第百三十三話 決着
別に、いつも朝7時だけにしか投稿しないとは一言も言ってないので、いいですよね?
昨日、日本代表が勝って気分が良かったので、2話目を。
大会の前に、トレイナに言われたことがある。
『童。あの、ヨーセイという男だが……奴は……古代より禁忌とされた、とある薬物を摂取している』
それは、俺が大会数日前に、さっさと成長した力を試したいと疼いていたときだった。
『その薬物を飲むだけで、魔穴は増え、筋肉も魔力も増し、頭も冴えて集中力が増し……言ってみれば、飲むだけでレベルアップする薬だ。恐らくヤミディレの仕業だろうがな』
その話を聞いたとき、そんな便利なものがあるのかと思ったと同時に、だったら何でマチョウさんとかは普通に体を鍛えているのかと疑問に思った。
いや、そんなものが存在するんだったら、それこそ魔王軍はかつて負けなかったのではないかと。
だが、その理由は簡単だった。
『当然、リスクがある。投与しすぎると体に異常を起こす。最悪の場合、死ぬこともある。仮に命を取り留めても、視力低下、神経や血行の障害、難聴、幻聴、脳細胞の破壊、理性の欠落、全身の痛み、その他にも色々とあらゆる副作用と生涯付き合っていかねばならん』
案の定、それぐらいのリスクはあった。
禁忌とされたのはそれが理由ということだ。
『あの、ヨーセイという男はかなり重度だ。今は若いので、まだ健康に見えるが、余の見立てでは既に副作用が日常生活でも見られる。細胞ももうボロボロだろうな。子孫繁栄も、もう無理だろう』
その言葉を聴いて流石に驚いた。
じゃあ、あのヨーセイはああ見えて、もうかなりボロボロの体?
何でそんなことをしてまで?
ひょっとして、ヤミディレが何かしたのか? 騙されているのか?
もしそうだとしたら……?
じゃあ、短気なのも……
『会話の途中でいきなり激昂して壁や地面を破壊したりなど、短気になりやすくなるのも薬の影響』
なら、フーみたいに「俺の魔法が弱すぎて驚いているの?」とかって言ってるのも、自分の力が認識できない思考力ってことか?
『いや、それは薬など関係なく、奴がただのバカなのだろう。そもそも、自分の振るう力が他者や周りにどのような影響を与えるかも分からずに使う者など、子供が刃物の危険を知らずに振り回しているのと同じであろう』
よし、心置きなく殴ってやろう。その時点でそう思った。
っていうか、さり気にフーのこともバカにしてるような……まぁ、いいけども……
そんなやり取りがあったのだが、まさか大会中に公衆の面前でやるとは、よっぽど我慢できなかったんだろうな。
「はあ、はあ……俺は……ま、けられないんだ……」
もう、試合の勝敗は決したけども、そんなものは関係ないと立ち上がって俺を睨むヨーセイ。
そして、あの手に持っているものが例の物ってわけか。
「それを飲んだら、強くもなるけど……結構リスク高いんだろ?」
「っ!? お、お前……」
ヨーセイが取り出した瓶の中身。それを俺が知っていることに驚いた様子。
「そうか……お前も大神官様からこの……神の秘薬を……」
「違う違う、飲んでねーよ、俺は」
「なに……?」
そう、俺はそんなもんを飲んでない。ただ、教えてもらっただけだ。
そういうものがあるってことを。
すると、俺の発言にヨーセイが少し勝ち誇った笑みを浮かべた。
「そうか……神の秘薬を与えて貰えなかったのか……もしくは……副作用が怖かったな?」
「ん? ん~……神ねぇ~……たぶん、神様はそういうの嫌いだと思うぞ?」
「誤魔化すな。お前と俺は覚悟が違う。所詮お前は命を懸けるということもできない、半端者だ! ちょっとは強いみたいだけど、調子に乗るな!」
ゲロまみれでスゴまれても滑稽に見えるだけなんだがな。
だが、ひとつ安心した。
「そっか……お前は知っていたのか……リスク……じゃあ、いいぜ」
「……なんだと?」
「飲みたければ飲めよ。俺はお前の命を背負う気もないし、お前の選んだ道に関わる気もねぇ。全てを承知でやっているのなら、勝手にしろ。そこは、自己責任ってことでよ」
「っ、えらそうに……見せてやる! 本当の俺の力を!」
