(5)2025年8月1日 魔王とラッシュ攻撃
◇2025年8月1日
魔王が振り上げた刀を『敢えて』受け止める。
ガキンという金属の啼き声が響き渡ると同時に、火花が舞い散った。
火花が視界の隅を過る。
その瞬間、槍を持っている両手が軽い痺れを訴えた。
(どうやら『この世界』はゲームと違って、痛みがあるみたいだな)
槍越しに伝わる衝撃。
そして、両手の痺れ。
それらが俺に訴える。
痛覚の存在を。
(痛みの所為で、プレイミスとかしそうだな。気をつけないと)
魔王の刀が横凪に振るわれる。俺はそれを『ジャスト回避』すると、『カウンターラッシュ』を繰り出す──のではなく、魔王から大きく距離を取った。
(激しく動いても、息が切れる事はない。となると、スタミナ無限って点はリバクエと同じ仕様か)
今、自分に何ができるのか。
リバクエと「この世界」に違いがあるのか。
それを冷静に分析しつつ、魔王の攻撃パターンを『視る』。
ゲームと同じ攻撃パターンかどうか確かめる。
油断や慢心は禁物だ。
今の俺の武器は『王家の槍』と『王家の片手剣』、『棍棒』、そして、『王家の盾』のみ。
防具は何一つ身につけていない。
多分、魔王の攻撃を喰らったら、一撃で息絶えるだろう。
故に、俺は慎重に動く。
この時間を全力で楽しむために。
魔王と共に全力で遊び尽くすために。
そして、『この世界』の魔王を『い』の一番に倒すために。
俺は胸から湧き上がるワクワクを抑えつける。
今にも沸騰しそうな頭を懸命に冷やし、相手の一挙手一投足に注視し続ける。
魔王も俺の事を警戒しているのか、刀を構えたまま、俺を憎々しげに睨みつけていた。
「……来ないのなら、こちらから行くぞ」
そう言って、魔王は刀を振り上げる。
そして、『っあ!』と叫びながら、刀を振り下ろす。
その瞬間、魔王の刀から三日月状の黒い炎が放たれた。
「──っ!?」
三人称で何度も見た事がある技。
でも、一人称では初めて視る攻撃。
三人称の視点と一人称の視点の違いが、俺を少しだけ戸惑わせる。
けれど、その差は俺にとって瑣末なものだったらしい。
飛んできた三日月状の黒い炎。
飛んできたそれを右に跳ぶ事で難なく回避する事ができた。
「てりゃあっ!」
再び三日月状の黒い炎を刀から放つ魔王。
それを今度は『ジャスト回避』を繰り出す事で避ける。
成功。
ここまで魔王の攻撃パターンはゲームと同じ。
「遅いぞ」
だから、次の魔王の攻撃も予想できた。
視線を背後に向ける。
刀を振り上げる魔王の姿を目視する。
魔王は一瞬で俺の背後を取ると、俺の脳天目掛けて刀を振り下ろそ──うとした瞬間、『リフレクトアタック』を繰り出す。
王家の槍で魔王の刀を弾ぐ。
「ぬおっ!?」
魔王の体勢が崩れる。
その隙を見逃す事なく、俺は王家の槍を振り上げると、魔王の脳天目掛けて振り下ろした。
クリーンヒット。
魔王は白目を剥くと、『右』膝を地面に着けてしまう。
それを見た瞬間、俺は後方に向かって跳んだ。
「遅いぞ」
案の定、ゲームと同じだった。
魔王はスタン状態の『フリ』をしていた。
(右膝を地面に着けている時は、スタンのフリ。左膝を地面に着けている時は、スタン状態。ここまでゲームと同じだ)
再び俺の背後を取った魔王を一瞥しながら、俺の脳天目掛けて刀を振り下ろそうとする魔王を見ながら、『ジャスト回避』を繰り出す。
『ジャスト回避』を繰り出す事で、魔王の攻撃を直撃寸前の所で躱す。
そして、間髪入れる事なく、脳内コントローラで丸ボタンを押すと、『カウンターラッシュ』を発動した。
