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(9)2025年8月1日 指名手配と可食箇所

 ニシノハテ村の宿の一室。

 俺──神永悠は魔女ルナと共に対峙する。

 突如、現れた赤いフードを被った女性。

 ──この異変の元凶である『管理者』と。

 

「──呪法『炎律』──我が怨敵を灼き尽くせ」

 

 管理者が現れるや否や、魔女ルナは攻撃を仕掛ける。

 彼女は何処からともなく札を取り出すと、札を放り投げた。

 彼女の手から札が離れ、彼女の手から離れた札が赤黒い焔を発した。

 札が赤黒い焔を発した瞬間、管理者の身体が赤黒い焔に包まれる。

 赤黒い焔は歓喜するかのように猛々しく燃え盛ると、管理者の身体を燃やし始めた。


「やりましたか!?」


 そう言って、魔女ルナは攻撃を放った後に言ったらいけない言葉ナンバーワンを叫んでしまう。

 案の定と言うべきか。

 魔女ルナの攻撃は効いていないらしく、管理者は黒い焔に包まれながら、淡々と粛々と『良い報せ』とやらを俺達に伝え始めた。


「さっき言ったじゃないですか。『魔女』を倒した人には報酬を差し上げますって♪ 今回はなんと! それに関する追加情報をお持ちしましたー!」


 管理者を包んでいた黒い焔が音もなく消える。

 やはりというべきか。

 赤い衣に身を包み、赤いフードを深々と被った女性──管理者の身体には傷どころか擦り傷一つ見当たらなかった。


「なっ……!? 私のとっておきが通じてない……!? ならば、最終手段の肉弾戦じゃあああ!!」


 そう叫びつつ、魔女ルナは思いっきり床を蹴り上げる。

 床を蹴り上げ、管理者の顔面に右の拳を叩き込もうとする。

 だが、彼女の拳は管理者に『当たらなかった』。


「なっ……!? すり抜けたぁ!?」


 魔女ルナの繰り出した拳が管理者の身体を通過する。

 それを見て、俺達は気づかされる。

 目の前にいる管理者が立体映像(ホログラム)のようなものである事を。

 管理者の実体が此処にない事を。

 そして、管理者の目が俺達に向けられていない事を。

 ──不特定多数の誰かに向けられている事を。

 

「じゃあ、時間が惜しいんで、単刀直入に言いますね♪ 私──管理者は『この世界』の秩序を保つため、『この世界』の破壊者である『魔女』、そして、『魔女』と同じくらいに危険なプレイヤーを排除する事にしました。その排除対象の『魔女』及びプレイヤーを倒せば、報酬としてレアアイテムを差し上げちゃいます♪」


 そう言って、管理者は指を鳴らす。

 その瞬間、幾多の紙が頭上に現れた。

 天井から落ちてくる紙を手に取る。

 それは『指名手配書』だった。


「弱い魔女を倒してくれたら、1〜3万ラピ相当のレアアイテムを。そこそこ強い魔女を倒してくれたら、3〜5万ラピ相当のレアアイテムを。そして、大魔女と呼ばれる物凄く強い魔女を倒してくれたら、5〜10万ラピ相当のレアアイテムを贈呈しちゃいます♪ どうです、これは乗るしかないでしょ♪」


 手に取った指名手配書を見る。

 そこには黒いとんがり帽子を被った魔女ルナの顔写真が載っていた。

 懸賞金は5万ラピ。

 恐らく管理者の言い分が正しければ、『魔女ルナは普通の魔女よりも強い。けれど、大魔女と比べたら弱い』程度の実力の持ち主なんだろう。

 そんな事を思いながら、頭の上にヒラリと舞い降りた紙を手に取る。

 手に取った指名手配に載っていた顔写真。

 それは見覚えのある顔だった。

 艶のある美しい絹のような長い金髪。

 幼さを残しながらも、凛とした印象を与える可愛らしい顔。

 高くて形が整った鼻。

 ビックなハンバーガーなんて食べられないんじゃないかと思うくらい小さな口。

 宝石のように煌めく金の瞳。

 二重瞼で少しツリ気味の大きな目。

 そして、モデルのように小さい顔を支えるスラッとした首。

 全部見覚えがある。

 俺が普段リバクエで使っているキャラの顔……いや、『今』の俺の顔だった。


「……」


 顔写真の下に記載されている値段を見る。

 7万ラピと記載されていた。

 どうやら管理者の中では俺という存在は大魔女とやらと同じくらい脅威的存在らしい。


「あ、あと、魔王を倒したプレイヤーネーム『ユウ』さんも排除すべき対象として登録されています♪ みなさん、『ユウ』さんを見つけたらガンガンキルして下さいねー! いち早く『ユウ』さんをキルしてくれた人には、なんと、7万ラピ相当のレアアイテムを贈呈しまーす♪」


 管理者は不特定多数に告げる。

 『俺を殺せ』と。

 軽々しく不特定多数を扇動する管理者を見て、俺は怖いと思──わなかった。

 