その瞬間、ヨーセイは激昂して勢いのまま薬の蓋を開けた。
「おい、どうなって!? だから、試合はもう終わりで……おい! な、なんだ!? ヨーセイが急に元気に……しかも、少し体つきが……でかく?」
司会が制止するも、もうヨーセイの耳には届かない。
そして司会も観客も、突如変貌したヨーセイに動揺している。
「ヨーセイ、どうしちゃったの? なんなの? あの液体?」
「そういえば、ヨーセイくんが学内の男子たちを模擬戦で全員倒したときも飲んでたよね?」
「リスク? 命? 何の話をしているの?」
ヨーセイガールズとひとくくりにされている女たちもどうやら、知らなかったようだ。
この男が手にしている力がどうやって生まれたものなのかを。
「ふん……見苦しいな……マチョウで無理だったときのためにと考えていたのに……選択肢の一つにもなれんとは……」
「ヤミディレ?」
「いえいえ。とりあえず、この試合はアース・ラガンの勝ち。奴の負け。ですので、ここから先の見苦しい戦いはルール違反ですのでクロン様も心置きなくアース・ラガンを応援してやってください」
「?」
来賓席でクロンの傍らで冷たい目で見ているヤミディレ。
その目に、こいつに対する温情がまるで感じられない。
こいつの手にした力のキッカケはヤミディレだったのかもしれないが、もう興味を持たれてないか。
本当に哀れな……
「うおおおおおお! 俺はまだ本気を出してなかっただけだ! 見せてや……ぶぴゅっ!?」
とりあえずうるさいので、左のジャブで眼底を打ち抜いてやった。
「がっ、お、お前……」
「ほら、自分に酔いまくった酔っ払い。さっさと来いよ」
「い、いいだろう! 見せてやろう! 俺の本気! 俺の生み出した魔法理論! ここからは、この世界は今から俺の時間だ!」
ついに、激昂して俺に向かってきた。
魔力を掌に集め、同時に俺に向かって……何するか分からんけど、俺がやるのはただの左ジャブの連打。
「ぷっ、ぴゅっ、く……こ、こんなもの、何発当てられても……避けるまでも……ぴゅっ、ぐっ、ぱぶ、びゅ!?」
ヨーセイが本気を出し、パワーアップして俺に襲い掛かろうとしているが、そもそも近づかせない。
フリッカーでもない、ただの基本に忠実な左のジャブだけを当てていく。
「ぐっ、う、うざ、ぐ、うぷ、ば、ぐ!?」
そして、流石に鈍感なヨーセイもそろそろ気づくはず。
「ぐっ、ぬ、こ、これは!?」
避けるまでもない? 違う。
「ちょ、お、おおおお、これはすごい! アースの左、左、左! 急に元気になって力を解放したように見えたヨーセイですが、まったく近づけません! その顔が、ど、どんどん、どんどん腫れ上がっております! ヨーセイ、パンチにまったく反応できていません! まるで見えていません! っていうか、試合は終わってるんだからー!」
司会が、正に今のヨーセイの状況を正確に告げた。
そう、薬で身体能力やら集中力やらを増大させたようだが、今のヨーセイの動体視力でも俺の左は避けられないんだ。
「あ、あわわ、よ、ヨーセイが……ヨーセイが……」
「い、いや、ヨーセイくんの顔が……どんどん潰れ……ひ、ひいい!?」
「な、なんなん……あいつ……どうして、こんな……強すぎるよ、あの人!」
「いや、もう見てられないよ!」
ヨーセイの女たちも顔を青くしている。
連行される途中だった剣士の女も、途中で振り返って絶句している。
「おいおい、あのヨーセイってガキは、何であんな簡単な左パンチを避けられないんだ? 何か仕掛けが?」
「本当だよ。ただ、顔を殴ってるだけなのに……」
「ああ、同じパンチの繰り返しにしか見えないのに……」
そのとき、観客の誰かがそう言った。
するとその疑問に答えるかのように、選手入場門の付近で見学している他の出場者たちの声が聞こえた。
「まさに観客の言う通りアル。同じパンチの繰り返し。ただそれだけアル」
「ああ。仕掛けが何もないでごわす。ただ、速い。モーションも読めないでごわす。だから、目で見てから避けるのは不可能でごわす」
