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(45)2025年8月17日 奥の手とノーリスク

 

「な、なら、お、奥の手を使う……!」


 遥か上空。

 俺を見下ろしている敵──緑の着物を着ている長髪女が『木の棒』を取り出す。

 木の棒を取り出した敵を目にした途端、俺は即座に理解した。

 敵の意図を。


「ルナっ! 今すぐ逃げろっ!」


 視線だけを背後に向け、ルナに逃げるように促す。

 

「も、もう遅い」


 そう言って、敵は木の棒を真上に放り投げる。

 そして、もう一度木の棒を取り出すと、放り投げた木の棒と取り出した木の棒を『重ねた』。


(やっぱ、アレをやるつもりだ……!)


 背筋に冷たいものが流れ落ちる。

 リバクエを1,000時間、色んな遊び方をした俺だからこそ分かる。

 敵がやろうとしている事を。


「ふ、ふふ、ふふふふふ」


 上空。

 そこで敵は取り出した木の棒と真上に放り投げた木の棒を『重ね』続ける。

 その結果、重ねまくった木の棒は真っ黒に染まってしまった。


「おい、お前……! バグ技は反則だろ……!」


 真っ黒に染まった木の棒を構える敵。

 そんな敵の姿を見ながら、俺は抗議の声を上げる。

 敵は『ふふふ』と不気味に微笑うと、俺の声を一蹴してしまった。


「し、修正されるまで使い倒す。ば、バグ技はそういうものでしょ」


「だとしても、対人戦でバグ技はねぇだろ!」


「ふ、ふふ。何とでも言え。か、勝てば官軍。勝つためなら、何でもしてオッケー」


 真っ黒に染まった木の棒を握り締めながら、敵は俺を見下ろす。

 そして、気の抜けた掛け声を発すると、俺の下目掛けて飛翔し始めた。


「ぐっ……!」


 迫り来る敵、そして、真っ黒に染まった木の棒。

 片手剣── 天空の剣(キャリーバーン)で迫り来る木の棒を受け止める。 

 木の棒を受け止めた途端、金属の啼き声と共に火花が舞い散った。

 身体に重い衝撃が走る。

 その衝撃を受け切る事ができず、俺の身体は3歩程後退してしまう。

  天空の剣(キャリーバーン)にヒビが入る。

 『 天空の剣(キャリーバーン)が壊れそうだ』の一文が脳内に挿入される。

 

「……っ!」


 焦りが顔に出てしまったのだろう。

 俺の顔を見るや否や、敵の顔に笑みが浮かび上がる。

 愉しいと言わんばかりに敵の顔が歪みに歪む。

 それを見ながら、俺は後方に大きく跳ぶと、敵の間合いから脱した。


「だ、大丈夫ですか……!? ユウさん……!」


 ボス部屋の出入り口付近。

 大きな扉の陰に隠れているルナが俺に声を掛ける。

 それに答えてやる程、今の俺に余裕なんてなかった。


「ふ、ふふ。このバグらせた木の棒の攻撃力は9999。い、幾ら、天空の剣(キャリーバーン)でも、バ、バグらせた木の棒には勝てない」


「バグ……!? ひょっとして、バグ技を使ったのですか、あの目隠れ女!?」


 バグ技という単語(ワード)を聞いて、大袈裟に反応するルナ。

 

「ちょ、それは反則やろ! 正々堂々勝負せんか!」


 ルナと同じように大きな扉の陰に隠れているエリザさんも抗議の声を上げる。

 だが、敵は『ふふふ』と微笑うと、彼女達の声をバカにした。


「バ、バグ技は使ってなんぼ。むしろ、バグ技を使わない方がバカ」


「だとしても、バグ技を使うのは……」


「と、というか、そこにいるプレイヤーネーム『ユウ』も、ま、魔王討伐する時にバグ技使ってる。わ、ワタシだけ文句言われるの、お、おかしい」


「…………」


 敵のごもっともな指摘を受けて、黙ってしまうルナ。

 ……あー、確かに俺もバグ技使ったわ。

 初日に使ったわ。

 魔王を一早く倒したい一心でバグ技使ったわ、そういや。


「で、でも、俺は魔王戦でバグ技使ってねぇからな! 魔王の下に向かうために少しだけバグ技使っただけだからな! お前と一緒にすんじゃねぇよ!」


「ユウさん、その路線で反論するのはやめた方がいいと思います。勝ち目ゼロなので」


 ルナから痛い指摘が飛んでくるが、敢えて無視する。

 

「ふ、ふふ。ず、ズルイと思うなら、お、お前もわ、ワタシと同じバグ技を使えばいい。つ、使えるもんだったらな」


「はっ、舐めるな目隠れ女。お前如き、バグ技を使うまでもねぇよ」


 そう言って、俺は頬の筋肉を僅かに緩め、微笑を浮かべる。

 

「つ、強がるな乳デカ女」


「おい、ルナ。呼ばれているぞ」


「文脈的にユウさんだと思いますよ」


「お、お前は木の棒を持っていない。だ、だから、木の棒バグをつ、使えない。そ、そうだろ?」


「………」


「ふふ、ず、図星みたいだな」


 俺の様子を見て、自らの勝利を確信したんだろう。

 敵は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。 

 それを見ながら、俺は息をゆっくり吐き出す。

 いつでも戦闘ができるよう、俺は片手剣を構え直す。


「ああ、すごい……! 今、最高に、い、生きてるって感じがする……!」


 さっきまでのオドオドした様子が嘘だったかのように、唐突に何の前触れもなく、敵──緑の着物を羽織った長髪女が身震いする。

 愉悦に浸ったような表情を浮かべ、鼻息を荒上げ始める。


「現実世界ではボッチで根暗な弱者女性のワタシでも、リバクエの世界から強者として輝ける……! ふふふふ、ほんと、さいっこー」


 そう言いながら、敵は黒く染まった枝を宙に放り投げる。

 そして、間髪入れる事なく増殖バグを使うと、敵はバグらせた木の棒を今度は増やし始める。


「さあ、命乞いするがいい! いい声で鳴いたら、お、お前らを楽に殺してやる! さあ! さあ! さあ!」


「おい、目隠れ女。一つだけ言っておく」


 溜息を吐き出しながら、俺は敵を睨みつける。

 バグらせた木の棒を増殖バグで増やし始めた敵を、俺は睨みつける。

 片手剣──天空の剣(キャリーバーン)を手放しながら、俺は敵を睨みつける。

 ──『木の棒』を取り出しながら、俺は敵を睨みつける。


「は?」


 俺が木の棒を持っていると夢にも思わなかったのだろう。

 敵の目が大きく見開く。

 そんな敵を睨みながら、俺は言った。


「──ノーリスクで使えるバグ技、リバクエには存在しねぇぞ」


「は?」


 俺の言葉を理解できず、敵は首を傾げる。

 その時だった。

 


 ──世界が文字通り『凍てついた』のは。

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