第百三十七話 未知
「さぁ、続く第四戦! 現れたのは魔極真流における最古参! 近年は後進の指導や、主婦やお年寄り向けの健康運動を広めたりと、魔極真の裾野を広げる活動を行っている、優しい師範代! しかし、その本来の姿は戦う男。お前らはそれを知っているか? 知らない奴らに見せてやる! ついにベールを脱ぐ、『歴戦戦士・ワチャ』の登場です!」
とりあえず、見せてもらおうじゃねえか。
多少でもトレイナが興味を示した奴が只者なはずがない。
「ワチャ先生がんばれー!」
「ワチャさーん!」
「ワーチャ、ホワチャ、ワチャホワチャ♪ はい!」
「「「ワーチャ、ホワチャ、ワチャホワチャ♪ はい!」」」
結構人気者なのか、観客から歓声が上がっている。
にしても、何なんだその応援の掛け声は?
「なぁ、ツクシの姉さん。あいつ……有名なのか?」
「ん? ま~ね。魔極真最強はマチョウさんだけど、一番歴史が長いのはあのワチャさんかな」
「ほ~ぅ」
「十数年前……大神官様とまだ幼い女神様がこの地に降り立った時、最初に大神官様の弟子になったのがワチャさんだからね」
え? それって意外と重要なことじゃ?
あのヤミディレの一番弟子ってことになるんじゃねえのか?
「対戦するは、古い歴史などまとめて食ってやる! デブは才能、力、そして誇りだと豪語する魔極真流最重量を誇る男! 男にとっては食事と睡眠もまた体をデカくするためのトレーニング。つまり、体格という才能と共に、四六時中トレーニングし続けている俺こそが最強だ! 『超重怪人・ハリダシ』だぁ!!」
だが、ワチャを注目しようと思っていると、相手もまたなかなかのもんだ。
「確かに……デケーな。お前も参考にすりゃいいんじゃねーか? ブデオ」
「おお……デブは才能で力で誇り……か、カッコいいんだな……食べて寝ることがトレーニング……是非、学びたいんだな!」
「いや、当然それだけじゃねーだろ」
一見すると、ブデオのようなデブに見える。
だが、違う。
ブデオがブヨブヨの身体なら、現れたあの男は固い。
巨大な筋肉の山。
マチョウさんとは違う筋肉の付き方で、明らかに重い。
あれで突進されたら、かなりヤバいだろうな。
しかも、良い面構えしてやる。
バチバチに力と力のぶつかり合いを求めているような気合が入った顔つきをしてやがる。
「どすこーーーい! どすこーーーい! ごっつあんです!!」
ん? 何だあれは? ハリダシってやつが、中腰になって足を上げ下げしている。
「うおっ」
「はうっ……」
「お、おお、アマエ、ビックリしちゃったか? でも……何だ、あれは?」
思わず驚き、アマエもちょっと怖がって俺にギュッとしてくる。
高く上げた足で何度も地面を踏みつけて、その振動が伝わってくる。
どういう運動だ?
『あれは、マジカル四股だな』
『マジカルシコ?』
『うむ。かつて魔界において、魔導力士と呼ばれた者たちに習得させた、『大魔相撲』における基本だ』
『スモー?』
見たことのない運動だったが、当然トレイナは知っていた。
『うむ、そして四股とはこうやって……』
座席とフェンスの隙間に立って、トレイナがいきなりハリダシと同じような構えを見せ……ちょっ!?
「ぐっ?!」
「おにーちゃん?」
「ん? あんちゃん、どうしたん?」
「アース君?」
突然吹き出しそうになった俺。だが、今は周りにも人が居るので耐えるしかない。
し、しかし、こ、これは、不意打ち?
『こうやって、両足と膝を左右に開き、背筋をまっすぐ伸ばし、手を膝に置き足を交互に高く上げて、そして力強く地面を踏む。どすこい!』
大魔王が股開いて……や、やめ、やめて! い、今、笑ったら不審がられるから!
