(64)2025年8月26日 圧倒と断末魔
◇
『さて、話は此処までだ』
頭上で濁った球体を輝かせながら、白い着物を羽織った白髪の少女──管理者の身体を乗っ取った絶対悪は、俺達の顔を一瞥した後、右掌を俺の方に向ける。
『これが最後通牒だ。これ以上、私達に歯向かうな。もしこの忠告を無視した場合、私は君達を殺害する」
絶対悪の身体から敵意が放たれる。
それを感知した途端、俺は片手剣を握り締め、腰の重心を少しだけ落とし、ルナ達の方に視線を送る。
魔女達もやる気満々なのだろう。
視線が合うや否や、魔女達は首を縦に振った。
『どうやら、まだ反抗するつもりみたいだな』
俺達の目を見て、絶対悪は呆れたように溜息を吐き出す。
『ならば、君達を排除しよう。もう二度と歯向かえぬよう、木の中に閉じ込めよう。もしそれが嫌ならば、全力で抗いたまえ』
上から目線で俺達に語りかけた後、絶対悪は右掌を光らせる。
そして、敵は息を短く吐き出すと、俺達に向けて攻撃を開始した。
「……っ!?」
足下の地面が揺れる。
咄嗟の判断で後方に跳ぶ。
すると、さっきまで俺が立っていた地面から巨大な蔦が生え出た。
「ちぃ……!」
エリザさんの口から舌打ちが漏れる。
慌ててエリザさんの方に視線を向けると、絡まった蔦の所為で四肢の自由を失ったエリザさんの姿を目視した。
「くそ……! 離せや!」
毒吐くエリザさん。
その瞬間、彼女の身体は蔦に覆われ、そして、蔦でできた球状の檻の中に閉じ込められてしまった。
『先ずは1人目』
あっという間に、エリザさんが戦闘不能状態に陥ってしまう。
「頬張れ、迅雷よっ! 我は雷を御するも……」
『遅い』
敵がそう言った途端、ウルさんの身体が不可視の何かによって弾かれる。
ウルさんは鼻から血を噴き出すと、白目を剥きながら、地面に倒れ込んでしまった。
『2人目』
気絶してしまったウルさんの姿を目視する。
ウルさんの身体は地面から突き出た蔦に覆われると、蔦でできた檻の中に閉じ込められてしまった。
それを見た俺とルナは額に脂汗を滲ませる。
(嘘だろ、……あっという間に俺とルナだけになってしまった)
味方2人が瞬殺されたのを見て、俺は焦りを抱いてしまう。
「安心してください、ユウさん」
そんな俺の焦りを見抜いたんだろう。
ルナはサムズアップすると、朗らかな笑みを浮かべながら、こう言った。
「私は最も大魔女に近いと噂される優秀かつ可憐な魔女あの2人と違い、簡単にやられたりしません」
「おい、やめろ。フラグ立てるな」
爆速で死亡フラグを立てるルナ。
それに対し、そんな場合じゃないにも関わらず、俺はついツッコんでしまう。
「ユウさん。無事この騒動が終わったら、デート行きましょうね」
「おい、やめろ次々に死亡フラグを立てるな」
「私、これが終わったらユウさんとセック○するんだ」
「お前、もう諦めているだろ。生き残るの諦めているだろ」
「まあ、冗談は置いといて。ガチでどうしますか。正直言って、勝つイメージ全然湧かないんですけど」
そう言って、ルナは札のようなものを指に挟みながら、敵を睨みつける。
俺達が弱気になっている事を見抜いているのだろうか、それとも他に理由があるのか。
敵は攻撃を繰り出す事なく、俺達の事をじっと凝視していた。
「どうするもこうするも闘うしかないだろ。此処で俺達が負けてしまったら、世界終わるかもだし」
そう言って、俺は空と地面を一瞥する。
さっきまで崩壊寸前だった『この世界』──リバクエに似て非なる世界。
絶対悪が現れた影響なのか分からないが、『この世界』の崩壊は止まっていた。
恐らく目の前の敵をどうにかしない限り、世界は元の姿に戻らないんだろう。
木の中に閉じ込められた人達は、一生木の中に閉じ込められっぱなしなんだろう。
そんな事を思いながら、俺は片手剣を握り直す。
片手剣を握り直しながら、俺はルナに声を掛ける。
「ルナ。とりあえず、お前は防御に徹しろ。とりあえず、俺は1人でヤツと闘ってみる」
「勝てるのですか」
「今のままじゃ勝てねぇだろうな」
片手剣を握り直し、腰を少しだけ落とし、いつでも闘えるように身構える。
「だから、情報を少しずつ収集する。勝機を見つけ出す。それ以外に、今の俺達がやれる事はねぇ」
『話は終わったか』
敵の渋い声が俺とルナの間を通り抜ける。
俺は短く息を吐き出すと、片手剣を握り締め、『ああ』と呟いた。
『あとは君達だけだ。君達を木の中に閉じ込めれば、もう私達に歯向かう者はいなくなる。歯向かう者がいなくなれば、瑠璃川桜子の願いは叶い、私は願望成就機としての本懐を果たす事ができる。──理想郷を生み出す事ができる』
「お前の野望は俺達が食い止める」
『君達にそれができるかな』
敵の姿が煙のように消える。
瞬間、背後から音が聞こえてきた。
即座に振り返る。
俺の頭を殴ろうとする敵の姿を目視する。
『ジャスト回避』を繰り出す。
タイミングが合っていたらしく、『ジャスト回避』は運良く発動した。
敵の拳を紙一重で避ける。
そして、すぐさま『カウンターラッシュ』を繰り出す。
敵の頭目掛けて片手剣を振るう。
敵の腕目掛けて片手剣を振るう。
敵の胴目掛けて片手剣を振るう。
敵の脚目掛けて片手剣を振るう。
一瞬四斬。
しかし、敵の身体を覆う不可視の壁により、俺の攻撃は全て弾かれてしまった。
『無駄だ』
敵の両腕が動く。
再び『ジャスト回避』を繰り出す。
すると、不可視の攻撃が俺の右肩を掠めた。
鈍い痛みが走ると同時に自らのHPバーを確認。
HPバーが少しだけ削られている事を目視する。
『君では私に勝つ事はできない』
敵の右掌から後段が放たれる。
俺はそれを紙一重で避けると、敵の首目掛けて片手剣を振り下ろす。
案の定、俺の攻撃は敵の身体に傷一つつけられなかった。
『これで終わりだ』
敵の右手が光り輝く。
それを目視しながら、俺は敵の攻撃を予知する。
光弾を射出しようとしている事を把握する。
すぐさま俺は敵から距離を取ろうと、後方に跳──ぼうとした時、それは起きた。
「──呪法『雷律』。我が迅雷よ、怨敵を射抜け」
ルナが繰り出した雷の攻撃。
それが敵の頭上で煌めく濁った球体に突き刺さる。
ルナの攻撃が濁った球体に突き刺さった瞬間、敵の口から情けない断末魔が漏れ出た。




