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(43)2025年8月17日 練習の成果と浮上

◆2025年8月5日


「あの、ユウさん」


 ルナが俺の名を呼ぶ。

 彼女はいつにも増して真剣な表情を浮かべていた。

 だから、つい俺は『ん、どうした』と尋ねてしまう。


「聞きそびれてしまったので、今聞きますけれど、……これは何の『対策』なのですか?」


「──PvPの対策だよ」


 ルナの疑問に端的に答える。

  PvPという言葉に聞き馴染みがないのだろう。

 彼女は首を傾げると、か細い声で『ぴーぶいぴー?』と呟いた。


「オンラインゲームでプレイヤー同士が対戦するシステムを指す言葉だよ。プレイヤーvsプレイヤー。だから、PvP」


「え、それ、練習する必要があるのですか。ほら、リバクエって、プレイヤー同士で争うゲームじゃありませんよね。協力してモンスターを討伐する事はできるけれど、プレイヤー同士で闘う要素はありませんよね」


「ああ、ない。だけど、『この世界』はゲームそっくりだけど、ゲームじゃない。それに管理者を名乗る女は俺達に懸賞金をかけている。PvPを推奨していると言っても過言じゃない」


「なるほど。私達に襲いかかってくるかもしれない敵に備えて、PvPの練習をしたいと仰ったのですか」


「それ『も』ある」


「それ『も』?」


「あの管理者を名乗る女は容易周到だ。もしかしたら、四天王をプレイヤーに守らせるっていう事もやってくるかもしれない。ゲーム通りに動いてくれる四天王(ボス)なんて、俺からしてみればデカい案山子でしかないからな」


 もし俺が管理者を名乗る女の立場だったら、プレイヤーという不確定要素を混ぜる事でボスを討伐し辛い状況を作るだろう。

 

「これからはプレイヤーの介入がある前提で対策を講じる。こないだのヒュードラ戦のように想定外の出来事が当たり前に起きるという前提で、作戦を練る。そのためには、……」


 そう言って、俺はルナの方に視線を向ける。

 そして、俺はルナを指差しながら、こう言った。

 

「くおっ……!」


 空から降り落ちる幾多の竜巻。

 触れるだけで深い切り傷がついてしまう竜巻を『ジャスト回避』を繰り出す事で、俺は間一髪の所で避ける。


(あ、危なかった……!)


 運良く『ジャスト回避』が発動してくれた。

 多分、『ジャスト回避』が発動してくれなかったら、全身ズタボロになっていただろう。

 その事実を認識した途端、冷や汗が頬を伝う。

 

「ふ、ふふ、た、楽しい」


 上空。

 そこに居座る敵──緑の着物を羽織った長髪の女性が、冷や汗を垂れ流す俺を見下ろす。

 彼女の目には愉悦の色が混じっていた。

 恐らく自らの勝利を確信しているのだろう。

 そんな態度を隠す事なく披露する女性を見て、俺は不快感を示す。

 

「あ、圧倒的なパワーで、じ、蹂躙する。り、リバクエはやっぱ、こ、こうじゃないと」


 歯切れの悪い言葉を並べながら、敵は両手で握っている双剣のようなものを振るう。

 その瞬間、敵の周りに矢を模した風の塊が次々に現れ始めた。

 ゲームの中で一度も見た事どころか聞いた事さえもない攻撃。

 きっとこの闘いにおいて、俺が持っているゲーム知識は通用しないだろう。

 さっきは運良く『ジャスト回避』が発動してくれたが、敵の攻撃がゲームと違う以上、『ジャスト回避』や『リフレクトアタック』等のシステムは使えない。

 風の四天王グリフォと全く違う攻撃を繰り出す敵。

 ゲーム知識が通用しない敵を目の当たりにして、俺は焦──らない。

 この状況は想定済みだ。

 だから、戦場(ここ)に赴いた。

 対策を用意した状態で。


「ふ、ふふ。睨みつけても無駄。あ、アナタは飛ぶ事ができない。だ、だから、飛び続けるワタシを傷つける事は、で、できない」


 上空から俺を見下ろしながら、敵は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 それを見ながら、俺は溜息を吐き出すと、片手剣── 天空の剣(キャリーバーン)を握り直した。


「ま、まだ、やる気なの。む、無駄だって言ってるのに」


「たかが空を飛んだ程度で調子に乗るなよ、目隠れ女。そんなんじゃ、俺の遊び相手にさえなれないぞ」


「ふ、ふふ。よ、弱い犬はなんとやら。い、幾ら吠えても、アナタじゃこの状況をどうする事もできない」


「それはどうかな」


 そう言って、俺は指を鳴らす。

 合図する。

 それを攻撃だと勘違いしたのだろう。

 敵は短い悲鳴を上げると、慌てて俺に攻撃を繰り出した。


「──っ!」


 天から降り落ちる無数の風塊。

 隕石の如く降り落ちる球体状の風塊を俺は躱す、避ける、退ける。

 後退しながら、右に跳びながら、左に跳びながら、俺は空から降り落ちる敵の攻撃を躱す、避ける、片手剣で弾き飛ばす。

 敵の攻撃はそこまで速くなかった。

 視認できる速度だった。

 原付バイクの一般法定速度と同じくらいの速さだった。

 故に、片手剣での撃墜は可能。

 それどころか、躱す事さえ容易だった。


「くぅ……! 当たれ当たれ当たれ!」


 敵はムキになった様子で叫ぶ。

 だが、空から降り落ちる攻撃は俺に当たらない。

 鈍重なだけの攻撃は数多の戦闘を潜り抜けた俺にとって、ルナと共にPVPの練習をしていた俺にとって、脅威でも何でもなかった。


( PvPの練習していてよかった)


「何で攻撃当たらないの……!」


 苛立った様子で敵は怒声を上げる。

 平静を失う。

 それを確認したその時だった。

 

 ──俺の視界が白い煙に囲まれたのは。


「──ユウさん」


 俺の鼓膜に聞き慣れた声が聞こえてくる。

 彼女の声を聞いた途端、俺は声が聞こえてきた方に視線を向けた。


「ああ」


 白い煙に紛れて、飛んできた彼女──ルナの方に右手を差し出す。

 彼女は箒に乗ったまま、俺の右手を掴むと、天目掛けて浮上し始めた。


「なっ……!」


 浮上する俺とルナの身体。

 ルナの乗っている箒が魔力という架空の熱量を得る事で、天に向かって浮上する。

 敵──緑の着物を着ている長髪女の下に向かって浮上する。

 俺は左手で片手剣──天空の剣(キャリーバーン)を握ると、目を大きく見開く敵に向かってこう言った。


「悪いな。──ここまで想定内だ」


 ルナの乗っている箒が急加速する。

 敵の下に向かって羽ばたく。

 俺は息を短く吸い込むと、ルナの手を右手で握ったまま、急接近する敵目掛けて剣を振るう。

 避ける暇がなかったんだろう。

 俺が振るった一撃は敵の胴体に直撃した。

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