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(7)2025年8月1日 公平で公正な存在と頭いかれ野郎

◇2025年8月1日

 右を見渡しても左を見渡しても、上を見渡しても下を見渡しても、真っ暗闇が何処までも広がる空間。 

 その中でハッキリ見えるのは、女体化した己の身体と、


「何してくれてやがりますか」


 ──赤いフードを被った、富士山よりも大きい女性のみ。


「もう赦しません。魔王を倒した貴方には罰を与えます」


 そう言って、富士山よりも大きい女性は俺を見下ろすと、大き過ぎる右腕を振り上げる。

 そして、赤いフード越しに俺を睨みつけると、その大き過ぎる右手を俺目掛けて振り下ろした。


「………」


 女性の大き過ぎる右掌が差し迫る。

 街の一つや二つ余裕で押し潰せそうな程に大きな右掌。

 それが勢い良く俺に迫ってくる。

 突然の攻撃でパニくる俺。

 当然、そんな状態じゃ対処できる筈もなく。

 俺はそれを躱す事も、防ぐ事もせず、呆然と受け入れ──


「あれ?」


 ──ようとしたが、女性の大き過ぎる右掌は、俺の身体に当たる事なく、俺の身体をすり抜けてしまった。

 

「なーんて、冗談ですよ。管理者である私は公平で公正な存在。だから、貴方を裁いたりしませんし、そもそもできません」


 クスクスと上品に笑う富士山よりも大きい女性改め管理者。

 管理者は一瞬で身体を縮ませると、女体化した俺と同等の大きさ或いは俺よりも少し小さい程度の身長に成り果て、こう言った。


「私は『この世界』の管理者であるが故に、プレイヤーであるアナタに干渉したり接触したりできません。つまり、どれだけアナタが憎たらしいって思っていても、アナタに直接攻撃(ダイレクトアタック)できな……」


「はいはい、ちょっと待ったぁぁあああああ!!」


 管理者の言葉を遮るかのように、何処かで聞いた事のある声が上から聞こえてくる。

 その瞬間、パリンという音が上から聞こえてきた。


「マイハニーに手を出すのは、たとえ天が許しても、私が赦しません……! いや、女体化しているだけで中身は男だから、マイダーリンと呼ぶ方が適切では……? いやいや、いずれメス堕ちするからマイハニーで合っている……? ええい、今はそんな事どうでもいい!」

 

 視線を上に向ける。

 何処を見渡しても真っ暗だった空間。

 俺と管理者以外、何も見えなかった筈の空間。

 そんな空間に一筋の光が差し込む。

 何が起きた。 

 その疑問を抱くよりも先に、真っ暗だった天が割れる。

 そして、空から狐耳の美少女──魔女ルナが落ちてきた。

 

「助けに来ましたよ、マイハニー或いはマイダーリン! 私が来たからには、もう何もかもノー問題! 私のラブパワーで凡ゆる問題を解決してみせましょう! うおおお! こっからが私のクライマックスだぜぇぇえええ!!」


 落下した魔女ルナは華麗に地面に着地すると、頭頂部に生えた狐耳を豪快に揺らしながら、俺の下に駆け寄る。

 そして、キリッとした表情を浮かべながら、俺の右横に並ぶと、赤いフードを被った女性──管理者の方に身体の正面を向け始めた。


「ふっ、私は賢くて面白え女。故に、大体の事情は理解できています! つまり、アレでしょう! あの赤いフードを被ったヤツは私達の敵! アレさえ倒せば、何やかんやあって、マイハニー或いはマイダーリンはメス堕ちし、そのまま私達は結婚ゴールイン! 大丈夫です! 私が大黒柱(パパ)になるんで、ノー問題です!」


「いや、問題ありまくりなんだけど。俺、メス堕ちしたくないんだけど。男に戻りたいって心の底から思っているけど」


「ほう。つまり、男に戻ってからメス堕ちしたいと」


「俺、さっきメス堕ちしたくないって言ったよね」


「安心してください、今は男の子だってプリティでキュアになれる時代! 私の手にかかれば、メス堕ちの一つや二つ、チョチョイのチョイ! さあ、私に身も心も委ねて下さい! 共に爛れた毎日を送り……」


「ちょっとシリアスパートに入るので、暫く黙って下さい」

 

 赤いフードを深々と被った女性──管理者が指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、何処からともなく現れたガムテープが魔女ルナの口に張り付いた。


