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(55)2025年8月25日 虚勢と根比べ

『防御に徹しても勝ち目はありませんよ』


 敵──管理者を名乗る女性と闘い始めて、六時間程経過した。

 結論だけを端的に述べよう。

 未だ俺は敵にダメージどころか、擦り傷一つさえ負わせていない。


『やはり虚勢だったようですね。さっきの私を倒せる発言は』


 そう言いながら、管理者を名乗る女性──巨大な人の形をした炎の塊は右腕を振り下ろす。

 俺は右に跳ぶ事で降り落ちてきた敵の右腕を躱すと、敵から大きく距離を取る──事なく、一定の距離を保ち続けた。


『正攻法で私を倒せる方法があるのでしょう? ならば、さっさとそれをやればいいのでは?』


「疑問を疑問で返させてもらうぜ、管理者とやら──なぜ俺を倒さないんだ? なぜ俺を倒す事に六時間もかけているんだ?」


『……』


「当ててやろうか。お前は俺を倒さないんじゃない。倒せないんだ。違うか?」


 俺の疑問に管理者を名乗る女性は答えなかった。

 その態度により、俺は確信する。

 自らの推測が当たっている事を。


「お前は自他の攻撃力や防御力を弄る事ができる。自らを無敵状態にする事ができる。でも、俺を倒すために必要なプレイスキルを持ち合わせていない」


『……何が言いたいのですか』


「前から思っていたけど、お前、このゲーム……『リバース・クエスト』をクリアした事ないだろ」


『……』


 俺の指摘に応える事なく、管理者を名乗る女性は口を閉ざす。

 それに構う事なく、俺は息を吐き出すと、自らの推測を淡々と述べ始めた。


「魔女や俺を指名手配する際、リバクエプレイヤーのニーズに合っていない提案をした事。自然由来の素材を使った合成は安価でできるのを知らない事。そして、産毛が生えた程度のプレイスキル。それらの要素からお前がリバクエをクリアするまでやり込んでいない事を類推できる」


『……』


「そんなクリアもしていない相手が1000時間もやりこんでいる俺にプレイスキルで挑んだ所で、結果は火を見るよりも明らか」


『……』


「ハッキリ言ってやろうか? お前の稚拙なプレイスキルじゃ、俺に勝つ事なんてできない。そうだろ?」


『……はっ、何を言い出したかと思いきや、俺に勝つ事ができない? その一言は私に擦り傷を負わせてから言ってください』


「その言葉、そっくりそのまま返すよ管理者とやら。その煽りは俺に傷一つ負わせてから言ってくれ」


『なら、負わせてやりますよ』


 そう言って、敵は大きくて長くて太い両腕を上げる。

 彼女が両腕を上げた瞬間だった。

 敵の両腕から『何か』が射出されたのは。


「──っ!?」


 目にも止まらぬ速さで迫り来る炎の塊。

 それを持っている片手剣で受け止める。

 すると、右手に衝撃が走る。

 右掌に鈍い痛みが走る。

 痛みが走ったにも関わらず、俺のHPバーは一ミリ足りとも変動しなかった。


『よく受け止めましたね。ですが、』


 称賛の言葉を口遊みながら、管理者を名乗る女性は両腕を振り下ろす。

 その瞬間、無数の炎の塊が目にも止まらぬ速さで撃ち出される。


『──コレ全部避け切る事ができるでしょうか』


 哀れみを言葉の裏に滲ませながら、敵は無数の炎塊を俺目掛けて撃ち出す。

 俺は額に脂汗を滲ませると、迫り来る無数の炎塊を避け始めた。


『ほらほら、休んでいる暇はありませんよ』


 敵──管理者を名乗る女性との闘いが始まって、約半日。

 俺は持っている片手剣で迫り来る炎の塊を受け流しつつ、敵の煽り言葉を聞き流した。


『動きが止まった瞬間、蜂の巣にしてやります。そうなったら、即ゲームオーバー。アナタの人生はジ・エンドって訳です♪』


 次々に迫り来る無数の炎の塊。

 目にも止まらぬ速さで迫り来る無数の炎を俺は避ける、躱す、片手剣で受け流す。

 