『どすこい、どすこい! っと、な。これで腰、大殿筋や中殿筋、体幹などを鍛えるのだ』
『ぷひゅ……お、おお……そうか……』
『貴様も、そしてブデオとやらもこれは取り入れたらいい。なかなかキツイからな』
『わ、分かった。次からな……』
『で、今夜のヴイアールでは覚えてろよ、貴様』
『セーフだろうが!? つか、じゃあやるなよ! いい加減、初見だと誰でも笑うって気づけよ!?』
耐えた。何とか耐えきった……と思ったら、アウトだったようだ。
でも、仕方ない。まさか、目の前でいきなり大魔王が「どすこい」なんて掛け声を出すんだから。
「ワチャ師範代。戦うことが出来て光栄でごわす。しかし、だからこそ手抜きはせず、容赦なくぶちかまさせてもらうでごわす」
「おぉ、それは怖いアルね~」
「……ふふふ……冗談キツイでごわす」
そして、俺が笑いを堪えている中で、こちらは真剣そのもの。
だから見ている方も真剣に見ないとな。
だが……
「さあ、いくでごわす!! 胸を貸してもらうでごわす!!」
腰を低くし、両手を地面に付けて、変わった構えを見せるハリダシ。
初めて見る構えだが、その構えは明らかに勢いをつけて真っすぐ体ごとぶつかってやろうという意思が溢れている。
一方で……
「では……来るアル……」
あれほどの気迫とガタイの男を前にして、ワチャからはまるで戦う気を感じさせない。
波一つない水面のように、静かにゆったりと構える。
『そういえば……司会の説明で言っていたな……マジカル・タイチーを指導していると……まぁ、余から不完全に伝わった知識をヤミディレから伝えられているのだろうから……それほどでも……いや……あの構えは……違う……あれは……』
トレイナが顎に手を当てて少し食い入るようにワチャを見ている。
そして……
「では、第四試合! はっけよい、のこっ―――」
「どす――」
試合開始の合図とともに、ハリダシが力強い踏み出しと共に突進――――
「ワチャァ!」
「こい! っ!?」
突進しようと、地面についていた両手をハリダシが浮かせた瞬間、ワチャの左の手刀がハリダシの眼球スレスレで寸止めされていた。
「あ……は……速い!」
『あれは……』
ダランとリラックスした体勢から目にも止まらぬ動きで、左の手刀の寸止めだけで、突進しようとするハリダシを、動き出す前に制してしまった。
会場からは観客たちの感嘆の声が上がり、俺も思わず口に出して驚いてしまった。
「ふふふ……良く踏みとどまったアル」
「ッ……」
「己を制御する反射神経は見事アル。だが、何があっても止まらないことを武器とするぶちかましを使う者として、それが正しいかどうかは分からないアルが」
ギリギリの所で動きを止め、顔を青くして汗を流すハリダシ。
当然だ。あと少しで、眼球が潰されていたかもしれないんだ。
しかし、いきなり目潰しって……あの男……
『あれは、『大魔フィンガージャブ』……しかも、ほぼ完成されている……』
『え?』
『童には教えていない技だ……教える気も無かったが……』
ジャブと名がついている以上、俺にも関係のある技かとも思ったら、そうでもないようだ。
「まだ、やるアルか?」
「と、当然でごわす! どすこい! どすこい! どすこい!」
顔を青くしながらも、ハリダシはワチャの手を振り払って、自ら仕掛ける。
両手で繰り出す連続張り手。
まるで壁のようにワチャに迫る。
だが、ワチャは……
「ホワ! ホワ! ホウ! ホア!」
「ぬ、ぐっ!?」
ハリダシの張り手を全て素早い手の動きで捌いている。しかも捌くだけではない。
「ホワ! ホワ! ワチャアア!」
「ぐはっ!?」
