(6)2025年8月1日 プレイミスと棍棒
◇2025年8月1日
『リフレクトアタック』で飛んできた黒い炎を跳ね返す。
跳ね返した黒い炎は魔王の身体目指して突き進むと、龍と化した魔王の身体を焼き始めた。
「うがああああ!」
王家の槍が壊れそうになっているので、俺は槍を龍と化した魔王の身体目掛けて投げつける。
全長四十メートル以上の巨体になった魔王の身体は、俺にとっていい的だった。
適当に放り投げた槍が魔王の身体に激突する。
槍が魔王の身体に当たった途端、槍は砕け、魔王の口から悲鳴染みた声が滲み出た。
すぐさま脳内ステータス画面を開き、即座に王家の剣と王家の盾を装備する。
(──さあ、こっからが本番だ)
息を短く吐き出し、盾を構える。
峠は越えた。
このラスボス戦で一番厄介だったのは、先程魔王が繰り出したラッシュ攻撃。
それさえ何とか乗り切れば、あとは『流れ作業』だ。
「がああああああああ!!」
龍と化した魔王が黒い火炎の塊を吐き出し始める。
ゆっくり差し迫る黒い火炎の塊。
それを、俺は『ジャストガード』を使う事で弾き飛ばす。
『ジャストガード』──盾を構えている時に、敵の攻撃をタイミング良くガードボタンで弾くと発動する技。
攻撃が当たりそうな時に『ジャストガード』を発動させると、敵を怯ませたり、中遠距離攻撃を跳ね返す事ができる技。
要するに、盾版『リフレクトアタック』だ。
それを火球が飛んでくる度に、発動させる。
王家の盾を酷使する事で、次々に迫り来る攻撃力高めの火球を跳ね返す。
跳ね返された火球は自転車並みの速度で宙を駆け抜けると、全長四十メートル以上の巨体と化した魔王の身体に激突した。
「グオオオオオオオ!!」
火球が破裂する。
魔王が断末魔染みた雄叫びを上げる。
HPが大幅に削れたのだろう。
何回か火球を跳ね返しただけで、魔王の身体を覆う黒い鱗は焼け爛れてしまった。
「ぐおっ!」
魔王の巨体が大きく動く。
虎に似た掌が俺の下に押し迫る。
掌の先端についた鋭利な爪が、俺の首を撥ね飛ばそうと、差し迫る。
(やっぱ、ゲームの時と同じだ)
『ジャスト回避』を繰り出す事で、敵の攻撃を避ける。
差し迫る虎似の爪を間一髪の所で避ける。
そして、思いっきり頭の中にあるジャンプボタンを押すと、天高く跳び上がり、『カウンターラッシュ』を繰り出す。
片手剣で繰り出す五連撃。
一瞬で繰り出された五つの斬撃が、魔王の身体を斬り刻む。
これは大してダメージにならなかったのだろう。
魔王の口から出る痛みに悶える音は、先程よりも小さかった。
「ぶもおっ!」
『カウンターラッシュ』を終えた後、床の上に着地する。
それと同時に、魔王は長い尾を鞭のように振り回し始める。
それを予知していた俺は『ジャスト回避』を繰り出す。
『ジャスト回避』を繰り出す事で、迫り来る魔王の長い尾を直撃する寸前の所で避け切る。
「はぁ、……はあ、……」
身体は疲れていない。
けど、息が切れてしまう。
多分、想像している以上に脳を酷使しているのだろう。
前頭葉が熱を帯びているような気がする。
ズキンとした痛みが脳髄を啄み、俺から集中力を奪い取ろうとする。
甘いものが食べたい。
そう思った瞬間だった。
魔王が頭突きを繰り出したのは。
黒い炎を纏った魔王の頭が迫り来る。
魔王の巨大かつ駱駝似の頭が、俺の下に押し迫る。
集中力が乱れてしまった所為だろう。
一瞬、反応が遅れてしまった。
「くっ……!」
その所為で、プレイミスしてしまう。
『ジャスト回避』しなきゃいけない場面で、『リフレクトアタック』を繰り出してしまう。
その所為で、王家の片手剣にヒビが入ってしまった。
(やば……!)
