(40)2025年8月16日 衣替えと女装
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大魔女であるウルさんと魔女エリザさんと別れて、早5日経ったある日の昼下がり。
「うおおおおおおおおお!!!!」
風の塔──風の四天王グリフォーが巣食う場所──から1番近いノルフェア村の鍛冶屋。
鍛冶屋から出た途端、魔女ルナが奇声を発する。
彼女は俺の新衣装を見るや否や、興奮した様子で鼻息を荒上げていた。
「うおおおおお!!! 前の衣装よりも露出度低くなってるけど、セクシィィイイイイイ!!!! うおおおおおお!!!!」
ルナの視線が俺の乳房に突き刺さる。
その視線を感じる度、『こいつ、また俺の乳を見ているな』と思った。
「強調されている胸の谷間! ユウさんのセクシーさを強調する黒いドレスみたいな服装! そして、ロングスカートから垣間見えるユウさんのセクシーな脚! 露出度低くなっているけど、十分セクシー! ああ、ユウさんの胸の谷間に頭突っ込んで、クンカクンカしたいです!」
「したら、本気でチョップするからな」
そう言いながら、俺はルナの瞳を覗き込む。
ルナの瞳には新衣装に着替え直した俺の姿が映し出されていた。
腰まで伸びた艶のある金髪。
凛々しいという言葉が相応しい可憐な顔。
ロックゴレムの身体を元に編まれた、金持ちが身につけていそうなゴージャスな黒いドレス。
両腕にはロックゴレムの外殻を素材に造られた手甲。
そして、脛周りを覆うロックゴレムの内臓で造られたブーツ状の足鎧。
露出度が低いお陰で、くびれている腰回りも、ムチムチした白い太腿も、ドレスに覆われている。
だが、露出度が前よりも下がっていたとしても、露出していない訳ではない。
袖がない所為で細いながらもしなやかな白い腕と色気を仄かに発している脇は完全に露出してしまっており、乳房の上部分は胸の谷間を見せびらかすかのように露わになっている。
まるで舞踏会に参加するお嬢様みたいな格好だ。
そんな格好を自分がしている事実を受け止めながら、俺は軽く溜息を吐き出す。
「にしても、今回は取り乱しませんね」
「まあ、前の痴女みたいな格好と比べたら圧倒的にマシな格好だしな」
「マシ……ですか?」
「いや、マシだろ。臍とか太腿とか隠れているし」
「いや、でも、ユウさんって男ですよね?」
「ん、そうだけど」
「その、えと、何て言いますか……もう女装に慣れちゃった感じですか?」
女装。
その単語を聞いて、俺は思わず首を傾げる。
何を言っているんだ、ルナは。
俺が女装する訳がな──
「あ」
──いと思っていた。
否、思い込んでいた。
改めて、ルナの瞳を覗き込む。
彼女の瞳に映る自分の姿を見つめる。
そこにはドヤ気味に黒いドレスのようなものを着た自分の姿が、ルナの瞳に映し出されていて。
胸の谷間を惜しみなく晒す自分の姿が、彼女の瞳に映し出されていて。
まるで誘惑するかのように大きな乳房を厭らしく揺らす自分の姿が、彼女の瞳に映し出されていて。
それを見た瞬間、女の服を着ても恥ずかしそうにしていない自分を見た瞬間、自信ありげに新衣装をルナに見せびらかす自分の姿を見た瞬間、俺は気づいてしまく。
否、気づかされてしまう。
ドレスを着ている事に対して嫌悪感どころか違和感さえ抱いていない事実を。
「……っ! ……っ!」
頬の温度が急上昇してしまう。
黒いドレスを着た肢体を惜しみなく晒す自分の姿に気づいて、俺は顔を真っ赤に染めてしまう。
女性服を身につけている事に抵抗感がなくなっている事を自覚し、俺は羞恥心を抱いてしまう。
やばい。
本当にやばい。
自覚していないだけで、俺、着実に内面も女になりつつある──!
「……ユウさん、もしかして、私が指摘するまで女性服着ているっていう自覚なかったんですか?」
「……っ! ……っ!」
反論しようとする。
だが、実際その通りだったので、反論しようがなかった。
「……ユウさん」
「やめろ……! そんな『着実にメスになっているなぁ、この人』みたいな目で俺を見るなぁ!」
「安心してください、ユウさん。私は近い将来大魔女になる女。たとえユウさんが身も心もメスになろうが、私はアナタの事を愛し続けると此処に宣言いたします!」
「宣言するなっ! 俺は絶対男に戻るからなっ! ティンティン取り戻すからな!」
「安心してください。私はユウさんが女装に目覚めようが、愛し続ける自信があります!」
「今すぐ捨てろよ、そんな自信っ! 女装にハマるとか、未来永劫ないから!」
そう言って、真っ赤になった顔を両腕で隠しながら、俺はルナの言葉に反論する。
「えー、本当ですかぁ? 本心ではちょーっと女の子の服っていいよねみたいな事を思って……」
「ないっ!」
「でも、素質はあると思いますよ。何だかんだ女性服を着続けている訳ですし。本当に嫌だったら、そもそも着ませんですし」
「いや、これは防御力が高いから……! 今の俺は女だから、女性用の装備しかできないから……!」
「もう男に戻るの諦めて、女のままでいましょうよ。勿体無いですよ、今のユウさん、ナイスバディな上に美人さんですから」
「いーや、俺は男に戻るっ! そして、愛しの息子を取り戻すっ!」
そう言って、俺は拳を天に向けて突きつけ、宣言する。
そんな俺にルナは生暖かい視線を浴びせ続けた。




