(46)2025年8月17日 凍結と木っ端微塵
◆2025年8月1日
「ねぇねぇ、ユウさん。魔王城に行く時に使ったアレ、使わないんですか?
「アレって、すり抜けバグの事か?」
「イッツ、イグザクトリー。あのすり抜けバグを使えば、今から行く予定の……何でしたっけ? 水の地下水殿でしたっけ? そこにパパッと行けるのでは?」
「あのバグ技は使わない事にした。これ以上、俺ばっか楽しんだら、本格的に恨み買いそうだからな」
「恨み? 誰からですか?」
「他のゲーマー達からだよ。ほら、あの管理者、言ってたじゃん? 魔王や四天王は再生リスポーンされないって。そんな一度切りしか闘えない四天王を俺ばっか倒したら、他のゲーマー達から恨みを本格的に買っちまう」
「なるほど。他のプレイヤーに配慮した結果、バグ技を自主規制したって感じですか」
「そういう事。あと、あの時は勢いでやってしまったけど、あのバグ技、成功率6割程度な上、致命的な欠陥抱えていてな」
「致命的な欠陥とは?」
「あのバグ技、失敗してしまうと、謎空間に囚われちゃうんだよ。ゲームリセットするまで身動きできない闇の中に囚われちゃうから、この状況下だと、地獄を見る事になる」
◇
世界が文字通り『凍てつく』。
俺も敵も、そして、背後にいる魔女ルナと魔女エリザも指一本動かせなくなる。
世界そのものが凍結してしまう。
(やっぱ、思った通りだ)
敵──緑の着物を羽織った長髪女を眺めながら、俺は確信を得る。
自分の予想が当たっている事実に。
「な、な、何が起き……っ!?」
凍結が解除される。
指一本動かせなかった身体が動かせるようになる。
それと同時に、敵の口から困惑が飛び出る。
それを目にしながら、俺は告げる。
「バグに耐え切れず、処理落ちしてしまったんだよ」
「しょ、処理落ち……?」
「バグ技を使う事は否定しない」
持っている木の棒の先端を敵の方に向けながら、俺は嘲笑を浮かべる。
「だが、バグ技のデメリットを軽視し過ぎたな。──その木の棒の攻撃力をカンストするバグ技、ゲームシステムに多大な負荷がかかるんだよ」
「へ? は?」
「そんなゲームシステムに多大な負荷がかかるものを増殖してしまったんだ。ゲームシステムが凍結してもおかしくない」
フリーズ。
ゲーム機本体やゲームソフトが、何らかの原因で応答・反応しなくなる状態の事を指す。
「俺はバグ技を使えなかったんじゃない。使わなかったんだ。この状況でバグ技を使うのはリスクが高過ぎるからな。そう思っていたから、木の棒を持っていたにも関わらず、俺はバグ技を使用しなかったんだよ」
「………は?」
脳内ステータス画面から木の棒をもう一本取り出しながら、俺は淡々と自らの手の内を晒す。
自らの手の内を晒す事で、『敢えて』バグ技を使用しなかった事を強調する。
「その木の棒の攻撃力をカンストする裏技な、大規模な処理落ちが起きた場合、バグ技を使ったプレイヤーの衝突判定が、正常に働かなくなるんだよ」
「しょ、衝突判定……? お、お前、さ、さっきから何を言って、」
敵の顔が困惑に染まる。
ちょうどその時だった。
敵の両足が地面に吸い込まれ始めたのは。
「衝突判定が正常に働かなくなった場合、ゲーム世界でモノにぶつかったりできなくなるし、地面の上に立つ事さえできなくなる。ゲームリセットするまでの間、謎空間……バグマップに囚われるという現象に陥ってしまう」
「な、なんで、ワタシの身体が……!? あぁ……! 身体が地面に吸い込まれる……!」
敵の身体が徐々に地面に吸い込まれる。
地面の上に立てなくなった敵の姿を眺めながら、地面の中に吸い込まれる敵の姿を見下ろしながら、淡々と俺は言葉を述べ続ける。
「『この世界』にリセットはない。つまり、今からお前は『この世界』が終わるまで、謎空間に囚われ続けるという訳だ」
「た、助け、……助けて……!」
「もう遅い」
俺がそう言った途端、敵の頭が地面に呑まれる。
敵の口から下が地面に埋まってしまう。
敵の口から下が謎空間に囚われてしまう。
「……っ!!」
そして、とうとう敵の身体全てが地面に吸い込まれ、敵の姿は影も形も無くなってしまった。
「………」
大袈裟に溜息を吐き出しながら、俺は右手で後頭部を掻く。
正直、つまらなかった。
ヒュードラ戦も、ロックゴレム戦も、そして、今回のバトルも。
楽しめたのは、管理者の介入がなかった魔王戦だけ。
それ以外のバトルは全然楽しめなかった。
そんな事を思いながら、俺は溜息を吐き出──そうとしたその時だ。
「──っ!?」
ガクンと地面が横に揺れる。
同時に、大きな横揺れの地震が俺達を襲った。
(何が起きて……!?)
地面──風の塔最上階──にヒビが入る。
否、『この世界』そのものにヒビが入る。
何が起きた。
それを考えるよりも先に、俺はルナ達の下に向かおうとする。
同時に、風の塔が木っ端微塵に砕け散った。
「なっ……!?」
足場を失った俺の身体が落下し始める。
地面目掛けて落下し始める。
「ユウさんっ……!」
宙に投げ出された俺の身体。
そんな俺を助けようと、箒に跨ったルナが俺の下目掛けて飛翔し始める。
箒に跨った彼女の身体が近づく。
手を伸ばす。
差し伸べられた彼女の手を掴む。
途端、世界が光に包まれた。
「なっ……!?」
何が起きたのか。
それを理解するよりも早く、俺の視界は真っ白に染まり──