「あれは、自分で鏡を見てフォームを試行錯誤や反復練習するだけじゃ辿りつかねえ。ましてや、ガキだろ?」
「だな。よほど良い指導者がついているのだろう。コナーミ本部にそんなことできる奴が? マチョウか? それとも師範が直々に?」
「いや、自分でも師範でもない。奴はこの三ヶ月間、誰かの指導を受けてトレーニングをしているようには見えなかった。だが、アースが誰よりも努力していたのは知っている。あの左こそが、あいつの凄まじい修練と努力の結晶だ」
「あの若さで、そんなことありえるのか?」
「くっ……彼の情報は無かった。早々に情報を入手しなければ」
「ははははは、つ~か、いずれにしても、あの天才坊主……起き上がってまた戦おうとしたのはいいけど……無残だな。もっと卑怯な手でも使えばいいのに、甘い奴だ」
「何を言う! 十代の若者同士、正々堂々が大事なのだ」
「あの液体、何か卑怯臭くなかった?」
「っていうか、右のパンチをいくらでも入れられるよね? 何であのアース君っていう子は右を打たないんだい?」
「それを言うなら、開始からずっとあいつは左手一本の攻撃だ」
「左だけで圧倒するということか……恐ろしいガキだな……お尻もかわいいぜ」
「ああ、大したタマだ。タマタマはどうかな?」
出場者全員並んで仲良く観戦してこの戦いを見ているようだ。
いいぜ、もっと見ていけよ。
「くっ、ぐううう!?」
そして、ついに耐え切れなくなったヨーセイが両手を上げて顔面をガードしたので、ガラ空きになったボディに左で一発。
上に意識を集中させたら、下が空く。セオリー通りだ。
「オラァ!」
「おげぼおおっ!?」
その瞬間、ヨーセイが先ほど飲んだ液体を吐き出した。
「確かに、少し耐久力が上がっているな。おかげで、左の感触を確かめられた」
「っ!? う、な、んだ……と?」
「これ以上、プライドまでへし折られたくねーなら、もう終わりにしたらどうだ?」
本日二度目のゲロゲロで、腹を抑えながらフラフラとしているヨーセイに問いかける。
もう、やめたらどうだと。
「どうせ、薬のリスクのことも知った気になっているだけで、実際は深く考えないようにしているだけだろ?」
「ッ!!??」
「まぁ、卑怯とは言わねえよ。お前の気持ちも分からんでもないしな。だから……」
「だ、黙れ! お前に俺の何が分かる!」
すると、その時だった。
「ふ……ふふ……ここまで……馬鹿にされるとは思わなかった。俺のことを何も知らないくせに……俺の歩んできた人生を……俺の覚悟を!」
「あ?」
口元を拭いながら、ヨーセイが構えを解き、ゆっくりと語りだした。
「いいだろう。そこまで言うなら教えてやろう。俺の過去を。俺に何があったのかを。俺がいつ大神官さんと出会い、そして何故この道を選んだのかを。まだ、俺の仲間たちにも話したことのない俺の人生を。この話を聞けば、もうそんな偉そうなことは言えないだろう」
そして、本当にこのまま語りだそうとしたので……
「知るかああああああああああ!!!!」
「ぶびょぼお!?」
左フックで顔面を打ち抜いてぶっ飛ばしてやった。
次の瞬間には、闘技場の端までぶっとばされたヨーセイは、微かに……
「な……ん、で?」
と、言っていたが、そんなもん答えは簡単だ。
「そういうのは教会でどうぞ。俺はいつまでも過去を引きずったりする奴が大嫌いなんだよ」
『はい、ブーメラン!』
「ぬぐっ!?」
最後の最後に、ずっと黙っていたトレイナの即ツッコミが入ったものの、ヨーセイは完全に気を失った様子。
その瞬間、
「正に、完全決着、完勝圧勝完全勝利! アース・ラガン! 堂々の二回戦進出!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」」」」」
再び叫ばれた俺の勝利と、それを祝福する大歓声が上がり、俺は拳を上げてその声援に応えた。
1日に2話投稿して何が悪い!
ヨーセイとの戦いが1話で終わらなかったことに皆様から不満を感じられましたので、1日で終わらせることにしました。でも、流石に疲れた……誰か、ワシに気合でもドリルでもインパクトでも叩き込んでくれい。




