはり特別じゃな。ワシも女々しいのぉ」
「あの……あ、あなたは一体……」
「ん? おぉ、ワシは『冥獄竜王バサラ』。おぬしの遠い祖先でもある、『女勇者カグヤ』のライバルじゃ。ヌワハハハハハ」
「……え?」
「ん? その顔は知らんのか? まぁ、大昔の話じゃからな。とはいえ、それがあったからこそ……人類と魔王軍の戦争にワシは参戦しなかったわけじゃがな……」
めいご……く? 冥獄竜王? いや……ん? いやいや、バサラ? いや、いやいや……
「な、なぁ、リヴァル、フー……わ、我は今、ものすごい幻聴を聞いたのだが……」
「ぼ、僕もです。絵本で聞いた名前が……それに、さ、サディスの先祖がとか……」
フィアンセイもフーも……どうやら俺の聞き違いではないようだな……
そして、そんなおとぎ話の名前を出されたのに、この竜がそう名乗るのなら、本物なのだろうと勝手に理解してしまう。
それほどまでにこのドラゴンは……
「おぉ……おっきい。ヒーちゃんよりもおっきい!」
「「「「「アマエッ!!!???」」」」」
まずい! 誰もが恐怖で足が竦んで言葉を失っている中で、何も知らない子供が……アースの妹分が、ドラゴンに目を輝かせて駆け寄って――――
「ん? ヒーちゃん? おお、チビッ子、ヒルアのことか?」
「うん! ヒーちゃんは、おともだち!」
「そーか! ヌワハハハ、ワシはヒルアの親父じゃ。息子と仲良くなってくれて礼を言うわい!」
「ヒーちゃんのおとーさん!?」
ヒーちゃん? ヒルア? それはたしか、アースが連れていた、あの翼が生えたカバ……?
「ひ、ヒーちゃんが冥獄竜王バサラの……そ、そういうことですか、坊ちゃま……なんという事実を隠し……それに、私がカグヤの? もう、何が何だか……」
もう、俺たちにも何が起こっているのか分からない。
ある程度の事情を察したであろうサディスも、頭を抱えてしまっている。
だが、俺は俺で、二つだけ分かったことがある。
まず、俺はもうドラゴンスレイヤーなどと恥ずかしくて名乗ることができん。これほどの、本物の竜を目の当たりにしてしまえばな。
そしてもう一つ。
これは、そう説明されたわけでもないのだが、俺は何故か思ってしまった。
このドラゴンたちが存在する領域。
それこそが、今のアースが目指し、見ようとしている景色なのかもしれないと……