王家の槍の鋒が魔王の胸を突く、突く、突き続ける。
その度に魔王は『ぐぅ……!』みたいな声を上げ、自らのHPを減らしていく。
俺の攻撃に耐えきれなかったんだろう。
魔王は勢い良く跳び上がると、俺から大きく距離を取った。
「やるな、勇者よ。だが、……」
この台詞。
来る。
魔王のラッシュ攻撃が。
緊張感が高まる。
危機感が高まる。
本能が警戒音を発し、理性が必ず避けろと訴える。
「──まだ我には及ばない」
魔王が瞬間移動を行使する。
その瞬間、回避コマンドを入力。
背後に瞬間移動し、攻撃を繰り出した魔王の攻撃を間一髪の所で避ける。
今度は前方目掛けて『リフレクトアタック』を繰り出す。
繰り出した瞬間、魔王の刀と俺の槍が交差する。
今度は背後に向かって回避コマンドを入力。
右側から押し寄せる魔王の刀を直撃寸前の所で避ける。
回避した瞬間、魔王の姿が煙のように消える。
俺が背後に視線を向けた瞬間、魔王はラストの攻撃を繰り出す。
黒い炎を纏った刀を横凪に振るう。
それを屈む事で回避する。
(よし……! 全て避け切った……!)
魔王のラッシュ攻撃もゲームと同じパターンだった。
避け切る事ができた瞬間、心の中で安堵の溜息を吐き出す。
だが、まだ魔王を倒し切った訳じゃない。
『気を緩めるな』と自分に言い聞かせながら、俺は王家の槍を構え直すと、魔王の額に槍の鋒を突きつける。
王家の槍が魔王の額に激突する。
槍が激突した瞬間、魔王の額から黒い液体が零れ落ちた。
「があっ!?」
『魔王が怯んだ! ラッシュチャンス!』という文章が脳裏に浮かび上がる。
それを読み上げるや否や、俺は王家の槍で魔王の頭を叩く、突く、殴打する。
その度に魔王の口から被ダメージ用のボイスが漏れ、大袈裟な動作で痛みを訴える。
(此処まで順調……! あとは……!)
「舐めるなよ、人間風情がぁぁぁあああ!!」
とうとうHPの底が尽きたんだろう。
魔王の身体から黒い炎が噴き出る。
その所為で、俺の身体は後方吹き飛ばされ、バランスを崩してしまう。
「人間風情だと思って遊んでやったら、調子に乗りよって……! いいだろう……! 真の姿を見せてやる……!」
目から黒い涙を溢しながら、魔王はその身を膨張させる。
魔王──全長三メートル程の人型の龍が、瞬く間に肥大化し、人の形を喪失する。
「見よ、これが真の我の姿だ……!」
魔王の姿が変わる。
さっきまで人型の龍だった魔王の姿は、黒い鱗に覆われた唯の龍になってしまった。
全長は大体四十メートル前後。
駱駝似の頭。
鹿似の角。
耳は牛、爪は鷹、そして、掌は虎に似ている。
金色に染まった鋭い瞳は天頂を見据え、虎似の四本の手脚は宙を掻くかのように光り輝いている。
蛇のように長い胴体は、まさに威風堂々。
威厳という二文字で言い表せぬ程、荘厳で高遠で、そして、禍々しい雰囲気を醸し出していた。
「恐れ慄け、人間風情が……! この怒り、貴様の臓物を引き裂くまで収まらぬぞっ!」
龍の姿──第二形態になった瞬間、魔王のHPが全回復する。
攻撃力と防御力が二段階アップし、より倒し難いモノに成り果てる。
「貴様が絶望しても、この怒り、収まらぬぞ!」
そう言って、魔王は口から吐き出す。
広範囲かつ高威力の黒い炎を。
(これは避けられない)
そう判断した瞬間、俺は『いつも通り』、『リフレクトアタック』を繰り出す。
黒い炎を王家の槍で弾いた瞬間、『王家の槍は壊れそうだ』という警告文が脳内に浮かび上がった。