「もがぁ!?」


 口に張り付いたガムテープの所為で、喋れなくなってしまう魔女ルナ。

 そんな彼女に追い討ちをかけるかの如く、彼女の四肢にガムテープみたいなものが巻きつく。

 あっという間に四肢を縛られ、転倒しそうになる魔女ルナ。

 俺は転倒しそうになる彼女の下に駆け寄ると、彼女の身体を抱き抱える。

 そして、彼女から目を逸らすと、俺は視線を管理者の方に向けた。


「さて、空気を読まない邪魔者は黙らせました。此処からは私のターンです」

  

 そう言って、管理者は俺を見つめる。

 俺を見つめる彼女の視線は冷ややかなものだった。


「単刀直入に尋ねます。──なぜ魔王を倒したのですか」


 管理者から『なぜ魔王を倒したのか』と問われてしまう。

 だから、俺は答えた。


「え、そりゃあ、『この世界』の魔王と闘ってみたいと思ったから」


 一人称(リアル)で魔王と闘ってみたかったから。

 誰よりも先に魔王を討伐したいと思ったから。

 それらの気持ちを馬鹿正直に管理者に伝える。

 俺の気持ちが伝わったのか、管理者は深い溜息を吐き出すと、右手で頭を押さえ始めた。


「自分よりも先に魔王を倒してしまった人間(ゲーマー)を想像したらさ、何でか知らないけど、『嫌だ』って思ってしまったんだよ。『誰かに先を越されるくらいなら、俺が魔王を倒したい』って本気で思ったんだよ。だから、倒した」


「……意味分からないです」


 そう言って、管理者は赤いフード越しに俺を睨みつける。

 その視線はとても刺々しいものだった。

 

「……アナタが魔王を倒してしまった所為で、『この世界』の基盤は不安定なものになってしまいました」


「それよりもさ、俺よりも先に魔王を倒したヤツはいるのか? 『この世界』の基盤云々よりも、そっちの方が気にな……」


「いる訳ないでしょ!」


 腹の底から怒声を出しながら、管理者は親の仇でも見るような目で俺を睨みつける。

 赤いフード越しでも伝わる程の視線が、女体化した俺の身体を微かに揺るがした。


「アナタだけですよ! 開始数十分でラスボス倒しに行く頭いかれ野郎は! 頭の中、どうなってやがるんですか!?」


「バグ技でショートカットしたからな。多分、正攻法で魔王に挑もうとした人は結構いたと思うぞ」


「いませんよ! みんな、突然の事で未だにパニクっているんですよアナタ以外の人間は!」


 声を荒上げながら、フード越しに俺を睨みつける管理者。

 そして、憎々しいと言わんばかりに口元を歪めると、声を振るわせながら、こう言った。


「魔王や四天王は『この世界』の柱みたいなもの……! 一度、他のモンスター達と違い、魔王や四天王は倒したら再生(リスポーン)されないんです!」


「え、マジ。もうこの状態で魔王と闘う事ができないのかよ。ゲームじゃ、何度も再戦できるってのに」


「『この世界』はリバクエ風であって、リバクエじゃありません! だから、本家リバクエと相違点が多々あるんです!」


「へ、……へぇ、そうなんだ」


 やばい。

 どうやら管理者にとって魔王は倒したらいけないモノだったらしい。

 『こんな怒らせるくらいだったら、話をもっと聞くべきだったなー』的な事を心の底から思う。 

 反省の意を示そうとした瞬間、再び管理者の怒声が再び飛んできた。


「私、言いましたよね!? 『この世界』で生き続けたければ、『魔女』から魔王や四天王を守って下さいって! そうしないと、『この世界』が壊れてしまうって!」


「あ、ごめん。多分、その時、ゴブリンと闘っていて、話聞いてなかったわ」


 謝罪の言葉を口にする。

 魔女は呆気に取られたような表情を浮かべると、赤いフード越しに俺を睨みつけ、地団駄を踏み始めた。


「聞いてなかったで許せるもんですか!」

 

 管理者が地団駄を踏む。

 その瞬間、真っ黒に染まった地面が縦に揺れた。

 バランスを保てない程に大きな揺れが俺を襲う。

 激しい揺れの所為で、俺はバランスを崩してしまい、地面に尻餅を着いてしまった。


「もう四天王しか残っていないんですよ……! もし四天王が倒されたら、『この世界』は壊れてしまうっ! つまらなくて、理不尽な現実世界が帰ってきてしまう! アナタはそれでもいいんですか!?」