捌いて捌いて、相手の両手を最終的には封じ込めて、ガラ空きになった顔面にハイキック。
「お、おお、お、おお!」
『見事……『大魔トラッピング』だ』
俺は膝に乗せていたアマエを抱きかかえて、思わずフェンスから身を乗り出して見入っていた。
そして、ワチャのキックで頭を強打してフラつくハリダシに、ワチャはトドメとばかりに接近し、ほぼ密着したような状態から右手を突き出す。
「ホワチャアアアア!」
「ッッ!!??」
まるで魔法? 衝撃波? ほぼ密着していた状態、相手の身体に拳をほぼ触れていた状態から拳を突き出しただけだ。
それなのに、「超重怪人」と呼ばれていたハリダシが……
「ふ、ふっとばされたーーーーっ!!?? 超重怪人が軽々と吹き飛ばされ、そのまま闘技場の壁に激突うううう!!??」
そう、ふっとばされた。
「ちょ、ちょっと待て! どーなってんだ!? 魔法でも付加させてんのか!? なんで、あんなので、あんなデカい奴があんなにふっとぶんだ!?」
『寸勁……またの名を……『大魔ワンインチパンチ』まで使うか……』
今までの俺のジャブとストレートの常識とは全く違う技。
まったくの未知だった。
「とんでもないパンチが出ました、ワチャ・ホワチャ! そして……ハリダシ、気を失っています! 文句なし! この勝負、ワチャ・ホワチャの勝利です!!」
「ワーチャ、ホワチャ、ワチャホワチャ♪ はい!」
「「「ワーチャ、ホワチャ、ワチャホワチャ♪ はい!」」」
その瞬間、勝敗は決し、同時に歓声が沸き上がる。
ワチャは両手を合わせて観客にお辞儀をしている。
「いんや~、流石はワチャさん。やっぱ、戦えば強いっすねぇ~」
「確かに、恐れ入ったかな。本人は謙遜して、自分の実力は魔極真の三本指には入ってない。入ってるのは、マチョウさん、ブロさん、私、とかって言ってるけど、本気で戦えば私よりずっと強いかな」
ツクシの姉さんたちの言葉に俺も納得した。
思わず身震いした。
正直、マチョウさんとどっちが強いとかそういう比較はできねえが……
『確かに、パワーもスピードも、マチョウやカルイよりは劣る。総合的な身体能力も童の方がずっと上だろう。だが……あのワチャという男は、一見するだけでは分からぬほど、技術に長けている』
そして、トレイナも認めている。
目測じゃ分からない強さを、あのワチャは持っていたということを。
『なるほどな。そいつは、興味が沸いてきた』
『ああ。これはなかなかラッキーだぞ、童。これから世界へ出るのに……これほどの技術を持った相手はそう居ない。良い……『練習相手』だ。まぁ、一歩間違えれば目が潰れるがな』
そう、マチョウさん以外は特に眼中になかった大会だが、何だかもっとスリリングになったと、俺は少し楽しくなってきた。
皆様、この物語はハイファンタジーです。勇者とか魔王の世界で魔法とか飛び出す物語です。
異種格闘技小説ではありませんので、ご注意ください。
ですので、この物語における勝敗で、「絶対こっちの格闘技の方が強い」とかそんな議論をするものではありませんので、そういうツッコミはご容赦下さい。
ってか、なんでこうなった? 魔法学校で同年代相手に無双して俺tueeeを避けようとしていたら、何故かこうなっていたでごわす。
で、話しは変わりますが、たまに感想欄でトレイナの「童」をどう読むかという質問がありますが、私は「わらべ」と呼ばせております。「わっぱ」と思われてる方もおりますが、「わらべ」です。
理由としては、私が大好きな中国史漫画に出てくる、とある大将軍が主人公のことを「わらべ」と呼んでたので、何だかそれが気に入ったので、その影響です。コココココ。