『リフレクトアタック』を喰らった所為で怯んでしまう魔王。
俺はすぐさま跳び上がると、王家の片手剣で魔王の頭を斬りつける。
魔王の急所目掛けて、斬撃を叩き込む。
クリーンヒット。
それなりのダメージを魔王に与える。
けれど、たった一撃繰り出した所為で、『王家の片手剣が壊れそうだ』の文字が脳内に表示されてしまった。
(やべえ……! ポカやらかした……!)
いつもならやらないプレイミスをやらかしてしまう。
三人称から一人称になったが故の弊害か。
それとも、臨場感があり過ぎる所為で、必要以上に魔王の攻撃にビビってしまっているのか。
或いは他の理由か。
プレイミスしてしまった理由を考えてしまう。
その所為で、またプレイミスしそうになった。
「くっ……!」
魔王の口から吐き出された黒い炎の塊。
それを『ジャストガード』で跳ね返す。
魔王の攻撃で魔王の皮膚を焼く。
黒い炎の塊が魔王の皮膚を焼いた瞬間、魔王の口から悲鳴染みた怒声が発せられた。
それを聞くや否や、長年リバクエで培ってきた経験が訴える。
──敵のHPは残り僅かだぞ、と。
「ええい! 一か八かだっ!」
そう言って、俺は王家の片手剣を投げる。
魔王の顔面目掛けて投げつける。
王家の片手剣はブーメランのようにクルクル回転しながら飛翔すると、魔王の顔面に激突した。
パリンという音と共に砕ける王家の片手剣。
片手剣が砕け散ると共に引き出される魔王の悲鳴。
それを聞きながら、俺は脳内ステータス画面を弄る。
棍棒を右手に装着する。
そして、息を短く吸い込んだ後、気持ちを強引に切り替え、龍と化した魔王に身体の正面を見せつける。
(棍棒は王家の片手剣よりも攻撃力も耐久値も低い……! もう一回プレイミスしたら、即ゲームオーバーだ……!)
スタン状態から立ち直った魔王が攻撃を仕掛ける。
黒い炎を纏った鋭利な爪が俺の下目掛けて差し迫る。
それをジャスト回避で避ける。
ジャスト回避で避けた後、魔王から大きく距離を取る。
すると、俺の狙い通り、魔王は口から黒い炎を吐き出してくれた。
それをジャストガードで弾き返す。
弾き返した黒い炎で魔王の皮膚を焼く。
黒い炎に焼かれ、悶え苦しむ魔王。
その姿を睨みながら、俺は三歩後退する。
三歩前後退する事で、敵の攻撃を誘発する。
「がうっ!」
狙い通り、口から黒い炎を吐き出す魔王。
それを先程と同じようにジャストガードで弾き返す。
弾き返した黒い炎で魔王の皮膚を焼く。
そして、三歩後退する。
再々度、黒い炎を吐き出す魔王。
ジャストガードで弾き返し、魔法の皮膚を焼いた後、三歩後退する。
王家の盾が壊れるまで、延々と同じ事を繰り返す。
焦らないように、ミスらないように、ビビり過ぎないように、細心の注意を払いながら、俺は延々と同じ事を繰り返す。
三歩後退し、魔王に黒い炎を吐き出させ、ジャストガードで黒い炎を弾き返し、魔王の皮膚を焼いた後、再び三歩後退する。
魔王の攻撃を王家の盾で跳ね返しながら、確実に着実に魔王のHPを削っていく。
(よし、ここまで順調……!)