「え、四天王倒したら、現実世界に戻れるのか?」


「は?」


「四天王全員倒したら、俺は男に戻れるのか……!?」


「……現実世界に戻りたい、のですか?」


「当たり前だろ。というか、一刻も早く男に戻りたい」


 俺の質問の意図を理解できていないんだろう。

 管理者は間の抜けた声を発すると、不思議そうに首を傾げた。

 そんな彼女に俺は反芻する事なく、思いついた言葉を口にし続ける。


「俺はな、女キャラになりたいんじゃなくて、女キャラを動かす事に愉しみを見出してんだよ。だから、女体化願望なんて抱いていない訳で。正直、おティンティンががない今の状況は、かなりストレスなんだよ」


 生まれた時から連れ添った息子(ティンティン)が股間にぶら下がっていない。

 それは男で在り続けたい俺にとって、かなりストレスが溜まるものだった。

 

「俺はリバクエ好きだけど、女体化願望持ちの変態じゃない。ゲームの中で女主人公をわざわざ選んでいるのは、『ゲームの中くらい女の子として扱われたいから』みたいな欲求じゃなくて、三人称視点で女主人公を動かしたいだけなんだよ。ゲーム中、男のキャラ動かしても面白くない派なんだよ、俺は」


「……何が言いたいんですか」


「俺の要求は唯一つ。さっさと俺を男に戻してくれ。もうティンティンがない生活はうんざりなんだよ。俺にティンティンを返しておくれ」


 単刀直入に要求を突きつける。

 すると、ガムテープで口を塞がれている魔女ルナが何か言いたげな目で俺を見つめていた。

 俺はそれを敢えて無視し、管理者の方を見続ける。

 すると、管理者の口から小さな声が漏れ出た。


「……です」


「は? なんて?」


「無理って言っているんです! 私の力じゃ、アナタを元に戻す事なんてできません!」


 怒りながら、睨みながら、地団駄を踏みながら、管理者を名乗る赤いフードを被った女性は声を荒上げる。


「だって、アナタの元の姿なんか知らないし! というか、アナタだけを元に戻す際、私は想像しなきゃいけないんですよ! アナタの元の姿と……ア、アナタのティンティンを!」


「大きさはこれくらいで、太さはこれくらいだ」


「やめて! 穢らわしいモノを私に想像させないで下さいっ!」


 俺の息子が穢らわしいモノ扱いされてしまった。

 まだ未使用なのに。

 毎晩、丁寧に洗っているのに。

 

「そういう訳だから、アナタだけを元に戻せません! そもそも、私は公正で公平な管理者! アナタだけを特別に元の姿に戻すなんかできません!」


「だったら、四天王を倒すしかないみたいだな」


 眉間に皺を寄せ、右の拳を握り締める。

 『俺を男に戻さないんだったら、「この世界」を破壊する』と暗に告げる。

 それを言った途端、管理者の視線が刺々しく、ナイフのように鋭いモノに成り果てた。


「……同じリバクエ好きなら、私の気持ちを分かってくれると思いました」


 そう言って、フード越しに俺を睨みつける管理者。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、フードに隠れていた彼女の眼が見える。

 ほんの一瞬だけ、見えた彼女の瞳。

 そこには憎しみと怒り、そして、罪悪感が滲み出ていた。

 

「……一つだけ肯定してあげましょう。確かに四天王を倒し、『この世界』は壊せば、アナタは……いや、アナタ達は元の姿に戻る事ができます。もし本気で元の姿に戻りたければ、四天王を全員倒して下さい」


「何故それを今教えた? もしかして、『この世界』を壊して欲しいのか?」


「宣戦布告ってヤツです。現時点を以て、私はアナタを『魔女』と同じ敵として見なします」

 

 怒りを言葉に含ませながら、管理者は赤いフード越しに俺を睨みつける。

 俺に敵意を向け始める。

 

「アナタ達に『この世界』は壊させない。私は『この世界』を守ってみせる」


 そう言った途端、管理者の姿が透け始める。

 管理者の姿が透ける度、彼女の存在感が徐々に薄れていく。


「おい、管理者(ゲームマスター)


 それを感じ取りながら、つい思った事──宣戦布告を突きつけてしまう。


「折角だから、あんたが創った『この世界』、全力で遊び尽くしてやる。だから、一秒たりとも手抜くんじゃねぇぞ」


 宣戦布告を突きつける。

 その瞬間、管理者の姿が消える。

 それと殆ど同じタイミングで眩い光が現れると、俺と魔女ルナの身体を包み込んで──

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