(61)2025年8月26日 終わりと目覚め
◇管理者(=瑠璃川桜子)視点
『あ……』
自分のHPゲージが底をつく。
ゼロになってしまう。
それと同時に、私を包んでいた大きな炎は跡形もなく消え去ってしまった。
「う、そ……」
炎の四天王イフリトの力が霧散してしまう。
イフリトの力が私の身体から抜け落ちてしまう。
私の身体に纏わりついていた全長40メートル程の炎塊は跡形もなく消える。
「ああ……!」
地面に膝を着く。
残ったものは赤い布を被った私の身体だけ。
あのドブ色の球体から貰った力は、プレイヤーネーム『ユウ』に負けると同時に……いや、四天王が全て息絶えると同時に喪失してしまった。
「……っ!」
恐れていた事──魔王と四天王全滅──が起きてしまう。
それが起きた途端、『この世界』──リバクエの世界を再現したもの──の終末が確定してしまった。
「ああ、……! やだ……!」
地面から『ゴゴゴ』という音が聞こえてくる。
『この世界』の終わりを告げる音が聞こえてくる。
ダメだ。
まだくるみは目覚めていない。
まだくるみに『この世界』を見せていない。
まだ私は何も成し遂げていな──
「……っ」
──とっくの昔に限界を迎えていた頭が睡魔に押し負ける。
意識を失っている場合じゃない。
にも関わらず、私は意識を手放してしまい──
『大丈夫だ、瑠璃川桜子』
私の中にいる『アレ』──ドブ色の球体が声を上げる。
『君の願いは必ず私が叶えてみせる』
その声を聴きながら、私は意識を完全に手放してしまった。
◇
敵──管理者を名乗る女性のHPバーが全損する。
敵のHPが尽きた途端、全長40メートル級の炎の巨人は跡形もなく消え去ってしまった。
「……終わったか」
上に向けていた視線を下げる。
視線を下げた途端、地面に両膝をつく赤い布を被った女性──管理者を名乗る女性の姿が目に入った。
「……っ」
管理者を名乗る女性の身体が地面に倒れ込む。
彼女は地面に頬を擦り付けると、そのまま眠ってしまった。
地面から地鳴りのような音が聞こえてくる。
いつの間にか、藍色に染まっていた空に亀裂が走る。
それらを聞きながら、それらを見ながら、俺は悟った。
『この世界』──リバクエ風の世界が終わりを迎えている事実を。
「お疲れ様です、ユウさん!」
駆け寄ってきた魔女ルナが、頭に生えた狐耳を忙しく動かしながら、俺の身体に抱きつく。
俺は『ああ』と告げると、欠伸を浮かべた。
「魔王と四天王を全て倒した。これで全てが元に戻る筈」
「あの陰キャ女……いえ、管理者を名乗る彼女の話が本当でしたら」
そう言いつつ、俺達は敵──管理者を名乗る女性を一瞥する。
遠く離れた所にいる彼女は俯せの体勢で眠っていた。
「となると、この身体も残りちょっとでおさらばって訳か」
終わりを確信しながら、俺は自らの身体──女体化した我が身を一瞥する。
『このデッカイおっぱいも、これで見納めかー』みたいな事を思っていると、背後から人の気配を感じ取った。
「おいっ! ルナールっ!」
振り返る。
そこにいたのは、ルナの同僚である魔女エリザさんと、ルナの上司である大魔女ウルさんだった。
「あ、大魔女様。ちょうど良かったです。今、炎の四天王を倒し終え──」
「原因を解明したっ! この状況は彼女が引き起こしたものじゃないっ!」
彼女──管理者を名乗る女性を指差しながら、ウルさんは声を荒上げる。
「この状況はヤツによって引き起こされたものだ! ヤツを倒さない限り、この状況は終わらないっ!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください大魔女様。ヤツって誰ですか。というか、この状況を引き起こした原因って、……」
ルナが疑問の言葉を口遊んだその時だった。
気味の悪い風が俺とルナの間を吹き抜けたのは。
「……っ!」
反射的に俺とルナは敵──管理者を名乗る女性の方に視線を向ける。
すると、起き上がろうとする敵の姿を目視した。
『まだやるつもりなのか』と思いながら、俺は片手剣を構え──た瞬間、敵の身体を覆っていた赤い布が煙のように消え失せた。
赤い布を被っていた敵の身体が露わになる。
敵は何処にでもいる女の子だった。
肩まで伸びた長い黒髪。
そこそこ整っている顔。
大柄でも小柄でもない身体。
年齢は俺と同じくらいだろうか。
管理者を名乗る女性は、俺が想像していたよりも幼い女の子だった。
「やはり、ヤツは彼女の中にいるようだな……!」
そう言って、ウルさんは何処からともなく杖を取り出す。
そして、杖の先端を敵──管理者を名乗る女性の方に向けると、攻撃を開始した。
「──flame・lance──!」
ウルさんの杖の先端から槍を模った炎の塊が射出される。
射出された炎の槍は真っ直ぐ飛翔すると、敵の顔面に直撃──しなかった。
『………』
敵は腕を乱雑に動かす。
たったそれだけの動作で炎の槍は跡形もなく消え去ってしまった。
「なぁ!? ただの腕力で魔法を掻き消したぁ!?」
エリザさんの口から驚きの声を発せられる。
それと同時に、敵の真っ黒だった髪が真っ白に染まり始めた。
「……なっ!? 魔力が膨れ上がって……!?」
ルナの口から驚きの声が漏れ出る。
魔力とやらが放出しているんだろう。
敵の身体から熱波が漂ってくる。
敵の身体から放たれる熱波を浴びた途端、俺の背筋に冷たいものが流れ落ちた。
『……』
敵の瞳の色が黒から金色に変わる。
敵が着ている衣服が白を基調にした着物のようなものに変わる。
小麦色だった肌も真っ白に染まり、敵の姿が少しずつ変わり果てる。
それを見ながら、俺は身構える。
背筋に冷や汗を伝わせながら、状況が悪化した事を感覚的に把握する。
「……油断するなよ、ルナール。そして、プレイヤーネーム『ユウ』」
ウルさんの声が静寂に包まれた絵心公園を刺激する。
「まだ何も終わっていない。むしろ此処からが本番だ」
そう言った途端、敵──管理者を名乗る女性の頭上に現れる。
濁った色をした球状の何かが。
球状の何かは鈍い光を放つと、管理者を名乗る女性の頭上だけでなく、俺達の足下も照らし始めた。




