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(38)2025年8月11日 小屋と大魔女

 歩いて、歩いて、歩き続けて。

 俺達は森の奥にある洞窟前に辿り着く。

 

「此処に『あの人』がいるのですね」


 そう言って、狐耳を頭に生やした美少女──魔女ルナは同僚である魔女エリザの方に視線を向ける。

 黒髪ツインテールの女の子──エリザさんは『ああ』と呟くと、俺達よりも先に洞窟の中に入った。


「よし、行くぞルナ」


 俺も洞窟の中に入ろうとする。

 すると、ルナの視線が俺の左肩に突き刺さった。


「ん、どうしたルナ」


「……傷、綺麗さっぱり消えてますね」


 そう言って、ルナは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、左肩を見つめる。


「ああ。回復アイテム使ったら、HPが回復した上、傷も綺麗さっぱり消えた」


「……あの時はごめんなさい。私が油断した所為で、ユウさんに傷を……その上、謝る事も遅くなって……」


 あの時──ロックゴレム戦の時の事を思い出しながら、ルナは顔を曇らせる。

 俺は『気にするな』と呟くと、彼女の目を見つめ、こう言った。


「罪悪感を抱く必要なんてない。ダメージを負ったのは、俺の対応が悪かったからだ」


「いいえ、悪いのは私です。ユウさんを傷ものにした責任を取らせてください」


「いや、責任取らなくていいって」


「いいえ、責任を取らせて貰います。なので、ユウさん、この婚姻届にサインを……」


「本当、いい性格しているなお前!」


 モノホンの婚姻届を突きつけるルナ。

 そんな彼女が持つモノホンの婚姻届にチョップを叩き込む。

 真っ二つになった婚姻届を見るや否や、彼女は『こーん!』と鳴くと、いつも通り大袈裟なリアクションを披露した。


「ちっ! どさくさに結婚しよう作戦が失敗に終わるとは……! ユウさん、腕を上げましたね」


「次は脳天にチョップするぞ」


「そのチョップ、おっぱい白刃取りで無効化させて貰います」


 ローブ越しでも分かる程に大きな胸を強調しながら、ルナは不適な笑みを浮かべる。

 すると、俺達よりも先に洞窟に入っていたエリザさんが呆れた様子で振り向くと、苦言の言葉を口にした。


「なにイチャついてんねん、あんたら。さっさと歩かんと日暮れるで」


 エリザさんに怒られたので閑話休題。

 俺達はおふさげ無しで淡々と粛々と洞窟の奥に向かって歩く、歩く、歩き続ける。

 洞窟の中を歩き始めて、数分後。

 洞窟の最深部らしき場所に俺達は辿り着いた。


「なんだ……? これは、小屋か?」


 洞窟の最深部には木でできた小屋のようなものが呆然とした様子で突っ立っていた。


「この中に『あの人』がいるのですか?」


「せや。この中で『この世界』について調べとる」


 そう言って、エリザさんは小屋の扉を開け、俺達に中に入るよう促す。

 俺とルナは視線を合わせた後、恐る恐る小屋の中に足を踏み入れる。

 中に入った途端、俺が目にしたのは本の山だった。

 何処を見渡しても、本の山、本の山、本の山。

 積み重ねられた無数の本の山が、来室したばかりの俺達を歓迎する。

 その無数の本の山の中心点。

 そこには本の山に埋もれかけている机と、


「お、来たか。君の到着を待ち望んでいたよ、ルナール・ヴァランジーノ」


 ──古びた木の椅子の上に座っている、眼鏡をかけた美女が陣取っていた。

 

「そして、はじめまして。プレイヤーネーム『ユウ』。私の名前はウルラ・タンプキン。叡智を司る大魔女の一人だ」


 艶のある栗毛。

 力強さを感じさせる二重の瞳。

 形が整った高い鼻に色気を感じさせる唇。

 小さな顔に配置された顔のパーツは理想的な位置に収まっており、まるで人形のよう。

 黒いローブの所為で体型が分からないが、ローブの内側から漏れ出る雰囲気が何か色っぽい。

 そんなザ・大人な女性が俺とルナを見つめながら、自らの名前と肩書きを明かした。


「まあ、大魔女という不相応の肩書きを持っているが、他の大魔女達と違い、私は非戦闘員だ。偉そうなだけの女。口だけの女。それが私という魔女(にんげん)だ。故に、気軽にウルと呼んでくれても構わない。敬語は不要だ」


「は、はぁ、……」


 大魔女とやら……いや、ウルさんは独特な人間だった。

 彼女の放つ独特な雰囲気に押され、俺は思わず口籠もってしまう。

 そんな俺をウルさんは一瞥すると、コホンと咳払いし、ルナの方に視線を向け、こう尋ねた。


「さて、自己紹介はこれくらいにして本題に入らせて貰おう。ルナール、お前は何に気づいた?」


 そう言って、ウルさんはルナに疑問を投げかける。  

 ルナは表情を強張らせると、口を開き、ウルさんの疑問に答え始める。


「『この世界』で致命傷を負うと、木になる事が判明しました」


「違う違う。私は事実を聞いているんじゃない。推測を述べろって言ってんだ」


「………」


「ルナール。お前が推測を述べやすいように、一つだけ言っておこう。私はお前と同じ結論に至りかけている」


「………」


「だが、まだお前と同じ結論に至っていない。当然だ。私は『この世界』が誕生してから今に至るまで、此処に籠っていたからな。他の魔女達が集めた情報と私が収集した魔導書、それらを酷使する事で『この世界』の実態を解明しようと試みた」


「……解明、できなかったのですか?」


「ああ。私はお前とは違い、呪術師じゃないからな」


「なるほど。やはり、呪術が関係あったのですか」


 彼女達が何を言っているのか、俺には分からなかった。

 多分、彼女達の話を理解するために必要な前提知識が欠けているからなのだろう。

 なので、俺は空気を読んで、お口チャックし続ける。

 彼女達の話が円滑に進められるよう、俺は路傍の石になりきる。

 

「根拠がなくてもいい。今はお前の見解を聞きたい。呪術師でもあるお前の見解を聞く事で、『この世界』の実態を解明したい。だから、教えてくれないか? お前の話を聞かないと、私は前に進む事ができそうにない」


「ですが、……」


「根拠がないから話せない、……だろ? お前が沈黙を選び続ける理由は」


「はい」


「それでも構わない。お前の推測を聞かせて欲しい。『この世界』の実態解明のため、お前の知識を貸して欲しい」


 そう言って、ウルさんはルナに隠している何かを話すように促す。

 ルナは少しだけ溜息を吐き出すと、ウルさんとエリザさん、そして、俺に視線を投げかける。

 彼女の目には躊躇の2文字が映し出されていた。

 それを見て、俺はつい口にしてしまう。

 思った事をそのまま口にしてしまう。

 

「……ルナ、話してくれないか? 俺もお前が抱えているモノを知りたい」


「……ユウさん」


 そう言って、ルナは俺の目を見つめる。

 そして、溜息を吐き出すと、『分かりましたよ』と呟いた。


「んじゃあ、ユウさんが私に処女を捧げてくれるんだったら、話してやります」


 俺はルナの脳天にチョップを叩き込んだ。

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