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(48)2025年6月上旬『誰も踏み込めぬ理想郷(4)』/樹木の中

◆ ─────『誰も踏み込めぬ理想郷(4)』─────


◆side:瑠璃川桜子 2025年 6月上旬


 くるみが右腕を負った翌週。

 いつものように私は公園のブランコを漕ぎながら、くるみを待ち続ける。

 日曜日の午前中にも関わらず、園内は私しかいなかった。

 空を仰ぐ。

 鉛色の空が私を見下ろしていた。

 今にも雨が降りそうだ。

 そう思いながら、私はくるみを待ち続ける。

 けれど、幾ら待っても、くるみは私の下にやって来てくれなかった。


「……遅過ぎる」


 待ち合わせの時間から1時間経過しても、くるみはやって来なかった。

 胸騒ぎがする。

 私はブランコから飛び降りると、早足でくるみの家に向かって進み始めた。


 場所は自宅の寝室。

 ベッドの上に生えている2本の樹木を眺めながら、俺は呟く。


「この幹に浮かび上がっている人の顔、父さんと母さんのものだ」


 2本の樹木に浮かび上がっている人の顔。

 それは俺の両親のものだった。


「………」


 父と母が人面樹に成り果てている。

 その事実は俺にとって受け入れ難いものだった。


「ユウさん。少し確かめてもいいですか」


「確かめるって何を?」


「この樹が本当にアナタの両親であるかどうか」


 そう言って、ルナは俺の目を見る。

 彼女の目はいつにも増して真剣だった。

 

「……どうやって確かめるつもりだ」


「このナイフで樹皮を引き剥がします」


 何処からともなくナイフを召喚するルナ。

 彼女の口から出た言葉を聞いて、俺は強い抵抗を感じてしまう。

 

「安心してください、ユウさん。アナタの両親には傷一つつけません」


「……ん? それ、どういう意味……」


「私の予想が正しければ、この樹はアナタの両親じゃありません。アナタの両親は、この樹の中にいます」


「……へ?」


「この樹は殻のようなもの。現実世界がリバクエ風の世界という殻に包まれていたように、アナタの両親も樹という名の殻に包まれていると推測します」


 淡々と自らの推測を口遊みながら、ルナは俺の目をじっと見続ける。

 嘘を言っているようには見えなかった。


「……信じていいんだな」


 自信満々と言わんばかりの態度で、ルナは首を縦に振る。

 その姿を見て、俺は思い出した。

 彼女が根拠なき推測を述べない人間である事を。


「分かった。確かめてくれ」


「はい」


 そう言って、ルナはナイフで樹皮を引き剥がす。

 すると、木の中から人の顔が出てきた。

 木の中から出てきた人の顔を見る。

 それは父の顔だった。


「やはり私の推測が合っていたみたいですね」


 木の中で眠り続ける父の顔から目を逸らし、俺はルナの方に視線を向ける。

 彼女の額には冷や汗が滲んでいた。


「これでハッキリしました。この樹木は殻のようなもの。本体は樹木の中にいます」


「つまり、俺の両親は木になった訳じゃなく……」


「木の中に閉じ込められたという表現が適切でしょう」


「……なんで俺の父さんと母さんは木の中に閉じ込められたんだ」


「理由は分かりません。何のために黒幕が『この世界』──リバクエ風の世界を作ったのか、どういう目的で人々を木の中に封じ込めたのか、理由は謎のまま。でふが、一つだけ分かった事があります」


「分かった事?」


「ほら。NPCみたいな人……NPCのように同じ事を喋る人達がいたでしょう? あの人達も木でできた殻の中に覆われていると思います」


 思い出す。

 8月2日──リバクエ風の世界に来て、2日目。

 ルナが言っていた言葉を。



『私的には一歩じゃなくて、一気にゴールまで辿り着いて、ユウさんに「こやつ……! できる……!」みたいな事を思われたかったんですぅ! でも、分かった事と言えば、あのNPCみてぇな人達の身体が樹木でできている事くらい! それ以外の事は何一つわかりませんでしたぁ!』


 

「そういや、言ってたな。NPCみたいな人達の身体が樹木でできているって」


「はい。あのNPCみたいな人達の皮膚、内臓、筋肉、そして、骨。それら全てが木でできていました」


「じゃあ、アレか? あのNPCみたいな人達は限りなく人に近い木の中に閉じ込められている……という解釈でいいのか」


 8月1日──リバクエ風の世界に来て、まだ1日も経っていない頃に出会った花子──俺の隣に住んでいる幼馴染の姿を思い出す。

 あの時、花子は狂ったように『「ここはニシノハテ村だよ!』と言っていた。

 まるでRPG等に出てくるNPC── ノンプレイヤーキャラクターのように、同じトーンで同じ声量で、同じ言葉を言い続けていた。

 いや、花子だけでない。

 花子の周りにいた人達も花子と同じように、虚な瞳で虚空を見つめながら、同じ言葉を何度も何度も念仏のように繰り返し唱え続けていた。

 

「はい。その解釈で合っています」


「だったら、何で俺の両親は樹木に閉じ込められているのに、NPCみたいな人達は限りなく人に近い木の中に閉じ込められているんだ。何か違いがあるのか」


「管理者の発言から察するに、リバクエ──ゲーム『リバース・クエスト』のプレイ時間が関係あると思われます。ほら、あの管理者、何度も言っていたでしょう? 『リバクエを1000時間以上プレイしたリバクエ重度プレイヤーの皆さん』みたいな事を。恐らく魔女以外の者で、リバクエ風の世界で自由に動ける者はリバクエを1000時間以上プレイした者のみ。そして、NPCみたいな人達のように人型の木に閉じ込められている者は、リバクエ1000時間未満のプレイヤー。ユウさんの両親のように樹木の中に閉じ込められた者は、リバクエを全く触っていない者……みたいに分類できると思います」


 そう言って、淡々と説明するルナ。

 一気に情報が頭の中に詰め込まれた所為で、一瞬、何を言っているのか理解できなかった。


「あー、そういや、俺の幼馴染の花子もリバクエをクリアまでプレイしていたような。俺の両親はリバクエをプレイした事ないし、その推測、多分当たっていると思うぞ」


「ですが、まだ根拠はないので、話半分に聞いてください」


「んー、だとしたら、今の俺の身体……この女体化した身体も、木でできているかもしれんな。まあ、木にしては肉感的過ぎるから、それはないかもしれないけど」


「確かめてもいいですか?」


 持っているナイフの鋒を俺の方に向けながら、ルナは疑問の言葉を口にする。


「……ルナさん、どうやって確かめるつもり?」


「今からユウさんの身体を解剖します」


「確かめ方、猟奇的過ぎない?」


「大丈夫です。痛いのは一瞬だけですから」


「一瞬じゃねぇだろ、それ!」


「大丈夫です! ちょーっと、お腹をパカっと開けるだけですから!」


「助けて! 刃物持った女に殺されるっ!」


「まあ、冗談は置いといて。今のユウさんの身体がどうなっているのか調べるのもアリですね。というか、調べようなんて思いもしませんでした」


 そう言いつつ、ルナはナイフを仕舞う。

 冗談でよかったと思いつつ、俺は胸を撫で──下ろそうとしたその時だった。


「じゃあ、ユウさん。──脱いでください」


「は?」


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