『王家の盾が壊れそうだ』という一文が脳裏を過ぎる。
(あとは棍棒で何処まで闘えるか、だ)
黒い炎を王家の盾で跳ね返す。
その瞬間、とうとう王家の盾が砕け散ってしまった。
残った武器は棍棒のみ。
攻撃力と耐久値は木の棒よりもマシ程度。
とてもじゃないが、先程まで使っていた王家の片手剣と王家の盾とは比べ物にならない程、弱くて脆い。
多分、『リフレクトアタック』を使ったら、一発で砕け散ってしまうだろう。
(だから、『リフレクトアタック』は使えない)
床を思いっきり蹴り上げ、前に向かって飛び出す。
それと同時に、魔王の尾が俺の下に押し迫った。
差し迫る敵の必殺。
それをジャスト回避で躱す。
躱した後、天高く跳び上がり、『カウンターラッシュ』を繰り出す。
たった一回。
たった一回、『カウンターラッシュ』を繰り出しただけで、脳裏に『棍棒が壊れそうだ』の一文が過った。
もし。
もしも今棍棒を失ってしまったら。
敵にダメージを与える手段を喪失してしまう。
敵を倒す手段を失ってしまう。
その事実が危機感を煽る。
焦りが募り、口内が渇き始める。
たった一回のプレイミス。
それが俺を窮地に誘う。
(さあ、ラストスパートだ)
心臓がドクンと跳ね上がる。
この窮地を楽しもうとする自分の姿を自覚する。
敵が先に根を上げるか。
それとも棍棒が先に砕け散るか。
単純明快なデッドオアアライブが、胸の内からワクワクを引き寄せる。
楽しい。
この窮地が楽しいと心の底から思ってしまった。
「──いくぜ」
地面に着地する。
同時に魔王は黒い炎を纏った爪で俺の身体を引き裂こうとする。
その攻撃を予め知っていた俺は、難なく敵の攻撃を躱す。
『ジャスト回避』を繰り出す事で、黒い炎を纏った敵の爪を躱す。
そして、脳内丸ボタンを力強く押すと、『カウンターラッシュ』を発動させた。
「うおおおおおおお!!」
渾身の力で『カウンターラッシュ』を繰り出す。
爪を振り終えたばかりの敵の身体目掛けて、棍棒を振り下ろす。
たった一秒。
されど一秒。
その間に五連撃を繰り出す。
真向斬り、袈裟斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り、そして、突き。
たった一秒で五連撃を繰り出す。
突きを放つと同時に砕ける棍棒。
呻き声を上げる魔王。
魔王は命を振り絞るかのように雄叫びを上げると、血走った目で俺を睨みつける。
そして、全身に黒い炎を纏うと、俺目掛けて突進を繰り出──
「ぐがあっ!?」
──そうとしたその時だった。
魔王の身体がまるで砂で出来ているかのようにサラサラと崩れ始めたのは。
「わ、我が、……我がこんな所で……!」
魔王は悔しそうに呟くと、身体から白い光を放ち始める。
白い光を放ちながら、その身をただの砂へと変えていく。
「貴様ら人間如きに……、この魔王である我が……! あ、あ、……ぐ゛っ……あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛!゛」
テンプレ染みた負け台詞を口にした後、魔王の身体が眩い光を放つ。
その瞬間、魔王の身体は破裂し、唯の砂と化してしまった。
魔王の巨体が砂と化した瞬間、脳裏に過ぎる『魔王討伐完了』の六文字。
どうやらギリギリの所で倒せたらしい。
『棍棒がなかったら詰んでたな』と思いながら、俺はその場に座り──込もうとしたその時だった。
「──っ!?」
世界が真っ暗闇に覆われる。
否、俺の身体が真っ暗な闇の中に放り込まれる。
上も下も右も左も、全て真っ黒に包まれた空間。
ハッキリ見えるのは、俺の身体。
そして、──
「何してくれてやがりますか」
──赤いフードを被った山よりも大きい女性の姿だけだった。
「もう赦しません。魔王を倒した貴方には罰を与えます」
そう言って、富士山よりも大きい女性は俺を見下ろすと、大き過ぎる右腕を振り上げる。
そして、赤いフード越しに俺を睨みつけると、
──その大き過ぎる右手を俺目掛けて振り下ろした。




