(41)2025年8月17日 風の塔と唐突
◇
ノルフェア村に辿り着いて、約1日。
そして、ノルフェア村を発って、僅か三時間程経ったある日の昼下がり。
俺──神永悠は魔女ルナと共に風の塔攻略を始める。
と言っても、特筆すべき事は何一つない。
地下水殿や岩の神殿と同じく、風の塔もゲームでプレイしたものと同じだった。
ダンジョンの構造も、モンスターが湧くポイントも、そして、宝箱が置いてある場所も。
そのお陰で、道に迷う事なく、モンスターに遭遇する事なく、難なく最上階まで辿り着く事ができた。
「さて、これから風の四天王グリフォを倒すんだが、……」
そう言いつつ、俺は最上階に繋がる大きな扉を仰ぐ。
この扉を開けたら、ボス戦が始まる。
四天王グリフォーとの闘いが始まってしまう。
そんな事を思いつつ、俺はルナの方に視線を向ける。
彼女は首を縦に振ると、準備万端だと言わんばかりに笑顔を俺に見せつけた。
「はい。気を引き締めていきま……って、ユウさん。何で私から距離を取っているのですか?」
「いや、そろそろセクハラされそうだなって」
「私を何だと思っているんですか!?」
心外だと言わんばかりに声を荒上げるルナ。
そんな彼女に対して、俺は冷静な態度でツッコんだ。
「いや、いつものパターンじゃん。ボス戦前に必ずセクハラしてくるじゃん、お前」
「いや、してい……ないと思いたいです、はい」
「している自覚はあるんだな」
「はい! 此処で唐突なおパンツ……」
「させるかっ!」
「こーん!」
俺のスカートを捲ろうとするルナ。
そんな彼女の脳天に軽くチョップを叩き込む。
彼女はいつも通り奇声を口から発すると、両手で頭を押さえつつ、『いったーい!』と叫んだ。
「何するんですかぁ!? 私はまだ何もしていないというのに!」
「いや、俺のスカート捲ろうとしただろ」
「まだ捲っていません!」
「捲る気満々じゃねぇか」
「いたたた……嫁入り前の女の子に手を挙げるなんて、……これは責任取って貰うしかないですねぇ」
「なぁ、軽くチョップしているつもりだけど、そんなに痛いか? 痛いんだったら、もっと力抜くけど、……」
「ぶっちゃけ全然痛くないです」
「痛くないんかい」
「むしろ気持ちいいって思っています。私、Mなんで」
「おい、さらっと性癖を暴露するな」
「偶に来る本気チョップが私的にはちょうどいいです。なんか、こう、ユウさんの愛が伝わっている感じがするので」
「無敵かよ、お前」
「はい! 此処で唐突なおパンツチェ……あり!?」
ルナが俺のスカートを捲ろうと、一歩前に踏み出す。
その時だった。
彼女が何もない場所ですっ転んだのは。
「危ねぇっ!」
俯せの体勢で倒れ込もうとするルナ。
慌てて俺は倒れそうになるルナを抱き締める。
抱き締めた瞬間、俺の大きな乳房が彼女の顔に激突してしまった。
「ふごおっ!?」
俺の乳房に埋まりながら、ルナは驚いたような声を上げる。
そして、彼女はゆっくり目蓋を閉じると、俺の乳房に頬を擦り付けつつ、深呼吸を開始し──
「って、そこでリラックスすんなぁ!」
「こーん!」
ルナの身体を引き剥がした後、彼女の脳天にチョップを叩き込む。
本気チョップを脳天に叩き込まれた途端、彼女はちょっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ユウさんのお胸の臭いを堪能できた上、本気チョップされるなんて、……今日は吉日ですか?」
「ちょっとは悪いと思えよ変態っ!」
「ユウさんが本気で嫌がるようになってから考えます」
「もう一回、本気チョップするぞ!」
「どんと来いやぁ!」
「しまった、逆効果だった……!」
「何いちゃついとるねん」
「「うおっ!?」」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
振り返る。
呆れた様子で俺達を見つめる黒髪ツインテールの女の子──魔女エリザと目が合ってしまった。
「い、いつの間にいたんですか!?」
「ついさっき此処に来たんや。ほら、そこにいるユウさんが言っとったやろ? 素材集めてくださいって。やから、言われていた素材持ってきたで」
そう言いつつ、エリザさんは俺に袋を手渡す。
そこに入っていたのは、次のボス戦──火の四天王イフリトとの闘いで必要な素材が詰め込まれていた。
「大魔女ウルからの伝言や。『ちょっと予定よりも早まってしまったが、イフリト戦に必要な素材が集まったから、エリザに届けに行かせた。遠慮なく使ってくれ』だそうや」
「ああ、ありがとう。これで次のボス戦は楽に闘える」
手渡された袋の中身を脳内ステータス画面に入れながら、俺はエリザさんに感謝の言葉を告げる。
すると、エリザさんはこんな事を尋ねてきた。
「というか、今回のボス戦は対策せんでええんか? いや、この質問はちょっと違うな。──もう対策はできとるんか?」
「ああ。今回は多分ルナの力を借りる事になる」
そう言いつつ、俺はルナの方に視線を向ける。
彼女は狐耳をピコンと揺らすと、ドヤ顔をエリザさんに見せつけていた。
「ほー、んじゃあ、ここに来たついでや。ウチも手伝おうか?」
「いや、いい。もしもの時に守れるのはルナだけだ。ルナとエリザさんを守りつつ、ボスと闘う余裕を俺は持ち合わせていな──」
唐突だった。
最上階に通じる大きな扉。
それが独りでに開いてしまう。
その瞬間だった。
矢を模った風の塊が俺達の方に向かって射出されたのは。
「なっ……!?」
予想だにしていなかった攻撃が迫り来る。
その攻撃に反応できなかった俺は、ただ突っ立っている事しかできなかった。