「あわわ。どうしましょう、ユウさん! 私達、指名手配犯になってしまいました!」


 そう言って、指名手配書を俺に見せつける魔女ルナ。

 そんな慌てふためく彼女に俺は言った。

 『危機感を抱く必要はない』、と。


「え、どうしてですか」


「俺みたいにリバクエをやり込んでいる人達はさ、レアなアイテムや武器、防具をゲットする過程も楽しんでいるんだよ。だから、俺みたいにリバクエをやり込んでいる人達はレアアイテムが欲しいという理由で、俺や魔女を倒したりしないと思う」


「じゃあ、この管理者の提案は……」


「リバクエプレイヤーのニーズに合っていない提案だと思う。リバクエ自体、PvE──プレイヤーvsエネミーのゲームでPvP──プレイヤーvsプレイヤーのゲームじゃないし。俺の予想が正しければ、この管理者の提案に乗る人は、かなり少ないと思う」


 多分、この提案に乗る人達は、『一早くレアアイテムやレア武器が欲しい人』、或いは、『リバクエでPvPをやりたい人』だけだ。

 リバクエプレイヤーの大半は、この提案に乗らないと思う。

 何でそう思ったのかって?

 理由は至って明瞭。

 そんな事をした所で、可食(あそべる)箇所を減らすだけだからだ。

 というか、冒険要素はリバクエの目玉の一つだ。

 その冒険要素を削るような提案──可食(あそべる)箇所を減らす発言をするという事は、──

 

「多分、この管理者、リバクエのプレイ時間浅めな人だと思う」






◇side:管理者


「……魔女を倒しに行く人、全然出てきませんね」


 『この世界』の裏にある管理室。

 管理室の中にある無数のモニターを眺めながら、『この世界』の管理者である私は溜息を吐き出す。

 モニターに映るのは『この世界』で活動できる全プレイヤー1109人。

 十何人かは既にモンスターにコロコロされちゃって、『アレ』になりましたけど、他のプレイヤーは元気よく活動している。

 だというのに、指名手配書を現存しているプレイヤー全1109人に配ったというのに、魔女達を倒しに行くプレイヤーは片手で数える程度にしかいなかった。


「こう思い通りにならない事が多発すると、イライラしますね」


 そう言って、私は溜息を吐き出しながら、無数のモニターを眺める。

 すると、魔王城に向かう男の人が、

 火の四天王の下に向かう女の人が、

 木の四天王、水の四天王、そして、風の四天王の下に向かう若男女の姿が、十数人程度であるが、モニターに映し出されていた。


「だ、か、ら、! 魔王や四天王を倒しに行ったらダメですって! 魔王や四天王を倒したら、『この世界』崩壊するって説明したのに! 何で魔王や四天王を倒しに行く人が現れるのかなぁ!?」


 つい苛立ってしまい、声を荒上げてしまう。

 その瞬間、私は思い出した。

 プレイヤーネーム『ユウ』──金髪金眼の女の子のセリフを。


『あんたはゲーマーって生き物を何も分かっていない』


「……どーやら、その通りみたいですね」


 そう言って、私は見る。

 プレイヤーネーム『ユウ』が映し出されたモニターを。

 四天王の下に向かい始めたのだろう。

 彼女は狐耳を生やした魔女と共にニシノハテ村から離れようとしていた。


「私はゲーマーという人種を理解できていませんでした。そこはちゃんと反省すべき点です。このままでは、魔王だけでなく、他の四天王も狩られてしまうでしょう」


 四天王の下に向かい始めたプレイヤーネーム『ユウ』を見て、私は危機感を抱いてしまう。

 多分、彼等が向かっている場所は水の地下水殿──水の四天王の下だろう。

 普通に歩いて行ったら、2〜3日かかる距離。

 だけど、すり抜けバグを使ったら、十分もかからずに着いちゃう距離。

 それを見て、私は心の底からヤバイと思う。


(何かしらの対策を講じなければ……!)


 私はゲーマーという生き物を舐めていた。

 そこは認めよう。

 でも、まさかこんなスピーディーに魔王を倒されるだなんて予想さえできていなかった。

 このままじゃ、『あの子』が目覚めるよりも先に、『この世界』は終わっちゃう。

 『あの子』の大好きが詰め込まれた『この世界』が、身勝手で自己中なゲーマー達の所為で、滅んでしまう。


「そうはさせませんよ……!」


 私以外、誰もいない管理室。

 そこで私は声を荒上げる。

 水の四天王の下に向かおうとしているプレイヤーネーム『ユウ』さんを睨みつける。


「私は絶対に『この世界』を守ってみせる……! 『あの子』が目覚めるまで……! いや、『あの子』が目覚めた後も……!」


 そう。

 全ては『あの子』のため。

 『あの子』の笑顔を取り戻すため。

 そのためなら、


 ──私は悪魔にだってなってみせる。


 


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