(60)2025年8月26日 決着と敗北
◇
『あ……』
ズドンという大きな音が絵心公園内を揺さぶる。
敵──全長40メートル級の炎の巨人は地面に頬を擦り付けると、安らかな寝息を立て始めてしまった。
敵が寝落ちした事を確信する。
それを確信した途端、疲れがドッと押し寄せた。
「く、……そ」
今の今まで無茶していた反動が押し寄せる。
俺は片手剣の鋒を地面に突き刺すと、そのまま右膝を地面に着けてしまった。
「大丈夫ですか!?」
遠くから魔女であり俺の恋人でもあるルナの声が聞こえてくる。
そちらの方に視線を向けると、俺の方に駆け寄って来る彼女の姿を視認した。
「大丈夫だ、……ちょっと疲れただけ」
そう言いながら、駆け寄って来るルナの顔を見る。
俺達と同じようにずっと起きていたのだろう。
彼女の目の下には薄っすらクマができていた。
「……やったのですか」
「いや」
俺の下に辿り着いたルナの顔を一瞥しながら、俺は視線を敵──管理者を名乗る女性の方に視線を向ける。
深い眠りについたんだろう。
敵は安らかな寝息を立てながら、地面に顔を埋めていた。
「敵を行動不能状態に追いやっただけだ。別に倒した訳じゃない」
ああ、そうだ。
敵を動けない状態に追いやっただけで、まだ敵のHPバーは1ミリ足りとも変動していない。
敵のHPバーを削り切らなければ、世界は『この世界』──リバクエ風のまま。
人々はずっと木の中に閉じ込められたままだし、俺も男に戻る事ができない。
「じゃあ、敵の無敵状態を解除しない限り、……」
「ああ。ずっと現状のままだ」
さて、どうしたものやら。
そんな事を思いながら、俺は『ふぅ』と溜息を吐き出した。
「なら、早急に敵の無敵状態を解除しないとですね」
「とりあえず、攻撃してみるか。眠っちゃった所為で、無敵状態解けているかもしれないし」
「いやいや、そんな単純な話な訳ありませんって」
そんな事を話しつつ、俺とルナは敵──管理者を名乗る女性の下に向かう。
そして、安らかな寝息を立てる敵の下に辿り着くと、俺は敵の頭目掛けて片手剣を振り下ろした。
片手剣が敵の頭に直撃する。
その瞬間、敵の口から『いたっ!』という声が漏れ──
「なっ!?」
──敵のHPゲージが少しばかり減る。
それを目視するや否や、俺は口から驚きの声を発した。
「痛みを訴えた……!? という事は、……!」
「ああ。どうやら単純な話だったらしい」
慌てて起き上がる敵の姿を眺めながら、痛みを訴える敵を眺めながら、俺達は確信する。
意識を失っている間、敵の無敵状態が解ける事を。
「ルナ、下がってろ」
勝機を見出す。
それと同時に、俺はルナに下がるように告げると、片手剣を握り締める。
『はぁ、はぁ、……ああ、もう……!』
立ち上がった敵── 全長40メートル級の炎の巨人は俺を見下ろす。
そして、声に疲れを滲ませながら、腕を乱雑に振り下ろす。
『この……!』
迫り来る敵の巨大な腕。
それを俺は難なく避ける。
眠気がピークに達しているのだろう。
敵は腕を振り下ろし終えると、身体中の筋肉を緩め、意識を手放した。
「……っ!」
敵の右脛目掛けて片手剣を叩き込む。
片手剣が敵の体に触れた途端、敵のHPがちょっとだけ削れた。
『つっ……!』
痛みの所為で再び意識を取り戻す敵。
だが、長時間意識を保つ事ができず、敵は再び意識を失いかけた。
それを眺めながら、俺は攻撃を繰り出す。
敵の右膝目掛けて片手剣を振るう。
敵のHPを削る。
『鬱陶しい、……んですよ!』
そう言って、敵は俺を蹴飛ばそうとする。
だが、敵の攻撃は鈍重過ぎた。
動作が遅すぎる。
そのお陰で、敵の攻撃を避け易いものだった。
難なく避ける。
