(70)2025年8月26日 理想郷とゲームオーバー
◇
気がつくと、俺は庭園椅子の上に座っていた。
周囲を見渡す。
天と地の境目が分からない程に真っ白な空間。
そんな殺風景な空間に存在しているのは、鉄製の庭園卓と庭園((ガーデン)椅子。
そして、俺と見知らぬ老人だった。
「プレイヤーネーム『ユウ』。私と手を組まないか?」
「誰だ、お前」
「私か? 私は願望成就機だ」
「俺が知っている願望なんとかってヤツは、濁った球体みたいな姿をしていた」
「この姿は、私が願望成就機に至る前の姿だ」
そして、老人は語った。
自分が元々人間だった事を。
「なんで人間を辞めたんだ」
庭園椅子の背もたれに寄りかかりながら、俺は疑問の言葉を老人にぶつける。
「理想郷を創るためだ。そのために、私は人間である事を捨て、道具になる事を選んだ」
「なんで道具になる事を選んだんだ。なんで人間のまま、理想郷を創る事を諦めたんだ」
「純粋な願いの果てに理想郷があると思ったからだ。だが、人間の時の私は欲の塊でな。純粋な願いを持つ事ができなかった」
「だから、道具になったのか」
「ああ。道具になり、人間性を捨て去る事で私は幾多の欲を捨て去った。そうする事で、純粋な願いを獲得した。理想郷を創り出すために、私は自らの力と目的以外を捨て去った」
老人の言葉を聞く。
何故か知らないけれど、彼の言葉を聞いて俺は思った。
『彼の言葉は薄っぺらい』、と。
「……理想郷を創り出す。本当にそれがお前の願いなのか」
「ああ、そうだ」
「それにしては言葉に重みというものがない。どうして理想郷を創り出そうって思ったんだ?」
「……」
「……欲や人間性だけじゃなく、記憶も捨て去ったのか?」
理想郷を創り出す。
それを実現するための力、それと実現するための意思。
それ以外のものを全て捨て去った彼の姿は、空虚そのものだった。
「「………」」
沈黙が俺と老人の間に流れ込む。
聞き心地の悪い沈黙だった。
その沈黙に耐え切れなかったのだろう。
唐突に何の前触れもなく、老人が口を開く。
「……私と共に理想郷を創らないか」
「……」
「タダとは言わない。君の願いを何でも叶えてやろう」
「……」
「この世界の人間は私が木の中に閉じ込めた。彼等の命を使えば、君の願いは際限なく叶えられるだろう」
「………」
「木の中にいる人々を使う事を認めろ。そうすれば、私の力で君の願いを叶えてやる。どうだ、悪い提案じゃないだろ」
「……なんで木の中にいる人達を、お前はエネルギーとして使わなかったんだ?」
「アレは報酬だった。瑠璃川桜子の願いを叶えたら、貰える筈の報酬だった」
「……そうか」
そう言って、俺は席から立つ。
老人に背を向け、ルナ達の下に戻ろうとする。
「何処に行くつもりだ」
「もう十分遊んだ。それを踏ませた上で言わせて貰う。お前とは2度と遊びたくない」
「どうして」
「お前と遊んでも、つまらないからだ」
そう言って、俺は拒絶する。
「お前の力はチート染みている。そんな力を使っても、可食箇所を減らすだけだ。何も面白くない」
老人に背を向け、俺は歩き始める。
そんな俺を見て、老人は『待て』と告げた。
けど、俺は止まらない。
足を止める事なく、この場から離れようとする。
「今なら何でも願いが叶うんだぞ……! その権利を君は手放すつもりなのか……!?」
「……」
溜息を吐き出した後、俺は歩くペースを早める。
それが気に障ったのだろう。
老人は声を張り上げると、『待て』と叫んだ。
「待てっ! 君の願いは何でも叶えてやる……! 際限なく叶えてやる……! だから、」
「──1人で酔っていろ、チート野郎」
足を止め、振り返る。
席から立ち上がりながら、俺の方を見る老人に俺は拒絶の意を叩きつける。
「幾ら願おうが、お前とは2度と遊ばない」
絶縁状を叩きつける。
俺の声を聞いた途端、老人は金切り声を上げた。
老人の口から聞こえてくる音を聞き流しながら、俺は再び歩き始める。
その瞬間、俺の意識は薄れて──
◇
残った力を全て振り絞り、突きを繰り出す。
敵──絶対悪の頭上で煌めく濁った球体に騎士の剣を突き刺す。
球体に剣の鋒が突き刺さった瞬間、球体は『パキン』と音を立て──
『あ、ああああああ!!』
白髪の少女──絶対悪の口から断末魔が零れ落ちる。
絶対悪の頭上で煌めいていた濁った球体は『パキン』と音を立てると、真っ二つに割れてしまった。
「………」
真っ二つに割れた濁った球体が粉々に砕け散る。
その瞬間、敵の瞳の色が金色じゃなくなる。
髪の毛が真っ黒に染まり、身体から放たれていた神々しさが跡形もなく消し去ってしまう。
『あ、………ああ』
振り絞るかのように声を上げると、絶対悪──管理者とやらの身体を乗っ取った『何か』は俺に向かって右手を伸ばす。
俺はそれを眺めながら、敵に背を向けた。
『あ……まだ、わたしは、死なな……』
最期の言葉を告げた後、敵の身体は地面に倒れ込む。
その瞬間、管理者の身体を支配していた敵──絶対悪は跡形もなく消え去ってしまった。




