表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/72

(70)2025年8月26日 理想郷とゲームオーバー

 気がつくと、俺は庭園(ガーデン)椅子(チェア)の上に座っていた。

 周囲を見渡す。

 天と地の境目が分からない程に真っ白な空間。

 そんな殺風景な空間に存在しているのは、鉄製の庭園(ガーデン)(テーブル)と庭園((ガーデン)椅子(チェア)

 そして、俺と見知らぬ老人だった。


「プレイヤーネーム『ユウ』。私と手を組まないか?」


「誰だ、お前」


「私か? 私は願望成就機だ」


「俺が知っている願望なんとかってヤツは、濁った球体みたいな姿をしていた」


「この姿は、私が願望成就機に至る前の姿だ」


 そして、老人は語った。

 自分が元々人間だった事を。

 

「なんで人間を辞めたんだ」


 庭園(ガーデン)椅子(チェア)の背もたれに寄りかかりながら、俺は疑問の言葉を老人にぶつける。


「理想郷を創るためだ。そのために、私は人間である事を捨て、道具(もの)になる事を選んだ」


「なんで道具になる事を選んだんだ。なんで人間のまま、理想郷を創る事を諦めたんだ」


「純粋な願いの果てに理想郷があると思ったからだ。だが、人間の時の私は欲の塊でな。純粋な願いを持つ事ができなかった」


「だから、道具(もの)になったのか」


「ああ。道具(もの)になり、人間性(にくたい)を捨て去る事で私は幾多の欲を捨て去った。そうする事で、純粋な願いを獲得した。理想郷を創り出すために、私は自らの力と目的以外を捨て去った」


 老人の言葉を聞く。

 何故か知らないけれど、彼の言葉を聞いて俺は思った。

 『彼の言葉は薄っぺらい』、と。


「……理想郷を創り出す。本当にそれがお前の願いなのか」


「ああ、そうだ」


「それにしては言葉に重みというものがない。どうして理想郷を創り出そうって思ったんだ?」


「……」


「……欲や人間性(からだ)だけじゃなく、記憶(おもいで)も捨て去ったのか?」


 理想郷を創り出す。

 それを実現するための力、それと実現するための意思。

 それ以外のものを全て捨て去った彼の姿は、空虚そのものだった。


「「………」」


 沈黙が俺と老人の間に流れ込む。

 聞き心地の悪い沈黙だった。

 その沈黙に耐え切れなかったのだろう。

 唐突に何の前触れもなく、老人が口を開く。


「……私と共に理想郷を創らないか」


「……」


「タダとは言わない。君の願いを何でも叶えてやろう」


「……」


「この世界の人間は私が木の中に閉じ込めた。彼等の命を使えば、君の願いは際限なく叶えられるだろう」


「………」


「木の中にいる人々を使う事を認めろ。そうすれば、私の力で君の願いを叶えてやる。どうだ、悪い提案じゃないだろ」


「……なんで木の中にいる人達を、お前はエネルギーとして使わなかったんだ?」


「アレは報酬だった。瑠璃川桜子の願いを叶えたら、貰える筈の報酬だった」


「……そうか」


 そう言って、俺は席から立つ。

 老人に背を向け、ルナ達の下に戻ろうとする。


「何処に行くつもりだ」


「もう十分遊んだ。それを踏ませた上で言わせて貰う。お前とは2度と遊びたくない」


「どうして」


「お前と遊んでも、つまらないからだ」


 そう言って、俺は拒絶する。


「お前の力はチート染みている。そんな力を使っても、可食(あそべる)箇所を減らすだけだ。何も面白くない」


 老人に背を向け、俺は歩き始める。

 そんな俺を見て、老人は『待て』と告げた。

 けど、俺は止まらない。

 足を止める事なく、この場から離れようとする。


「今なら何でも願いが叶うんだぞ……! その権利を君は手放すつもりなのか……!?」


「……」


 溜息を吐き出した後、俺は歩くペースを早める。

 それが気に障ったのだろう。

 老人は声を張り上げると、『待て』と叫んだ。


「待てっ! 君の願いは何でも叶えてやる……! 際限なく叶えてやる……! だから、」


「──1人で酔ってい(オナニーして)ろ、チート野郎」


 足を止め、振り返る。

 席から立ち上がりながら、俺の方を見る老人に俺は拒絶の意を叩きつける。


「幾ら願おうが、お前とは2度と遊ばない」


 絶縁状を叩きつける。

 俺の声を聞いた途端、老人は金切り声を上げた。

 老人の口から聞こえてくる音を聞き流しながら、俺は再び歩き始める。

 その瞬間、俺の意識は薄れて──


 残った力を全て振り絞り、突きを繰り出す。

 敵──絶対悪の頭上で煌めく濁った球体に騎士の剣を突き刺す。

 球体に剣の鋒が突き刺さった瞬間、球体は『パキン』と音を立て──


『あ、ああああああ!!』


 白髪の少女──絶対悪の口から断末魔が零れ落ちる。

 絶対悪の頭上で煌めいていた濁った球体は『パキン』と音を立てると、真っ二つに割れてしまった。

 

「………」


 真っ二つに割れた濁った球体が粉々に砕け散る。

 その瞬間、敵の瞳の色が金色じゃなくなる。

 髪の毛が真っ黒に染まり、身体から放たれていた神々しさが跡形もなく消し去ってしまう。


『あ、………ああ』


 振り絞るかのように声を上げると、絶対悪──管理者とやらの身体を乗っ取った『何か』は俺に向かって右手を伸ばす。

 俺はそれを眺めながら、敵に背を向けた。


『あ……まだ、わたしは、死なな……』


 最期の言葉を告げた後、敵の身体は地面に倒れ込む。

 その瞬間、管理者の身体を支配していた敵──絶対悪は跡形もなく消え去ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