『アナタさえ、……アナタさえいなければ、「この世界」は、……くるみの好きで、いっぱいだったのに……!』
俺に敵意を向けながら、敵は俺を踏み潰そうと足を上げる。
だが、迫り来る睡魔に勝てなかったのか、敵はほんの一瞬だけ意識を失うと、バランスを崩し、地面に尻餅を着いてしまった。
『アナタさえいなければ、……アナタさえいなければ! すべて! 順調に、進んでいた……のに……!』
よろめきながら、立ち上がろうとする敵。
途切れそうになっている意識を必死になって繋ぎ止めつつ、敵は俺を睨みつける。
『アナタ、何がしたいんですかぁ!? 何が目的なんですかぁ!?』
喉が今にも裂けてしまいそうな程な大きな声。
そんな大声を発しながら、敵は拳を俺の身体に叩き込もうとする。
「目的!? んなの、最初から言ってるだろ!」
迫り来る巨大な炎の拳。
俺はそれを躱しながら、敵の懐の中に入り込む。
片手剣の柄を握り締め、敵の腹目掛けて斬撃を繰り出す。
「ティンティン返せぇええええええ!」
俺が振るった片手剣。
それが敵の腹に減り込む。
敵の腹に減り込んだ途端、軽快な効果音が鳴り響き、クリティカルヒットの一文が脳裏を過ぎる。
俺の攻撃が敵の腹に突き刺さった途端、敵のHPが大幅に削れた。
◇管理者(=瑠璃川桜子)視点
「ティンティン返せぇえええええ!」
敵──プレイヤーネーム『ユウ』の怒声が私の鼓膜を劈く。
それと同時に、私は意識を飛ばしてしまった。
眠ったらいけない状況。
にも関わらず、私はほんの一瞬だけ睡魔に身を委ねてしまう。
その瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。
痛みが睡魔に身を委ねようとした私に問いかける。
『寝ている場合なのか』と問いかける。
その疑問を聞いた途端、私は閉じてしまった目蓋を強引にこじ開けた。
『……っ!?』
自らのHPゲージを見る。
クリティカルヒットが出たんだろう。
私のHPは3分の2程度しか残っていなかった。
(このままじゃ、やられる……!)
そう思った私は寝ないよう、必死に自分を言い聞かせる。
けれど、我慢や根性でどうにかなる段階をとっくの昔に通り過ぎてしまった。
再び意識を飛ばしてしまう。
そして、身体に走る鈍い痛みと共に目蓋を開け、己のHPが減少している事を確認し、また睡魔に身を委ねる。
それを延々と繰り返す。
もう攻撃しようという考えさえ頭に過らなかった。
起きなきゃと思いながら、必死になって意識を保とうとする。
だが、幾ら理性をフルに働かせた所で押し寄せる睡魔に打ち勝つ事はできなかった。
『やだ……! 私はくるみを……!』
HPが徐々に減っていく。
それを眺めながら、焦りを覚えると同時に『もういいか』という諦観を抱いてしまう。
このまま睡魔に身を委ねたい。
その思いが徐々に強くなる。
だが、
『わたしは、負けられない……!』
くるみの姿を思い出した途端、私は睡魔に負けそうになった己に鞭を打った。
寝るな。
闘え。
くるみの笑顔を取り戻すため、闘え。
そう自分に言い聞かせる。
意識を必死に保ちながら、プレイヤーネーム『ユウ』を睨みつける。
『私は絶対に『この世界』を守ってみせる……! くるみが目覚めるまで……いや、くるみが目覚めた後も……!』
そうだ。
全てはくるみのため。
くるみの笑顔を取り戻すため。
そのためなら、悪魔にだってなってみせる。
そう誓った筈だ。
ならば、──
『わたしは、負けられない……!』
「──もうゲームセットだよ」
プレイヤーネーム『ユウ』の動きが止まる。
プレイヤーネーム『ユウ』の視線が、私のHPゲージに向けられる。
HPゲージを見る。
その瞬間、私は自身の敗北を確信してしまった。