「………」


 全速力で絵心公園内を走り回りながら、迫り来る炎の塊を俺は避ける、避ける、避け続ける。

 ルナは何処かに隠れているのだろう。

 彼女の気配は何処にも感じ取れなかった。


『さあ、無駄に無意味に足掻きなさい。刻一刻と迫る敗北に怯えながら、無駄に無意味に逃げ続けなさい』


 全速力で走りながら、片手剣で迫り来る炎の塊を撃ち落としながら、俺は躱す、躱す、敵の攻撃を躱し続ける。

 敵の攻撃は大雑把かつワンパターンだった。

 目にも止まらぬ速さで攻撃が繰り出されるが、集中さえしていれば難なく躱せる攻撃。

 そのお陰で、戦闘開始から12時間以上経過しているにも関わらず、俺のHPバーは一ミリ足りとも変動していなかった。


『いつまで躱せるでしょうね、私の攻撃。私の予想だと後ちょっとで集中力が切れると思いますが』

 

 クスクスと笑いながら、管理者を名乗る女性は攻撃を繰り出し続ける。

 敵の声色には苛立ちだけでなく、疲労も滲み出ていた。

 その声を聞いて、俺は『そろそろか』と思う。

 逃走を中断し、敵の下に向かって駆け出す。

 

『私に近づけば、状況を打破できるとでも? 甘い。甘いですよ』


 着実に確実に敵との距離を詰めていく。

 その間にも敵は俺に向けて無数の炎の塊を射出し続けた。

 それらの攻撃を俺は紙一重で避ける。

 片手剣で受け流す。

 『リフレクトアタック』で攻撃を反射する。

 走りながら、躱しながら、受け流しながら、敵との距離を着実に確実に詰めていく。

 そして、とうとう俺は敵──全長40メートル級の炎の巨人の足下に辿り着く。

 足下に辿り着くや否や、敵は俺目掛けて大きな右脚を振り下ろした。

 迫り来る巨大な足の裏。

 それを俺は紙一重で避ける。


『足下をうろちょろしても、時間稼ぎにしかならないですよ』


 そう言って、敵は左脚を振り上げる。

 そして、俺目掛けて左脚を振り下ろそう──としたその時だった。


「……あれ?」


 左脚を振り上げた途端、敵──全長40メートル級の炎の巨人が地面に尻餅を着けてしまう。

 その姿を眺めながら、俺──神永悠は確信を得る。

 ──敵が俺以上に『疲労』している事を。


『くぅ……! バランスを崩してしまいました……!』


 悔しそうに声を上げながら、敵──管理者を名乗る女性は立ち上がろうとする。

 だが、立ち上がろうとした瞬間、彼女は再びバランスを崩し、地面に尻を着けてしまった。


『あ、……あれ』


 自分の身体が思った通りに動いてくれないんだろう。

 敵の口から動揺の色を帯びた声が漏れ出る。

 それを見ながら、俺は敵から距離を取りながら、口を動かし始めた。


「──『この世界』にスタミナという概念はない」


 そう言いながら、片手剣を構え直しつつ、自らの手の内を明かす。

 敵を倒す唯一の正攻法を馬鹿正直に明かす。


「激しく動いても、息が切れる事はない。スタミナ無限って点はリバクエと同じ仕様だ。肉体的疲労は存在しない」


『それが、どうしたと言うのです……!?』


「だが、『この世界』に存在しないのはスタミナだけだ。ストレスや睡魔──精神的疲労は存在する」


 思い出す。

 魔王との闘いを。

 あの時、俺は『ジャスト回避』しなきゃいけない場面で、『リフレクトアタック』を繰り出してしまった。

 精神的疲労により集中力を乱してしまった所為で、いつもならやらないプレイミスをやらかしてしまった。

 

「お前が無敵だったとしても、人間である事には変わりない。お前が四天王イフリトの力を使えたとしても、チートを使えたとしても、お前の中身は人間だ。人間である以上、長時間プレイしていたら、身体が疲れなくても頭の方が疲れてしまう」


『も、もしかして、アナタの狙いは……!』


「お前が思っている通りだよ、管理者とやら──お前が精神的疲労でぶっ潰れるまで、闘い続ける。それがお前を倒す唯一の正攻法だ」


『ば、バカじゃないですか!?』


 俺の狙いを聞くや否や、管理者を名乗る女性は声を荒上げる。


「それは正気で選ぶ選択じゃない! 精神的疲労は私だけじゃなく、アナタにも蓄積される筈! アナタのやっている事は、ただの根比べ……」


「そうだ、ただの根比べだ」


 そう言って、俺は片手剣を構え直す。

 いつでも敵を迎え討てるよう、身構える。


「お前が先にぶっ潰れるか、或いは俺が先にぶっ潰れるか。ただそれだけの勝負だ。非常にシンプルだろ?」


『……っ!』


 管理者を名乗る女性の口から息を呑む音が聞こえてくる。

 それを無視しながら、俺は宣戦布告を敵に向けて叩きつける。


「──さあ、どっちが先に遊び疲れるか勝負しようじゃねぇか」

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